啐啄 12

 真夜中の王宮に突然皇子が現れた訳だが、ビッテンフェルトが心配していたような大きな混乱は起きなかった。これには、ミュラーとマリーカの力が大きく作用していた。二人はヨゼフィーネが赤ん坊が産んだあとについて、いろいろ話し合っていた。あらゆるパターンを想定し、その全てに完璧に対応出来るように準備していたのである。その予想の中には、<ヨゼフィーネの産んだ赤ん坊のみが王宮にやって来る>というケースも確かにあったのである。
 ミュラーはマリアンヌが懐妊を諦めている事に、前から薄々気が付いていた。だが、フェリックスがヨゼフィーネに、ミュラー自身も知らなかった皇妃の秘密を話したことは知らなかった。
 ミュラーにしても、可愛がっているヨゼフィーネの幸せな未来を考えていた。しかし、軍務尚書という立場から見れば、赤ん坊だけが引き取られるという可能性も捨てきれなかったのである。それに、ビッテンフェルトのこれまでの行動や性格から考えれば、ヨゼフィーネが娘でなければ彼も考えることだろうし、理性では理解している筈だとミュラーは感じていた。
(出来れば避けたいと願っていたこのケースの対応を、実際に使う嵌めになるとは・・・)
 ミュラーもやりきれない気持ちになっていた。



 王宮の皇妃の部屋には、赤ん坊の使う物が瞬く間に備えられた。又、担当の小児科医や看護士、乳母などの人選も絞り込んでおり、あとは皇帝夫妻の許可をもらうだけである。
 王宮の内部では皇子の話で持ちきりだったが、外部に漏れマスコミが大騒ぎするというところ迄、まだいってはいなかった。
「いずれ正式に発表する事だが、それまで出来る限り皇妃と皇子に静かな時間を与えたい!」
 皇帝であるアレクの命令ではなく頼み込んだ言葉に、周囲は恐縮し更により大きな忠誠を誓った。王宮に仕える人々の間に<陛下の為にも、皇妃と皇子を守ろう!>という一気団結した力が働いていた。


 レオンハルト皇子のお披露目を兼ねた全体会議を翌日に控えた夜、アレクは人目の付かない時間帯を選んでビッテンフェルトを呼び寄せていた。
 ビッテンフェルトと二人きりにするのを懸念するキスリングを、アレクは(心配するな・・・)という表情で部屋から出した。アレクとビッテンフェルトは、ヨゼフィーネの妊娠発覚以来初めて二人きりになった。
 アレクはまずビッテンフェルトに、引き取った赤ん坊にレオンハルトと名付けた事を告げ、王宮での皇子の様子を伝えた。それから深い深呼吸をすると、ビッテンフェルトの目を見て告げた。
「ビッテンフェルト、私はずっとヨゼフィーネと卿に詫びたいと思っていた。許してもらえる事ではない。だが、謝罪したい」
「・・・お立ち下さい。陛下」
 ビッテンフェルトは静かにそう言って、アレクに立ち上がることを促した。
「そして、歯を食いしばって力を入れて踏ん張るのです」
 ビッテンフェルトの言葉に、アレクは立ち上がって彼の言うとおりにした。その直後、ビッテンフェルトは覚悟を決めたアレクの頬を思い切り殴っていた。その殴られた勢いで、アレクの体がテーブルとぶつかった。そして、置いてあった二組のコーヒーカップが、その反動で床に落ちて割れてしまった。
 ドアの向こうで様子を伺っていたキスリングが、カップの割れた音に驚き、慌てて飛び込んできた。アレクは青ざめているキスリングを手で軽く制止して(大丈夫だ!)と目で合図をした。
「これで・・・少しはすっきりしたかな・・・」
 ビッテンフェルトがアレクに向かって呟いた。
「いや、まだだ!・・・卿の心が晴れるまで私を殴って欲しい!」
「・・・後は、陛下の生き方次第です。これから陛下が、どのように生きていくのかを見せてもらいます。まず、結果をお出しください・・・私の気持ちがおさまるような結果を・・・」
 ビッテンフェルトはそう告げると、部屋を出ていった。



