絆 4

「聞いたぞ~フェリックス。君がフィーネにプロポーズするとは!」
 ヨゼフィーネに結婚を申し込んだ翌日、職場でアルフォンスに話しかけられたフェリックスがはにかんだ。
「しかし、いつからそういう気持ちになったんだ?君はフィーネにずっと逢っていなかったんだろう?」
「うん、確かにヨゼフィーネとは直接逢ってはいなかった。だが、レオンハルト皇子が陛下の元に来てから、俺なりに彼女をずっと見守ってきた。それでいつのまにか、そういう気持ちになっていた・・・という感じかな」
 照れながら打ち明けるフェリックスに、アルフォンスが頷く。
「それにしても、いきなりプロポーズはないだろう?」
 アルフォンスの言葉に、フェリックスが思わず言い返す。
「君がそれを言うか?」
 フェリックスに言われたアルフォンスが一瞬考え込んだ後、声を出して笑った。振り返ってみれば、アルフォンスが結婚の際に申し込んだプロポーズも突然なもので、ルイーゼは驚きのあまり目を丸くしていたものだった。
「はは、私のときは、それまでルイーゼとは仲良くしていたし、多少の自信もあったよ。だが、君は違うだろう?だいいち、肝心のフィーネの君への気持ちは白紙状態だし・・・」
 笑いながら告げるアルフォンスに、フェリックスも苦笑いして答える。
「まぁ、今回は宣戦布告みたいなもんだ・・・。ヨゼフィーネの反応は覚悟していたし、これから先が長いだろうって事も予想している・・・」
 フェリックスの冷静な分析に、アルフォンスが思わず茶化した。
「昔、ルイーゼを口説き落とそうと躍起になっていた私に『ビッテンフェルト元帥と義理の関係になる気苦労を考えた方がいい!』と忠告した事を覚えているかい?その君が、フィーネにプロポーズか・・・」
「・・・昔のことは記憶にないね!」
 バツの悪そうな顔で、フェリックスが誤魔化す。
「昔か・・・そうだな~、君のあの忠告からいったい何年経ったんだろう?あのときは、私も陛下もまだ独身だったのに、今はお互いやんちゃ盛りの息子がいる。フィーネだって士官学校に入学したかと思ったら、もう卒業だ。本当にあっという間に月日が流れる」
「君は子どもの成長と比べるから、余計に時間の流れが速く感じるんだろう。独身の俺は、なにも変わらないから時間の経過にどうも疎い」
 フェリックスがそう言った後、少し真面目な顔になってアルフォンスに訊いてきた。
「・・・俺がヨゼフィーネにプロポーズをした事について、ルイーゼは何か言っていたかい?」
 プロポーズを申し込んだ当人のヨゼフィーネより、姉のルイーゼの方の反応を気にしているようなフェリックスに、アルフォンスは(無理もない。学生であるフィーネよりも、社交界に出入りしているルイーゼの方が、女性関係の噂はよく耳にする。フェリックスだって、その辺のところが気になる筈だ・・・)と考えた。
「うん、ルイーゼも『君が?』って驚いていたよ。でも、肝心のフィーネの反応があんな調子だろう。姉としては<今暫く様子を見る>といったところかな」
「そうか・・・。ルイーゼには頭から反対されると思っていたよ。なんせこちらが女を次々換えるのを、彼女は呆れたような目で見ていたからな」
 苦笑いをするフェリックスに、アルフォンスが励ます。
「ルイーゼだって、そのうち君を理解するよ・・・」
「ああ、時間を掛けて納得してもらうつもりだ。ところで、君はどう思った?」
「私?私は・・・・・・」
 アルフォンスが意味ありげに含み笑いをすると、フェリックスの質問に応じた。
「欲を言えば、もうチョットかわいげのある義弟が欲しかったところだな!」
 アルフォンスがクスッと笑い、フェリックスは肩を竦ませる。
「ミーネさんには気に入られた方が得策だぞ!あの義父上でさえ、頭が上がらないときがある。彼女は、ビッテンフェルト家に大きな影響力をもっている女性だよ」
「心得ているよ!」
「それから、我が家のチビ達にも嫌われるなよ!あれでも、大好きな叔母さんを守るナイトのつもりなんだから」
「判っているよ。<将を射止めんとすればまずは馬を射よ!>だろう。テオやヨーゼフはレオンハルト皇子の遊び仲間だし、結構仲良くやっている」
 次々助言するアルフォンスに、フェリックスがその度に頷く。
「私も結婚するとき、フィーネ達の協力で、ルイーゼを口説き落せたんだ。周囲の力は大きいぞ」
「ああ、少しずつ外堀を埋めていくさ・・・」
 ビッテンフェルト家における家族の結束の強さは、フェリックスだって感じている。その家族の一員でもあるアルフォンスが、しんみりとした様子でフェリックスに話した。
