息吹 4

 アマンダがいなくなってから、三日目の朝を迎えた。今日はルイーゼが、サマーキャンプから帰って来る日でもある。ミュラーは軍務省に出勤する前に、ビッテンフェルト家を訪ねてみた。
「アマンダから、何か連絡があったのか?」
 少しばかり期待の目をしているビッテンフェルトの問いに、ミュラーが首を振る。
「そうか・・・」
 ビッテンフェルトの疲れ切った様子では、ここにもまだ連絡は来ていないらしい。そんなビッテンフェルトに、ミュラーが提案した。
「今日のルイーゼの迎えは、エリスに行かせましょう」
「いや、俺が仕事先から直接行く」
 ビッテンフェルトの即答に、ミュラーはやんわりと否定する。
「だめです。今の提督は、アマンダさんを怒っておられるでしょう?」
「当たり前だ!俺がこんなに心配しているのに、連絡も入れずに・・・」
 ビッテンフェルトがいらついた様子で答える。
「アマンダさんがルイーゼに理由<わけ>を話そうと、迎えに来るかもしれません。だけど、提督のそんな怖い顔を見たら出て来られなくなります。しかし、その場にいるのがエリスだったら、きっと大丈夫ですよ」
「アマンダは、ルイーゼを迎えに来ると思うか?」
「多分・・・。実は、アマンダさんの昨日までの足取りが判りました」
「なに!」
「提督に無断で申し訳ありませんが、エリスに『アマンダさんを捜して欲しい!』と頼まれまして・・・。ただ、まだアマンダさん本人を見つけていなくて・・・」
「そうか。あいつ、何処にいたんだ?」
「アマンダさんは、ハンブルグとは正反対の地方、ハルツのある別荘に滞在していました」
「はぁ?・・・なんでまた・・・。車はハンブルクにあったんだぞ!」
「まぁ、一つの陽動作戦といえるでしょう」
「な、なに~!なんでアマンダが、この俺に陽動作戦をとるんだぁ~」
 ハンブルクに借りた駐車場付近を中心にアマンダを捜していたビッテンフェルトは、顔を真っ赤にしてミュラーに怒鳴った。
「あの~、提督に簡単に見つからないようにじゃありませんか?」
 ミュラーがこれ以上ビッテンフェルトを刺激しないように穏やかに告げてみるが・・・失敗した。
「ば、ば、馬鹿もん~!こんな大事なときに、夫婦で鬼ごっこしている訳じゃない!!!」
 ビッテンフェルトは目の前のミュラーに当たり散らす。
「提督、ミュラーさんがお困りですよ」
 コーヒーを持ってきたミーネが、ミュラーに助け船を出した。
「・・・ったく~」
 この三日間ですっかり煙草の喫煙量が増えてしまったビッテンフェルトが、くせになったように煙草を吸い始めた。そして、少し気持ちを落ち着かせ、ミュラーに尋ねる。
「しかしミュラー、お前はなぜアマンダがそっちの方に行ったと判ったんだ?」
「私は軍務省の人間ですよ・・・。人の行動の裏を探るのが専門になりました・・・」
 ビッテンフェルトの問いに、ミュラーが苦笑いをする。
「アマンダさんは、二日間、ラーベナルト・エーレンベルグ氏所有の別荘に滞在したのが確認されました」
「ラーベナルト・エーレンベルグ?聞いた事のある名だな。誰だったろう?」
「オーベルシュタイン家の執事を務めた方です。今はオーディンのご自宅で、老後を送っています。ハルツにあるこの方の別荘は、留守を預かる管理人が週に一度手入れに来る程度で普段は無人です」
「オーベルシュタイン家の執事・・・」
 オーベルシュタインという思い出したくない名前に、ビッテンフェルトの顔つきが変わる。
「アマンダさん、昔、ここに住んでいたらしくて・・・」
「住んでいた?」
 意外な報告で、ビッテンフェルトは驚いた。
「八年前の一時期です。ちょうどルイーゼが生まれた頃でしょう。ただ、八年も前の事ですし、現在の管理人も、当時のことはよく知らないらしくて・・・」
「・・・くそ~、死んでから何年もたつのに、なぜ未だに奴の名がででくるんだ。忌々しい!いい加減に俺の周りをうろつくんじゃない!」
 ビッテンフェルトの怒りの矛先は、ヴァルハラにいるオーベルシュタインに移ったようだった。
「捜していた者が、その場所に辿り付く前に、アマンダさんはそこを引き払ったようです。残念ながら、すれ違いでした・・・。それで私は、アマンダさんはこちらに来ていると思うのですが・・・」
「う~ん」
「とりあえずルイーゼの迎えには、エリスを行かせて下さい。その上で、連絡を待ちましょう」
「・・・よし、そうしよう」
 意見がまとまった事で二人はルイーゼの迎えをエリスに任せて、暫く様子をみる事にした。
 しかし予想は外れ、ルイーゼを迎えに行ったエリスから、ビッテンフェルトやミュラーが待ち望んでいた連絡は来なかった。



