デキ婚から始まった恋愛 7

 本格的に黒色槍騎兵艦隊の遠征の準備に入ったビッテンフェルトは、このところ何かと忙しい日々を過ごしていた。今日も、彼の帰宅は遅い時間となっている。


 帰宅後すぐ子供部屋に直行して娘の寝顔を見てきたビッテンフェルトが、自分の脱いだ軍服を手に持っているアマンダに話しかける。
「アマンダ、実はオイゲンから、お前の意見を聞いて欲しいと言われている事が二件ほどあるんだ」
「オイゲンさんが?まあ、何でしょう?」
 気になったアマンダが、夫に問いかける。
「ひとつ目は、家の前に門衛をつけたいという事なんだが・・・」
 ビッテンフェルトの言いたいことが判ったアマンダが苦笑する。
「やはり、我が家にも警備は必要と言われましたか?」
 アマンダの反応に、ビッテンフェルトも苦笑いしながら伝える。
「まあな。以前のように軍の敷地内の官舎ならまだしも、ここは住宅街の一軒家だ。いくら元帥府に近いとは言え、オイゲンとしては心配らしい。それに他の元帥とこにも門衛はいるから、その辺も気になるらしくてな・・・」
「判りました」
 ミッターマイヤー家を訪問した際に見かける門衛の姿を思いだしたアマンダが、他の元帥達と足並みを揃えたいというオイゲンの気持ちを理解して了承する。
「最初は何かと窮屈に感じるかも知れんが、慣れたら空気のような存在になるさ!」
「ええ、それで、門衛はいつから配置される予定ですか?」
「お前の了承を得た事をオイゲンに伝えたら、すぐにでも設置されるだろう。これで、俺も安心できる!」
 ビッテンフェルトの本心が出た言葉に、アマンダが問い掛ける。
「あら、あなたも警備が必要だと考えていたのですか?」
「少しな・・・。なんたって俺は、黒色槍騎兵艦隊の司令官として、今まで数多くの犠牲者を出している。敵味方に限らず、いつどこでどう恨まれているか判らないからなぁ・・・」
 自嘲の笑みを浮かべるビッテンフェルトに、アマンダが慰めるように伝える。
「フリッツ、安心してください。あなたの奥さんも元軍人で、戦争を生き残りました。娘一人くらい守り切る力量は持っていますから・・・」
「ん?・・・確かにそうだな。頼もしい奥さんで心強いよ」
 妻の言葉に、ビッテンフェルトが呟いた。

軍務省の諜報員だったアマンダも、
俺と同じように、
戦争という修羅場をくぐり抜けて
生き残ったんだ・・・

しかし、
戦いに明け暮れていた頃は 何も怖くは無かった
家族を持ち、人並みの幸せを味わった現在<いま>
この幸せを失う怖さを感じる瞬間<とき>がある
守る者がいるという事は、気持ちを強くしてくれるが
臆病にもなってしまうな・・

