絆 1

クリーム色の髪の女性<ひと>
今にも泣き出しそうな目で
いている赤ん坊を見つめている

ヨゼフィーネ、済まない・・・
君から子どもを奪ってしまって・・・

・・・あれ?
あの母と子は、
ヨゼフィーネとレオンハルト皇子ではない!
あの赤ん坊の髪の色、そして瞳の色・・・
あれは、俺だ!
では、抱いている女性<ひと>はお袋か?
・・・いや、髪の色は同じだが、あれは別人だ!

ではいったい、あの女性<ひと>は誰なんだろう?
なんだか、懐かしい気もする
・・・微かに記憶にある・・・

もしかして、血の繋がりのある実の母親?
<エルフリーデ・フォン・コールラウシュ>
名前しか知らない俺の産みの母親・・・


 フェリックスは、はっとなって目が覚めた。
(またこの夢だ・・・)
 ふう~と深い溜息をつくと、彼はベット脇に無造作に置いてあった書類を手にした。
(寝る間際に、これを読んでいた影響か?)
 フェリックスが、その書類の中から一枚の写真を取り出す。その写真には、士官学校の制服を身に纏ったヨゼフィーネが、学友達と何か作業をしている姿が写し出されていた。
(あれから五年・・・彼女<ヨゼフィーネ>も大人になった・・・)


 ビッテンフェルトの下の娘であるヨゼフィーネは、今、士官学校に在学して寄宿舎生活を送っている。この書類は、士官学校でのヨゼフィーネについて、フェリックスが定期的に調べさせている報告書である。昨夜、フェリックスの元に、ヨゼフィーネの最近の様子が届けられたのであった。

ヨゼフィーネは、もうじき卒業を迎える
自宅で父親のビッテンフェルト元帥と一緒に暮らすようになれば、
この報告書は必要なくなる

 フェリックスは、今一度報告書を読み直して確認すると、シュレッダーにかけた。ヨゼフィーネに関する資料は残さないのが、皇帝の側近であるフェリックス達の暗黙のルールとなっている。
 フェリックスがヨゼフィーネ本人と最後に話をしたのは、まだ皇子を身籠もっていた頃で、女性というには早すぎる年齢であった。『お腹の子を、ビッテンフェルト家の子どもとして育てたい!』と訴えたヨゼフィーネの縋るような目を、フェリックスは忘れずにいた。
 その後、自分でお腹を痛めて産んだ赤ん坊を<皇妃マリアンヌに託す>という周囲の予想外の選択をしたヨゼフィーネは、それ以降も皇室と関わることは一切なかった。皇帝のアレクも、ビッテンフェルト家の意志を尊重し、ヨゼフィーネの件に触れることを控えていた。
 だが、何かの拍子にフェリックスだけには、ヨゼフィーネに近況について尋ねる事があった。アレクが彼女を気にかけていることは、フェリックスにも痛いほど判っている。それ故フェリックスは、アレクの質問に出来るだけ応じられるように、このような調査をしているのである。


 こうして影からヨゼフィーネを見守るようになってから、フェリッスは自分の産みの母親の存在を意識し始めていた。皇子を皇妃に託したヨゼフィーネの様子が、ミッターマイヤー夫妻に自分を託したエルフリーデと重なってきたのかも知れない。
 自分のなかで少しずつ膨らんできた実の母親の残像に、フェリックスが問いかける。

『あの男の分まで、幸せにおなり・・・』

夢の中の貴女<あなた>
確かに、そう呟いていた・・・

 フェリックスのずっと閉ざされていた記憶の扉が、今まさにゆっくりと開き始めていた。



 銀河帝国皇帝の世継ぎとして紹介されたレオンハルトのお披露目から、五年の月日が経っていた。
 思わぬ皇子の登場に、人々の産みの母親への関心は、当然の如く非常に高まった。しかし、この件は徹底した極秘情報で事が進んでいたし、皇帝アレクの<皇子の産みの母親への詮索は無用!>という命令も大きく影響し、産んだ母親であるヨゼフィーネの存在が、世間に明るみになるという事はなかった。
 皇子のレオンハルトは一歳二歳と成長するに従って、皇太后ヒルダの予想していたとおり、育ての母親である皇妃マリアンヌに顔だちがよく似てきた。
 それ故世間では、<マリアンヌとレオンハルトは、血が繋がっているのでは?>という憶測をした。だが、当時マリアンヌが妊娠していなかったのは、確かに明らかである。それで<皇妃自身が産んでいなくても、自分の卵子を使った代理母による出産という方法で、世継ぎである皇子を得たのでは?>という噂が広がっていた。
 先入観のない目でこの一家の姿を見れば、<母親似の息子>と思ってしまうほど、マリアンヌとレオンハルトは母子そのものであった。
 レオンハルトの祖父に当たる先帝のラインハルトと、その姉のアンネローゼはよく似ていた姉弟であった。アンネローゼに面影が似ているマリアンヌと、隔世遺伝でラインハルトにそっくりなレオンハルト。その二つの偶然が重なったお陰で、血縁関係のない筈のマリアンヌとレオンハルトが親子のように似てしまうという不思議な現象が生まれた。
 まるで幸せな家族を絵にしたような皇帝一家の日々の様子に、国民は皇子の産みの母親の存在を忘れてしまうほど心から喜び親しんだ。


