デキ婚から始まった恋愛 8

 黒色槍騎兵の司令官であるビッテンフェルトが宇宙へ遠征中、アマンダは娘と久しぶりの二人暮らしを送っている。
 リビングには、ビッテンフェルトが遠征に行く前に撮った家族写真が飾られ、アマンダは折に触れその写真の中のビッテンフェルトを指さして、ルイーゼに<ファーター>と教え込んでいた。
 娘に心を残しながら宇宙を遠征していると思われるビッテンフェルトの為に、ルイーゼが父親の事を忘れないようにする予防策のひとつであるが、何よりルイーゼの初めての言葉が<ファーター>であって欲しいというアマンダ自身の願いも込められていた。
 又、この頃からアマンダは、黒色槍騎兵艦隊の司令官ビッテンフェルトの妻として、彼の幕僚の妻達との交流も始めていた。特にオイゲン夫人はアマンダと彼女らの橋渡しとしての役目を果たし、ビッテンフェルトの副官を務める夫のオイゲン同様に留守を預かるアマンダを何かと気遣っていた。又、ルイーゼの事を殊の外可愛がる夫人は、自らベビーシッターを申し出て、アマンダを手助けする事もあった。
 黒色槍騎兵艦隊の遠征中、アマンダとオイゲン夫人の間には、ビッテンフェルトとオイゲンの関係のような信頼関係が生まれていた。
 そんな日々を過ごしていたアマンダは、エヴァンゼリンから以前に話があった皇太后ヒルダのお茶会に誘われた。
「皇太后さまのお茶会!では、その日は私がルイちゃんの面倒をみましょう。奥さまは安心してお出かけください!」
 連絡があった日、偶々ビッテンフェルト家にいて事情を知ったオイゲン夫人が申し出た。アマンダはその好意に甘えて、当日は娘をオイゲン夫人に預ける事にした。
 そして約束の日、アマンダがエヴァンゼリンと共に王宮を訪れる。軍人時代にアマンダは、遠目からヒルダを見かけた事がある。しかし、ヒルダ本人と面と向かって逢うのは、今回が初めてであった。


 王宮に着いた二人が、皇太后の執務室に隣接されている部屋に通される。
 その部屋は窓から柔かな日差しが照らされ、一般の家庭のリビングのようなこじんまりとした空間であった。しかも、子どもが遊ぶ玩具や絵本などが置かれたキッズスペースも設けられている。
 部屋を見渡したアマンダが、エヴァンゼリンに告げる。
「このお部屋は、皇太后さまの執務室の隣とは思えないほど家庭的な感じがしますね」
「ええ、皇太后さまは、執務の合間のわずかな休憩時間でも陛下と過ごす時間が欲しくて、この部屋を設けたのです。公務を行う執務室の隣ですが、この部屋だけは皇太后さまと陛下のプライベートな空間にもなっているのよ」
 忙しい政務の間のほんのひとときの時間でも惜しむように、息子とこの場所で過ごして親子の時間を作っているヒルダの気持ちが痛いほどアマンダに伝わった。
「正式なお茶会は来賓用の応接間で行いますが、ここでのお茶会は皇太后さまの個人的な希望で行うので、こじんまりとやるのです。私はフェリックスを連れて来て、陛下と遊ばせながら過ごす事もあるのよ。この部屋では女官などの出入りがない分、自分たちでお茶を入れるセルフ式よ。だから貴女も気楽にね」
 エヴァンゼリンがそう言いながら、用意されているお茶やお菓子を慣れた手つきでテーブルにセットした。アマンダもそれを手伝う。暫くしてヒルダが現れ、三人でテーブルを囲んだ。


「初めまして、ビッテンフェルト夫人。今日は来てくださってありがとうございます。お噂はいろいろ伺っておりますよ。軍務省の秘書官時代もビッテンフェルト夫人となってからも・・・。私は以前から、貴女とこうして直接お逢いしたいと思っていました」
「恐れ入ります、皇太后さま・・・」
 ヒルダの申し出に、アマンダが恥ずかしそうに告げる。