 自分の私生活など省みる事がなかったビッテンフェルトだが、アマンダとルイーゼと一緒に暮らし始めてから、自身の中に新たな感情が生まれるようになっていた。


「それで、オイゲンさんのもう一つの用件は、なんでしょうか?」
 もう一つの用件を訊くアマンダに、ビッテンフェルトが伝える。
「うん、実は俺たちの結婚式についてなんだが・・・」
「結婚式・・・ですか?」
 ビッテンフェルトの言葉に、アマンダが一瞬固まる。
「籍を入れるときオイゲンから、結婚式については訊かれていたんだ。だが、そのときの俺は、家を買って引っ越す方が優先になっていたから『結婚式は、親子三人の生活が落ち着いてから!』と伝えていた。只、オイゲンが『遠征の事もあるので、結婚式を急がれた方がいいのでは?』と言い出してなぁ~」
 夫の言葉に、アマンダが即答する。
「フリッツ、今は遠征の準備でそれどころではないでしょう。黒色槍騎兵艦隊の司令官として、自分のプライベートより仕事を優先すべきです。オイゲンさんには、<結婚式は予定に入れなくてもよい!>と伝えてくださいね!」
 結婚式をしないというアマンダに、ビッテンフェルトは意外に思いながら問い掛ける。
「いや、今、忙しいのは確かだが・・・。だったら結婚式は、俺が遠征から帰ってから挙げるとするか?」
 何気なく伝えたビッテンフェルトだが、一瞬アマンダの表情に陰りが見えたのを見逃さなかった。彼は気になりながらも顔に出さず、アマンダの反応をさり気なく窺う。
「フリッツ、私達はもう既に正式に籍も入れ、夫婦として一緒に暮らしています。それにルイーゼもいますし、形式的な結婚式を挙げるより、今の生活の方が大事です。あなたの仕事を優先させましょう」
 結婚式を挙げるつもりがない様子のアマンダに、ビッテンフェルトが問い掛ける。
「お前、結婚式を挙げなくてもいいのか?」
 ビッテンフェルトの質問に対して、アマンダが質問で返す。
「あなたは結婚式を挙げたいのですか?」
「いや、俺は別に・・・。只、結婚式はきちんとした方がいいのかな~って思っていたから・・・」
 少し残念そうなビッテンフェルトを見て、アマンダが謝る。
「すみません。折角あなたやオイゲンさんがいろいろ考えてくださっているのに、<結婚式は必要ない!>などと言う可愛くない奥さんで・・・」
 伏し目がちになって申し訳なさそうに伝えるアマンダに、ビッテンフェルトが思わず告げた。
「あっ、いや・・・今はそう思っていないぞ!」
 夫の言葉に思わず顔をあげたアマンダと、ビッテンフェルトの目がバッチリ見合った。
(シマッタ!つい、余計な一言を言ってしまった~~)
 ばつの悪そうなビッテンフェルトを見て、アマンダがクスっと微笑む。
「知っていますよ。再会したとき、あなたがそう思っていた事くらい。フリッツはすぐ顔に出ますから・・・」
「そ、そうか・・・ハハハ」
 ビッテンフェルトが笑って誤魔化す。
「私は、今の暮らしで充分幸せです。これ以上の事を望んでいません。あまり欲張りになると、この生活まで失いそうで・・・」
 アマンダは微笑んでいるが、ビッテンフェルトは妻の瞳の奥に漂っている暗い影を感じていた。
「何も怖がる必要はないんだが・・・」
 ビッテンフェルトの呟きにアマンダは軽く頷くと、「夜食でも作りますね」と言ってその場から離れた。
 妻の姿が見えなくなってから、ビッテンフェルトは軽く溜息をついた。

アマンダは、
正式に籍を入れるのを躊躇った
諜報員をしていた過去を気にしていた他にも
結婚式を挙げる事を恐れていたのかも・・・
あの様子からして
結婚式に、何かあるんだろうな・・・

アルベルト・・・
アマンダの嘗ての婚約者
奴が関係しているのか?
だから、
俺には言いづらいのか?

アマンダ、
お前が心の奥に閉じこめているものは
いったい何なんだ?

 ビッテンフェルトは、結婚式を避けているアマンダを感じていた。


 それから数日後、ビッテンフェルト邸に門衛が付くようになり、自宅の警備も万全となった。
 又、アマンダとルイーゼの注文していたドレスも仕立て上がり、ビッテンフェルト家の初めての正式な家族写真も無事撮り終えた。
 こうして後陣の備えを完璧にしたビッテンフェルトは、地上に心を残しながらも家族写真と共に念願の宇宙へと旅立った。



