初恋 2

「お呼びでしょうか?ビッテンフェルト提督」
 ビッテンフェルトに呼び出されたアルフォンスが、彼の執務室を訪れる。
「よう!アルフォンス。ちょっと訊くが、卿は今週の日曜日何か予定があるか?」
 何か企んでいそうなビッテンフェルトの顔は、五十代になっても子供のガキ大将そのものだ。若い頃から親父顔であった彼は、年を重ねても余り変化は見られない。強いて言えば、顔に皺が増えたぐらいだろう。
「日曜日ですか?今のところ予定はないですが・・・何か?」
「よし!その日、卿を我が家のお茶に招待する。午後三時に、これを着て来るように!」
 そう言ってビッテンフェルトは、アルフォンスに大きな箱を手渡した。
「いったい何ですか?これは・・・」
 きょとんとした顔をしているアルフォンスに、ビッテンフェルトは念を押す。
「いいか、日曜日には絶対これを着て来るんだぞ。命令だ!」
「御意・・・」
 なにが何だか判らないアルフォンスは大きな箱を抱えて、執務室を後にした。



 軍務省で自分のデスクの前で箱の中身を広げたアルフォンスは、思わず考え込んでしまった。彼の机の上には、大きなウサギの着ぐるみが広がっている。しかも色は可愛らしいピンク色で、かぶり物の頭の長い耳には、大きなリボンさえ付いている。
「どうした、アルフォンス?」
 軍務省においてアルフォンスの指導係ともいえるドレウェンツが、難しい顔のアルフォンスに問いかけると同時に、机の上のものを見て仰け反った。
「な、なんだ~!これは?」
「あの~、ビッテンフェルト家のお茶会というのは、着ぐるみを着て行かなくてはいけないのでしょうか?」
「えっ、いや~そんな事はないだろう。私はよくミーネさんのお茶に呼ばれてビッテンフェルト家に行くことがあるけれど、着ぐるみなんか着たことはないぞ~」
 アルフォンスはドレウェンツの言葉に、ビッテンフェルト家のミーネの姿を思い浮かべた。
「ドレウェンツ副官がミーネさんと?・・・副官殿は意外と渋い好みをお持ちなんですね!」
「ん!・・・こ、こら、勘違いするな~。私は、ミーネさんのアップルパイが目当てなんだ。彼女の作るアップルパイは、一度食べたら忘れられないぞ!」
 顔を赤らめて焦るドレウェンツは、まだ独身である。
「実はビッテンフェルト提督に『お茶会に、これを着て来い!』と命令されたんですが・・・。これはどういう意味なんでしょう?」
「さぁ~」
「もしかして、私はビッテンフェルト提督にからかわれたのでしょうか?」
「あの人はときどき理解に苦しむところがあるからな~。どこまで本気なのか我々には区別ができないよ。ミュラー閣下に教えてもらった方がいいぞ。あの御仁が変にごねると手に負えなくなるから・・・」
「う~ん??」
 どう考えても意味が判らないアルフォンスは、ドレウェンツの教えに従い上司であるミュラーに、この着ぐるみの意味を訊いてみる事にした。


「閣下、つかぬことをお訊きますが・・・」
「なんだい?」
 銀河帝国軍務尚書のミュラーも、五十代になった。相変わらず年齢より大分若く見え、周りからは<年を取らない軍務尚書>とさえ言われている。昔から見た目の若さには定評があったミュラーだが、さすがに現在<いま>は砂色の髪には若干白い物も見え始め、程良い渋さを漂わせるようになっていた。
「ビッテンフェルト提督から日曜日、これを着て御自宅のお茶会に来るようにと命令されたのですが・・・」
「おっ、これは<ウサギのバニー>じゃないか!懐かしいなぁ~。今週の日曜日?・・・そっか。楽しみだな♪君のバニー姿!」
「えっ?あの~、本当にこれを着ていかなければダメなのでしょうか?」
「命令されたんだろう?従うんだな!ビッテンフェルト提督に睨まれると、後がやっかいだぞ!」
「閣下、今度の日曜日、仕事を入れてもいいですよ。いえ、仕事させてください!」
「大丈夫!君は日曜日は休んでいいから。その代わり、今週一杯残業してもらうけど・・・」
(そ、そんな~)
 アルフォンスは情けない顔になっていた。



 問題の日曜日、ウサギの頭のかぶり物を手に持ちピンク色の着ぐるみを着ているアルフォンスを、ビッテンフェルト家の衛視が目を丸くして通した。
 来客の訪れに玄関ドアを開けたルイーゼも、ウサギのバニー姿のアルフォンスを見て一瞬驚き、その後笑いを堪えるのに必死だった。
「笑ってもいいよ~」
 肩を震わしているルイーゼに、諦め顔のアルフォンスも笑う。
「このバニーちゃんの姿は、もしかしてうちの父の命令?」
「当たり~!お茶に呼ばれたのだけれど、この格好で来いと言われたんだ」
「やっぱり・・・。実は、今日、妹のヨゼフィーネの誕生日なんです」
「ルイーゼ姉さん、誰?」
 ルイーゼの後ろから覗き込むように クリーム色の髪と蒼色の瞳の女の子が顔を出した。
「ワーレン大佐よ。アルフォンス、この子が妹のヨゼフィーネです」
「こんにちは・・・。この方、軍人さんなの?」
 戯けたウサギの格好のアルフォンスを見て、ヨゼフィーネがたじろぐ。
「やぁ、初めまして。こんな格好だけど、これでも軍人だよ。誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます」
 初対面のアルフォンスに、ヨゼフィーネが緊張気味に答える。
「さあ、アルフォンス!中へどうぞ。今、ヨゼフィーネのお友達が来ていて賑やかですが・・・」
 ウサギの着ぐるみ姿のアルフォンスが部屋に入った途端、「きゃあ~♪かわいい~!ウサギのお兄さんよ♪」と 女の子達の黄色い歓声が上がった。そして、あっという間にウサギのアルフォンスは、ヨゼフィーネの友達に囲まれてしまった。