「ここでは皇太后ではなく、ヒルダと呼んでください。この部屋にいるときは公人ではなく、普通の女性や母親に戻りたいのです。私もビッテンフェルト夫人ではなく、アマンダと呼びましょう」
 アマンダが頷く。
「このお茶会には、元帥夫人など限られた人物しか参加していません。『お気に入りの人物だけを招いて・・・』と批判する人もいますが、私の意志でやっている事なので、アマンダも何を言われても気にしないようにしてくださいね」
 前もって告げたヒルダの気配りに、アマンダが了承する。
 初対面の挨拶を交わした後、ヒルダが笑いながら告げる。
「アマンダ、私達には共通点がありますよ。二人とも、帝国では数少ない女性軍人でした。そして、お互い子どもが出来た事で結婚に結びついた出来ちゃった結婚です」
 その言葉に、エヴァンゼリンやアマンダにも思わず笑みがこぼれた。
「確かに私とフリッツの結婚は、娘の存在が大きなポイントになりました。でも、先帝とヒルダさまの場合は、ご懐妊が判明しなくてもお二人の結婚は時間の問題だったと思いますが・・・」
 アマンダの意見に、エヴァンゼリンも同意するように大きく頷く。だがヒルダは、苦笑して首を振る。
「さあ、どうでしょう?その頃のラインハルトさまは宇宙を統一する事で頭が一杯で、自分のプライベートには興味がなかったように思えますし・・・」
 ヒルダの言葉に、エヴァンゼリンは以前夫が、独身だったラインハルトに関して話していた事を思い出した。
(その気におなりなら、陛下の周囲は花園も同様なのにもったいない事だ。もし俺にその権限があるのであれば、側近のマリーンドルフ伯爵令嬢を皇妃になさるように、陛下に申し上げるだろう・・・)
 確かにあの頃、仕事一辺倒のラインハルトに、周りは王朝の安定の為にも彼の結婚を望んでいた。色めいた話が全くない皇帝に、周囲はもう少し女性に関心を持って欲しいと願っていたし、皇妃に選ばれるのがヒルダであって欲しいとミッターマイヤーを始め誰もが期待していたものだった。
「ラインハルトさまやヒルダさまのように、仕事で常に一緒でいらした間柄というのは、そばにいるのが当たり前すぎて、お互いの気持ちを知る事が、却って難しいのかも知れませんね。ウォルフも私と家族のように過ごしていたので、彼はなかなか私を恋愛の対象者としては見てくれませんでしたし・・」
 エヴァンゼリンの言葉に、ヒルダが問い掛ける。
「あら、でもミッターマイヤー閣下は、きちんと貴女にプロポーズをされたのでしょう?」
「ええ、でも実はそれには、お義母さまのチョットしたカラクリがありましたの・・・。ウォルフは、義母から手紙で<私に縁談話が舞い込んだ>という知らせを受けて驚いてしまったらしいのです。そして、いろいろ悩み考えた末、私に<プロポーズをしよう!>と決意したようで・・・。でもその縁談話は、当時の私自身には、まだ知らされていなかった話ですけれども・・・」
 エヴァンゼリンが笑いながら、夫からの求婚の経緯を打ち明ける。
「ミッターマイヤー閣下は、大事な女性<エヴァンゼリン>が離れてしまうかも・・・という危機感から、エヴァンゼリンの存在の大きさを自覚したのですね。閣下にとってその縁談話は、エヴァンゼリンに対する自分の気持ちを確認し、プロポーズを決意するいいきっかけになった事でしょう」
 アマンダの感想にエヴァンゼリンがニッコリと頷く。その様子を見つめながらヒルダは、ラインハルトと初めて結ばれた翌朝、彼が薔薇の花束を持って、求婚の為に自宅を訪れた出来事を思い出していた。
「男性というものは何かきっかけがなければ、女性に対してプロポーズに踏み込めない人種なのでは・・・と思うところがあるのです。ラインハルトさまもそういうところがありましたので・・・」