 ビッテンフェルトが遠征に赴いてから、一週間が過ぎた。
 エヴァンゼリンからお茶の誘いを受けたアマンダは、ミッターマイヤー邸を訪れていた。
 丁度、帰省していたハインリッヒが顔を見せる。
 ハインリッヒは、ロイエンタールの従卒を務め、彼の死を看取った人物でもある。
 ロイエンタールの遺児フェリックスとともにミッターマイヤー家に引き取られ、現在<いま>は大学に進学し寄宿舎生活を送っている。
 エヴァンゼリンがミッターマイヤー家のもう一人の息子ハインリッヒを、アマンダに紹介する。
「初めまして、ビッテンフェルト夫人。僕は、ハインリッヒと申します。どうぞ、ハインリッヒとお呼びください」
 ハンリッヒの挨拶に、アマンダが微笑みながら返す。
「ハインリッヒさん、初めまして・・・と言いたいところですが、私は前に一度、あなたとお話をした事があります」
「えっ?」
 驚いたハインリッヒが、改めて目の前のアマンダを見つめ直すが思い出せない。
「以前の私は、軍務省に所属する軍人で、ベーレンスと名乗っていましたが・・・」
「ベーレンス?」
 アマンダの言葉に、ハインリッヒが記憶を辿る。
「もしかして、軍務省にいたあの秘書官ですか?ええ、思い出しました!でも、軍服を着ているときと全く感じが違うし、まさかビッテンフェルト夫人になっていたとは・・・。その~、思いがけない事で、失礼いたしました!」
 予想もつかなった出来事に、ハインリッヒが狼狽える。
「いえ、いいのです。私自身、退役していろいろ変わりましたから、あなたが気が付かないのも無理もない事と思います」
 アマンダがハインリッヒに気にしないように促した。
(しかし、オーベルシュタイン元帥嫌いで有名だったビッテンフェルト元帥が、彼の秘書官を奥方にしていたとは!?)
 ビッテンフェルトとアマンダの組み合わせに、大きな衝撃を受けるハインリッヒであった。
「皆さん、同じように驚かれます」
 動揺が隠せないハインリッヒを見て、アマンダが苦笑する。
 ハインリッヒとアマンダの思いがけない接点に、エヴァンゼリンも驚く。
「二人とも面識があったとは思わなかったわ」
 エヴァンゼリンもハインリッヒも、二人が会ったのは軍務上の事と思っている。しかしその件は、アマンダが上官オーベルシュタインの意向を汲んだ形でおこした単独行動であった。


 まだ、先帝ラインハルトの御世で、アマンダが軍務尚書であるオーベルシュタインの秘書官をしていた頃の話である。
 <ルビンスキーの火祭り>という事件の取り調べの際、オーベルシュタインがドミニク・サン・ピエールという女性に、故ロイエンタール元帥の遺児を産んだエルフリーデ・フォン・コールラウシュの行方について尋ねた事があった。これは銀河帝国軍の正式な公文書にも載っている事で、その現場にはアマンダも上官と共に同席していた。
 「知らない」というドミニクの一言に、オーベルシュタインはそれ以上追求しなかった。
 アマンダは、自分の上官がそのとき知り得なかった情報を得る為、憲兵隊に拘留されているドミニクと、幾度か個人的に面会して話を聞いたのである。
 最初は警戒していたドミニクだが、アマンダに相通じるものを感じたのか少しづつ打ち解けてきた。アマンダは、ドミニクとの会話の中で、ロイエンタールとエルフリーデの複雑な関係を知る事が出来た。ドミニクの「彼女、自分の産んだ子をロイエンタール元帥に逢わせたがっていた・・・」という言葉に、アマンダは<貴族令嬢としてのプライドの高さゆえに、ロイエンタールと上手く心を通わせられずにいたエルフリーデの不器用さ>を感じていた。
 結局アマンダは、ドミニクからは肝心のエルフリーデの行方については聞き出せなかった。しかし、彼女を通して<エルフリーデが息子と子の父親であるロイエンタールを愛していた・・・>という事を理解することができた。
 エルフリーデの足取りを調べていたアマンダは、直接彼女と接触があったハンリッヒからも話を聞いていたのである。


