デキ婚から始まった恋愛 5

 初対面から自分になついた娘を、ビッテンフェルトは手放しで可愛がっていた。
 そのルイーゼと一緒にお風呂に入る為、ビッテンフェルトは今までのように<帰宅時に飲み歩く>ということは、すっかりなくなっていた。
 そんなある日、彼の元帥府でちょっとした打ち上げ会があった。
「今日は少し飲んでくるが、ルイーゼをお風呂に入れる時間迄には帰る!」
 ビッテンフェルトからの連絡に、アマンダが夫に伝える。
「フリッツ、上官の貴方が時間を気にしていたら、皆さん楽しくお酒が飲めないでしょう?ルイーゼのお風呂の方は大丈夫ですから、部下の方たちと心置きなくお過ごしください」
「いや、大丈夫だ!今日の打ち上げは軽いもので、そんなに遅くはならない!」
 アマンダは気を使ったが、ビッテンフェルトは構わないといった感じで、娘とのバスタイムを優先する。
 夫との会話を終えたアマンダが、微笑みながら娘に伝える。
「ルイーゼ、ファーターは、どうしてもあなたと一緒にお風呂に入りたいらしいわね!」
 その夜、ビッテンフェルトは少しほろ酔い気分の状態だったが、ルイーゼのお風呂の時間に間に合うように帰宅したのであった。


「さあ、よ~く温まったし、もう上がろうか♪」
 お風呂でルイーゼを抱いて立ち上がったビッテンフェルトは、途端にクラ~と軽いめまいを感じた。ふと気が付いたときには、抱えていたはずの娘が、頭からお湯の中にすっぽり入っていた。
「あわわわ!!」
 慌てたビッテンフェルトが、ルイーゼを抱きかかえて様子を見たが、溺れかけた本人はきょとんとした顔でトジった父親を見つめていた。
「おお!さすが俺の娘だ!強いぞ~」
(一瞬の事だったから大丈夫だったんだろう~)と、ビッテンフェルトはひと安心した。



 翌日の夜、ビッテンフェルトはいつものように一緒にお風呂に入ろうと、アマンダから裸の娘を受け取ろうとした。だが、そのとき突然、ルイーゼが大声で泣き出してしまった。母親にしがみついて離れない娘を見て、ビッテンフェルトは昨日の事件を思い出した。
「どうしたの?ルイーゼ!いつも、あんなに喜ぶのに・・・」
 不思議そうなアマンダに、ビッテンフェルトは鼻の脇をかきながら視線を反らせて白状した。
「・・・実は昨日、湯船にルイーゼを落としてしまった・・・」
 その仕種は、まるで小さな男の子がばれた悪戯を白状したような感じで、アマンダは思わず吹き出し、クスクス笑ってしまった。そんな妻を見て、ビッテンフェルトは思った事がつい口に出た。
「お前、そうやって笑うとかわいいな・・・」
「えっ!・・・」
 アマンダの頬がほんのり赤くなり、二人の間に何だか甘いムードが漂った。
 恋人期間も置かず、いきなり夫婦になった二人である。子供がいるとはいえ、こんな会話もまだときめくらしい・・・。
「クシュン!」
 ルイーゼのくしゃみが、そこに割り込んだ。
「おっと、大変だ。ルイーゼが風邪を引いてしまう。今日は一緒に入るのを諦めるよ・・・」
 残念がる父親に同情しながら、アマンダは娘にパジャマを着せた。
 一人寂しくお風呂に入ったビッテンフェルトだが、心の中はあたたかくなっていた。
(あいつ、あんなふうに笑えるようになったんだ。あの笑顔を見ただけでも、強引に一緒に暮らし始めた甲斐があったよ・・・)
 その夜、桃色ほっぺのルイーゼの寝顔を見ながら(何とかして一緒にお風呂に入れる方法はないかな~)と、ビッテンフェルトはいろいろ考えていた。