 ビッテンフェルトは、人々の皇子の産みの親への関心が、年々薄れてきたことに安堵していた。彼はあの辛い出来事を経験した娘に、父親としてこれ以上の負担を追わせたくなかった。従って、ヨゼフィーネの産んだレオンハルトが、父方の血筋を多く受け継ぎ、母方であるビッテンフェルト家の人間に似なかった幸運にほっとしていた。そして、皇子の産みの母親の予想が難しくなっているこの状況を、神に感謝するのであった。


 ヨゼフィーネは自分の産んだ子を皇妃に託した後、暫くふさぎ込んでしまった。しかし、士官学校に入学するという目標を得てからは、少しずつ前向きになった。ビッテンフェルトは、辛い経験から立ち直ってきた娘に喜びながらも、その将来に一抹の不安も感じていた。
 父親としては、姉のルイーゼのように妹のヨゼフィーネも、いずれは幸せな結婚生活を送って欲しいと願っていた。しかし、難しい立場であるヨゼフィーネの結婚には様々な問題が生じる可能性があり、彼女の背負っている運命をそのまま受け入れられるような男は、そう簡単には現れてくれないだろうとも予想していた。
 更に、軍人を希望したヨゼフィーネに、ビッテンフェルトは<陛下に対して嫌悪感すら持ったフィーネに、皇帝に忠誠を誓う軍人が務まるか?>という懸念も持っていた。それで士官学校に入る前、ヨゼフィーネにアレクへの忠誠心について尋ねた事があった。
 「ローエングラム王朝に忠誠を誓うわ!」と言って、いとも簡単に父親の質問をかわしたヨゼフィーネのこの言葉で、ビッテンフェルトは娘が自分の産んだ皇子レオンハルトの為、軍人になったということを悟った。


 士官学校の最上級生であるヨゼフィーネは、いつも忙しいそうである。休暇には帰省して父親に顔こそ見せてはいるが、自室に閉じこもり勉強に没頭している。娘の充実した学生生活を送っている様子に、ビッテンフェルトも一安心していた。そして、今のこの平穏な日々が続くことを、心から祈った。



 久しぶりの休暇で自宅に戻っていたヨゼフィーネは、姉の嫁ぎ先であるワーレン家に招かれていた。その日は当主のワーレンは軍務で居なかった為、アルフォンスとルイーゼ夫婦、子供達、そしてヨゼフィーネの五人での夕食となった。
「そろそろ仲間内で卒業後の配属先の話題が持ち上がる頃だろう?フィーネは最終的な希望はどこにしたんだい?」
 同じ軍人である義兄のアルフォンスの質問に、ヨゼフィーネが答える。
「第一志望を艦隊勤務にしたわ。早く宇宙を行き来して航海士としての経験を積みたいの!」
「フィーネも艦隊勤務希望か・・・。相変わらず宇宙に行く艦隊勤務は人気があるな~」
 アルフォンスも、若い頃は艦隊勤務を経験している。
「そうね。でも、艦隊勤務は男性を優先させるから、女性には本当に狭き門なの・・・」
 ヨゼフィーネは自信なさそうに告げる。
「大丈夫!君の得意分野の航路に関する事では、そこいらの男性陣に負けていないだろう。それに、この間発表した<電磁場の動力学的理論>についての論文だって高く評価されていた。君のその才能は、人事課だって考慮すると思うけど・・・」
 アルフォンスが、笑顔で応じる。
「フィーネ、あなたのその進路希望を聞いて、父上は何か仰っていた?」
 姉のルイーゼが、ヨゼフィーネに質問した。
「何も・・・。艦隊勤務希望に反対はしなかったけど、喜んでもいなかったって感じ・・・」
 艦隊司令官でもある父親の反応に、少し不満げなヨゼフィーネを見て、ルイーゼが諭す。
「そう・・・。きっと、父上は複雑なのよ。フィーネが職業として軍人を選んだことは喜んでいるし、自分と同じ道である艦隊勤務を望む事も嬉しいと思っている筈。でも、フィーネには出来れば地上勤務で、自宅から通って欲しいと望んでいるのよ。本当のところ父上は、これ以上フィーネと離れて暮らすのが嫌なのよ」
「でも姉さん、もし宇宙に行っても、私の帰る場所は我が家よ!ちゃんと父上の元に帰るのに・・・」
 ヨゼフィーネは少しむくれながら答えた。そんな彼女に、笑いながらルイーゼが父親の心情を伝える。
「ええ、判っているわ。でも、士官学校に入ってからのフィーネは、寄宿舎生活で休暇以外はなかなか逢えなかったでしょう。その分、卒業したら再び一緒に暮らせる・・・と、父上は期待していたの。もし、フィーネが艦隊勤務になって遠い宇宙に行ってしまったら・・・と考えた父上は寂しくなった。だから、フィーネから進路の希望を聞いたときも、素直に喜べなかったのよ。・・・私もフィーネには、せめて簡単に行き来の出来る地上にいて欲しいわ」
 ルイーゼの少し窺うような表情に、ヨゼフィーネは話題を逸らした。
「姉さん、この話は辞令の発表後にしましょう。まだ、艦隊勤務と決まった訳じゃないし、何処に配置されるかは全く判らないんだもの。それに、士官学校を卒業したばかりの学生の初めての配属先が、自分の希望どおりになんてならないわよ・・・」
「それもそうね・・・」
 ルイーゼもそれ以上追求せず、その後の食卓はヨゼフィーネの進路とは無関係の話題となった。