 ラインハルトからの二度目のプロポーズは、子どもが出来たと知った事がきっかけだった。そういう事情もあり、昔を思いだしたヒルダがクスッと笑う。
 ローエングラム王朝の創始者ラインハルトが崩御されてから、人々の間では皇帝崇拝とまでとは言わないが、それに近いものがある。世間が仰ぎみるラインハルトに対し、遠慮なくものが言える人物は、妻であったヒルダ以外いないだろう。
 何事も万能にこなしていた英明なラインハルトだが、唯一女性関係に関していえば器用とも言えなかった部分を知っているヒルダだからこそ言える愛情表現とも言える。
「アマンダ、ビッテンフェルト提督のプロポーズは、どんな感じでしたの?」
 エヴァンゼリンの質問に、アマンダが応じる。
「フリッツは、娘のルイーゼの存在を知ったとき、すぐにでも自分の姓であるビッテンフェルトと名乗らせたいと思ったようでした。それで彼は、すぐさま子どもの認知届を出しました。そのとき、ついでに籍もいれるっていう感じで、私達は結婚したのです。新居への引っ越しも何もかもあっという間で、正直なところ、私は気が付いたら元帥夫人になっていたというのが実情です」
「あら、ついでにって・・・」
 思わずエヴァンゼリンが苦笑した。ヒルダも笑いながら告げる。
「でも、なんとなく想像できますよ。そのドタバタぶり・・・」
「<思い立ったら即実行!>がビッテンフェルト家の家訓だそうです」
 アマンダが、ビッテンフェルト家の家訓を教える。
「では、ビッテンフェルト家に嫁いだアマンダも、その家訓のようになるかしら?」
 エヴァンゼリンに質問に、アマンダが首を傾げて告げる。
「性格的に少し無理があると思いますが・・・。只、フリッツと一緒に暮らしているうちに、多少は影響を受けてしまうかも知れません。何かと影響力が強い方ですし・・・」」
 アマンダの言葉に、二人が同意して頷く。


 弾んでいた会話が一息ついたとき、ヒルダが改まってアマンダに話し始めた。
「貴女の娘のルイーゼも、王宮に連れて来てくれませんか?是非、アレクのお友達になって欲しいのです。一人っ子のアレクには、子ども同士で交流をする機会を、出来るだけ作ってやりたいのです」
 一人の母親としてのヒルダの頼み事に、アマンダは頷く。
「判りました、ヒルダさま。只、我が家の娘はまだ赤ん坊なので、陛下の遊び相手としてはもう少し成長してからでないと務まらないと思います。それに父親が甘いので、多少我がままで気が強いところもあります。きっと陛下と一緒にいても、玩具を取り合うケンカ相手にしかならないかも知れません」
 苦笑いで告げるアマンダに、ヒルダも微笑みながら伝える。
「ビッテンフェルト提督の子煩悩振りはすっかり有名になりましたね。それに、アレクのケンカ相手こそ、私の望むところなのです。王宮で大人に囲まれて育つアレクには、揉まれて逞しくなる経験が必要です。私は、アレクに遠慮なくケンカ相手になる弟妹を作ってやれませんから・・・」
 ヒルダの<息子に弟妹を作ってやれない>という言葉に、エヴァンゼリンもアマンダも顔を見合わせた。
 二人とも自分たちの夫は健在で、お互い妊娠すればフェリックスやルイーぜが兄や姉になる事は可能である。しかし、未亡人であるヒルダに関していえば、再婚でもしない限りアレクが兄になる事は無理な話である。
 それに、養子縁組なども王位継承権に関わる立場だけに、将来のトラブルの元にならないように慎重になるだろうし、反対される可能性もある。
 返事に困っているような二人の様子を見て、ヒルダがすぐさま自分から話題を振ってきた。
「実は私の身内には、再婚を勧める者もいるのです」
 ヒルダのこの意外な発言に、アマンダもエヴァンゼリンも思わず驚いたが、二人とも納得したように告げる。