 その日の夕方、ビッテンフェルトは仕事が終わり次第、自宅に駆け込んできた。ルイーゼは、キャンプではしゃぎ過ぎて疲れたのだろう、ソファでうたた寝をしている。
「ルイーゼにはアマンダさんのことを、『用事があって出かけた』と説明しています」
 エリスがビッテンフェルトにそっと伝える。ビッテンフェルトは、眠っているルイーゼを見つめながら考えた。

現在<いま>のアマンダは
お腹の子を守ることしか考えられないのだろうか・・・
このまま、俺が反対してどうなる?
結局、アマンダは
別れてまでも赤ん坊を産もうとするだけなのでは・・・
現にあいつには、
一人でルイーゼを産んで育てていたという前歴もあるし・・・

 どこかで(ルイーゼが帰って来るまでには姿を現すだろう・・・)と、たかをくくっていたビッテンフェルトであったが、この期に及んでもまだ連絡が無いアマンダに、不安が高まっていた。

あいつがルイーゼを心配させるような事をするなんて・・・

 普段はビッテンフェルトの親ばか振りばかりが目立っているが、アマンダが何よりも一番ルイーゼの気持ちを大事にしているのは、皆知っていることだった。それだけに、ビッテンフェルトを始め誰もが、このような事態が信じられなかった。



