デキ婚から始まった恋愛 10

 ビッテンフェルト夫妻が揃って出席した新年会から数日過ぎたある日、アマンダは亡き上官の墓参りに来ていた。
 英雄達が眠る霊園の中を歩き目的の場所に近づいたとき、アマンダはそこに先客がいる事に気が付いた。その相手も近づいてきたアマンダの存在を知り、声をかける。
「よう!」
「あら、久しぶりですね、フェルナー。あなたも閣下のお墓参りですか?」
「まあな」
 フェルナーが、それまで自分がいた場所をアマンダに譲る。彼女は持ってきた花を墓前に供えると、亡き上官を偲び始めた。片隅に寄ったフェルナーは、懐からタバコを取り出し、吸い始める。
 二人に暫く静かな時間が流れた後、アマンダがフェルナーに問い掛ける。
「今日、貴方とここであったのは偶然ですか?なにか意図的な匂いがしますが・・・」
 窺うようなアマンダの視線に、フェルナーは(こいつの事だから、何か感づいたかな?)と思いつつ、先日ビッテンフェルトと逢った事は告げずに、素知らぬ振りで応じる。
「何の事かな?それより久しぶりに逢ったんだ、そっちの近況報告ぐらいしてくれよ。俺はお前達夫婦を引き合わせたきっかけを作っただけに、責任を感じているところもあるんだから・・・」
「責任?・・・まあ、貴方がそう言うのなら、そういう事にしておきましょう」
 何か思うところがありそうなアマンダだったが、それ以上フェルナーには追求しなかった。
「私達、夫婦として誰もが意外に思う組み合わせですけれど、それなりにやっていますよ。尤も娘の存在が、私達の仲立ちにまだ一役かっている状態ですが・・・」
「なるほど、子はかすがいというからな!ところでその娘は、今日はどうしたんだ?」
「娘は家でお留守番です。これからは夫婦で出かける事もあるので、少しづつ私から離れてもいいように、彼女は今練習中なのです」
「そうか、お前達、一緒に暮らし始めてからどれぐらい経った?」
「五ヶ月ぐらいですかね。でも、黒色槍騎兵艦隊の遠征が一ヶ月ほどありましたので、実質は四ヶ月といったところでしょう」
「あっという間だな。そろそろあの旦那の操縦にも慣れたか?」
「ええ、なんとか・・・」
「ところでアマンダ、こうして逢ったのもいい機会だから、元同僚としてひとつ忠告してもいいかな?」
「まあ、何でしょう」
 突然のフェルナーからの申し出だが、アマンダが思い当たるような含み笑いで頷く。
「軍人時代のお前は、自分の周りに誰も寄せ付けない壁を作っていたところがあっただろう?だから俺は、その辺が少し気になっていたんだ」
「その見解は否定しませんが・・・。今も私は、そんな感じを受けますか?」
 苦笑したアマンダが問い掛ける。
「いや、母親になってからのお前は、別人のように感じる。只、あの御仁は黒色槍騎兵艦隊の司令官だけあってあの通り親分肌の人だ。だから、お前は基本的に変な遠慮とかしないで何かと頼った方が、夫婦関係は上手くいくと思うぞ」
 フェルナーの忠告に、アマンダが頷く。
「ええ、あの人の気質は判っているつもりですが・・・。只、私達、心の準備も出来ないまま、いきなり一緒に暮らし始めたでしょう。だから、最初の頃はお互い手探り状態で、あのフリッツでさえ、私になにかと気を使っていました。私も彼との距離感が掴めず、他人行儀な所はあったと思います」
「仕方ないさ。誰だってあの御仁と、すんなり上手くやっていけるとは思わないだろうし・・・」
 ビッテンフェルトの性格の難しさを知っているフェルナーだけに、アマンダに同情する。
「アマンダ、お前さあ、気負わないでもっと気楽に、旦那に甘えたらどうだ?あいつは喜ぶと思うぞ~」
「実は、ミッターマイヤー夫人からも似たような事を言われました。私は、娘が父親に甘えている状態を見て、自分がフリッツに甘えていると勘違いして満足している。子供は自分の分身ではないのだから、自分自身が夫に甘えなさいと・・・」
「はは、なるほど。確かにそうかも知れん。噂によると、奴の子煩悩振りは物凄いらしいからな!見ているだけでお腹いっぱいになるってか・・・」
「なにしろあのパワーですから・・・」
 アマンダが苦笑する。
「アマンダ、パートナーに自分の全てをさらけ出す必要はないが、大事な事は言葉にしないと伝わらないぞ。特にあの御仁は、鈍いとは言わないが女性の心理に関して言えば疎い人種だ」
「ええ、まあ・・・。あの人はいろいろな意味での勘は鋭い方だと思いますが、フェルナーの言いたい事も判ります」