「ヒルダさま個人としての、この先の人生を案じていらっしゃるのでしょう」
「そうですね。御身内だからこそ、言いにくい内容でも敢えて進言するという事もありますし・・・」
 確かに皇太后という立場をのぞけば、若くして未亡人になった女性には、一般的に周囲から当然言われる言葉でもある。しかし、ヒルダの場合、亡き夫であるラインハルトの威光が偉大すぎた。
 世間の人々の感情やあらゆる影響を考えれば、今のヒルダは再婚をしない方が無難と思われる。しかし、エヴァンゼリンやアマンダも、ヒルダが結婚生活の幸せを味わった期間は短すぎると感じていた。だからこそ今はまだ無理でも、将来的にいつかは良きパートナーに巡り合い、女性としての幸せを再び味わって欲しいとどこかで思っていたのである。
 二人とも、再婚を勧めるその進言は、自分たちと同じように一人の女性としてのヒルダの人生を心配して、身内だからこそ言える言葉と感じていた。
 しかし、当のヒルダは首を軽く振って伝える。
「確かにそれも少しはあるのかも知れません。しかし、それだけではないでしょう。私の人生より、<ローエングラム王朝の後継者がアレクだけでは心もとない!>というのが主な理由なのですから・・・。しかも、再婚相手の候補は、我が親族からというのにも笑ってしまいますが・・・」
 呆れたように告げるヒルダに、エヴァンゼリンやアマンダも、顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。
「私は、ラインハルトさま以外の夫など考えられません。再婚はあり得ない事!それに今の私は、ローエングラム王朝を安定させて、人々が幸せに暮らせる国にする事で頭が一杯です」
 創設して間もないローエングラム王朝の確実な基礎を築きあげてから、息子に受け継がせたいというヒルダの母親としての気持ちがよく判る言葉でもある。
「只、私の為と思って進言する言葉を、あからさまに拒絶するのも大人げないと思って聞き流してはいますが、時折ウンザリする事もあって・・・」
 溜息交じりで告げるヒルダに、アマンダが提案する。
「では、もし今度再婚を勧める方がいらしたとき、<自分は国家と結婚している>と言ってやり過ごすのも一興かと・・・」
 アマンダのアドバイスに、(なるほど!)といった様子でヒルダが大きく頷く。
「今度からそう言って、彼らの反応を見る事にします」
 ヒルダが、いたずらっぽく笑った。
 皇太后としてヒルダは、臣下のプライバシーに口出しすることは決してない。様々な情報がヒルダの耳に入ってくるが、私生活に関しては何事も黙認している。
 しかし、このお茶会でのヒルダは、一人の女性に戻って子供を持つ母親同志の語らいを求めていた。
 だからこそ、ここに来るメンバーは彼女の気持ちを察し、この部屋ではお互いの心境や子どもの事などを遠慮なく語っている。ここでの会話が、忙しいヒルダのよい気分転換になって欲しいと願っているし、ヒルダ本人も気心の知れた友人達と遠慮なく話す事で、自分の気持ちを切り替えられるこのお茶会の必要性を感じているのであった。



 黒色槍艦隊の一ヶ月に渡る遠征が終わり、ビッテンフェルトが無事に帰還した。
 帰宅当日、久しぶりに自宅に戻ったビッテンフェルトと顔を合わせたルイーゼは、初めて彼を「ファーター」と呼びかけ、アマンダとの特訓の成果を無事披露した。
 <自分の事は忘れているかも・・・>という不安があったビッテンフェルトは、娘のサプライズに大興奮し、テンションが最高潮に上がりまくった。
 更に、その高まった感情を引きづったまま夜を迎えたビッテンフェルトは、一ヶ月ぶりに触れる妻の肌に夢中になった。その夜、我を忘れてアマンダを求めたビッテンフェルトは、夫婦で濃密な時間を過ごした。