「意外な所で人は繋がっているものね・・・」
 アマンダとハインリッヒが、既に知り合っていた事にエヴァンゼリンが呟く。
「確かに・・・」
 ハインリッヒも大きく頷いた。
 しかし、エヴァンゼリンはハインリッヒとアマンダの事をさしていたのだが、ハインリッヒはアマンダとビッテンフェルトの組合せを連想して頷いたのである。


 その後も、三人でテーブルを囲んでの会話が続いた。
 ハインリッヒは、アマンダに<なぜビッテンフェルトと結婚したのか?>とその理由を尋ねたかったのだが、なかなかそのきっかけを掴めずにいた。そんな中、エヴァンゼリンがアマンダに告げる。
「アマンダ、実は皇太后さまが貴女に逢いたがっているの」
 エヴァンゼリンの言葉に、アマンダが返答する。
「フリッツが帰還したら、夫婦で社交界に顔を出す予定なのです。そのとき、皇太后さまにもお目にかかる事ができるかと思います・・・」
「あら、そうなの!私も、ビッテンフェルト夫妻揃っての出席を楽しみにしているわ♪でも、皇太后さまのご希望は、そんな正式なものではないのよ。彼女は、同じ年頃の子どもを持つ母親同士として、是非プライベートな部分でも交流を持ちたいと仰って・・・」
「個人的に逢いたいという事ですか?」
「ええ、時折皇太后さまは、簡単なお茶会に私やアイゼナッハ元帥夫人を誘ってくださいます。そして、育児の事とか母親同士ならではの何気ないおしゃべりをするのです。皇太后さまは『私にとっては息抜きと気分転換になる大切な時間・・・』と仰っていて、お忙しい中でもなんとかやりくりして、私達と逢うための時間を作っているのです」
「そういう事でしたか。判りました。私の方はいつでも動けますので・・・」
「良かった~。皇太后さまもお喜びになるわ。では、次のお茶会の連絡が入りましたら、貴女にも伝えます。でも、皇太后さまとご一緒するからといって気負わないでね。こんなふうに気軽なお茶会と思って頂戴♪」
 アマンダの了承を得て、エヴァンゼリンも嬉しそうである。
「ところでアマンダ、ビッテンフェルト提督が宇宙へ遠征に行ってから一週間。旦那さまのいない生活はどう?」
 夫の長期の不在を初めて経験しているアマンダに、エヴァンゼリンが近況を問いかける。
「私は大丈夫ですが、ルイーゼが時折、ふと父親がいない事に気が付いて、家の中を見渡してフリッツを探しているんです」
「まあ、ルイちゃんはもうすっかり父親っ子になっていたのね!」
「ええ、フリッツとは一緒に暮らし始めてまだ日が浅いのですが、この子にとって父親の不在は、私が思っていたより影響が大きかったようで・・・。娘との濃密な時間を過ごしてきたフリッツの努力が、報われたとも言えるでしょう」
 アマンダらしい分析に、エヴァンゼリンもにこやかに微笑む。
「思い出すわ。私達の元に来て間もない頃のフェリックスも、今のルイちゃんと同じような状態だったわ。無理もない事なの・・・生まれてからずっと一緒にいた母親と離れ離れになったんですもの・・・」
 フェリックスを引き取った頃を思い出したエヴァンゼリンが、アマンダに当時の様子を教える。
「フェリックスも、機嫌よく遊んでいるように見えても、ふと気が付くと周りを見渡す仕草をよくしていました。あの子は、あの女性<かた>を探していたのです。母親の姿が見えなくなって環境も変化した。表面上はにこやかに見えても、幼い彼の心の中は不安でいっぱいだったのでしょうね・・・」
 エヴァンゼリンが苦笑する。
「私は、そんなフェリックスが可哀そうで・・・。ウォルフからは『時間<とき>が経てば、フェリックスはあの女性の存在を忘れ、私を探すようになるから気にしないように!」と言われました。実際、いつの間にかフェリックスは、私の姿が見えないとベソをかきながら私を探してくれるようになりましたが・・・」
 アマンダは頷きながら、エヴァンゼリンの話に聞き入る。
「実はフェリックスという名前も、私が勝手につけたのです。恐らくフェリックスには、実の母親から呼ばれていた本来の名前があったと思います。それを私は、自分の想いのまま名付けてしまいました。今思えば、思いがけなく母親になった事で、私は有頂天になっていたのです。あの女性<かた>を気遣う事を忘れていました。母親を探すフェリックスと同じように、彼女も何かにつけて我が子を思い出していたでしょうに・・・。」