 翌日の全体会議で、アレクは自身の口から皇子が生まれた事を発表した。この件は、閣僚の間ではさすがに噂になっていた。会場がざわめき始めたとき、マリアンヌが小さな赤子を抱いて姿を現した。
「私の息子だ。レオンハルトと名付けた。私と皇妃の子として、このローエングラム王朝の後継者として育てる!」
 皇子を披露したアレクは、その決意を人々の前で宣言する。赤ん坊はパッチリと目を開けて、目の前の人々を見つめていた。その視線の先にいた人々は、皆、同じ事を考えていた。
(この赤ん坊は、先帝のラインハルト陛下とよく似ている。端正な顔立ちに金髪、そしてライトブルーの瞳・・・)
「皇妃の子として、このレオンハルトを育てる!この件について何か異存がある者は、今ここで言ってもらおう!」
 迫力のあるアレクの声と厳しい表情に、皆シーンとなった。いつもは穏やかなアレクの珍しい強気の態度と鋭い目つきで、周囲は<皇子の産みの母親への詮索は無用だ!>という皇帝の無言の命令に気が付いた。普段は優しく人当たりの良いアレクだけに、初めて見る彼の攻撃的な姿勢は、閣僚達を驚かせた。
 ミュラーはそんなアレクを見て感じていた。

陛下は、父親になった事で威厳が備わった
後継者が出来た事で、安心と自信が生まれたのだろう

自分を傷つけた男を許して、
皇子を託したフィーネの気持ちを、
陛下は全身で受け止めている
そして、
我が子を手放したフィーネを守ろうとしている

フィーネと皇子が
陛下を強くさせた・・・

 いつも受け身で大人しいと思われていたアレクの力強い姿勢と迫力のある言葉に、ミュラーは亡き先帝ラインハルトを思い出していた。
 父親と似ていないと言われるアレクだが、今の姿はまるで生前のラインハルトのようである。あのラインハルトの遺伝子は、息子のアレクと孫のレオンハルトにしっかり受け継がれている事を、ミュラーは実感していた。


「皇子陛下、バンザイ!」
 静まっていた空間に重く響いた声がした。人々が振り返り、声の主を捜し当てたとき二重の驚きに包まれた。
 最初に祝福の声を上げたのは、あの沈黙提督のアイゼナッハであった。その声を聞くのは、殆どが初めての者ばかりであった。周囲はたった今皇子を見たのと同じくらいの衝撃を受けていた。いや、皇子のことは噂もありそれぞれ心の準備があったが、アイゼナッハのひと言は予想外の出来事で、それだけに会場内が興奮してしまった。
 しかも、このアイゼナッハのかけ声をきっかけに、あちこちから「皇子誕生!おめでとう」「陛下、皇妃ばんざい!」という声が上がり始め、会場は祝福の言葉に包まれた。
 そして、この意表をつくアイゼナッハの行動に、皇子の出生に疑問を持っていた一部の貴族達は声を出すタイミングを失った。その結果、フェリックスが準備していたアレクとレオンハルトの親子鑑定の結果は、公表する必要がなくなったのである。
 人々の熱気と歓声に驚いたのか、皇妃が抱いていた皇子が新生児らしい小さな声で泣き出した。慌ててマリアンヌが、自分の小指をレオンハルトの口に含ませ落ち着かせる。その様子は、正に本当の母と子そのものだった。
 <皇妃が産んだのではない!>ということは、皆判っている。だが、マリアンヌはもう母親となっていた。皇子を抱いた皇妃が、人々の温かい目に包まれて退場する。
「さて、今後の事だが・・・」
 口を開いた若き父親のアレクの目は輝き、未来へと向かっていた。