 翌朝、ワーレン家の階段を、やんちゃ盛りのヨーゼフが駆け降りてきた。祖父のビッテンフェルトの名を貰った影響か、アルフォンスとルイーゼの次男坊であるヨーゼフはいつも騒々しい。母親のルイーゼを見つけると、朝の挨拶もそこそこに問いかける。
「ねえ、フィーネおばさんは何処にいるの?」
「あのね、ヨーゼフ、フィーネは夜のうちにお家に戻ったの」
「えぇ~、てっきりお泊まりしていると思ったのに・・・。ちぇ」
 ヨーゼフが舌打ちをしてふて腐れる。
「フィーネおばさんは士官学校の卒業を控えて、いろいろと忙しいのよ」
 叔母であるヨゼフィーネを遊び仲間と勘違いしているようなヨーゼフに、ルイーゼが苦笑いする。
 ふいにヨーゼフが神妙な顔つきになって、ルイーゼに打ち明けた。
「あのね、ムッター。昨日の晩、寝ている僕と兄さんを見ながら、フィーネおばさん泣いてたよ・・・」
「えっ?」
 朝食の支度をしていたルイーゼの手が思わず止まった。
「僕、目を開けちゃいけないような気がして、寝たふりしていたけど・・・。フィーネおばさん、とっても悲しそうだった。ムッター、フィーネおばさんどうしたの?」
 息子に問い詰められて、ルイーゼは慌てて繕う言葉を探した。
「あの・・・フィーネは『卒業して友達と別れてしまうのが寂しい・・・』と言っていたの。ヨーゼフだって、大好きなお友達と離ればなれになったら泣きたくなっちゃうでしょう?」
「うん・・・」
「それより早くお顔を洗ってきなさい。朝ご飯にしましょう!」
 あまり納得していない様子のヨーゼフだが、母親の言いつけどおり洗面所に向かった。それを見て、今度は兄である長男のテオドールがルイーゼに話しかける。
「ねぇ、ムッター、ヨーゼフは夕べ初めて気が付いたみたいだけど、前からこういう事はあったよ。僕達が寝ているとき、フィーネおばさんが子ども部屋で、声を出さずに泣いていることが何回か・・・」
「・・・前から何度も?」
 ルイーゼの顔色が少し変わってきた。
「うん・・・。僕もどうしていいのか判らなくて、いつも寝たふりしちゃうけど・・・。ねぇ、ムッター、教えて?どうして、フィーネおばさんは寝ている僕たちを見て泣いちゃうときがあるの?」
「そ、それは・・・・」
 言葉に詰まったルイーゼの代わりに、夫のアルフォンスが息子に説明する。
「テオ、それは君がもう少し大きくなったとき、フィーネおばさんの口から理由<わけ>を話してくれるかも知れない。それまで、そっとしてあげて欲しいな・・・」
「・・・はい、ファーター」
 真剣な表情で話す父親のアルフォンスの言葉に、テオドールは素直に従った。
「・・・でも、もし、フィーネおばさんが困っているのなら、僕、助けたい!」
息子の健気な心意気に、アルフォンスが顔を綻ばせながら言った。
「そうだね。そのときは頼むよ!」
「ありがとう、テオ、頼りにしているわ。でも、フィーネは大丈夫だから心配しないで・・・」
 ルイーゼも叔母思いの優しい息子に、笑顔で応じた。