 自分を責めるエヴァンゼリンを見て、思わずハインリッヒが告げる。
「母上、フェリックスの以前の名前は、誰にも判らなかった。だから、母上がつけた名前は、フェリックスにとって必要なものだったのです。だから、母上が気にする必要はありません」
「・・・ありがとう、ハインリッヒ」
 自分を庇う息子の言葉に、エヴァンゼリンが軽く微笑む。そんなエヴァンゼリンに、アマンダが告げる。
「エヴァンゼリン、貴女は、本当はフェリックスを産んだ女性の事は、最初からずっと気にしていたのでしょう。気遣う事を忘れていたなんで嘘・・・」
 アマンダの指摘に、エヴァンゼリンが首を振る。
「でも、ウォルフから『フェリックスはもう自分たちの息子だ!あの女性は関係ない!」と強く言われてしまい、私がフェリックスの実の母親について訊く事も憚れてしまって・・・」
 俯き加減になったエヴァンゼリンを見て、アマンダが諭すように話す。
「ミッターマイヤー閣下は、実の母親の存在は気にせず、エヴァンゼリンには一日でも早くフェリックスと本当の母と子になって欲しいと願ったのでしょう。私も、エヴァンゼリンはフェリックスを産んだ母親の事は割り切って、彼を育てた方がいいと思います」
「でも、フェリックスとあの女性<かた>は血の繋がった実の母と子なのに、私達が引き離しているようで・・・」
 フェリックスを産んだ女性に負い目を感じているようなエヴァンゼリンを見て、アマンダが凛とした表情になって伝える。
「エヴァンゼリン、フェリックスをあなた方夫婦に託したのは、ロイエンタール元帥とエルフリーデ・フォン・コールラウシュ、両者の意志ですよ!」
 きっぱり言い切るアマンダに、エヴァンゼリンは驚いた。
「・・・あなたはあの女性<かた>を知っているの?」
 アマンダは軽く首を振りながら説明する。
「エルフリーデ・フォン・コールラウシュ本人との面識は、一度もありません。只、彼女と行動を共にしていたドミニク・サン・ピエールという女性から、話を聞く機会がありました。軍務省にいた頃の私は、故ロイエンタール元帥の遺児を産んだ彼女の行方を調べていた時期がありまして・・・。ハンリッヒと逢ったのもその絡みからでした」
 それを聞いたハインリッヒが、エヴァンゼリンに謝る。
「母上、その~、黙っていてすみません。僕が、あの女性から直接フェリックスを受け取ったのです。ほんの数分でしたが会話も交わしました・・・」
 シュンとなったハンリッヒに、エヴァンゼリンが声をかける。
「大丈夫よ、ハインリッヒ。ウォルフから『あの女性は関係ない!』って言われたら、誰だって口に出せなくなってしまうわ・・」
 ハインリッヒの心情を察したエヴァンゼリンが、(気にしないで!)と言わんばかりに告げた。だがエヴァンゼリンには、ハインリッヒが、夫の言葉よりも自分に気を使ってその事を黙っていたと感じていた。
 そんな二人を見つめながら、アマンダが不意に話題を変えた。
「エヴァンゼリン、貴女は以前、私に『夫が信じるものは、自分も無条件で信じる事が出来る!』と仰いましたね」
「ええ、その想いは、昔も今もずっと変わらないわ」
 突然話題を変えたアマンダに、違和感を感じながらも、エヴァンゼリンが毅然と告げる。
「エルフリーデ・フォン・コールラウシュという女性も、貴女と同じ想いだったと思います」
「同じ?」
 意味が判らないエヴァンゼリンが、アマンダに説明を求める。
「ええ、彼女はロイエンタール元帥に言われた『ミッターマイヤー元帥に子どもを託せばいい。それがその子の最良の人生を保証することになる!』という言葉を、無条件で信じたのです」
「!」
 エヴァンゼリンのすみれ色の瞳が、大きく見開く。
「ロイエンタール元帥と一緒に暮らしていた彼女は、オーディンからここフェザーンまでついてきました。二人の関係には、世間の噂や憶測とは違う別の繋がりもあったと、私は思います。だからこそ、彼女はロイエンタール元帥を信頼し、彼の言葉に従って大事な我が子をあなた方夫婦に託せたのだと・・・」
