デキ婚から始まった恋愛 2

 ピンクのリボンに包まれた箱や可愛い模様の袋を両手一杯に抱えたビッテンフェルトが、再びアマンダの家に戻ってきた。
 そして、玄関に入って来るなり「今日から世話になる!」と宣言する。ビッテンフェルトは、驚くアマンダを気にもせず、母親に抱かれている赤ん坊に話しかける。
「ルイーゼは、どのぬいぐるみが好きかな?たくさん買ってきたぞ~」
 ビッテンフェルトは、先ほど初めて対面した自分の娘の前に、買ってきたぬいぐるみを嬉しそうに差し出した。
「それと、生後半年だと音の出るおもちゃも喜ぶと店員が勧めたので、それらも買ってきた。さっき、俺の携帯の呼び出し音に反応したルイーゼは可愛かったしな~」
 ビッテンフェルトは立ちすくんでいるアマンダに報告するや否や、早くもおもちゃの包装を乱暴に開けて次々並べて見せた。
 ルイーゼは、珍しいおもちゃに目の色を輝かせている。ビッテンフェルトはそんな娘の表情を見て、目尻の下がった顔になって満足気であった。
(この人のことだから、近いうちにまた来るとは思っていたけれど・・・。でも、さっき帰ってから3時間も経っていないじゃないの!)
 アマンダは、無言のまま首を振って呆れていた。



 父親にずっと抱かれていたルイーゼが、遊び疲れたのかスウスウと眠り始めた。
「おい!こうなった場合、どうするんだ?」
 小声で話すビッテンフェルトに、夕食の支度をしていたアマンダはベビーベットを指さす。
「おお、そうだな!」
 ビッテンフェルトは、腕の中のルイーゼをベビーベットに静かに降ろした。
「ルイーゼは寝顔も可愛いな~。赤ん坊って、ずっと見ていても飽きないものだな♪」
「ビッテンフェルト元帥は、むずかるルイーゼを知らないから・・・」
 少し微笑みを浮かべたアマンダを見て、嬉しくなったビッテンフェルトが思わず話しかける。
「お前、なんか雰囲気が変わったな!」
「そうですか?」
「母親らしい顔になった」
「実際に子供を産んで母親になりましたから・・・」
「そ、そうか・・・」
 訊く方も答える方も、甘いムードとはまだ無縁な状態であった。
 娘と遊ぶ方を優先していたビッテンフェルトが、アマンダに今後についての話を始める。
「今、オイゲンに住む家を探してもらっている。見つかったらそこで三人で一緒に暮らすぞ!それまで俺は、ここに住まわせてもらうからな!」
「それから、ルイーゼの出生証明書が欲しい。すぐ認知の手続きがしたい!」
「あと、正式に籍を入れてきちんと結婚しよう!」
 矢継ぎ早に次々決めていくビッテンフェルトに、アマンダが慌てる。
「あ、あのビッテンフェルト元帥、一度に全て決めてしまわず、少し落ちついてから事を進めていきませんか?」
「俺は、全部きちんとしてから落ち着きたい!」
「でも、だって・・・その~、私たち、まだお互いのこと余りよく知りませんし・・・」
 なんだか歯切れの悪ささえ感じるアマンダの言い方に、ビッテンフェルトは少し怪訝顔で問いかける。
「お前、俺と一緒に住むのは、嫌か?」
「いえ、そうではありませんが・・・ただ、正式に籍を入れるのは・・・」
「何故だ?俺は、ルイーゼにビッテンフェルトと名乗らせる!」
 断言するビッテンフェルトが、問答無用とばかりの迫力でアマンダに迫る。
「理由<わけ>があるのなら、はっきりと言ってもらおう。そうでないと、俺は納得出来ない!」
 見つめるビッテンフェルトの視線から目を伏せて、アマンダが静かに話し始める。
「・・・ビッテンフェルト元帥は、私の過去が気になりませんか?」
「お前の過去?」
 ビッテンフェルトにとっては、意外な言葉であった。と同時に、アマンダの軍人時代を思い出した。
「俺が大事なのは現在<いま>と未来って言っただろう!過去なんて俺には無用なものだ。必要ないものに拘るほど、俺は暇な人間じゃない」
 ビッテンフェルトの言葉に、アマンダは寂しそうに伝える。
「閣下は、私のしてきたことを知らないから・・・」
 アマンダの表情を見たビッテンフェルトは、軽く溜息を付いた。
「あのな~、仮にも俺は上層部の軍人だ。お前が貴族連合との戦いの際、貴族側に潜入して情報収集をしていた事は知っている。あのオーベルシュタインの元で諜報をしていた女性が、どんな事をさせられていたかは想像がつく!」
 吐き捨てるように言ったビッテンフェルトの言葉に、アマンダは毅然とした表情に変わって、亡き上官の名誉を守った。
「ビッテンフェルト元帥!お言葉を返すようで申し訳ありませんが、私はオーベルシュタイン閣下に無理強いさせられた事は、一度足りともありません。閣下の下した命令を、私は自分の意志で受け入れ従ってきました!」
「そ、そうか・・・」
 アマンダの意外な迫力にたじろぐビッテンフェルトであったが、誤魔化すように話を逸らす。
「どちらにしろこれで解決だな。俺はお前の過去に興味はない!明日、正式に籍を入れよう。これでお前とルイーゼは、ビッテンフェルト家の人間だ!」
 ビッテンフェルトがきっぱりと言い切った。だが、心の中では、アマンダの思わぬ一面に驚いていた。

