亜麻色の子守唄 1

 激しく雨の降っている真夜中、ビッテンフェルト家で衛視との連絡用のインターホンの音が響いた。
「大丈夫だ!俺が、出るから・・・」
(この時間の用件ならば、俺だろう・・・)と予想したビッテンフェルトが、ベットから起きかけたアマンダを制して受話器を取る。
「提督、真夜中に申し訳ありません。あの~、アントン・フェルナーと名乗る者が提督に会いたいと訪ねて来ております。何だか不審な面もありお断りしたのですが、知り合いだと言い張るもので・・・」
 衛視の報告に、ビッテンフェルトが頷きながら応じる。
「大丈夫!そいつは俺の知り合いだ。通してくれ」
 モニターに写るフェルナーの顔を確認して、ビッテンフェルトは衛視に告げた。
(こんな時間の不審者の問い合わせは、閣下に怒られるかも・・・)とびくびくしていた衛視は、ほっとしたらしく溜息が漏れていた。そして、先ほどまでの警戒を解いて、来客フェルナーと連れの人物を玄関に案内した。


(この真夜中に一体?)
 ビッテンフェルトには、フェルナーが急に訪ねて来た理由の見当がつかなかった。
「どなたです?」
 ガウンを羽織ったアマンダが、ビッテンフェルトに尋ねる。
「フェルナーが訪ねて来た。何だか訳ありな感じだが・・・」
「フェルナーが?・・・とにかく、中に入って貰いますね」 
 慌ただしく身支度を整えたアマンダが、玄関先に向かった。
 玄関のドアを開けると、フェルナーと連れの人物が姿を現した。
「アマンダ、こんな時間に済まない・・・」
 フェルナーは詫びを入れていたが、ビッテンフェルトとアマンダは、彼の言葉よりも隣に立っている女性の方に目がいっていた。銀色の長い髪と碧色の瞳を持つ小柄な女性で、まだ十代と思われる若さがあった。
「こんなにびっしょり濡れて、まず着替えが必要ね!」
 アマンダがずぶ濡れの二人にバスタオルを手渡し、着替えの準備をする。


「どうぞ、こちらで着替えて」
 アマンダがフェルナーが連れて来た女性を、客室に案内する。その部屋はまるでお店のようにたくさんのぬいぐるみが並び、華やかに銀色の髪の娘を迎えてくれた。
「あら!可愛い」
「この部屋、凄いでしょう・・・」
「女の子がいるんですか?」
「ええ、父親が次々買うもんだから子供部屋から溢れて、この客間まで占領してるの」
 アマンダが苦笑しながら告げる。
「私はエリス・ワイゲルト。エリスと呼んで下さい」
「私はアマンダ。それより、風邪を引いてしまうから先に着替えて・・・詳しいことは後から伺いますね」
「はい」
 エリスが頷きながら返事をする。


 リビングで着替えているフェルナーの裸を見て、ビッテンフェルトが救急箱を持って来た。
「怪我しているじゃないか」
「かすり傷ですよ」
「いいから、手当をさせろ!これはやけどか?」
 消毒スプレーを豪快に振りかけながら、ビッテンフェルトはフェルナーに呟く。
「たった今、焼け出されて来ましたからね。ボヤでしたけれど・・・」
 フェルナーが他人事のようにあっさり言う。
「・・・放火されたのか?」
「まあね。奴らにすれば一種の脅しでしょうけど・・・」
「奴ら?・・・う~ん、また危ない仕事をしているのか?」
「危ないと言うより、スリルがある仕事かな」
「物は言い様だな・・・。それで?」
「実はあの娘を、当分の間預かって欲しいんです。知り合いの娘なんですが、明るくていい娘<こ>ですから・・・」
「その知り合いはどうしたんだ?」
「安全じゃない場所にいるもんで・・・」
「・・・・・・」
 ビッテンフェルトが、思わずフェルナーの顔を覗き込む。
「あの娘<こ>を巻き込みたくなくて・・・」
「判った!俺に任せろ!」
 珍しいフェルナーの依頼に、ビッテンフェルトが快く了承した。