 アマンダの見解にエヴァンゼリンが(なるほど・・・)というように大きく頷いた。
「ええ・・・私も、ずっと一緒に暮らしていたロイエンタール元帥と彼女の間に、愛情がなかったとは思えません。表面には出ない心の裏側で、深い繋がりがあっても不思議ではないでしょう。現にあのお二人の間には、フェリックスという愛の結晶が生まれました」
 エヴァンゼリンもアマンダに同意する。
「エヴァンゼリン、貴女に、彼女の事を気にするなと言っても、難しいでしょう。でも、その件は自身の心の中に納めて、自分がフェリックスの母親だという事を、遠慮せず前面に強く押し出して育てた方がいいと思います」
 そんなアマンダの意見を、エヴァンゼリンが真剣に聞き入る。
「これから成長するに従ってフェリックスは、陛下のお相手として王宮への出入りも多くなるでしょう。エヴァンゼリンもフェリックスも、否応なく今まで以上に貴族の方々とも関わる事になります。でも、貴族社会では、フェリックスの父親がローエングラム王朝に反旗を翻した叛逆者、母親は敵側のリヒテンラーデ一族という印象がまだ強く残っています。家系を重んじるのが上流社会ですので・・・。なのに、現在<いま>の母親であるエヴァンゼリンまで血のつながりに拘っていたら、陛下とフェリックスの交流を快く思っていない貴族達に、その辺を付け込まれますよ!」
 エヴァンゼリンは、はっとなった。
 夫が内務尚書になってから、社交界での貴族達との付き合いも増えた。そして、それに伴う気苦労を感じるようにもなった。華やかな世界の陰で、エヴァンゼリンが平民出身なのに皇太后のお気に入りである事、先帝からフェリックスがアレクの友達に指名されるという名誉を受けている事などもあって、一部の貴族から嫌味の洗礼を受けている。
「確かに・・・」
 人のよいエヴァンゼリンとて、アマンダの予想は思い当たる。そんなエヴァンゼリンに、アマンダが自分の考えだと前置きしたうえで伝える。
「これは私の考えですが、エヴァンゼリンがフェリックスの母親として堂々としていれば、彼が物心つく頃には<フェリックスはミッターマイヤー家の息子>というのが、世間や貴族達の認識になるのではないでしょうか?」
 アマンダの考えに、エヴァンゼリンが納得して何度も頷く。
「確かに私が揺らいでいれば、その迷いが世間に影響を及ぼすかもしれない。それはフェリックスの為にもならない!」
 心を決めたエヴァンゼリンが、自分の決意を目の前の二人に告げる
「私は今後、自分がフェリックスの唯一の母親として、この子を育てます。そして、もう彼女の事は口にしません」
 アマンダとハインリッヒが、賛同するように頷いた。
「でも、ひとつだけハインリッヒに約束して欲しい事があります」
 エヴァンゼリンの突然の依頼に、ハインリッヒが身構える。
「ハインリッヒ、将来フェリックスが成長したら、時期を見て、彼の実の母親エルフリーデ・フォン・コールラウシュさんの事を、あなたの口から教えてやって欲しいのです。彼女が<我が子であるフェリックスを大切に想っていた。ロイエンタール元帥を愛して信頼していたからこそ、大事な我が子を私達に託した・・・>という事を、フェリックスに伝えてやって欲しいのです・・・」
「ぼ、僕がですか・・・」
 頼み込むエヴァンゼリンに、思わずハインリッヒの言葉が詰まる。そんな二人に、アマンダが助け舟を出した。
「エヴァンゼリン、将来ハインリッヒがそうする事で、貴女の気持ちが少し楽になりますか?」
 アマンダの確認に、エヴァンゼリンが大きく頷いた。
「ええ、実際に本人と逢ったハインリッヒから、いつかフェリックスに彼女の想いを伝えて貰えると思えば、私も安心ですし救われます。これから母親の立場を独占するのですから・・・」
 <救われる・・・>というエヴァンゼリンの言葉を理解したハインリッヒが、母親に約束をする。
「判りました!僕が成長したフェリックスに、あの女性の事は必ず伝えます。だから母上は、安心してフェリックスの母親でいてください!」
 ハインリッヒの言葉に、エヴァンゼリンがにっこりと微笑んだ。