 その二日後、月に一度の各閣僚を交えての全体会議が行われた。
 開始時間が過ぎたのに、黒色槍騎兵艦隊の司令官であるビッテンフェルトが、まだ姿を見せていなかった。
「ビッテンフェルトは遅刻か?」
「欠席されるという話は聞いていませんから、もうすぐ来られるでしょう・・・多分・・・」
 全体会議の議長であるワーレンの問いに、ミュラーが答える。
 会議室に隣接する控室では、副官のオイゲンがハラハラしながら、遅刻している上官を待っていた。
(全く、閣下はすぐ戻ってくると仰っていたのに・・・信じた私が甘かった・・・)
 そこへ丁度、大きな紙袋を抱えて息を切らしたビッテンフェルトが駆け込んで来た。
「はぁはぁ、遅れてすまん!」
「閣下、とにかく早く中へ!もう会議が始まっています!!」
 オイゲンはビッテンフェルトから荷物を受け取ると、彼を急がせた。そして、会議室に入った上官を確認して、ようやくほっとしたオイゲンが手に持っていた荷物は、最近ビッテンフェルトが行きつけとなっているベビー用品店の紙袋であった。
(またお嬢さまの為のお買い物に、夢中になっていたんだな・・・) 
 控室にいる他の副官達からの同情の視線を感じながら、オイゲンは小さな溜息をついていた。


 会議室に入り、慌てて席に着くビッテンフェルトに、出席者一同が注目したが、議長を務めるワーレンの咳払いで元に戻る。その後は何事もなく、会議は二時間ほどで終了した。会議に出席した者達はそれぞれ席を立ち、その場をあとにする。
 自分の席から立ち上がったビッテンフェルトに、帰り際のワーレンがそれとなく注意する。
「ビッテンフェルト!忙しいのは判るが、会議には遅れるなよ」
「済まん!以後、気を付ける・・・」
 素直に謝るビッテンフェルトを見て、ワーレンは「それじゃ、またな!」と会議室から出ていった。近寄ってきたミュラーもビッテンフェルトに問い掛ける。
「ビッテンフェルト提督、どうしたんですか?」
「いや、昼休みに買い物に行っていたら夢中になって、時間を見逃してしまったんだ」
「買い物?また、ルイーゼの為のお買い物ですか?」
 ビッテンフェルトの娘の為の買い物は、このところ兵士の間でいろいろと噂になっていた。
 <軍服姿のビッテンフェルトが、若い女の子が集まるかわいい小物を売っている店で、右手にうさぎ、左手にくまのぬいぐるみを持ち、“どちらを買おう?”と真剣に悩んでいた>などというたわいもない話だが、兵士達にはうけていた。
 そんなミュラーの質問に、ビッテンフェルトが答える。
「いや、今回はどちらかと言えば俺の為に買ったようなものだ!」
「そうなんですか・・・」
 二人は話しながら、共に会議室を出る。両者の副官が近寄って来て、お互いの上官に従った。
 ふと、ミュラーはオイゲンが持っている紙袋に目がいった。
(あれは、ベビー用品店の紙袋だ!先ほど提督は、自分の為の買い物と言っていたが・・・)
 急に袋の中身に興味を持ったミュラーが、ビッテンフェルトに問い掛ける。
「一体、何を買って来たんですか?会議の開始時間に遅れる程、夢中になるなんて・・・」
「いや~、たいした物じゃないんだが・・・」
 ビッテンフェルトがオイゲンから紙袋を受け取り、ガサゴソと中身を取り出した。その様子に、オイゲンは(ここで中身を出すんですか~!!)と心の中で悲鳴を上げていた。
 会議の出席者の副官や秘書官が集まる控えの間の片隅で、ウサギのイラストのバケツにジョーロ、ビニール製の絵本、浮かんで動くおもちゃ、たくさんの入浴剤などが並ぶ。堅苦しい空間に不似合いな可愛らしいお風呂グッツの存在は目立ち過ぎていた。
 そのお風呂グッツの前で話し込んでいる上官達を、周囲から隠すようにオイゲンとドレウェンツが必死に立ちふさがっている。
 そんな副官たちの気配りの中、ビッテンフェルトとミュラーの会話が続く。
「ビッテンフェルト提督、どうしてこれがご自分の為なんですか?どう見てもルイーゼ用にしか見えませんが・・・」
「実はルイーゼに、俺と一緒のお風呂を拒否されてしまったのだ・・・」
 ビッテンフェルトはミュラーに、二日前のお風呂での失敗を説明した。
「ルイーゼの父親に対する信頼回復の為に、このお風呂グッツを購入したんだ。以前のように、俺とのお風呂を楽しんでくれるようにな!だからこれらは、自分の為の買い物なんだ!」
「そういう事でしたか!」
 ミュラーが納得する。
「ルイーゼが年頃になって俺と入らなくなるのは仕方ないが、今からなんてとんでもない!」
「でも、原因を作ったのは、提督でしょう・・・」
 意気込むビッテンフェルトをミュラーが笑う。
「だから、作戦を練ったのだ」
「はは、検討を祈りますよ」
「おう!」
「でも、羨ましいですね。お子さんとのバスタイムは・・・」
「だろう!」
 にこやかに返事をしたビッテンフェルトが、何か閃いたのか突然、袋からある物を取り出した。
「お前にいい物をやろう!」
「何ですか、これ?」
「お湯がゼリー状になる入浴剤だ。肌がつるつるになるらしいぞ。これで磨いて早く恋人を見つけろ!」
「・・・あ、ありがとうございます・・・・・・」
 僚友からの思わぬプレゼントに、ミュラーは苦笑いをしていた。