 皇子のお披露目を兼ねた会議は無事終了した。会議後、ヒルダに呼ばれていたビッテンフェルトは、皇太后の居間に向かった。
「アレクの左頬は、ビッテンフェルト元帥・・・ですか?」
 ビッテンフェルトと差し向かえでお茶を飲んでいたヒルダが、笑いながら語った。
「ええ、気合いを入れさせて頂きました」
 ビッテンフェルトも苦笑いして答える。
 ヒルダは初孫のレオンハルトを、とても喜んで迎えた。皇太后のヒルダが、一日に何度も皇子の元を訪れてはマリアンヌと楽しそうに世話をしているという報告を、ビッテンフェルトはアルフォンスから聞いていた。
「実のところ、私は陛下の赤ん坊の頃をよく覚えていなかったのです。母親として恥ずかしい事ですが・・・」
「いいえ、皇太后。あの頃は新しい時代に向けての基礎固めで大変でした。特に皇太后は、先帝の看病などもあって忙しい毎日でした。記憶に残っていないのも仕方のないことです」
「でも、レオンハルト皇子を通じて、当時の事を少し思い出すようになりました。赤ん坊の世話が、こんなに心の安らぐものとは知りませんでした」
 嬉しそうに話すヒルダに、ビッテンフェルトも(陛下が赤ん坊の頃の皇太后は、毎日を送るのに必死だったのだ。忙しすぎて育児が楽しいと感じる余裕も時間も無かったのだろう・・・)と当時を振り返る。
「レオンハルト皇子を見ていると、先帝を思い出します。顔立ちから目の色までラインハルトさまにそっくりです。このまま成長すると、あの子はきっと父親の陛下ではなく皇妃に似てくるような気がします。・・・不思議な偶然ですね」
 しみじみと語ったヒルダの言葉に、ビッテンフェルトも同意していた。
「ええ・・・。先帝とグリューネワルト大公妃は、よく似ていた姉弟でした。皇妃はグリューネワルト大公妃に似ているところがおありですから、もしかしたらそっくりになるかも知れません」
 子どもが祖父や祖母に似るいわゆる隔世遺伝は、世間でもよくあることである。ヨゼフィーネの生んだレオンハルトが父方の祖父であるラインハルトに似て生まれたのも、そのラインハルトの姉であるアンネローゼにそっくりなマリアンヌがアレクと結婚して皇妃となったのも、単なる偶然である。だがその偶然が重なった結果、血のつながりのないマリアンヌとレオンハルトが似ているというのは奇跡的といえるだろう。ビッテンフェルトはこの不思議な繋がりに、なにやら因縁めいたものを感じていた。
 その後ヒルダは、ビッテンフェルトに改まった口調で話しかけてきた。
「ビッテンフェルト元帥、今回の件で私は・・・」
「皇太后!」
 ヒルダからの謝罪の意思を感じたビッテンフェルトは、彼女の言葉を手で揚げて遮った。
「お言葉の途中での御無礼をお許し下さい・・・」
 まずヒルダに非礼を詫びてから、ビッテンフェルトは言葉を続けた。
「私は今回の出来事は、<勘違いしたコウノトリが、赤ん坊の配達先を間違えただけ!>と考えています。もう、赤ん坊は本来の場所に運ばれました。これ以上、コウノトリを責める必要は無いでしょう。我が家に間違われて運ばれた赤ん坊は、最初から皇妃が育てる子だったのです」
「ビッテンフェルト元帥・・・」
「・・・・・・ただ、一つだけ言わせてもらえれば、いつか私がヴァルハラに旅立ったとき、あのオーベルシュタインに『俺は、ラインハルト陛下と孫を共有しているんだぞ~。参ったか!』と自慢することだけはご了承ください!」
 そう言ってビッテンフェルトは悪戯ぽっく笑った。そんなビッテンフェルトの様子に、ヒルダもついつられて笑う。
「私もその頃にはヴァルハラにいて、そのときのオーベルシュタイン軍務尚書の驚いた顔を、是非見てみたいものです」
 それをきっかけに二人の会話は、故人達を偲ぶものに変わった。
 暫くして部屋を退出しようとしたビッテンフェルトに、ヒルダが声をかけた。
「ビッテンフェルト元帥、ひと言だけ言わせてください。・・・感謝します・・・」
「皇太后、私の小さな娘のヨゼフィーネは、親の私が考えていた以上に、既に母親となっていました・・・」
 ヒルダの言葉にビッテンフェルトはそう答えて、部屋を去った。



 産後の静養を終えたヨゼフィーネが、ハルツの別荘を引き払って自宅に戻ってきた。
「調子はどう?」
「もうすっかり元に戻ったわ。以前と同じように・・・」
 心配するルイーゼに、ヨゼフィーネが答える。確かにヨゼフィーネは身二つになり、身体は元通りになった。だがルイーゼには、ヨゼフィーネの心は以前とは全く違うものになってしまったように感じていた。