こいつの前では、
あのオーベルシュタインの話題は避ける事にしよう・・・
怒らせると結構ヤバいかも・・・
俺が奴の事を話すときは、
どうせ貶すときぐらいなものだし・・・

しかし、さすが元軍務省だけの事はある
あの軍務尚書に対するリスペクトは大したもんだ・・・

 ビッテンフェルトはこの一件で、家庭の平和の為の一つの教訓を得る事になった。
 こうしてアマンダとルイーゼは、ビッテンフェルトの強引とも言える押しの強さに押し切られたように、彼の家族となったのである。



 二人で夕食後のコーヒーを飲んでいるときに、ビッテンフェルトが改まってアマンダに告げる。
「俺はお前に一度、ちゃんと礼を言いたい!ルイーゼを、俺の子を産んでくれてありがとう!」
「・・・私が勝手に産んだのです。閣下が、礼を言う必要はありませんし、責任を感じる事もないのです・・・」
「・・・」
 身も蓋もないようなアマンダの言い方に、ビッテンフェルトが言葉に詰まる。

相変わらず、かわいくない言い方をする奴だ・・・
こいつ、
ホントは俺の事、どう思っているんだろう?
ルイーゼがいるから
一緒に暮らす気にもなったんだろうが・・・
もし、ルイーゼがいなかったら?