 子供達が朝食を食べ終え夫婦二人っきりになったとき、ルイーゼがアルフォンスに泣きそうな顔で話し始めた。
「・・・フィーネは、同じ年頃の男の子であるテオやヨーゼフから、あの子を・・・レオンハルト皇子の姿を見いだしているんです。・・・・ねぇ、あなた、フィーネはここにいるのが苦しいから、私達の傍にいるのが辛くなってきたから、宇宙に逃れたいと思っているのでしょうか?」
 ルイーゼの問いかけに、アルフォンスはやんわりと否定した。
「いや、そうとは言えないよ。学生時代には、宇宙の壮大な魅力に引き付けられる気持ちが沸き上がるんだよ。私も士官学校の頃はそうだったからね。それに、フィーネがずっと航海士になりたがっていたのは、君も知っているだろう」
 アルフォンスだってルイーゼの考えに共感する部分があったのだが、それを言うと妻が更に辛くなると考え、あえてその気持ちは伝えずにいる。
「ええ、でも・・・。あなた、フィーネの艦隊勤務は<決まり>なのでしょうか?」
「それは、私にも判らない・・・。陛下の<ヨゼフィーネの希望は出来るだけ叶えるように!>という命令は、軍人としての配属先にも大きな影響があるだろう・・・」
 アレクの側近でもある夫の言葉に、ルイーゼが深い溜息をつく。
「ルイーゼ、フィーネも言っていたれけど、卒業後の配属先はまだ正式に決まった訳ではないよ!実際、フィーネの立場は難しいんだ。皇子に関わっている人間だから、何かあったとき身柄を確保する為にも、遠い宇宙より義父上や私達の目の届く地上勤務の方が望ましいのは確かなんだからね」
「私は、フィーネがどんどん遠くに行ってしまうような気がして怖いんです」
 不安げな妻の様子に、アルフォンスがルイーゼを軽く抱きしめながら伝える。
「君の心配も判るけど、フィーネは大丈夫だよ。皇子を身籠もっていたあの頃とは違う。フィーネは強くなった」
「ええ、そうですけど・・・」
「士官学校を卒業すると、軍人としての世界が大きく広がる。フィーネも他の学生同様に、現在<いま>は自分の将来に向けて羽ばたくときなんだ。俺たちはそれを静かに見守ろう」
「判りました・・・」
 少し笑顔になったルイーゼに、アルフォンスも笑みを返した。



 ヨゼフィーネが士官学校に戻ってから、数日間が過ぎた。
 ミュラーの帰宅を告げる衛視の声で、妻のエリスははっと我に返った。
「あら、もうこんな時間だったのね・・・」
 キャンパスの前に立っていたエリスは、絵筆を置き作業着を脱ぐと、急いで玄関へ向かう。丁度コートを脱ぎかけていたミュラーとかちあう。
「お帰りなさい、ナイトハルト。出迎えが遅れてしまってごめんなさい。私、絵に夢中になっていて、すっかり時間を忘れていたわ」
「大丈夫、気にしないで!エリスの方こそ、気持ちが乗っているときは絵に集中して構わないんだよ」
 エリスは夫のコートを受け取ると、にっこりと微笑んで伝える。
「私はあなたと一緒の時間を、一秒だって無駄にしたくはないわ」
 結婚してもう二十年以上経つのに、まだこの二人は新婚時代と変わらないような暮らしぶりである。子どもにこそ恵まれなかったが、この夫婦の絆の強さは誰もが知っていた。