 ルイーゼが再び父親とのバスタイムを楽しむようになって、ひと安心したビッテンフェルトであったが、また新たな問題が生じていた。
 彼は自宅の書斎で、一通の招待状を前に考え込んでいる。

普通、こういうパーティーには、夫婦同伴で出席するのが基本だろう
だが俺達は、結婚した事自体、周りにはあまり知られていない
俺は社交界が苦手だが、アマンダも同じだろうな・・・
あれは貴族達の集まりでもある
そのうち必要に迫られて、夫婦で出席する事になるだろうから、
今の内は、俺一人でいってもよかろう・・・
それに第一、夜にアマンダがいないとルイーゼは不安がるだろうし・・・

 新居に引っ越してきてから、ルイーゼの母親への後追いがひどくなっていた。以前の小さな家にいるときは、目の前にアマンダがいるのが当たり前の生活だっただけに、広い家に来て母親の姿が見えないと探し始めるのである。特に夜になると不安が高まるのか、そばにアマンダがいないだけでルイーゼは泣きべそ顔になるという始末である。
 それにビッテンフェルトは、婚約者を死に追いやった貴族達を憎んでいたアマンダを知っている。

あいつの古傷に触るような事は避けたいし
今の状態のルイーゼを残して、夜に外出するのも
アマンダには辛いだろうな・・・

 ビッテンフェルトは、アマンダを社交界に連れて行くにはまだ早いという気がして悩んでいた。


 家族三人で夕食を囲んでいるとき、アマンダがビッテンフェルトに問いかける。
「フリッツ、何かありましたか?」
「いや、なんでそんな事を訊くんだ?」
「先ほどから何だか難しい顔していますけれど・・・」
「そうか・・・」
 アマンダに問いただされて、ビッテンフェルトは思い切って聞いてみる。
「アマンダ、あのな、ルイーゼを夜に誰かに見てもらって、二人で出かけるっていうのは、まだ無理だよな?」
「・・・夫婦で出席しなければならないような催し物でもあるのですか?」
 一瞬、顔を曇らせたアマンダを見て、(やっぱり難しいか・・・)と感じたビッテンフェルトは、アマンダとの同行を諦め負担にならないように伝える。
「一応、招待状がきている。だが、世間は俺が結婚したことはまだ知らないだろう。お前やルイーゼの事は、俺の周りにしか知られていないし・・・。今は一人でも大丈夫だ!」
「すみません、そうして貰えると助かります。ルイーゼを夜、私から離れても大丈夫なように慣れさせますので・・・」
 申し訳なさそうにアマンダが告げる。
「いや、急に持ち掛けた俺の方が悪かったんだ。まだ無理はしなくてもいい」
 それほど期待していなかった様子のビッテンフェルトに、アマンダも少し気が楽になった。
「フリッツ、私は元帥閣下である貴方と結婚したのです。妻としていつまでも社交界と無縁という訳にはいかない事も判っています。只、ルイーゼが慣れるまで、少しだけ時間をください」
 アマンダの申し訳なさそうな顔に、ビッテンフェルトが首を振る。
「判っているからそんな顔をするな。本当のところ俺は、社交界ってやつが苦手なんだ!性にあわないというか、落ち着かないというか・・・。だから、パーティーとかに招待されても、出来ればいかなくても済む理由をいつも考えてしまう。俺自身がこうなんだから、ルイーゼを泣かせてまで、お前を連れて行くつもりはないよ。なあに、ルイーゼだって、いつまでもお前の後を追い続ける赤ん坊でもないし、すぐ成長する。今はなにより、ルイーゼの事を優先に考えてくれ」
 妻としての役目より、母親の立場を尊重してくれるビッテンフェルトに、アマンダが礼を言う。
「ありがとうございます」
「アマンダ、俺だってルイーゼが可愛いし、不安な思いをさせたくない。だから、お前もこの事はもう気にするな!」
 ルイーゼを理由にしているが、実際は自分を気遣っていると感じたアマンダが、ビッテンフェルトの目を見て告げる。
「フリッツ、貴方は私に気を使い過ぎていませんか?<戦争時代を忘れろ!>と言ったのはフリッツです。私はもう貴族に対してなんの拘りも持っていません。ですから、夫婦同伴が必要な場合は御一緒しますので、隠さず教えてくださいね。ルイーゼの事は何とかなりますので・・・」
 アマンダの言葉に、ビッテンフェルトが軽く頷く。
「そうだな、そういうときはお前に頼む事にする!」
 そう言ったビッテンフェルトだが、アマンダが心の底に抱えている消えない痛みには気がついていた。