あいつにとって
俺の存在価値って、どんな感じなんだろう?
知りたいような、知りたくないような・・・

 ビッテンフェルトにしては珍しく、思いあぐねていた。竹を割ったような性格で物事に対して潔い彼にしては、こんな事で二の足を踏む事は滅多にないことである。
 二人の間に、微妙な沈黙が訪れる。その気まずい間を埋めるように、ビッテンフェルトが話しかける。
「俺はてっきり、お前はオーディンに帰ってしまったと思っていた・・・」
「・・・退役したら、オーディンに戻るつもりでした。アルベルトの眠る場所に・・・」
 アマンダが、静かに伝える。
(アルベルト?・・・あのカラのグラスの相手か!)
 初めて聞く男の名前だが、ビッテンフェルトにはすぐピンときた。
 以前、ビッテンフェルトがアマンダの部屋を訪れたとき、彼女はカラのグラスを相手に飲んでいた。ビッテンフェルトが「誰のグラスだ?」と尋ねると、アマンダは<ヴァルハラにいる人の為のグラス>と答えたのである。
「アルベルトって、例の空のグラスの奴だな?」
「ええ、アルベルト・クルーガー。軍人で、私の婚約者でした・・・」
(婚約者だったのか・・・)
 驚く自分の感情を伏せながら、ビッテンフェルトはアマンダの話に聞き入る。
「戦死だったのか?」
「いいえ、貴族に殺されたのです・・・」
(貴族に殺された?)
 ビッテンフェルトが、アマンダを見つめる。
「私は、アルベルトを死に追いやった貴族が憎かった・・・」
(だから、こいつは貴族に復讐を誓ったのか・・・。あの言葉には、何か理由<わけ>があるとは思っていたが・・・)
 ビッテンフェルトは、以前<貴族に復讐を誓った>と自分に打ち明けたときの暗い瞳のアマンダを思い出していた。
「オーディンに戻ろうとしていたときに、ルイーゼを身籠った事を自覚しました。妊娠初期に宇宙船に乗るわけにも行かず、結局フェザーンに留まり、今に至ったわけです」
「そうか。だが、お前には、子どもを産まないという選択だって出来た筈だ。でも、俺の子を産む方を選んでくれた。それだけでも、俺にはお前に礼を言う十分な理由になる!」
 アマンダは、あくまでも自分に感謝するビッテンフェルトに、首を振って告げた。
「違うんです、閣下。ルイーゼを産んだのは、私の自己満足の為だった。・・・戦争が終わったのに、軍人を辞めたのに、人殺しをするのが、嫌だったんです・・・」
 珍しく感情的になったアマンダの目が、みるみる潤んできた。ビッテンフェルトは自分の両手を、アマンダの頬にそっと添えて伝える。
「それでも、結果的に俺の為になった・・・」
 零れる涙を受け止めたビッテンフェルトの大きな手の温もりが、あの日と同じようにアマンダを包んだ。アマンダの中で、またあの不思議な安堵感が広がる。
「戦争が終わり、貴族社会も変わった。軍人時代を引きずるな!もう、忘れていいんだ!」
 ビッテンフェルトがアマンダを諭す。
 潤んだ瞳のアマンダが、ビッテンフェルトにポツリと呟いた。
「ルイーゼは、性格も閣下によく似ています。あの子はお腹の中にいた頃も、産まれてからも絶妙なタイミングで、落ち込む私を励ましてくれます・・・」
「そうか。ルイーゼは、外見だけでなく性格も俺に似ているのか!」
 ビッテンフェルトが、嬉しそうな顔になる。
「アマンダ、俺も、ルイーゼと同じように、そばにいてお前を支えてやりたい・・・。お前に必要な男は、墓の中で眠っているアルベルトじゃない!俺なんだ!」
 いつの間にかビッテンフェルトは、アマンダの事を名前で呼ぶようになっていた。
 アマンダは昼間、ビッテンフェルトが突然訪ねてきたときの事を思い出していた。ドアを開ける事に迷っていたアマンダに、渇を入れたのは、亡き上官のオーベルシュタインの言葉だった。
<娘ではなく、お前にあの男が必要なのでは・・・>
 空耳のように聞こえたオーベルシュタインの言葉を、アマンダが心の中で繰り返す。
「本当に、ルイーゼより、私の方が閣下を必要としているのかも知れません・・・」 
 そう告げたアマンダが、ビッテンフェルトに穏やかな微笑みを見せた。
 目の前のアマンダの言葉と笑顔に、一瞬驚いたビッテンフェルトだが、すぐ満面の笑みを浮かべ、嬉しさを隠し切れなくなった。

俺は、お前のその笑顔が、
ずっと見たかった・・・
それに、今
「俺を必要としている」って言ったよな!

普段はクールで素っ気ないお前が、
脆い部分を俺に見せる
冷静で表情を変えないお前が
隠している感情を俺に出す
だから俺は、
ほっと置けなくなる
支えてやりたくなるんだ

 上機嫌になったビッテンフェルトは、アマンダをお姫様抱っこのように抱きかかえて告げた。
「今夜は、一緒に寝るぞ!」
「・・・ベットは一つしかありませんので、そうなりますね・・・」
 アマンダも、口元に軽く笑みを浮かべ、静かに伝える。
(よし!)
 ビッテンフェルトはアマンダをそのままベットに運ぶと、ゆっくりと降ろした。そして、自分が着ていた服を放り出すと、アマンダの服に手をかける。
 以前の二人は、お互いの寂しさを忘れるように求めあった。だが、今夜の二人は、お互いの心をしっかり通わせている。
 長い口づけのあと、ビッテンフェルトの唇が、アマンダの首筋をなぞった。そして、彼女の膨らみのある胸に達しようとした瞬間、二人の耳にルイーゼの泣き声が聞こえた。
「すみません、閣下。チョット失礼します」
 アマンダがビッテンフェルトを押しのけると、ガウンを羽織ってルイーゼの元に急いだ。
(えっ?)
 自分の胸の中から一瞬の内に消えたアマンダに、ビッテンフェルトが呆気に取られる。
(まあ、赤ん坊の泣き声に反応するのが母親なんだ。仕方ない・・・)
 せっかく盛り上がったムードに水を差されたビッテンフェルトが、頭をボリボリと掻きながら小さなため息を付いていた。