「君にとって義父上は、少し難しいと感じるかも知れないが、あれで君には結構期待しているんだよ!素直に出さないとは思うがね・・・」
「期待されているかどうかは判らないが、今回のプロポーズが反対されなかっただけでも、有り難いと思っているよ!それにアルフォンス、俺はもうビッテンフェルト元帥を苦手としていない。これでも、あの黒色槍騎兵艦隊の司令官代理を務めたんだ。俺なりに彼を理解している」
「うん、そうだったな・・・」
 昔こそビッテンフェルトに苦手意識を持っていたフェリックスだが、彼の代理で黒色槍騎兵艦隊の遠征の司令官を務めた頃から少しずづ変わってきた。一緒に遠征した黒色槍騎兵艦隊の幕僚や若手の士官達とは、今も親交を深めているフェリックスである。彼らのように司令官を崇拝するところまでいかないにしても、フェリックスなりにビッテンフェルトに対する敬意は持っている。
「・・・フィーネは未だに、時折寂しそうな顔をする。特にうちの子ども達を見ているときの目が切ないんだ。そして、そんなフィーネを見ると、ルイーゼは落ち込んで、<皇子を皇妃に託すという決断は、正しかったのだろうか?>って思い悩むんだ」
 五年以上経った昔の話に、フェリックスが思わずアルフォンスの顔を見つめた。
「ルイーゼは、まだあの日に縛られている。私はルイーゼに、『<あの決断は正しかったのか?>と正誤を問うのはなく、<フィーネの決断したことは正しい!>と信じるんだ!』とアトバイスしているのだが・・・」
 アルフォンスの難しい顔に、フェリックスが思わず告げる。
「アルフォンス・・・俺から言うのもなんだが、レオンハルト皇子は陛下や皇妃に愛されて充分幸せだと思うが・・・」
「うん、確かにその通りだ!ルイーゼだって判っているんだよ。只、ルイーゼはフィーネが可愛い分、やりきれない部分もあるんだ。多分、フィーネ次第で、乗り越えられる問題だと思う。だからこそ、みんなフィーネの幸せを心から願っている。・・・フェリックス、フィーネの心を射止めるのは大変かも知れないが、是非頑張って欲しい・・・」
 少し寂しげに笑ったアルフォンスに、フェリックスは(やはりヨゼフィーネの一件は、家族でずっと引きずっていたんだ・・・)と改めて感じていた。
 少し深刻な顔になったフェリックスを見て、アルフォンスが別の話を振ってきた。
「因みに訊くが、陛下はこの事を知っているのかい?」
「ああ、陛下には、俺がヨゼフィーネにプロポーズを申し込む事は伝えてある。『君の希望とヨゼフィーネの希望が一致すれば良いが・・・』と、陛下は笑っておられたよ」
「そうか・・・。誰よりも陛下が一番、フィーネの幸せを願っているのかもしれない・・・」
 アルフォンスの呟きに、フェリックスが頷いた。
「正式にヨゼフィーネとの事が決まったら、陛下にも報告する・・・」
「そうだな!・・・しかし、それはいつ頃になる予定なんだい?」
 半分茶化しながら問いかけるアルフォンスに、フェリックスは素直に自分の気持ちを伝える。
「実は俺にも、正直なところ見当が付かないんだ。取りあえずヨゼフィーネにはプロポーズで意志表示はしたものの、この先は焦らず慎重に進めるつもりだから・・・」
「そうか。だが、大丈夫だよ。少しずつでも進んでいるうち、ゴールは見えてくるもんさ・・・」
 アルフォンスがフェリックスを励ました。そんなアルフォンスを見てフェリックスが、ふと、あることに気が付いた。
(アルフォンスと俺は身長は同じくらいだよな・・・)
「アルフォンス、つかぬ事を訊くが、君はビッテンフェルト元帥より背が高いかな?」
「ん、義父上と?・・・多分、同じくらいじゃないかな~」
 フェリックスはチラリとアルフォンスの背中を見る。
(あの馬鹿でかいビッテンフェルト元帥より大きな背中の男なんて、そうそういるわけはない!と思っていたが、アルフォンスは案外ビッテンフェルト元帥より大きいかも知れない・・・)
 あまりにもアルフォンスが身近にいすぎて、フェリックスは彼の体型を見逃していた。
「その~、もう一つ訊くが、君はビッテンフェルト家にあるバニーの着ぐるみを着たことがあるかい?」
「バニーって、あのウサギの?・・・確か、ルイーゼと結婚する前、フィーネの誕生会で着た事があったけど・・・。それがなにか?」
「いや、そ、そうか。別に・・・。特に深い意味は無いんだ・・・」
(ヨゼフィーネのあの好みの傾向は、ルイーゼと同じなのか?姉妹そろってあの特殊な父親が基準なんだ。・・・・・・しかし、俺は矜持にかけても着ぐるみなんぞ、絶対着ないぞ!)
 フェリックスは心の中で決意したものの、アルフォンスの逞しい背中を見て、つい溜息が洩れてしまった。