 数日後、パーティー会場に現れたビッテンフェルトは、先に来ていたミュラーと目が合い、彼のそばに向かった。
「今日は、おひとりですか?」
「ああ、今回は見合わせた・・・」
「そうですか」
 ミュラーの質問にビッテンフェルトが短く答え、ミュラーもそれ以上は触れなかった。ミュラーは、アマンダが軍人時代に貴族社会に潜入していた諜報員であった事を知っているし、婚約者が貴族によって殺された事もビッテンフェルトから聞いている。
 妻を心配するビッテンフェルトの気持ちを汲み取ったミュラーが、違う話題を振る。
「例のお風呂グッツ作戦は、上手くいきましたか?」
「おう!バッチリ♪」
「ビッテンフェルト提督の楽しみが復活して良かったですね」
「うん、あれは父親の特権だな!いずれ失うにしても、それまでは充分楽しませてもらわないと!俺にとっての至福の時間なんだから」
 ビッテンフェルトが満足気に笑う。そんな二人の前に、ワーレンが顔を見せた。
「なんだビッテンフェルト!お前、結婚したのに奥方を連れてこないのか?」
 事情を知らないワーレンが、直球で問い掛ける。
「夜は赤ん坊が母親から離れないんだ。泣くと判っている子を置いていくのは、あいつも辛いだろうから無理をさせないだけさ。それに、周りは俺が独身だと思っているから、別に一人でも構わないだろう?」
「そうか。赤ん坊がいると、何かと大変だな」
 すっかり子煩悩の父親に変わった僚友に、ワーレンが笑う。
 雑談する三人の前に、今度はミッターマイヤーが現れた。
「あれ、ビッテンフェルト、奥方は一緒ではないのか?」
「ああ、今夜は俺一人だ」
 皆、ビッテンフェルトに同じような言葉で声を掛けているので、その場にいる三人がつい苦笑する。
「そうなのか・・・。エヴァ、残念だったな」
 ミッターマイヤーが振り返り、後ろに控えていた妻のエヴァンゼリンに伝える。
「ええ、でも、次に逢う機会を楽しみにする事にします。ビッテンフェルト提督、どうぞ奥様に宜しくお伝えください」
 エヴァンゼリンはビッテンフェルトに声を掛けると、三人の元帥に会釈して御婦人たちが集まっている方向に向かった。
「エヴァは今夜、ビッテンフェルト夫人に逢えると楽しみにしていたんだ。同じ元帥夫人として、これから仲良くしたいと期待していたから・・・」
「そうか、期待を裏切ってしまって悪かったな。でも、お前の奥方がそう思ってくれるのはありがたいな!俺もアマンダを連れてきたときに、ミッターマイヤー夫人がそばにいてくれると心強いよ。あいつ、社交界とか慣れていないし・・・」
 ビッテンフェルトがエヴァンゼリンの心遣いを有難く感じる。
「お前が結婚したって事にも驚いたが、それ以上に意外な組み合わせに驚いたよ」
「誰もが同じ事を言う・・・」
 ビッテンフェルトが苦笑いで首を振る。
「今回、奥方を連れて来ないのは、何か理由<わけ>があるのか?」
「実は、赤ん坊をベビーシッターとかに預けた事がないんだ。子どもが母親から離れる事に慣れるまで、もう少し待つさ。どうせ、俺が結婚した事はそれほど広まっていないし・・・」
「そうか・・・」
 ほんの少し考えたミッターマイヤーが、ビッテンフェルトに質問する。
「なあ、ビッテンフェルト、子どもと一緒なら、奥方は外出できるのか?」
「ん?まあ、多分・・・」
「だったら今度、三人でうちに来ないか?我が家にはフェリックスもいるし、子連れでも遠慮はいらない」
「いいのか?」
 ビッテンフェルトは、独身のミュラーや同期仲間のワーレンとはお互いの家を行き来して酒を飲んだりしていたが、ミッターマイヤー家をプライベートで訪問したことはなかった。
「俺はエヴァを喜ばせてやりたいんだ。さっきエヴァは、ビッテンフェルト夫人に逢えなくてがっかりしていただろう。だから、何とかしてやりたい。それに、俺も卿とゆっくり話したいのもある。このところ海鷲で見かけなくなって、卿と一緒に飲むのもご無沙汰になっているし・・・」
「まあ、確かに・・・」
「都合の良いとき、連絡してくれ!」
「判った。アマンダに話してみる」
 会場に音楽が流れ始め、ミッターマイヤーはエヴァンゼリンと共に踊り始めていた。仲良く踊っているミッターマイヤー夫妻を見つめながらビッテンフェルトは考えていた。