 暫くルイーゼをあやしていたアマンダだが、なかなか泣き止まない為、娘を抱いてベットの脇に座った。
「すみません、閣下。いつもは抱いて少しあやせば、安心してまたすぐ寝入るんですが、今夜のルイーゼはチョット頑固で・・・」
「いや、気にするな!だがずっと泣いているけれど、大丈夫か?」
(具合でも悪いのか・・・)と、ビッテンフェルトが心配する。
「普通の夜泣きです。まあ、今日は日中、興奮していましたし・・・」
 アマンダが苦笑いで伝える。
「赤ん坊っていうのは、昼間興奮すると、夜泣きをするものなのか?」
 ビッテンフェルトにとって、赤ん坊の事は未知の世界だけに不思議そうに尋ねた。
「ええ、自分の限界点を知らないのが、赤ちゃんや子供なんですよ。大人だと、興奮した後にセーブができますが、赤ちゃんなどはその気持ちのクールダウンがうまくできなくて・・・。ルイーゼもまだまだ夢と現実の区別が、上手ではないようです」
 納得したように頷いたビッテンフェルトだが、ふと日中の自分の行動に気が付いてアマンダに謝る。
「すまん!俺、昼間、ルイーゼを興奮させすぎた・・・」
「いいえ閣下、気になさらないでください。ルイーゼにとって夜泣きはよくある事なので・・・」
「そうか・・・。俺がルイーゼをあやそうか?」
 ビッテンフェルトが手を伸ばしてルイーゼを抱こうとしたが、 娘はイヤイヤをして母親にしがみ付く。昼はあれほど自分に懐いてくれたルイーゼだけに、ビッテンフェルトがショックを受ける。
「夜は私でないとダメなようで・・・」
 落ち込む父親に、アマンダが申し訳なさそうに謝る。
「まあ、泣いている赤ん坊にとって、母親は特効薬なんだから仕方ない・・・」
 アマンダの隣に座ったビッテンフェルトが、苦笑いでショックを誤魔化す。
 泣いているルイーゼの小さな背中を、アマンダがリズミカルにぽんぽんさせてあやすが、なかなか娘は泣き止まない。
「閣下、すみませんが、チョット失礼します」
 アマンダがビッテンフェルトに背を向けると、胸をはだけてルイーゼに母乳を含ませ始めた。ビッテンフェルトはつい反射的に、反対側を向き、自分の視線を別の方向に向ける。こんなところにもお互いにまだ遠慮が見られ、二人の関係の初々しさを感じる部分でもあった。
 ルイーゼは母親のオッパイを咥えると泣きやみ、少し落ち着いたようだった。
「ルイーゼ、母乳なのか?いまどき珍しいな~」
「ええ、母乳は栄養的にも優れていますし、免疫がついてアレルギーの予防にもなります。それに、赤ちゃんの顎の発達を促すこともできます。私自身も食べる物に気を配るようになりますし、何より手間が掛からない上に経済的なんです。母乳は母子ともにメリットがありますので・・・」
「そ、そうか・・・」
 専門家が話すように詳しく説明するアマンダに、ビッテンフェルトが圧倒される。
 暫くアマンダの背中越しに、ルイーゼの様子を窺っていたビッテンフェルトだが、母乳を飲む娘の顔が見たくなってしまった。
「アマンダ、その~、オッパイを飲んでいるルイーゼの顔、見てもいいかな?・・・言っておくが、決してやましい気持ちからではないぞ!」
 照れくさそうに弁解しながら、ビッテンフェルトが申し出た。
「ええ、いいですよ」
 アマンダは抱いているルイーゼの顔が見やすいように、体の向きを変えた。ビッテンフェルトが娘の顔をそおっと覗き込む。
「へえ~、ルイーゼ、なんか寝ているみたいだけれど、口はしっかり動いてオッパイから離れないんだな!」
「ええ、オッパイを咥えていることで、安心するようです。ルイーゼにとって、これが精神安定剤なんでしょうね」
 暫く二人で、娘の姿を見守る。
「赤ん坊が無心で母親のオッパイを飲んでいる姿というのは、いいもんだな。心がほんわかする」
 ビッテンフェルトが満足そうに告げる。そんなビッテンフェルトに、アマンダが声を掛ける。
「閣下、こちらを見るのは構いませんが、そのままの恰好では、風邪を引いてしまいます。服を着るか、ベットに入るかして体を冷やさないようにしてください」
「確かに・・・」
 裸のままルイーゼに見入っていたビッテンフェルトは、さすがに少し寒さを感じた。彼はアマンダの忠告に従い、ベットに寝そべり腰に毛布を掛けた。
 横になって、ルイーゼに母乳を含ませるアマンダをじっと見つめるビッテンフェルトは、なんだか心の中がじんわりと温かくなっていくのを感じていた。
(これが<家庭を持つ幸せ>っていうものなのか・・・)
 ささやかな幸せを味わっていたビッテンフェルトだったが、そのうち瞼がだんだん重くなってきた。そして、目の前の母子を見つめながら、ビッテンフェルトはそのままアマンダのベットで、眠りに陥ってしまったのである。
 ルイーゼもようやく寝つき、ベビーベットに寝かせたアマンダが、自分のベットで寝ているビッテンフェルトを見つめる。
(ルイーゼと同じ顔をして寝ている・・・)
 クスッと笑ったアマンダが、寝ているビッテンフェルトの毛布を肩まで掛け直して、彼の頬に軽くキスをした。
「おやすみなさい、閣下・・・」
 深い眠りの中の住人となっていたビッテンフェルトは、アマンダのキスに全く気が付いていなかった。