 丁度、アマンダが温かいココアを持って姿を現した。
「アマンダ、あの娘<こ>を我が家で、暫く預かる事にした」
「判りました」
 アマンダが心得たようにフェルナーを見て頷く。
「済まんな。頼む・・・」
 フェルナーがほっとしたようにアマンダを見つめた。
「フェルナー、私はエリスさんの父親を知っていますよ」
「えっ?」
 アマンダの言葉に、フェルナーが驚いた。
「いつも、スケッチブックが目印でした。でも、プライベートは全く・・・、名前すら知りません」
 話が見えないビッテンフェルトに、アマンダは「軍務省で雇っていた情報提供者です」と教えた。
「情報屋か・・・」
 ビッテンフェルトが納得したように呟く。
「そうか・・・お前さんも知っていたか。しかし、相変わらず勘が鋭いな・・・」
「勘というより、エリスさんの顔をみて父親を連想したというだけですよ・・・」
 すると、フェルナーがにやりと笑って言い返した。
「俺もうちの軍務尚書の墓の前で、同じような連想をしたことがあったな・・・」
 からかうようなフェルナーの言葉に、ビッテンフェルトとアマンダが無言で見つめ合ってしまった。


「洋服をお借りしました。ありがとうございます」
 着替えを済ませたエリスが、リビングに現れた。
「エリス、改めて紹介する。こちらはビッテンフェルトご夫妻だ。お前はしばらく、この家に預かって貰うことになった。このご主人、口は悪いが性格はあっさりしているし、奥方は俺とは昔からの知り合いだ。だから、お前は何も気にせず俺の迎えを待って欲しい」
「・・・はい」
 エリスは素直にフェルナーの言葉を受け入れた。そして、目の前のビッテンフェルトとアマンダに自己紹介をする。
「私はエリス・ワイゲルト。エリスと呼んで下さい」
「俺はフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトだ。こっちは妻のアマンダ。あとは赤ん坊が一人いる」
「あの部屋のぬいぐるみで、女の子がいるって判りました♪」
「そっか。あれって、つい、買ってしまうんだよなぁ・・・」
 ビッテンフェルトが照れ笑いをした。


 ピカッ!バリバリバリ~
 突然、稲妻の光が入って来たかと思うと間をあけず、もの凄い音が鳴り響いた。
「きゃぁ!」
 エリスが驚いて、フェルナーにしがみついた。
「今のは、凄かったな~」
 ビッテンフェルトも驚いていた。
「うえ~ん!」
 今の雷の音で起きてしまったのであろう、赤ん坊の泣き声が聞こえた。立ち上がろうとするアマンダに、「俺が行くから!」とビッテンフェルトは子供部屋に急いで向かった。
「・・・噂通り、娘に夢中だな。お宅の旦那は・・・」
 アマンダは(そうでしょう)と言う表情で肩をすくめた。だが、アマンダは知っている。ビッテンフェルトが席を外したのは、(自分がいない方がフェルナーが事情を話しやすいのでは?・・・)と気遣った事を・・・。


 アマンダとフェルナーは、軍務省で長いこと一緒に働いていた同僚であった。見た目には親しい付き合いという感じではなかったが、上司であったオーベルシュタインを通じてお互いの信頼関係は築かれていた。
「こんな夜は、嫌でもあの日を思い出してしまう・・・」
 二人の上司であるオーベルシュタインが逝ってしまった日も、外はこんなふうに荒れていた。
 規律と冷静を誇る軍務省に、かつて無い混乱と動揺が生じたあの嵐の夜。
「お前は、自分の居場所を見つけたからいいさ。だが、俺の時計はあの日から止まったままだ・・・」
「フェルナー、軍人に戻るつもりはありませんか?」
「ふん、今更・・・。それに一体誰に忠誠を誓うんだい?」
「・・・・・・」
「俺は、うちの軍務尚書以外の上官を持つつもりはない。そんなこと、お前が一番よく知っていると思っていたが・・・」
「でも、一人の人間の力には限界があります」
「無茶はしないさ!・・・それに、軍服を着ていない方が、動きやすいってこともあるんだぜ」
 アマンダの心配そうな顔にフェルナーが答えた。
「お前が、俺の為にそんな顔見せるなんて、昔は考えられなかったな・・・。どんな時でも鉄仮面を被っていたから・・・」
「鉄仮面?」
 エリスが不思議そうに呟き、アマンダが苦笑いをした。
「つまり、俺がいくらこの人を口説こうと思っていても、隙が全くなく無駄だったってことさ。守りが完璧だったんだな!」
「冗談ですよ・・・。フェルナーは一度も口説いた事はありませんし、口説く気も無かったでしょう」
 そんなふうに言ったアマンダに、フェルナーは自慢げに答える。
「俺は、落ちない相手は攻めないんだよ。でも、大抵の女は、俺が口説く前に落ちているんだけれどな・・・」
 くすっと笑ったエリスが、からかうように言った。
「だから、フェルナーさんはいつも連れて歩く女の人が違うんですね?同じ女性<ひと>といるところ見たことないって、父が言ってましたよ」
「そういうこと!さてと、俺の服、乾いたかな?そろそろ退散するから」
 アマンダはフェルナーの言葉に頷くと、乾かしていた彼の服を取りに行った。