胎動を感じて以来、
お腹の子への愛情が、どんどん沸き上がってきた
このままずっとお腹の中に留めたいとさえと思った
ライナー先生が話してくれる母上の思い出のなかで
お腹の子に語りかけていた時間
胎動を感じるたびに、幸せな気持ちになった別荘での日々
時間が止まって欲しいと、切実に願った・・

坊やを皇妃さまに託す事は、自分で考え抜いて決めた
でも、あの日々は忘れられない・・・
忘れたくない・・・

 寂しそうなヨゼフィーネに、ルイーゼはある物を包んだハンカチを差し出した。
「姉さん、これはなに?」
 ヨゼフィーネが開いて中身を見ると、乾燥している小さなかけらが出てきた。ヨゼフィーネはそれが何であるか判らず、思わずルイーゼに尋ねた。
「それは、レオンハルト皇子のへその緒・・・」
「えっ・・・」
「マリアンヌ皇妃さまが私に託されました。これをあなたに渡すのがいいことなのかどうなのか私には判らない。だから、もしあなたが必要ないというのであれば、私が預かっておくけれど・・・」
「いいえ姉さん、私に頂戴!」
 ヨゼフィーネは即答で答えた。
「私、あの子を手放すとき誓ったのです。決して忘れないと・・・。だから、その為にも・・・」
「フィーネ、今すぐには難しいかも知れないけれど、辛い事は忘れた方がいいのよ。悲しい事や辛いことを忘れる事で、人は生きられるのよ。あなたの思い出の引き出しには、幸せだけを残して頂戴」
「だって、そんなことは出来ない・・・。私の母上は命がけで私を産んでくれた。なのにその子どもである私は、我が子を人の手に委ねた。無責任な親だわ・・・」
 暗い顔で話すヨゼフィーネに、ルイーゼは思わず大声になった。
「フィーネ!あなたは非難を受けるようなことは、なにもしていないのよ!」
 ルイーゼは目の前のヨゼフィーネを見つめた。
「あなたは、坊やの幸せを願って手放したのでしょう。子供への思いは母上と一緒、同じなの!フィーネ、お願い、これから先の事を考えましょうね」
 頼み込むように涙声で話すルイーゼに、ヨゼフィーネは俯いてしまった。
「・・・皇妃さまは結婚前、陛下の想いを受け入れる事について随分悩んでいたの。そして、世間から隠れるようにハルツの別荘に避難していた時期があった。そんなとき、意を決した陛下がハルツまでやって来た。そのとき、陛下に説得され、皇妃さまはやっと御結婚を決意されたの。お二人が将来を誓って結ばれた別荘で、陛下の御子が生まれた。あの坊やは、陛下と皇妃さまの子になる運命だったのよ。ただ、普通の赤ん坊と違って、坊やの母子を結ぶ絆の糸は二つに分かれていた。あなたと皇妃さまの二人の母親に繋がっていたの。・・・・・・だからフィーネは、安心して皇妃さまに坊やを託したんでしょう・・・」
 俯いていたヨゼフィーネの頭が僅かに動いた。ルイーゼは妹を自分の胸の中に引き寄せた。姉の胸の中で、ヨゼフィーネは肩を震わせながら何度も小さく頷いていた。ルイーゼは、ヨゼフィーネのしゃくり上げる声と次から次へと零れる涙の雫が収まるまで、自分の胸から離さなかった。