「ムッター、当分帰って来ないんだってね・・・」
 みんなで食卓についた際、寂しそうにルイーゼがポツリと呟いた。その言葉に、周りにいたビッテンフェルト、エリス、ミーネの3人の目が合った。ルイーゼには、<アマンダは用事で出かけた>とは伝えたが、<当分帰って来ない>とは話していない。疑問に思ったエリスが、ルイーゼに尋ねてみた。
「どうして、アマンダさんが帰って来ないと思うの?用事が済み次第、帰って来ると思うけど・・・」
「だって、さっきルイの携帯にムッターから連絡がきたよ。用事が終わらないから、もうちょっと留守にするって・・・」
「なに~!!ルイーゼ、ちょっと携帯を貸しなさい!ええい、着信履歴のボタンはどこだぁ~」
 ビッテンフェルトは、今、子供達の間で流行っている猫のかたちの携帯を娘から取り上げて、慌てて操作する。
「い、いつムッターから、連絡があったんだ?」
 なにやら忙しないビッテンフェルトを見て、ルイーゼが不思議そうに問いかけた。
「・・・ファーター、何しているの?」
「アマンダの居場所を突き止める」
「ファーター、ムッターの携帯にかけて聞けば~。番号知らないの?」
「えっ!アマンダは携帯持っているのか?」
「ルイ、ムッターの番号知っているよ。かけてあげようか?」
「・・・た、頼む・・・」
 ビッテンフェルトは、取り上げた携帯を娘に渡す。
「うん、ちょっと待っててね!」
 ルイーゼは慣れた手つきで携帯を操作する。
「ムッター!ルイーゼだよ。あのね、さっき言い忘れたんだけどサマーキャンプでね・・・」
 母親が家出したとは知らないルイーゼは、無頓着にいつものおしゃべりを始めた。
「ルイ達のお夕食はこれから~。ムッターは何食べたの?」
(おいおい・・・)
 ビッテンフェルトは、いつものように話し込んでいる娘に頼み込んだ。
「ル、ルイーゼ、ちょ、ちょっと俺に貸してくれ!」
「ん、あのね、今、ファーターと変わるね~」
 ミーネが気を利かせて、ルイーゼを部屋から連れ出した。ルイーゼとミーネが部屋から出ていくのを見届けてから、ビッテンフェルトは努めて冷静に尋ねた。
「おい、アマンダか!お前、今どこに居るんだ?」
 返事が無いらしく、ビッテンフェルトの声はだんだん高まる。
「車は見つけたぞ!それに、昨日迄泊まっていたのがハルツの別荘だってことも知っている。お前は、何を考えているんだ~。そんな体であちこち出歩いて・・・。何かあったらどうするんだ!!」
 とうとう怒鳴り始めた。
「いいか、これから迎えにいくから、そこの場所を教えるんだ!」
 しばらくアマンダの話を聞いていたビッテンフェルトが「それは駄目だ!俺の気持ちは変わらないぞ」と答える。
 そう告げてまもなく、何やらビッテンフェルトの声は慌てた声になってしまった。
「えっ、そ、そんな~」
「おれは別れるつもりなんか無いからな!」
「お、おい、き、切るな~。判った!まず、逢って話し合おうじゃないか」
 ビッテンフェルトの焦っている様子が伝わり、それはついに頼み込むような口調になった。
「・・・アマンダ~」
 エリスは泣きそうなビッテンフェルトの様子から、この件に関しての軍配はアマンダの方に上がったと感じた。
「・・・よし、お前の希望どうりにしよう。それを前提に一番よい方法を考えよう・・・。だから、帰って来てくれ・・・」
(今は、俺が意地を張っている時間はないのだ。まず、アマンダを見つける事が大事だ・・・)そう考えたビッテンフェルトは、ようやくアマンダから居場所を聞き出した。
「わかった。ベルンカステル・ホテルだな。お前そこから動くんじゃないぞ!今すぐ迎えに行くから・・・」
 比較的近い場所のホテルの名に、エリスも安心したようだった。慌てて身支度をするビッテンフェルトが、エリスに伝える。
「エリス、これから、アマンダを迎えに行ってくる」
「はい、でも提督、落ち着いて下さいね。大声で怒ったらいけませんよ」
「あぁ、判っている」
「今日は私、ここに泊まりますので、どうか、お二人で話し合う時間を・・・」
「・・・そうだな、・・・そうしよう。ここだとルイーゼも居るし、また喧嘩していると勘違いされても困るしな・・・」
「その方がいいと思います」
「世話になるな・・・エリス」
 苦笑いして礼を言うビッテンフェルトに、エリスは微笑んで言った。
「ビッテンフェルト家は私の実家だって言ったのは、提督ですよ!だから、私はいつでも大きな顔をして泊まりに来ます。今日はルイーゼとサマーキャンプの出来事を、おしゃべりするという目的もあるし・・・」
 八年前、初めて来た頃のエリスと全く変わらない笑顔だった。ミュラーと結婚してもうすぐ五年目を迎えようとしているが、小柄でまだ子供もいないせいかまだ年頃の娘のように見えるエリスである。特にルイーゼと並んでいると、仲のよい姉妹のように見える。
 エリスとミーネに後のことを頼み、ビッテンフェルトはアマンダを迎えに走った。


<続く>