 アマンダが頷きながら伝える。
「フリッツと私は、今まで娘の父親、母親としての立場の方を優先していたと思います。新しい生活も落ち着きましたし、これからはお互い夫婦として向き合う必要があるのかも知れませんね」
「おいおい、あまり堅苦しく考えるなよ。もっと気楽にな!」
 真面目な顔で告げるアマンダに、フェルナーが呆れる。
「お前のその生真面目過ぎるところも心配だな。何しろあの御仁の言動は、ふざけて見えるし理解不能も伴うし・・・」
「大丈夫ですよ。慣れたのかフリッツの行動や思惑は、なんとなく理解できるようになりましたから・・・」
「ふ~ん、うちの閣下の秘書官だったお前が、とうとう黒色槍騎兵艦隊の気風に染まりつつあるか・・・」
「いえ、そこまでは・・・。ただ単に、世の中の奥方達と同じように、夫の操縦のコツを掴んだだけですよ」
「そうか・・・」
 黒色槍騎兵艦隊の気風にチョットしり込みをしているアマンダを感じたフェルナーが、ニヤッと笑う。
「全く、夫婦の事は夫婦にしか判らないな。俺の心配は無用だったかもしれん」
「いいえ、フェルナー、貴方が私達の事を心配してくれる事はありがたいと思っています。それに、今はフリッツも私も、相手に対してまだ慎重なので穏やかですが、慣れたらお互い我がままが出て、夫婦間で大きな波風が立つかも知れません。そのときは貴方に助けてもらうかも知れませんよ」
「おいおい、勘弁してくれよ!夫婦の事は夫婦で解決してくれ。俺があの御仁に関わるのは、出来るだけ最小限で済ませたい」
 渋い顔で首を振るフェルナーに、アマンダも思わず苦笑いになる。
「まあ、俺の出番なんかないように、上手くやるんだな!」
 フェルナーはそう告げると、アマンダの目の前から去っていった。


 その日の夕食後、ビッテンフェルトはいつものようにソファでくつろいでいた。丁度、娘のルイーゼを寝かしつけてきたアマンダがリビングに入ってくる
「ルイーゼは寝たか?」
「ええ」
「どうしてもルイーゼは、夜はお前でないとダメなんだな~。俺が寝かしつけようとすると拒否されるし・・・。俺にもオッパイがあったらな~」
 ビッテンフェルトのぼやきを聞いたアマンダが、苦笑いしながら告げる。
「そろそろルイーゼも母乳から卒業した方がいいと思っているのですが・・・。実際、ルイーゼは離乳食を結構食べているし、栄養的にも問題ないでしょう。寝かしつける方法も絵本の読み聞かせとか子守唄とかにして工夫すれば、フリッツも寝かしつける事が出来るかも・・・」
「うん、確かにそうなったら俺でも大丈夫だと思う。だが、無理はするなよ。ルイーゼからお前のオッパイを取り上げるのは、何だか至難の業のような気がするし・・・」
 ルイーゼにとって母親のオッパイが精神的な安定剤にもなっている事をよく知っているビッテンフェルトだけに、アマンダの考えが難しい作戦のように感じられた。
「恐らく最初は大泣きされる事でしょう。でも案外今の時期の方が、すんなり母乳の存在を忘れてくれそうな気もするのです。もう少し成長して知恵が付くと、その分いつまでも忘れず却って拗らす事になるかも知れませんし・・・」
「なるほど!まあ、ルイーゼの事はお前に任せるが、俺にできる事があったら何でも言ってくれ!」
「ええ、断乳するときこそ、ファーターの出番ですよ。私の姿が目に入るうちは、ルイーゼは母乳を諦めきれないでしょうし・・・。彼女が母乳の事を忘れるぐらい、フリッツが相手になってあげてくださいね。そのときはお願いします」
「おう!任せろ」
 そう言って胸を張ったビッテンフェルトの隣に、アマンダがおもむろに座った。いつもは向き合うように座るアマンダの珍しい行動に、ビッテンフェルトが少しばかり驚く。
(いったいどうしたんだ?)と思いつつ、隣のアマンダの出方を窺う。
「フリッツ、ちょっといいですか?」
「なんだ、急に改まって・・・」
「実は貴方に、ずっと訊きたいと思っていた事があるのですが・・・」
(やっぱり何かあった・・・) 
 アマンダの申し出に、ビッテンフェルトが身構える。
「何故、私を妻にしたのですか?私は、貴方の嫌いなオーベルシュタイン閣下の部下でしたのに・・・」
 アマンダの不意打ちの直球的な質問に、ビッテンフェルトは目を白黒させていた。
(こいつ、どういうつもりで、突然こんな事を言い出したんだろう?)