 ヨゼフィーネが自宅に戻って数週間が過ぎていた。一歩も外に出ることもなく、家の中でひっそりと過ごしているヨゼフィーネを見て、ビッテンフェルトが声をかけた。
「フィーネ、たまには外の空気も吸おう!」
 娘を外に連れ出したビッテンフェルトが行き着いた先は、自分の旗艦である王虎の艦橋であった。
「昔、この艦橋でアマンダは『お腹の子が、この艦に乗りたがっている』と言って、お前を身ごもった事を俺に知らせたんだ」
「えっ、母上が?・・・」
「そうだ!」
 ビッテンフェルトは遠い目をして、当時の事を思いだしていた。突然言われたアマンダの報告に驚いてしまった自分が、座ろうとしていた司令官の指揮座からずり落ちた事まで思いだし、つい笑みを浮かべる。
 昔、ビッテンフェルトはこの艦橋でアマンダと二人、新しい命が出来たことに大喜びしたのである。ついこの間のような気がするが、そのときアマンダのお腹の中にいた子が、目の前にいるヨゼフィーネである。ビッテンフェルトは、月日の流れの早さを改めて感じていた。
「『常に前向き、前進あるのみ』が、この旗艦<王虎>の座右の銘だ。俺が司令官でいる限り、それは変わらない」
「父上らしい・・・。私も、そんな生き方がしたい。常に前を見て、後ろを振り返らず生きたい・・・」
 自宅に戻ってからも、妊娠中の別荘で過ごしていた頃の気持ちをずっと引きずっていたヨゼフィーネが思わず呟いた。
「大丈夫、出来るさ!お前は俺の娘なのだから・・・」
 父親の言葉を聞いて涙ぐんでしまったヨゼフィーネが、ビッテンフェルトに頼み込む。
「ねぇ、父上!小さい頃みたく私をオンブして・・・」
「えっ?・・・よし!いいぞ~」
 ビッテンフェルトの広くて温かな背中にオンブされたヨゼフィーネは、堪らず泣き出していた。泣いている背中の娘に、父親は話しかける。
「フィーネ、泣きたいときは我慢しないで泣いた方がいいんだ。いつでもこうして俺がオンブしてやる。俺の背中を何度でも使えばいい・・・」
 ヨゼフィーネの涙が、ビッテンフェルトの背中を濡らす。父と娘の二人だけの時間が静かに流れた。
 暫くして涙を拭いて気持ちを切り替えたヨゼフィーネが、オンブ状態のままビッテンフェルトに命令調で話しかけた。
「ねぇ、父上!腰が曲がってよぼよぼになった父上にはオンブされたくないからね!今から足腰は、しっかり鍛えておいてよ!!」
「えっ!え~~。・・・だ、だ、大丈夫だ!俺はいつまでもお前をオンブできるさ!」
 いきなり様子が変わったヨゼフィーネに戸惑いながらも、ビッテンフェルトは久しぶりに聞く娘の生意気な口調にほっとしていた。何だか親子で長いトンネルを抜けたような気持ちにさえなっていた。
 父親の背中の温もりの中で、ヨゼフィーネの朧気ながら自分の生きる道が見えてきたように感じた。

レオンハルト・・・私の坊や・・・
母親として名乗ることは決してない
でも、私は
皇帝の子として生きるあなたの力になりたい!
その為にも、強くなる・・・

 それから一年後、ヨゼフィーネ・ビッテンフェルトは士官学校に在籍する軍人となっていた。


<完>


~あとがき~
タイトルの啐啄<そったく>は、禅語の言葉です。
鳥のひなが卵の中でかえり殻を破ろうとするとき、その卵をあたためていた母親が音を感じとり、外から殻を突き破って雛が出やすくする・・・そんな親と子の共同作業によって雛が誕生することをいいます。
又、学ぶ者の意欲に教える者がすばやく応じることや、逸してはならない好機やまたとない機会や時のことも意味します。
<子の思いと、親の願いが同時に通じ合う>という意味に惹かれて、この小説のタイトルとしました。
以前書いた小説「息吹」で、ヨゼフィーネの誕生の際、<この命名されたばかりの嬰児は、後にローエングラム王朝と深く関わる運命の持ち主となるのだが・・・>と書いた一文があります。
その頃からこの話の構想はあったのですが、今回こうして形になって満足しています。
尚、フェリックスの黒色槍騎兵艦隊での司令官代理の遠征経験のお話は、ギャグの要素が強くて切り離すことにしました(笑)
そのうち、そのおバカな妄想も小説にしたいと思います。
又、この啐啄<そったく>の続きの小説の構想があります。
ビッテンフェルト家のその後、軍人として生きる道を選んだヨゼフィーネがメインになるお話に、お付き合い頂けると嬉しいです。