 翌朝、ビッテンフェルトの副官のオイゲンが、ビッテンフェルトを迎えに来た。
「おはようございます!こちらにビッテンフェルト元帥がお世話になっているかと思いますが・・・・」
 ルイーゼを抱いたアマンダが応対し、オイゲンに挨拶をする。玄関先で、初めてルイーゼに逢ったオイゲンが(なるほど!確かに閣下とそっくりだ・・・)とほっと一安心する。
「うちの閣下が、突然押し掛けてしまい申し訳ありませんでした。あの~、ご迷惑ではありませんでしたか?」
 オイゲンは、強引なビッテンフェルトが、アマンダの生活の妨げになっていないか心配していたのである。
「いいえ、大丈夫です。ただ、ビッテンフェルト閣下はまだお休みになっていて・・・」
 アマンダの言葉に驚いたオイゲンが慌てる。
「えっ、まだ寝ているんですか!申し訳ありませんが、閣下を起こしてください!朝一で会議がありますので・・・」
 アマンダは、焦っているオイゲンを部屋に招き入れた。
「すみません!チョット、この子をお願いします」
 オイゲンにルイーゼを手渡したアマンダが、スタスタとビッテンフェルトの元に急ぐ。
「閣下、起きてください!オイゲン少将がお迎えに来ました!」
「ん?」
 寝ぼけ眼のビッテンフェルトがあたりを見渡し、ようやく状況を理解する。
(ああ、そうだ!俺、あいつを見つけて乗り込んできたんだ・・・)
「閣下、早く身支度を済ませてください。もう発たないと会議に間に合いませんよ!」
 アマンダがビッテンフェルトに軍服を手渡す。
 そして、ルイーゼを抱いているオイゲンに「ビッテンフェルト閣下が車の中で朝食を召し上がれるように、何か作りますので、申し訳ありませんが少々お待ちください!」と告げると、キッチンで作業をする。
 初めて逢ったオイゲンに抱かれたルイーゼだが、人見知りもせずニコニコお愛嬌を振りまく。懐かれたオイゲンも、つい嬉しくなってルイーゼをあやしていた。
 軍服を着たビッテンフェルトが、キッチンにいるアマンダに問い掛ける。
「お前、昨日どこで寝たんだ?」
 寝入ってからの記憶が全くないビッテンフェルトが焦っている。
「ご心配なく!閣下のお言いつけ通り、ちゃんとベットで一緒に寝ましたから・・・」
「えっ!本当か?」
「閣下の隣に、寝かせて貰いましたよ。閣下は爆睡していたので、気が付かなかったのかも知れませんが・・・」
「そ、そうか・・・せ、狭かったろう・・・」
(はあ、俺のバカ!!せっかくのチャンスを無駄にして・・・)
 ビッテンフェルトが悔やむが、時間<とき>は取り戻せない。
 素知らぬ振りをして空気のような存在になっていたオイゲンだが、二人の会話はしっかり聞こえていた。
 そして、今のビッテンフェルトの悔しがる心境を察し、男としてつい同情してしまうのであった。
「閣下、サンドウィッチとコーヒーです。車の中でお食べ下さい」
 アマンダがビッテンフェルトに朝食が入った紙袋を手渡す。
 そのとき、ビッテンフェルトの目に、オイゲンがルイーゼを抱いて突っ立っているのが見えた。
「オイゲン、ズルいぞ!俺が、ルイーゼを抱っこする!」と娘を抱こうとしたビッテンフェルトを、アマンダが制する。
「閣下、ルイーゼに構っている時間はありません!この先の大通りは、渋滞が始まると身動きが取れなくなりますから・・・」
 アマンダがオイゲンからルイーゼを受け取り、二人を促した。オイゲンも<遅刻しては大変!>とばかりに、アマンダのアドバイスに従い、ビッテンフェルトを急がせる。
「閣下、急ぎましょう!お子さんとの触れ合いは、帰ってからのお楽しみという事にして下さい!」
 そして、二人に急き立てられたビッテンフェルトが、ルイーゼに心を残しながらも観念して車に乗り込んだ。