 朝になって食卓に着いたビッテンフェルトが、アマンダの姿を見た途端驚いた。
(シマッタ!やり過ぎた・・・)
 アマンダの首筋や胸元には、昨夜ビッテンフェルトが付けた幾つもの烙印がくっきり浮かび上がっている。自分がつけたキスマークとはいえ、こうして朝の光の中で見せられると、何やらアマンダがやけに生々しく見える。思いがけない妻の艶かさに、ビッテンフェルトの視線は釘付けになった。
 夫にじっと見つめられている事に気が付いたアマンダが、恥ずかしそうに顔を赤らめ、思わず首筋を手で隠す。
「す、すまん、昨日は夢中で・・・」
「フリッツ、昨夜は仕方ないとはいえ、これでは人前に出れなくて困ります・・・」
 アマンダの訴えに、その原因を作ったビッテンフェルトも焦る。
「わ、判った!今夜からは気をつけよう・・・」
 慌てて謝ったビッテンフェルトだが、妻の恥じらう様子も少し拗ねる表情も新鮮で、心の中では(アマンダのこんな顔を見るのも悪くない・・・)などと考えていた。
「今夜?」
 当然のように言ったビッテンフェルトの言葉に、アマンダが苦笑する。
「フリッツ、今夜はお手柔らかにお願いしますね・・・」
 はにかむように伝える妻に、ビッテンフェルトはそのままアマンダを抱きかかえて、ベットに運びたいという欲求に駆られた。
(オイオイ、我慢、我慢!朝を迎えたばかりだぞ!全く盛りのついた犬でもあるまいし・・・)
 自重したビッテンフェルトが、深呼吸して自身の感情を抑える。
 そんな悩ましいビッテンフェルトが顔をあげると、ベビーチェアに座って自分を見つめているルイーゼの視線とかち合った。自分のエロい感情を見透かられそうな娘の無垢な瞳に見つめられ、ビッテンフェルトが焦る。
(ヤバイ!話題を変えよう)
 彼は父親としての威厳を取り戻すかのように、妻に問い掛ける。
「留守の間、何か変わった事はなかったか?」
 家長として重々しく話すビッテンフェルトだが、本来であればこれも一家の主人として、帰宅してすぐ問い掛けなければならない質問である。しかし、昨日のビッテンフェルトは興奮状態で、久しぶりに再会した妻と娘の事で頭が一杯だった。アマンダもそんなビッテンフェルトに振り回されて、留守中の出来事を夫に報告するタイミングを逃していた。
「フリッツ、留守の間の日常生活は特に変わってはいません。只、私は皇太后さまとお逢いするようになりました」
「えっ!あ、あの・・・」
 予想外の返事に驚いたビッテンフェルトは、かろうじて「俺抜きで皇太后と逢ったのか~~」というセリフを飲み込んだ。彼はそのうち、夫婦でどこかの催し物に出向いた際、皇太后であるヒルダと出会う機会があると思っていたのだ。そのときこそ、自分の口から妻であるアマンダを紹介したいと密かに考えていたし、それを楽しみにもしていたのである。
 落胆する気持ちを見せないようにしていたビッテンフェルトだが、アマンダには彼の心中が判ったようである。
「すみません。私も皇太后さまとは、帰還した貴方と社交界に出向いた際に、お会いできるかと思っていたのです。只、皇太后さまから個人的に逢いたいという申し出がありまして・・・」
 申し訳なさそうに理由を話すアマンダに、ビッテンフェルトが慌てる。
「あ、いや、別に責めている訳じゃないから気にするな!・・・でも、皇太后はいったい何の為に、お前に逢いたいと?」
 自分の妻に個人的に逢いたいというヒルダの用件が気になり、ビッテンフェルトが問い掛ける。
「皇太后さまは、同じ年頃の子どもを持つ母親同士の交流を持ちたいと仰って・・・。他の元帥夫人もご一緒のお茶会と思ってください」
「なるほど、女同士の交流か・・・。」