妻を喜ばせたいか・・・
ミッターマイヤー夫妻の夫婦円満の秘訣は、
こういうところにあるんだろうな・・・
俺も見習わなくては!
しかし、アマンダが喜びそうな事って何だろう?
全く見当がつかん・・・
俺はアマンダの事を、何も知らないままだな・・・

 結婚してからビッテンフェルトは、娘のルイーゼと触れ合う時間を作ったり育児書を読んだりと、父親業には熱心に取り組んでいる。しかし、夫として見れば、何となく照れもあってアマンダとはそれほど向き合っていないようにも感じていた。



 <思い立ったらすぐ行動!>のビッテンフェルトは、次の日にはアマンダを伴いミッターマイヤー家を訪れていた。
 フェリックスを抱いたエヴァンゼリンが、ルイーゼを抱いたアマンダを出迎える。
「よくいらしてくださいました。同じ年頃の子どもを持つ母親どうし、仲良く致しましょう!どうぞ、私の事はエヴァンゼリンと名前で呼んでください!」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。アマンダとお呼びください」
 奥方同士の初対面の挨拶を終え、両家族揃った会食が始まる。
 初めての場所にも全く物怖じせず自分の家にいるかのようにくつろぐルイーゼにビッテンフェルトもアマンダも安心し、又、場を和ませる幼子二人の存在のお陰で、両夫妻の会話が弾んだ。
 そんな中、エヴァンゼリンが質問する。
「ビッテンフェルト提督とアマンダ、お二人の出会いはどんな感じでしたの?」
「出会い・・・」
 ビッテンフェルトとアマンダが向き合ったまま固まった。
(まさか、ミッターマイヤー夫人に、俺がお前を殴ったのが最初の出会いとは言えないよな?)
 目で確認するビッテンフェルトに、アマンダが軽く頷いて口を開いた。
「私は軍人でした。フリッツとは仕事を通じて知り合ったのです」
「あら、まあ!そうでしたの?それは初耳でしたわ。ウォルフったら、何も教えてくださらないから・・・」
 アマンダが軍人だった事を知って、エヴァンゼリンは驚いていた。
「だって俺は、てっきりビッテンフェルトが口説いたのは、奥方が軍人を辞めてからだと思っていたんだ」
 慌てて妻に弁明するミッターマイヤーに、ビッテンフェルトは自分たちの事情を打ち明ける。
「いや、正直に言うと、俺たちいろいろ行き違いがあって、ちゃんと付き合う前に離れたんだ。俺は、アマンダがオーディンに帰ってしまったと思っていたから、つい最近までこの子の存在を知らなかった・・・」
 ビッテンフェルトの言葉に、ミッターマイヤーが頷いて応じる。
「だろうな!お前はロイエンタールと違って、自分の子を身籠った女性の事を知っていたら、ほったらかしにはしないだろう。なにか事情があったとは思っていたよ」
「そうか・・・しかし、ここでロイエンタールが出てくるとはな!確かに、俺たちから見ればロイエンタールは責任感が強い奴だったが、女の立場から見たら無責任だったかも知れんな・・・」
 ビッテンフェルトが漁色家と呼ばれていた同期仲間を思い出し、目の前にいる彼の忘れ形見にその面影を重ねる。ビッテンフェルトがフェリックスを見つめていたのと同じように、エヴァンゼリンが父親似のルイーゼを見つめて告げた。
「ルイちゃんは、お二人の赤い糸をしっかり結んでいてくれたキューピットだったのね。そして、ビッテンフェルト提督とアマンダは、現在<いま>改めて恋愛しているという事になるのですね!」
「結婚してからの恋愛か・・・なるほど、だから最近のビッテンフェルトは、やたらテンションが高いんだ。まるで<人生がバラ色♪>といった感じに・・・」
 ミッターマイヤーが妻の言葉を裏付け、エヴァンゼリンがクスッと笑う。
 僚友に結婚後の浮ついている自分をズバリ言い当てられたビッテンフェルトは言葉が出ず、アマンダは少し照れたように微笑んだ。
 その後もミッターマイヤー夫妻のアツアツぶりは続き、彼らの仲の良さにすっかりあてられたビッテンフェルトとアマンダは、軍での<ミッターマイヤー夫妻は万年新婚状態!>という噂が、紛れもない事実だった事を改めて思い知ったのである。