 アマンダの意図が判らず、警戒したビッテンフェルトがとりあえず無難な理由を口にする。
「だ、だって、ルイーゼもいるし・・・」
「私が貴方の娘、ルイーゼを産んだ女性だから、妻にしたのですか?」
 冷静に問い掛けるアマンダに対し、ビッテンフェルトがつい反射的に大声になった。
「いや、違う!・・・そうじゃない!」
 少し興奮気味になったビッテンフェルトに、アマンダが(落ち着いて!)と言わんばかりに夫を見つめる。 
 それを見たビッテンフェルトが、少し声のトーンを抑えて付け加える。
「俺はお前をずっと探していたんだ!ルイーゼの事を知って、それで急いで一緒になったから、お前も周りもそう感じてしまったのも判るが、本当は違うんだ!」
 ビッテンフェルトが照れくさそうに付け加える。
「その~、前にワーレンが家に来たとき、お前に『俺のどこが良くて結婚したのか?』って訊いた事があっただろう。そのときお前は、『自分にないもの持っている』って答えた。俺も同じだ!」
 ビッテンフェルトが小さなため息とつくと、自嘲するように小さく笑った。
「俺は、周りが呆れるほどバカ正直に感情が出てしまう。だからこそ、反対に自分の感情を閉じ込めているお前が気になってしまった・・・。ラインハルト陛下が崩御された後、お前の部屋で二人で過ごしたときがあったろう。憶えているか?」
「ええ、勿論です。貴方と初めて一緒に飲んで、一晩共に過ごしたのですから・・・」
「うん、俺はあのときの泣き方を忘れたようなお前の涙が気になったんだ。俺は、あんな悲しい泣き方をする女を見た事がなかった・・・」
 アマンダと酒を飲み、そして抱いた夜、ビッテンフェルトは(こいつは、死に場所を探している!)と直感的に感じたものだった。
「あの頃のお前は、生きる目標を失っているように、俺には見えた」
 ビッテンフェルトの言葉に、アマンダが軽く頷いた。
「当時の私は、新しい時代には何も興味はありませんでした・・・。でも、ルイーゼを授かってから、あの子に随分助けられました」
 穏やかな笑みを浮かべて話すアマンダに、ビッテンフェルトも笑みを浮かべる。
「その頃のお前を救ってくれたルイーゼに、俺は感謝している。それに、いなくなったお前の事をずっと探していた俺の願いも、ルイーゼは叶えてくれた。俺そっくりのあの子がいなかったら、フェルナーだってお前の事を俺に教えてはくれなかっただろう」
「そのルイーゼを、私に与えてくださったのは貴方ですよ」
「知らないうちにだがな・・・」
 苦笑いするビッテンフェルトを見て、アマンダがクスッと微笑む。
「俺は、お前のそういう笑った顔が見たかった。だから、妻にした。・・・結婚がこんな理由だとおかしいか?」
 少し自信のなさそうなビッテンフェルトが、アマンダの顔を覗き込むようにして問い掛ける。
「いいえ、充分です。ありがとう、フリッツ」
 ビッテンフェルトの目を見て、アマンダが満足そうに伝えた。
「今度はフリッツの番です。私に、何か訊きたい事はありませんか?」
「いや、今のところ特には・・・」
 アマンダの問いかけにそう返事をしたビッテンフェルトだが、反射的に以前気になっていた事が頭に浮かんだ。
 アマンダと出合った当時、それこそハイネセンでの出来事のときも二人が初めて飲んで過ごした夜も、彼女が自分を通して亡き婚約者の面影を見ている事に、ビッテンフェルトは気が付いていた。
 只、一緒に暮らすようになってからのアマンダは、その視線をアルベルトと重ねる事は無く、ビッテンフェルト自身を見つめるようになっていたので、それはいつしか気にならなくなり忘れていた事でもあった。だが思い出したついでに、折角のチャンスだからと、ビッテンフェルトは改めて訊いてみる。