 ヒルダの用件を少し大袈裟に考えてしまったビッテンフェルトは、単純な理由にひと安心する。
「ええ、それで皇太后さまから、『ルイーゼを陛下の遊び相手に』という申し出がありました」
 アマンダからの報告に、ビッテンフェルトが驚く。
「はぁ?陛下とは齢が近いとはいえ、ルイーゼはまだ赤ん坊だぞ!」
 まだ歩いてもいない赤ん坊を、幼い陛下の遊び相手にと言われても、ピンとこないビッテンフェルトである。
「私も『陛下の遊び相手としては、ルイーゼは幼過ぎるのでは?』と申し上げたところ、皇太后さまは『一人っ子の陛下に、子ども同士で交流をする機会を出来るだけ作ってやりたい!』と仰って・・・」
 妻の説明に、ビッテンフェルトも頷きながら呟く。
「まあ、確かに住まいが王宮では、他の子どもに逢う機会などはないからな~」
「王宮には、エヴァンゼリンやアイゼナッハ夫人などが息子を連れていったり、ワーレン閣下の息子さんなども遊び相手として招かれたりして、陛下と共に時間を過ごしているようです。ルイーゼはまだ一緒に遊びまわる事は無理ですが『目の前に同じ年頃の子どもがいるだけで、陛下の刺激になる』と皇太后さまが仰って・・・」
「なるほど!陛下は大人に囲まれて育っている。子ども同志で触れ合う環境は、周りが配慮しなければならない事だ!」
 頷いたビッテンフェルトの言葉に、アマンダがヒルダの意向を告げる。
「ええ、皇太后さまは『陛下には、子ども同士で揉まれて、逞しく成長させたい』と仰っておられました。まあ、年齢が低ければ低いほど自分の意のままに行動しますので、ルイーゼが陛下と遠慮がない交流ができるのは確かですが・・・」
 アマンダの言葉に、ビッテンフェルトも思わず笑う。
「はは、ルイーゼだと陛下に遠慮なんかはまだできないだろう。確かに物心つくような年齢になれば子どもとはいえ立場の違いを感じるだろうし、大人の顔色を見ながら行動するようになってしまう。だが、皇太后がお望みなのは、陛下と立場を自覚せずケンカができる子どもと遊ばせるっていう事なんだろう?」
 ヒルダの息子に対する方針が見えたビッテンフェルトが、妻に問い掛ける。
「ええ、そうだと思います」
「だったらルイーゼを王宮に連れて行けばいい!アマンダは、ルイーゼを公園に連れていって、他の子たちと遊ばせるだろう?それと同じだ!相手が陛下だからと言って、深く考えすぎるな!」
 ビッテンフェルトの言葉に、アマンダは頷いて了承するが、つい自分の心配を夫に告げる。
「今はそれでいいと思います。でも、ルイーゼは女の子ですし、陛下と共に成長するフェリックス達のような男の子とは、いずれ歩む道は違ってくるでしょう・・・」
 アマンダの意向を察したビッテンフェルトが、右手を顎に添えて考え込む。
「ん?う~ん、まあ、確かに遊び相手とはいえ、女の子がいつまでも陛下のそばにいるわけにはいかないな・・・」
 ビッテンフェルトも妻に同意するように呟いた。幼い子供同士とはいえ、娘が陛下のそばにいる事で、世間から変な誤解を受けるのを避けたいという思いは、彼も同じである。
「フリッツ、貴方は<獅子の泉の七元帥>の一人で国家の重鎮です。その妻として私自身は、上流社会とそれなりの交流を持つ事になるのは構いません。でもルイーゼは、普通の軍人の家庭の子として育てていきたいと思っています。幼いうちは、陛下の遊び相手として王宮に出向く事もあるでしょう。しかしいずれは、近所の子ども達と一緒に公立の学校に通い、普通の庶民感覚を持つ子に育って欲しいと考えています」
 珍しく自分の意見を前面に出すアマンダに、ビッテンフェルトが安心させるように告げる。
「お前の考えは判った!俺は元帥だが、貴族でもなければ由緒ある家柄でもない。俺も家庭は普通でいいと思っているよ」