「ホントに閣下そっくりの御子さんでしたね。あの顔だと、疑いようがない・・・」
  車の中でオイゲンが呟いた。
「だろう!それだけ俺の胤が強いって事かな!」
 ビッテンフェルトが自慢げに胸を張る。
「お嬢さまに閣下の遺伝子が強く出たのは判りましたが、昨夜はどうしたんですか?あの方は、閣下がずっと探していた女性だったのでしょう?やっと見つけた彼女を目の前に、手も足も出さずに爆睡ですか?」
 先ほどの会話を聞いていたオイゲンが、ビッテンフェルトに問いかける。
「うっ!いや、違うんだ!夕べはルイーゼが夜泣きをして・・・。それで赤ん坊が、いつまでもあいつのオッパイを占領していたものだから・・・」
 焦ったビッテンフェルトのリアルな愚痴に、オイゲンが思わずせき込む。
「まあ、お嬢さまにしてみれば、閣下は突然、母と子の生活に割り込んできた侵入者ですから、警戒したのでしょう。赤ん坊というのは本能で行動しますし・・・」
「侵入者って、俺は父親だぞ!」
 ビッテンフェルトは言い返したが、考えてみればオイゲンの言葉も一理あるような気がしてきた。
(昨夜、あのタイミングで泣くって事は、確かに邪魔をしているようでもある。それに、ルイーゼなりに母親は渡さないと主張しているような気もする・・・)
 ビッテンフェルトは、娘に拒絶されたような気持ちになってきた。
「昨日逢ったばかりですし、赤ん坊には閣下が父親っていう実感はないでしょう」
 追い打ちをかけるようなオイゲンの忠告に、ビッテンフェルトがきっぱりと宣言する。
「今日中に正式に籍を入れる。これで俺は、名実ともにルイーゼの父親だ!」
「判りました!それで、結婚式はどうなさいますか?」
「そっちの方は引っ越しをして、新しい生活が落ち着いてからでもいいだろう!急ぐのは、一緒に住む家を見つける事とルイーゼに俺が父親だと認めさせる事だ!」
 意気込むビッテンフェルトに、オイゲンが伝える。
「早速、新居を確保します!元帥府の近くだと、閣下もお嬢様と触れ合う時間が取りやすくなるでしょう!」
「おう!頼むぞ!」
 オイゲンの言葉に安心したビッテンフェルトが一息入れ、走る車の中でアマンダの手作りの朝食を食べ始める。
 そして、昨夜の事を振り返ったビッテンフェルトは、新たな決意に燃えていた。
(リベンジだ!今日の夜は、絶対決めてやる!!)


<続く>