 それから数日後、買い物に出たアマンダが、花屋の店先で真剣に花を観察しているミッターマイヤーを見かけた。
「ごきげんよう!ミッターマイヤー閣下。今日はお一人ですか?」
 いつも二人で行動するミッターマイヤー夫妻だけに、不思議に思ったアマンダが問い掛ける。
「やあ!ビッテンフェルト夫人。エヴァは今、店の奥で買った花を包んでもらっています」
「そうでしたか・・・」
 (やはりエヴァンゼリンと一緒か・・・)
 アマンダが思わず含み笑いになる。
「いい歳の男が花に夢中とはお恥ずかしいのですが、自分の庭の手入れの為に、花の種類や色など参考になるので・・・」
「ええ、エヴァンゼリンから聞いています。ご自宅のあの見事なお庭は、閣下自ら手掛けているそうですね」
「いや~、父親が造園業を営んでいた影響で、私も土いじりが好きなだけなんです」
 そう言って照れていたミッターマイヤーだが、急に改まった表情になってアマンダに告げた。
「ビッテンフェルト夫人、先日、エヴァの悩みにアドバイスしてくれたそうで、ありがとうございます。エヴァも貴方の言葉で吹っ切れたのでしょう。フェリックスの母親としての自信が付いたようです」
 妻から話を聞いていたミッターマイヤーが、アマンダに礼を言う。
「いえ、アドバイスなんて・・・」
 アマンダが恐縮しながらミッターマイヤーに伝える。
「只、ミッターマイヤー閣下とロイエンタール元帥のお二人は、心を許した親友同士でした。だからこそ、ロイエンタール元帥の気持ちや考えが、閣下には自然と理解できると思います。でもエヴァンゼリンは、エルフリーデ・フォン・コールラウシュを知りません。同じ母親として、彼女に対して遠慮や気兼ねが生じてしまうのは、無理もない事と思います。特に優しいエヴァンゼリンの性格なら猶更・・・」
 アマンダの言葉に頷きながらミッターマイヤーが呟く。
「エヴァには<あの女性の事は気にするな!>とは言っていたのですが・・・」
「仕方ありませんよ。男親と女親では感情に違いがあるでしょうし・・・。でも、もう大丈夫でしょう。今後はエヴァンゼリンも、閣下のように、フェリックスに対してブレない子育てをすると思います」
 アマンダの励ましに、ミッターマイヤーが嬉しそうになる。
「ええ、あなたのお陰です。これからも、エヴァの相談相手になってやってください!」
「こちらこそ、夫婦でいろいろお世話になる事と思います。よろしくお願いします」
 アマンダもミッターマイヤーに改まって伝える。
「夫婦といえば、今はビッテンフェルトが遠征で宇宙に行っているのですよね。彼がいなくて寂しくはありませんか?」
「ええ、娘がとても寂しがっています」
 ミッターマイヤーの質問にアマンダがそう答えたとき、大きな花束を抱えたエヴァンゼリンが、店の奥からクスクスと笑いながら姿を現した。
「またアマンダはルイちゃんにかこつけて・・・。本当は貴女自身が寂しいのでしょう!正直におなりなさい!」
 妻の言葉に(そうなのか?)という反応をしたミッターマイヤーが、エヴァンゼリンと共にアマンダの返事を待つ。
 目の前のミッターマイヤー夫妻のすみれ色と灰色の邪気のない瞳にじっと覗き込まれ、そのダブル攻撃にさすがのアマンダも、自分の気持ちが直接言葉に繋がった。
「ええ・・・本当は、私が早くフリッツに逢いたいのです。主がいないあの家は、なんだかガランとして寂しいので・・・」
 アマンダの素直な反応に、ミッターマイヤー夫妻はお互い見つめ合って頷き、そして顔を綻ばせていた。