 楽しい時間は瞬く間に過ぎて、ヨゼフィーネの誕生会に集まった友達はそれぞれ帰宅した。
 それまで女の子達に囲まれていたアルフォンスも、ようやくひと息付くことが出来た。そんな彼に、ルイーゼがコーヒーを持ってくる。
「今日はご苦労様!実はこの間、あなたが話した子供の誕生会の夢のことを、私、何気なく父に話してしまったの。だから、父はこのことを思いついたんだわ。アルフォンスの折角の休日を潰してしまってごめんなさい」
「いえいえ、私も女の子にもてて楽しかったですよ」
「もし、この後ご予定がなければ、夕食を召し上がっていきませんか?父やミュラーおじさまも、じき姿を見せますし・・・」
「お誘いは嬉しいのですが、実は今夜、祖父と一緒に夕食を食べる約束をしていまして・・・。最近私も父も残業が続いて、『夕食のとき誰もいないのが寂しい・・・』と祖父からぼやかれましてね。はは、どうも年寄りには弱くて・・・」
「あら、そうなんですか。残念ですけど先約が優先ですよ。私たちとは、次の機会にご一緒しましょう」
「是非!」


 ウサギの着ぐるみ姿のアルフォンスを見送って、リビングに戻ったルイーゼがエリスに呟いた。
「アルフォンスってなんとなく、うちの父上に似ているわね・・・」
「あら、そうぉ?・・・でも、確かに子供達と同じ目をして遊んでいるところなんか、似ているかも」
 先ほどまでヨゼフィーネ達と一緒になって遊んでいたアルフォンスを見ていたエリスが答える。
「あの大きな背中・・・アルフォンスは父上と同じ、あったかそうな背中をしているの・・・」
「背中?ルイーゼは、アルフォンスの背中を見ていたの?」
 エリスがからかうようにルイーゼの顔を覗く込む。
「えっ!・・・チョットだけそう思ったの。ただ、それだけ~」
 ルイーゼはそう言って笑ったが、少しばかりときめいていた心が顔に正直に現れていた。
「ルイーゼの視線がそこに行くのも判るわ~。男性の大きな背中って魅力的よね。でも、うちのナイトハルトの後ろ姿も素敵よ♪」
 顔を赤らめていたルイーゼに、エリスがウィンクした。



 翌日、軍務省でミュラーにアルフォンスが声をかけた。
「閣下、ヨゼフィーネの誕生日のこと教えてくださればよかったのに・・・。知っていれば、彼女に誕生日のプレゼントを用意して行きましたよ!」
「はは、君の<ウサギのお兄さん姿>見たかったよ!ヨゼフィーネが喜んでいたし、それがいいプレぜントになっただろう。私も昔、あのウサギのバニーになったことがあるよ。ルイーゼの小さい頃だったけれどね」
「へぇ~、閣下もですか」
「ルイーゼに『ウサギのふわふわの背中にオンブされたい!』ってねだられて背負ったのはいいけれど、着ぐるみを着て人をオンブというのはけっこう難しいんだ。手が上手く仕えないし、頭はかぶり物で固定されている。しかも、小さな子供だとつかみ所がなくて背中で落ち着かない。危なっかしくて落とさないように気を遣って大変だったよ。なのに招待された子供達が『自分もウサギにおんぶされたい~!』と並んで行列が出来てしまってね・・・。次の日、腰が痛くなったものだよ。ヨゼフィーネの小さい頃は人見知りが強くてね、動物の着ぐるみさえ怖がってしまったんだ。お陰で私は、着ぐるみからは解放されたんだけれど・・・」
「はは。でも、着ぐるみを着ていると女の子にもてますよね♪癖になりそうです」
「他にも熊とかパンダとかいろいろあった筈だよ。どれもビッテンフェルト提督に会わせて特注で作っているから大きめだけれど、君も体格がいいからサイズが合うだろう。使う機会があったら貸してもらうといいよ!」
「そんなに種類があるんですか?凄いですね・・・」
 アルフォンスが感心する。
「あの家にはいろいろなイベントグッツがあるんだ。クリスマスのサンタの衣装一式やハロウィンの仮装ものなんかもね。ビッテンフェルト提督がそういうのが好きなんだよ」
「そうらしいですね」
「黒色槍騎兵艦隊も、司令官に似ていてお祭り好きだぞ~」
 ちょうどそばに来たドレウェンツが、半分呆れた顔でアルフォンスに教えた。
「そういえば、黒色槍騎兵艦隊の忘年会も凄いとか・・・。艦隊勤務時代、噂を聞いた事がありますよ」
「あれは<凄い!>を通り越して<不気味!>って言うんだ」
 ドレウェンツが恐ろしいものを見たような表情になって話す。
「そうなんですか?」
「ビッテンフェルト元帥の麾下の幕僚が、女装した姿を想像してみろよ・・・」
「えっ、女装!・・・・・・いえ、想像したくありません!」
 アルフォンスが思わず身震いをしていた。


<続く>