「あのな、アマンダ、俺とアルベルトって似ているのか?」
 ビッテンフェルトがアルベルトの事を訊くのを予想していたかのように、アマンダは応じた。
「部下から慕われていた上官という点で見れば、軍人としての気質は似ていたのかも知れません」
「なるほど・・・」
「アルベルトの事、気になりますか?」
 アマンダからの問いかけに、ビッテンフェルトは思わず照れくさそうに頭を掻いた。
「あっ、いや~」
「一緒に飲んでいる仲なのですから、彼も貴方に自分の事を知って欲しいでしょう」
 そう告げると、アマンダが昔を思い出すように話し始めた。
「私とアルベルトは、家が隣同士の幼馴染でした。私は、彼を兄のように慕い、いつも後ろにくっついて遊んでいたのです」
 過去を懐かしむように遠い目になったアマンダが、婚約に至るまでのアルベルトとの思い出をビッテンフェルトに伝える。ビッテンフェルトは、時折頷きながらアマンダの思い出話を聞いていた。
「奴とは幼馴染だったのか・・・。結構付き合いが長かったんだな。まあ、一緒に過ごした時間を比べても仕方ないが・・・」
 ビッテンフェルトがチラッと漏らした本音に、アマンダが応じる。
「フリッツ、私は貴方と出合ってから生活が目まぐるしく変わって、ある意味、時間が凝縮されているような気がします。それだけ濃密な時間を過ごしているんでしょうね」
「そうか!実は、俺も結婚してからそんな感じを受けているんだ♪」
 先日フェルナーから、<女性は共感する相手を求める>と教えられた事が頭によぎったビッテンフェルトが、アマンダとの共通点に(俺は共感しているぞ~)とアピールするかのように伝えた。
「ルイーゼの成長を見る事で、同じ時間でも加速度が付いているように感じるのかも知れませんね。私がアルベルトと過ごした時間はあっという間に追い抜かれてしまうでしょう」
「そうか。そうだよな。俺たちこれからずっと、それこそジジイ、ババアになっても一緒にいるんだ。俺との付き合いの方が、奴より濃密で何倍も長くなる・・・」
「ええ、そうです」
 アマンダの言葉に、ビッテンフェルトも満足げに頷く。
「あのな、アマンダ、俺に気を遣わず、こうしてアルベルトの思い出話をしてくれないか?奴をライバル視するつもりはないが、アルベルトの事を知る事で、何だかお前の思い出を共有できるような気がして、ほっとするんだ。なにも改まって話さなくてもいい。何かの弾みで昔を思い出したとき、俺にも教えてくれたらそれでいい・・・。その~、アルベルトの事だけではなく、軍務省時代の事でもな!もう、お前の上官の話が出ても、機嫌を悪くしたり顔をしかめたりしないから・・・」
 まるで小さな男の子が、母親に条件を出して自分の望みを叶えてもらうような言い方のビッテンフェルトに、アマンダが軽く笑みを浮かべて了承する。
「ええ、判りました。あの~、フリッツ、私からもお願いがあります」
「ん、なんだ?言ってみろ」
「これからは、もっと夫婦の会話を増やして理解を深めませんか?私達、お互いの事よく知らないまま結婚しましたし・・・。私は貴方の事をもっと知りたいのです」
 アマンダにそう言われて、ビッテンフェルトの顔が思わず綻んだ。
「おう♪なんでも訊いてくれ!」
(俺がこいつの事を知りたいと思っているように、アマンダも俺の事を知りたいと言ってくれた・・・)
 ビッテンフェルトの中で、嬉しさと同時にアマンダに対する愛おしさが更に大きくなった。
 その日、夜更けまで話し込んでいたビッテンフェルトとアマンダは、夫婦で充実した時間を過ごしていた。


 アマンダと夫婦としての階段を一歩ずつ登っていくような実感を感じていたビッテンフェルトは、久しぶりにミュラーと昼食を共にする機会があった。
「ビッテンフェルト提督、何だかご機嫌ですね~」