 自宅に戻る地上車の中で、エヴァンゼリンが夫に話しかける。
「今度、皇太后さまの希望もあって、アマンダを引き合わせる予定になっています。きっと皇太后さまもアマンダをお気に召すことでしょう。これからは、同じ元帥夫人として、アマンダと一緒に皇太后さまを支える事が出来ます」
「そうか!エヴァも同志が増えて心強いだろう。良かったな♪」
 妻の嬉しそうな様子に、ミッターマイヤーもご機嫌になる。
「しかし、俺たち仲間内では、<ビッテンフェルトが結婚した!>と最初に聞いたとき、奴の性格からして子どもに対して責任をとったんだと思った。奥方の方も、ビッテンフェルトの強引さに負けて<子どもの為に仕方なく・・・>というところかな?と予想した。だからこそ、結婚後の二人の関係を心配していたんだ」
「まあ、そうでしたの」
 エヴァンゼリンが、夫や周りの元帥達の見解を意外に感じた。
「うん、なんたってあの黒色槍騎兵艦隊と元軍務省だからな・・・。でも、その後の二人の様子を見たり聞いたりして、それは余計な心配だって事が判ったよ。全く、男と女の関係は不思議だな!さっきの奥方のあのはにかんだ表情<かお>、それこそ宇宙にいるビッテンフェルトにも見せてやりたいくらいだよ!」
「ええ、ウォルフ、だから私、前にも言ったでしょう。あの二人は現在<いま>恋愛しているって・・・」
 エヴァンゼリンが自信たっぷりに告げる。
「確かにそうだった!」
 ミッターマイヤーが、ビッテンフェルト夫妻を自宅に招いたときの会話を思い出す。
「それにしても、ビッテンフェルト夫人は、オーベルシュタインの秘書官のときのイメージが強い分、ギャップが大きいな~。まあ、その辺があのビッテンフェルトのツボにハマるんだろうが・・・」
 夫の言葉に、エヴァンゼリンが不思議がる。
「私は以前のアマンダを知らない分、夫に甘える可愛い奥さんにしか見えないのですが・・・。只、アマンダはビッテンフェルト提督に甘える事に、まだ少し遠慮が見られますけれど・・・」
「うん、意外にもあのビッテンフェルトもそんな感じだ。だが、二人のその遠慮する距離感が、新婚らしくて初々しいよ♪」
 ミッターマイヤーが朗らかに笑った。


<続く>