 ヨゼフィーネの士官学校の卒業式が無事終了した翌朝、フェリックスは花束を抱えてビッテンフェルト家を訪れていた。リビングでフェリックスを迎えたヨゼフィーネが、少し顔をしかめながら告げる。
「また来たの?」
「そんな嫌そうな顔をするなよ・・・。卒業のお祝いを持ってきた」
 フェリックスが花束を差し出す。
「ありがとう・・・。でも、あのとんでもないお話だったらお断りよ!」
 思わずフェリックスに牽制をかけるヨゼフィーネに、ソファでくつろいでいたビッテンフェルトが声をかける。
「俺は席を外そうか~」
 柄になく気を遣ったビッテンフェルトに、ヨゼフィーネが返事をする。
「いいえ、父上、大丈夫よ。私、聞かれて困ることなんてなにもないし!」
「ビッテンフェルト元帥、どうぞ、お気遣いなく!ご令嬢との交際は、できるだけオープンにしたいと考えていますから・・・」
 フェリックスもすまして答える。結局ビッテンフェルトは、ソファに座ったまま、二人の会話の傍観者となった。
「まずは、卒業おめでとう。それで、先日の件だが・・・」
 言いかけたフェリックスの言葉を遮るように、ヨゼフィーネは話し出す。
「フェリックス、私はこれから宇宙を行き来する生活が始まるの。早く宇宙での実務経験を積んでキャリアを深めたいと思っている。だから、変な事であなたと関わってなんかいられないわ!」
「夫婦で軍人をやっているカップルは珍しくないよ。だから、君が結婚後も軍人でいる事に、なにも問題はない。だいいち、俺は妻の仕事にいちいち干渉するつもりもないし・・・」
 このフェリックスの考えに、ヨゼフィーネが呆れた顔になった。
「はぁ~、あなたの立場で、奥さんが職業婦人?冗談でしょう・・・」
「君が望むなら・・・」
「無理よ!」
 即答でヨゼフィーネが答える。
「俺はべつに妻が職業を持っていても構わない」
 フェリックスが平然と答える。
「全く・・・。私、あのお話は、はっきりとお断りしたんですけどね・・・」
 ヨゼフィーネはそう言うと、ビッテンフェルトの方をチラリと見つめた。一瞬、娘と目があったビッテンフェルトだが、持っていた新聞で顔を隠し素知らぬふりをする。
「今はそう思っていても、そのうち考えが変わる事だってありえるだろう?」
 父と娘のやり取りが視野に入ったフェリックスだが、気にせず食い下がる。そんなフェリックスに、ヨゼフィーネが質問する。
「フェリックス、仮の話よ。・・・もし、あなたが私と結婚したとする。そのうち、家庭が落ち着けば子どもが欲しくなるだろうし、ご両親のミッターマイヤー夫妻にも孫を見せたいと思うでしょう?」
「確かにそういう気持ちになる可能性はあるが・・・」
 フェリックスが言った返事を受けて、ヨゼフィーネがすぐ発言する。
「でも、私はもう子どもは産まないと決めている・・・」
 <子どもは産まない・・・>と言い切ったヨゼフィーネに、思わずビッテンフェルトとフェリックスが顔を見合わせた。ヨゼフィーネは目の前の二人の予想以上の反応に気まずさを感じ、思わず目を伏せる。
 フェリックスはそんなヨゼフィーネを見つめながら、そのまま何事もなかったように会話を進めた。
「そうか。意見が合ったな!実は俺は子どもが苦手で、夫婦のふたりだけの家庭で充分なんだ。だから、妻が職業婦人でも構わないって言っただろう」
「でも、さっき、ご両親に孫を見せたいという気持ちもあるって・・・」
「それは仮の話だと君が言ったから・・・。それに、親父達に孫を見せる為に、君と結婚したいわけではない!」
 少し強い口調になったフェリックスに、ヨゼフィーネが仕方なさそうに別の理由を伝え始めた。
「フェリックス、あなたは皇子に近すぎる・・・。私は今のこの状態で精一杯・・・。これ以上、自分からは距離を縮めたくないの」
 ヨゼフィーネの本音を感じたフェリックスが、この機会にと、ある事情を伝える。
「ヨゼフィーネ、君が皇子を産んだ母親であることは、消し去る事は出来ないし、君の生涯にずっとついてまわる事だ。今までは極秘事項としているが、いつまでも隠し通せるという保障はない。それに陛下は、皇子には時期を見て生まれた経緯を話すおつもりだ」
「えっ、ダメ!」
 思わず強く反対したヨゼフィーネが、動揺を隠すように一言だけ付け加えた。
「・・・まだ早いわ!」
「今すぐっていうわけではないよ。・・・もう少し成長してからだよ。皇子はまだ小さいからね・・・」
 フェリックスもヨゼフィーネの様子を見ながら、言葉を選ぶ。
「私、皇妃さまと皇子の仲に割ってはいる事なんて考えていない!」
 感情的になってきたヨゼフィーネが、フェリックスに訴える。
「ヨゼフィーネ、そんなふうに考えるなよ。俺も、物心つく前に自分が養子であることを教えてもらった。自分でも、それは良かったと思っている。変に隠しだてをされると子供心にも不信感が出てくるし、拗れて受け止める場合だってある。ましてや人々の注目を浴びている王室なんだ。どのような形で情報が洩れ、皇子が知る嵌めになるか判らない。皇子が、素直に真実を受け入れられる状態のうちに話しておきたいというのが両陛下のお考えだし、俺もその方がいいと思っている」
「でも・・・」
 確かにフェリックスの言っている事は正しいと、ヨゼフィーネも感じている。それにフェリックスは、自身の経験からも言っているだけに、その言葉には意味も重みもある。なのに、ヨゼフィーネはそれを受け止められずにいた。
「・・・ヨゼフィーネ、真実を告げるのは皇子にだけだ。世間に公表する訳ではない。君が騒がれる心配はないと思うが・・・」
 できるだけ負担を感じさせないように、フェリックスがヨゼフィーネに説明する。
「フェリックス、お願いだからこの話はもうお終いにして!私、今日は出かける用事があるから、これで失礼するわ!ごめんなさい・・・」
 涙目になってしまったヨゼフィーネは、慌ててフェリックスにそう告げると、あっという間に外に出て行ってしまった。