 自宅に戻り、ルイーゼを寝かしつけてきたアマンダが、リビングでくつろぐ夫に告げた。
「エヴァンゼリンはとても可愛らしい女性ですね。まるで春風のように爽やかで、一緒にいると心地よい気持ちになります」
「そうだな。それにしても、ミッターマイヤーと奥方は、まるで恋人同士のようだな。あまり仲が良くて、俺は目のやり場に困ったよ」
「ええ、まあ・・・。噂通りでしたね」
 二人で顔を見合わせて苦笑いする。
「しかし、あのお堅い軍務省でも、ミッターマイヤー夫妻の仲の良さの噂は広がっていたんだな」
「基本、軍務省にはどんな情報でも届きます。まあ、こういった噂話は事実とは違う事が多いので殆ど除外されますが・・・」
「だが、ミッターマイヤー夫妻の噂に関しては事実だった!」
 ビッテンフェルトがニヤリと笑う。
「ええ、そうでしたね。・・・フリッツ、私は、ルイーゼもあのエヴァンゼリンのように、可愛らしい女性になって欲しいと思います」
 そんなふうに自分の望みを伝えたアマンダに、ビッテンフェルトが一呼吸おいて上擦った声になって告げた。
「お、お前だって、か、か、可愛いぞ・・・」
(しまった~!言葉がカミカミになっている。なんて格好悪いんだ~~)
 決め台詞をスムーズに言えなかったビッテンフェルトが、真っ赤になった。
「フリッツ、無理しなくてもいいですよ。顔が引きつっていますし、言い方も変です」
 冷静に分析するアマンダに、ビッテンフェルトは心の中で思わず溜息を漏らす。

前に風呂場ではスムーズに出た言葉なのに、
意識するとうまく言えない!
自分の妻に、
気の利いたセリフひとつ言えないとは・・・
ミッターマイヤーのようにはいかないな・・・

 慣れないことをしてカラぶり、しょぼくれているビッテンフェルトに、アマンダが一計を案じる。
「フリッツ、ワルツを一緒に踊ってくれませんか?社交界で踊るときの為に、少し練習したいのですが・・・」
「ん?・・・そうか、そうだな!」
 アマンダの思いがけない頼みに驚いたビッテンフェルトであったが、差し出したアマンダの手を取り、一緒に立ち上がった。そして、二人で一緒にリズムを取りながら踊り始める。

珍しいな・・・
こいつがこんな事をするなんて・・・
もしかして
ミッターマイヤー夫妻のアツアツ振りが伝染しているとか?

 アマンダとダンスを踊るという考えてもみなかった初めての経験に、最初は照れていたビッテンフェルトだが、だんだん気持ちが高まっていい気分になってきた。
(いつもはルイーゼの父親、母親優先の俺たちだが、こうして恋人同士の気分を味わうのも悪くない!)
 ワルツが苦手な筈のビッテンフェルトだが、その日の夜は、アマンダといつまでも二人だけの時間を味わっていた。


<続く>