 夫婦でくつろぐ夕食の席で、エリスがミュラーに報告をする。
「今日、ルイーゼが子ども達を連れて遊びに来ましたよ。ちょっと見ないうちに二人とも大きくなって・・・」
「へぇ~、そうだったんだ。みんな元気かい?」
「ええ、兄弟で活発に走り回っていました。特にヨーゼフは、赤ちゃんの頃心臓を大手術したとは思えないほどやんちゃですよ。ルイーゼが『いつも子ども達に振り回されて大変!』とぼやいていました」
「男の子ってそんなもんだよ。体中のエネルギーを発散させてしまわないと落ち着かないんだ」
 ミュラーが笑って答える。そんな夫に、エリスがしみじみと言った。
「・・・しかし、小さい頃は気が強くておてんばだったルイーゼが良妻賢母の座に落ち着いて、逆に繊細で大人しかったフィーネが軍人の道を歩もうとしている。なんだか不思議な気がします」
「確かに!小さい頃の性格と将来の職業は、そう簡単には関連づけられないものだね」
 ミュラーもそう言って頷き、夫婦で昔の小さかった頃のルイーゼとヨゼフィーネを思い出す。
 和やかな会話の後、エリスが少し真剣な顔になってミュラーに相談した。
「あなた、ルイーゼがフィーネの卒業後の事を心配していましたが・・・」
「ルイーゼが!・・・どんなふうにかな?」
 ミュラーも気になって尋ねる。
「フィーネは艦隊勤務を望んでいるのですが、その事をルイーゼは<レオンハルト皇子から離れる為に、遠い宇宙に行きたがっている>と感じているようです」
「う~ん、・・・君はどう思う?」
 ミュラーは妻の意見を求めた。
「昔、身籠もったフィーネが赤ん坊の父親の事を誰にも言えなかった頃、私はフィーネの赤ちゃんを養子にしたいと、あなたに申し出た事がありましたよね。そのとき、あなたに言われました。『養子にだすなら、ビッテンフェルト家と関わりの無い、離れた場所の家庭のほうがいい。実の母親の近くだと、母と子どちらにも残酷だよ』と・・・」
「ああ、私が君にそう言った事は覚えているよ」
「レオンハルト皇子は五歳になられました。これからますますお友達と遊びたがる時期を迎えます。遊び相手として八歳のテオや六歳のヨーゼフは丁度よい年齢で、ワーレン家はこれからいろいろな面で王室と関わってくるでしょう」
「確かにそうだね。両陛下の信頼が厚い側近の子ども達ということで、皇子の遊び相手として選ばれるのは間違いないよ。昔、王宮を遊び場にして育った陛下やフェリックス達のように、テオやヨーゼフもレオンハルト皇子と一緒に成長していくだろう・・・」
 ミュラーもエリスの考えに同意する。
「フィーネにもそれが判っているから、卒業を目処にテオやヨーゼフ達とも距離を置こうとしているのかも・・・」
「君もそう思うか・・・」
「ええ・・・。フィーネはまだ辛いんですよ。だから、出来るだけ陛下や皇子から距離をおこうとしている。ビッテンフェルト提督もフィーネの気持ちが判るから、慎重に行動している。その事はルイーゼも充分判っているんです。でも、子ども達と皇子の交流を阻む事は出来ない。皇室との家族ぐるみのお付き合いがどんどん増えてくる事に、ルイーゼも悩んでいました」
「皇子の産みの母親であるフィーネの、軍人としての立場も微妙だが、ルイーゼも妹との距離の取り方が、だんだん難しい立場になっていくな。でも、ビッテンフェルト提督だって、その辺のところは考えておられると思うが・・・」
 夫の言葉を受けて、エリスは少し間をおいてからミュラーに告げた。
「ビッテンフェルト提督は、あの出来事の後、少し変わられたような気がします。ルイーゼも、父親にフィーネの事を相談するのは遠慮しているようですし・・・」
「う~ん、ビッテンフェルト提督に少し覇気がなくなったのは、私も感じているが・・・。でも、士官学校を卒業したフィーネが、自宅から通えるような場所に配属になれば、彼に昔のような活力が戻るかも知れない・・・」
 ミュラーのこの発言に、エリスの目が輝いた。
「あなた、フィーネの自宅通勤というのは、あり得るのでしょうか?もしそうなれば、フィーネに何があったとき、すぐ支えてやれるし手助けだってできる。それに、ルイーゼとフィーネの間を、私がうまく取り持つ事も可能です・・・」
 少し興奮気味に自分の希望を述べたエリスが、はっとなった。
「済みません。フィーネの配属先に口出しするなんて・・・。出過ぎました」
 シュンとなったエリスに、ミュラーが優しく告げる。
「エリス、出来れば私もそれを望んでいるんだ。だが、フィーネの『宇宙に行きたい!』という希望を優先すれば、少し無理があるかも・・・」
 ミュラーの少し難しい顔に、エリスは小さな溜息をついて呟いた。
「フィーネの希望は、叶えてやりたいのですけど・・・」
 ルイーゼとヨゼフィーネをずっと見守ってきたこの夫婦は、姉妹のそれぞれの行く末についても案じていた。

<続く>