 またしても、ヨゼフィーネに置いてけぼりをくらってしまったフェリックスが、間の悪そうな様子で、今まで傍観者であったビッテンフェルトに告げた。
「ヨゼフィーネを困らせるつもりは無かったのですが・・・。でも、皇子に真実を知らせないわけにはいかない。それに、この件はいつまでも隠し通せる事でもないし・・・」
「フェリックス、いいんだ。今回、おまえがこの話を持ちかけた事で、あいつも少しは心の準備をするだろう。フィーネだって、どこかで覚悟はしていた筈・・・」
 ビッテンフェルトの<気にするな!>という仕草で、(ヨゼフィーネを傷つけたのでは?)と感じていたフェリックスも些か救われた。そんなフェリックスに、ビッテンフェルトが忠告する。
「それにしてもフェリックス、この間俺に話したように、フィーネに自分の心をありのまま伝えればいいのに・・・・。あんな事務的な言い方だと、口説いているように見えないぞ・・・」
「あのことは、ヨゼフィーネには言いたくないです・・・。母恋しさの子供のようで・・・」
「母恋しさか・・・。フィーネがそんなふうに受け止めるとも思えないが・・・」
 苦笑いするビッテンフェルトに、フェリックスは気になっていたことを訊いてみた。
「あの~ビッテンフェルト元帥、私がここに来ている事で、残り少なくなった親子水入らずの時間を邪魔していることになりませんか?」
「いや、構わない!お前が来ると、ヨゼフィーネの口数が増えるんだ。それに、俺に言わない本音も聞ける・・・」
 ビッテンフェルトは微かに笑うと、フェリックスに伝えた。
「フェリックス、フィーネの出航まであと僅かだ。俺に遠慮せず、フィーネに逢いに来ればいい・・・」
「ありがとうございます。それで、ビッテンフェルト元帥、少し確認したいのですが・・・」
「ん?」
「ビッテンフェルト元帥は父親として<私がヨゼフィーネに結婚を申し込んだ事を許可している>と、受け取ってよろしいのでしょうか?」
 おずおずと訊くフェリックスに、ビッテンフェルトがニヤリ顔で問い詰める。
「許すもなにも、こういう事は本人同志の気持ち次第だろ。俺は、賛成でも反対でもない。フィーネが決める事だ!・・・だが、お前さんにフィーネを口説き落とせるかな?」
「長期戦は覚悟していますよ」
 口ではそう言っているフェリックスだが、心なしか自信がある様子に、ビッテンフェルトは面白くなくなった。
「お前、振られることも経験しておいた方がいいぞ・・・」
 突然のビッテンフェルトの皮肉に、フェリックスが一瞬固まる。
(やはり、この人にとって、娘の結婚話は面白くないらしい・・・)
 理解を示していると思っていたビッテンフェルトのこの言葉に、フェリックスは、一筋縄ではいかない難しい父親を再認識する。
 そんなフェリックスに、ビッテンフェルトは更に茶化すように訊いてみる。
「フェリックス、なんなら、バニーの着ぐるみ、着てみるか?」
「えっ、い、いえ、いいです。・・・遠慮しておきます!」
 フェリックスの渋い顔に、ビッテンフェルトが悪戯っぽく笑った。