 いつもに増して上機嫌のビッテンフェルトに、ミュラーが思わず声をかける。
「まあな、実はこの間アマンダから『俺の事を知りたいから、これからは夫婦の会話を増やそう』って言われてな♪」
「それはそれは、ごちそうさまです」
 嬉しそうに話すビッテンフェルトに、ミュラーも思わず笑顔になる。
「今まで俺たちの会話は、どちらかと言えばルイーゼに関する事ばかりだった。アマンダも俺に対しては、夫というよりルイーゼの父親としての比重が大きかったと思う。だが、今は夫の部分を優先している感じがするんだ。俺はその気持ちが嬉しくてな~」
「良かったですね。それこそルイーゼがいますが、提督達は新婚さんです!蜜月期はしっかり楽しんでください!」
「おう!今でこそ笑って話せるが、最初の頃、俺はあいつの考えている事が判らないときがよくあってなあ~。ほら、アマンダって、あの通り余計な事は言わないし、顔にも出さない。だから、ルイーゼがいなくてアマンダと二人っきりになると、間が持たないというか変な緊張感が漂っていた・・・」
 ビッテンフェルトが当時の頃を、恥ずかしそうにミュラーに打ち明ける。
「確かにアマンダさんはあまり自分の意見を主張しないタイプのようですし、提督達はいきなり一緒に暮らし始めましたからね・・・」
(ビッテンフェルト提督は、あれでも一応、アマンダさんに気を使っていたんだ・・・)
 ミュラーは、アマンダを見つけ出してから、あっという間に結婚まで漕ぎつけた当時のビッテンフェルトの強引な早業を思い出す。
「ミュラーから見ても、最初の頃の俺たちって、ぎこちなく見えただろう?」
 ビッテンフェルトの問いかけに、ミュラーはゆっくり首を振る。
「正直、提督から最初に結婚のお話を聞いたときは、チョット心配しました。でも新居を訪問して、お二人の様子を実際に拝見してからは、私はすっかり安心したものです。本当にお似合いの夫婦でしたから・・・」
「そうか、似合いの夫婦に見えたか・・・。だがミュラー、お前だから話すけれど、俺はアマンダに『愛している』って言った事がないんだ」
 ビッテンフェルトの意外な告白に、さすがのミュラーも咄嗟に言葉が出なかった。
 目を大きくして固まっているミュラーのあまりにも驚く姿に、ビッテンフェルトが言い訳をする。
「結婚したての頃の俺は、<アマンダに愛の告白をしたら、あいつはどんな反応をするのか?>と思うと、自信がないというか怖い部分もあってな・・・。ほら、俺はアマンダと少し強引に結婚したところがあったし、何しろ以前の軍務省での俺の評判はかなり悪かった・・・。只、一緒に暮らしているうち、それなりに夫婦として馴染んで来た。今更そんな言葉を口にするのも、何となく照れくさいというか気恥ずかしい感じがして、結局言いそびれてしまったんだ。まあ、だいいち、俺たちいい歳だし、それにルイーゼもいる。ラブラブの若い新婚さんっていう訳でもないし・・・」
 ビッテンフェルトの言い訳を聞いたミュラーが、彼に問いかける。
「でもアマンダさんは、夫からの<愛している>』っていう言葉を待っているのかも知れませんよ」
「まさか、あのアマンダに限って・・・」
 <ない!ない!>という具合に、手を左右に振ったビッテンフェルトだが、ふと我に返って真剣な顔で問いかける。
「・・・ミュラー、ホントにそう思うか?」
 真面目な顔のビッテンフェルトに、ミュラーが忠告する
「提督、言葉にしなくても気持ちが通じるというのは、ベテラン夫婦でも難しいと思いますよ。だからこそ、アマンダさんは夫婦の会話を求めたんじゃないですか?」
「そうか!アマンダが夫婦の会話を求めたのは、そういう理由<わけ>があったのか・・・」