 子育てに対する価値観が、夫婦で一致している事に、アマンダもほっとした様子で頷く。
「アマンダ、俺絡みの付き合いは、気乗りがしないときは無理しなくてもいいんだぞ!」
 夫の気配りに、アマンダが軽く首を振る。
「フリッツ、そんな心配は無用です。皇太后さまや他の元帥夫人たちとのお喋りは楽しいですよ」
「そうか、お前がそう思っているのならそれでいいが・・・」
 娘と二人でひっそりと暮らしていたアマンダを、元帥夫人にして表舞台に引っ張り上げてしまったという後ろめたい気持ちが、ビッテンフェルトの中にあるのも確かである。それに彼は、アマンダが貴族に対して持っていた感情も知っている。だからこそ、社交界との付き合いも最小限でいいと思っていた。しかし、そうもいかない現状に、ビッテンフェルトも内心複雑であった。
 ビッテンフェルトの気持ちが判ったのか、アマンダが夫に告げた。
「そんな顔をしないで、フリッツ。年明けの新年会を兼ねた陛下主催のパーティーには、夫婦で参加しましょう。貴方がプレゼントしてくださったあのドレスを着ますね。ルイーゼにも夜のお留守番を慣れさせますので・・・」
「そうか。だが、無理はするなよ」
「ええ、判っています」
 ビッテンフェルトの<無理するな>という言葉には、自分と娘の両方に対する気遣いが込められている事を感じたアマンダが微笑む。
 そんなアマンダに、ビッテンフェルトが視線を逸らせて伝えた。
「それからアマンダ・・・その~、あの若草色のドレスは、お前にとてもよく似合ってたぞ!今更、言うのもなんだが・・・」
 照れくさそうなビッテンフェルトを見て、アマンダが含み笑いで質問する。
「フリッツ、本当に最初からそう思っていましたか?宇宙で家族写真を見ているうち、ドレス姿の私に見慣れてきたのでは?」
 アマンダの言葉に、ビッテンフェルトが慌てて弁解をする。
「そ、そんな事はないぞ!俺は、あのドレス姿のお前を初めて見たときからそう思っていたんだ!只、あのときはカメラマンがいて、人前で言うのもチョットな・・・」
 顔を赤らめて釈明するビッテンフェルトに、アマンダがクスリと笑う。
「判っていますよ。意地悪な質問をしてごめんなさい。少しからかっただけですから・・・」
「なんだ・・・そうだったのか」
 自分の気持ちがキチンと伝わってほっとしたビッテンフェルトだが、妻の意外な一面に驚いてつい口にした。
「お前でも人をおちょくるときがあるんだな・・・」
「あら・・・夫婦ですので、似てくるのかも知れませんね」
 アマンダがすました顔で反応する。
「ん?それってどういう意味・・・」
 ビッテンフェルトが言いかけたとき、テーブルをトントンと叩く音がした。
 一人遊びをしていたルイーゼが、夫婦の会話に割り込んできたのだ。
 それを見たアマンダが、夫を促す。
「ルイーゼが待ちきれず離乳食を催促しています。さあ、ご飯にしましょう」
「そうだな!俺がルイーゼに食べさせよう♪」
 ビッテンフェルトがルイーゼ用の可愛らしい食器を手に持ち、娘の前に陣取る。
 そんな微笑ましい二人の姿を見つめながら、アマンダが夫に知らせる。
「フリッツ、ルイーゼが口を開けたら、覗いてみて下さい!下の前の歯茎から芽のような小さな歯が見えますから」
「何!そうなのか!」
 早速、ビッテンフェルトがルイーゼに話しかける。
「ルイーゼ、ほら、あ~んするんだ!」
 スプーンを手にした父親の呼びかけに応じて、ルイーゼが鳥の雛のように口を開ける。
「ほう!なるほど♪」
 娘の初めて生えた歯を確認したビッテンフェルトが、嬉しそうに呟いた。
「やっぱり一緒にいると、ルイーゼの成長をこの目で見る事が出来るな♪」
 彼はそう告げると、食欲旺盛の娘の口に何度も離乳食を運ぶのであった。


<続く>