 肝心のヨゼフィーネもいなくなり、フェリックスは仕事に行く前にビッテンフェルト家に立ち寄った事もあって、早々に引き上げた。
 そして、一人になったビッテンフェルトは、先ほど娘が言った言葉を思い出していた。

『もう、子どもは産まない・・・』か・・・

フィーネ・・・
お前は、皇子を身籠もって辛かったあの頃を
二度と思い出したくないということか

それとも、
皇子の異父弟妹が生まれる事を
避けたいと思っているのか?

お前のその心配や不安は、よく判る
だが俺は、お前にもう一度赤ん坊を抱かせたい!

今度こそ、産んだ子を、
誰にも託さずに済むんだ
いつまでも
自分の胸に、抱いていられるんだぞ

 ビッテンフェルトの脳裏に、産んだばかりの我が子を手放し、父親の胸で号泣していた五年前のヨゼフィーネの姿が浮かんでいた。



 このヨゼフィーネとフェリックスのカップルは、ルイーゼとアルフォンスのようにトントン拍子には進まなかった。初めから、アルフォンスに恋心を抱いていたルイーゼと違って、ヨゼフィーネはフェリックスに全く関心がなかった。その事を考えれば、この二組を比べる事こそ無理があるというものである。
 ヨゼフィーネは念願の宇宙に旅立ち、ひたすら自分の道を歩んだ。一方のフェリックスは、相変わらず陛下の側近としての忙しい日常をこなしていた。二人の関係に進展は見られず、ミュラーの予想どおり、いや予想以上の長期戦となっていく模様を感じさせていた。
 ヨゼフィーネとフェリックスについて、<口出しせず見守る>と言った筈のビッテンフェルトだが、一向に変わり映えしない二人の関係に、ついに見ていられなくなった。彼の忍耐力は、もう限界近くまで迫っていたのである。


<続く>