 アマンダが夫からの<愛している>という言葉を望んで夫婦の会話を求めた理由<わけ>でもないのだが、ミュラーの言葉をきっかけにビッテンフェルトはそう思い込んでしまった。
 そして、ミュラーはミュラーで、ビッテンフェルトがアマンダに<愛している>と言えないのは、妻から愛されているという自信のなさからくるものだと思い込み、ある助言をする。
「大丈夫です!提督はアマンダさんに、最初から充分愛されていますよ!」
 自信たっぷりに告げるミュラーに、ビッテンフェルトが不思議がる。
「ミュラー、お前のその自信の根拠はなんなんだ?」
「ほら、以前酔っぱらった提督を、ご自宅まで送り届けた事があったでしょう。そのとき、私はアマンダさんと少しお話をしたんです」
「それで?」
 ビッテンフェルトが身を乗り出すように聞いてくる。
「アマンダさんは『ビッテンフェルト提督に救われた』と言っていました。『提督は自分を明るい場所に導いてくれる』とも・・・。アマンダさんは<結婚してよかった>と思っていますよ。その証拠に、彼女はあんな素敵な笑顔を見せるようになったではありませんか!」
 断言するミュラーに、ビッテンフェルトが驚き、そして照れた。
「へぇ~、アマンダがお前にそんな事を・・・。なんだ、あいつ、直接俺に言えばいいのに・・・」
 鼻の脇をボリボリと掻きながら、ニヤニヤとしているビッテンフェルトを見て、ミュラーは(提督に言えば、すぐ図に乗ってつけあがるからじゃないですか・・・)と思ったが、決して口にはしない。
 しかし、ビッテンフェルトが不意に窺うような表情になって問い掛ける。
「ミュラー、今なにか言ったか?」
「いいえ・・・」
 ミュラーは(相変わらず変な勘は鋭い人だ・・・)と内心ドキッとしながらも首を振る。
「あの~、ビッテンフェルト提督、本人に直接話すより、第三者の方が打ち明けやすいって事があるでしょう。だから、アマンダさんも私に話したかも知れませんよ。まあ、他人が聞いたらお惚気にしか聞こえませんが・・・・」
「なるほど、確かに惚気話を、直接本人には言わないよな~。どちらかと言えば、仲間うちで盛り上がる話だし・・・。でもアマンダは、お前だから話したんじゃないのかな?」
「私だから?それは、どういう意味でしょう?」 
 不思議に思ったミュラーが問い掛ける。
「<類は友を呼ぶ>という訳でもないが、お前達って似ているところもあるし・・・」
 ビッテンフェルトの意外な言葉に、ミュラーが思わず問いかけた。
「えっ?私とアマンダさんは、似ていますか?」
「うん、何となくな・・・」
「そ、そうですか・・・」
 曖昧に応えるビッテンフェルトに、ミュラーもそれ以上は追求できなかった。
(まあ、アマンダさんも私と同じように、過去に縛られて苦しんでいるところがあるのかも知れない・・・)
 ミュラーは、自分の事を<出口の見えない暗いトンネルで彷徨っていた>と表現していたアマンダを思い出した。
 沈黙が訪れたその場の雰囲気を変えるように、ミュラーが別の話題を振る。
「しかし、提督のプロポーズの場に立ち会っていた私としては、二人が仲睦まじい様子でほっとしていますよ」
「えっ、プロポーズ!?俺、お前の立ち合いで、アマンダにプロポーズなんかしていたっけ?」
 ミュラーの言葉に、身に覚えのないビッテンフェルトが驚く。
「まあ、正確に言えばあれは偶然的な言葉で、正式なプロポーズとはいえませんが・・・。でも、結果的には、それに近かったのでは?と私は思っているのです」
「はて?俺には全く記憶にないが・・・」
「あの~、ハイネセンで提督がアマンダさんに謝ったときですよ」
「???」
 疑問顔のビッテンフェルトに、ミュラーが教える。
「憶えていないんですか?アマンダさんに殴ってしまったとき、提督は『俺は悪くない!だが、顔に傷が残り嫁のもらい手がなくなったら、俺がもらってやる!』って言って謝ったんですよ!」