「こんな雨の中、帰るのか?」
 ルイーゼを寝かしつけて戻ってきたビッテンフェルトが、玄関にいたフェルナーに声をかける。
「ええ、いろいろ急ぎの用事があってね・・・」
「そうか、気を付けろよ・・・」
「エリスのこと、頼みます。押しつけて悪いですが、他に頼める奴がいなくて」
「俺に任せろ!それに、お前には<借り>があるんだから、堂々と俺に頼めばいいさ」
「借り?」
「忘れたのか、俺はまだ、アマンダの居場所を教えてくれたときの<借り>を返していないぞ!・・・」
「あぁ、あれか」
 ふっと笑ったフェルナーの肩を、ビッテンフェルトは軽く叩いた。
「何かあったら、必ず知らせるんだぞ!」
 ビッテンフェルトの言葉に、背中を見せたまま片手を挙げてフェルナーは応じた。そして、その姿は暗闇に消えていった。


 フェルナーが去ってアマンダと二人きりになったとき、エリスがポツリと呟いた。
「フェルナーさん、こんな嵐の夜に大切な人を失ったんですね・・・」
 彼女の問いかけに、アマンダが遠い目をして語りかけた。
「逝ってしまった人を忘れたくないという想いが、時間を止めてしまったのね。思い出が風化しないように・・・」
「思い出が風化?」
「失った大切な人の事を時間の流れと共に忘れていくことを、彼は恐れているの。だから、事件の日を、昨日の事のように思い出すようにしているのね」
「・・・だから、フェルナーさんからは、時折辛そうな感じがするんですね・・・」
「そうなの?」
 問いかけるような表情をしたアマンダだが、自分に言い聞かせるように呟いた。
「やっぱり、本来いるべきはずの人が突然いなくなってしまった喪失感は、なかなか簡単には埋められないものなのね・・・」
「アマンダさん?」
 エリスはアマンダの様子から、(この人も、そんな想いをしたことがあるのかもしれない・・・)と感じた。
「今日は、いろいろあって疲れたでしょう。部屋でゆっくり休んで頂戴・・・」
 アマンダは微笑みながらそう言って、エリスにくつろぐことを勧めた。
「はい・・・。それじゃお休みなさい」
 疲れていたエリスも、その言葉に従った。確かに今日一日で、いろいろなことがあった。
 ベットに入り、独りになってちょっと心細くなったエリスだが、沢山のぬいぐるみに見つめられていることに気がついた。銀色の髪と碧色の目を持つ娘は、何だかぬいぐるみ達に慰められているような気がして、安心して眠りにつくことができた。


 寝室で、ビッテンフェルトはアマンダに尋ねた。
「お前はどう思う?今回のこと・・・」
「あの~、これは私の予想で、確かではありませんけれど・・・」
 アマンダがビッテンフェルトに、自信なさそうに自分の考えを告げる。
「地球教が絡んでいるのかもしれません・・・」
「地球教?あの地球教か!」
 滅ぼした筈の宗教団体、あの忌まわしいテロ集団の名に、ビッテンフェルトは思わず息を飲んだ。
 雨の音がいつまでも聞こえる暗い夜、アマンダの表情も冴えない。ビッテンフェルトは何だか不吉な予感がしてきた。


<続く>


注)このサイトではフェルナーは軍人を退職して、探偵業をしている事になっています