 驚いたミュラーの珍しく責めるような口調に、ビッテンフェルトが少し焦りだした。
「あっ!うん、な、なんか思い出した!もしかしたら俺、そんな言葉で、アマンダに謝ったかも知れん・・・」
「もしかしたら?いいえ、ビッテンフェルト提督は、確かにそう言ってアマンダさんに謝ったんです!もう、二人を繋ぐ大事な出来事だったのに・・・」
 呆れるミュラーに、ビッテンフェルトはつい矛先を逸らす。
「しかし、ミュラーはよく憶えているな~」
「あのとき、提督のその言葉で、一瞬アマンダさんの顔が和んだでしょう。その顔がとても印象に残っているんですよ。あの頃の彼女は、表情を変えない女性でしたから・・・」
「えっ?」
(なに?そうだったのか!くそ~!俺はそのときのアマンダの顔、見逃していた~)
 悔しがるビッテンフェルトの様子を見て、ミュラーが問いかける。
「ビッテンフェルト提督は、ハイネセンでの出来事を憶えていないんですか?」
「いや、流石に忘れてはいないさ。不本意とはいえ、女の顔をまともに殴って後味がものすごく悪かったし・・・。しかし、その当事者のアマンダと結婚するとは、人生ホントに判らないな!」
「もしかしたら提督の<俺が嫁にもらってやる!>と言った言葉の言霊が、作用したのかも知れませんね」
「なんだ?そのコトダマって?」
 不思議そうな顔のビッテンフェルトに、ミュラーが説明をする。
「言霊とは、言葉に宿る不思議な力の事ですよ。言葉にして唱える事で、その言葉に宿っている不思議な力が働き、発した言葉と同じことが起きるという現象です。まあ、運命を変えるほどの強い力が働く事があるという人もいますけれど、実際のところ言葉にそんな力があるかどうかは疑わしいところです。もしかしたら、自己暗示的な作用が働くのかも知れませんがね」
「言霊か・・・。道理でラインハルト陛下が崩御され、あのオーベルシュタインが亡くなった頃、やけにアマンダが気になってしょうがなかったんだ」
 納得して頷くビッテンフェルトを見て、ミュラーは考えた。

なるほど・・・
やはり彼は、
オーベルシュタイン閣下の存命中は、
アマンダさんとは関わっていなかったんだな
でも、退役した彼女の消息を探して欲しいと頼まれたのも、
確かその頃だった筈・・・
いったい、ビッテンフェルト提督は
いつの間にアマンダさんと
ルイーゼが出来るほどの深い仲になっていたのやら・・・

 思い立ったら即行動のビッテンフェルトだけに、アマンダに対しても猪突猛進だったのだろうと予想したミュラーが(やれやれ・・・)といった具合に首を振る。
「まあ、いろいろあったと思いますが、今は親子三人、仲良く暮らしているのですから、結果オーライですね」
「まあな。ミュラー、お前も早く結婚しろ!家庭を持つって本当にいいぞ~♪お前みたいなタイプほど、既成事実を作った方が結婚に踏み込みやすいかもな。だから、先に子どもを仕込め!」
(えっ、子どもを仕込めって・・・そんな簡単には・・・)
 露骨なビッテンフェルトの言い方に、ミュラーが苦笑する。
「はは、ミッターマイヤー閣下からも『積極的に動かないと!』と忠告されました。まあ、私なりに努力します」
 ミュラーがいつものように温和な顔で告げる。
「結婚は縁というけれど、ミッターマイヤーの言う通り、本人が頑張れば女と出会うチャンスはいくらでも作れる。まあ、励むんだな!」
 ニンマリと告げるビッテンフェルトに、ミュラーが頷く。
 ミュラーが人生を共にする運命の相手との出会いは、もう少し先の話になるのであるが、彼がビッテンフェルト家と縁がある女性を妻にした事で、ミュラーとビッテンフェルト夫妻の繋がりは更に深くなるのである。


<続く>