時間(とき)を越えて 3

 時は少し遡る。
 アレクの命令で士官学校に赴いたフェリックスが学長室に入ると、ワーレンとスーザンが打ち合わせをしていた。
「おう、来たか!フェリックス」
「ワーレン学長、今回の件では、士官学校まで巻き込んでしまって申し訳ありません」
 謝罪するフェリックスに、ワーレンが首を振る。
「気にするな!陛下はこの為に、俺を学長に任命したようなものだからな!しかし、肝心のヨゼフィーネが宇宙に行っているときとはな・・・」
 ワーレンも、本人がいないこのタイミングの出来事に苦笑いをする。
「予想外でしたが、陛下は<結果的に見ればエルフィーの物心つく前の騒動で良かった>と仰っていました。それで、警護の為に学生達を借りる件ですが、陛下から王宮の警備兵を配置させるとのご命令が出ましたので取り消します」
「そうか。では、警備はここだけでいいんだな。そういう事だ!スーザン」
「了解です。では早速、警備の編成を士官学校のみに変更します」
 スーザンが心得たようにパソコンを操作して、警備の配置の変更をする。
 いつもと変わらぬスーザンの様子に(スーザンはフィーネとレオンハルト皇子の事を知っていたのか・・・)とフェリックスは感じたが、ワーレンへの報告を続ける。
「陛下は、フィーネの帰還次第、正式に声明を出します。それで、今日の空いた一日を利用して、ビッテンフェルト家を行幸し、義父上にレオンハルト皇子の後見人を要請すると仰っていました」
「ほう~、でもあいつ、素直に引き受けるかな?」
「今回は陛下も、義父上が引き受けるまで説得すると意気込んでいましたが・・・」
 フェリックスも、ビッテンフェルトが簡単に承諾するとは言い切れないようである。
「はは、俺は、あいつがレオンハルト皇子の後見人をする事には賛成だ。ビッテンフェルトの奴、<引退してから、のんびり暮らして満足している!>なんて言っているが、時間を持て余して退屈しているのは明らかだったし・・・」
「ええ、義父上も今までゆったりとした生活が送れたので、多少は満足したと思います。義父上がレオンハルト皇子の後見人を引き受ける事で、二人とも遠慮なく一緒にいる時間が持てます。両者にとっても、よい状態になると思うのですが・・・」
「いずれにしろ、ビッテンフェルトにはもうひと働きして貰いたいものだな!とりあえず奴の方は、陛下とアルフォンスに任せる事にして、こっちはヨゼフィーネについてだ!」
「はい、只、その前にフィーネと話したいんですが、連絡はとれますか?」
「そうだな。スーザン、フェリックスを頼む」
 ワーレンの命令に、スーザンがフェリックスを促す。
「フェリックス、通信室に行きましょう。練習艦サラマンドル(火竜)と連絡をつけるわ!」
 フェリックスとスーザンが、学長室を後にした。



 夜明け前の誰もいない士官学校の廊下で、フェリックスがスーザンに問い掛ける。
「スーザン、君はフィーネとレオンハルト皇子の関係を知っていたのかい?」
「ええ、気が付いていたわ」
「やはりそうか。でも、一体いつ頃から知っていたんだい?」
「レオンハルト皇子が士官学校に来るようになってからよ。あの頃、ワーレン学長から『フィーネとレオンハルト皇子のツーショットを出来るだけ撮っておいて欲しい!』って頼まれていたの。そのとき、<ワーレン学長は何かを企んでいる!>とピンときたけれど、最初はその意図が判らなかったわ。でも、カメラを回して映像を何度か編集している内に気が付いた。ワーレン学長は口には出さなかったけれど、それとなく匂わせた私の予想を否定もしなかったし・・・」
「そうか・・・。しかし、よく、判ったなぁ。レオンハルト皇子は、顔が皇妃に似ているだろう。だから、世間では、皇妃の卵子を使った代理出産で得た御子で、遺伝的にも母親は皇妃だと誰もが思い込んでいたのに・・・」
「確かにね・・・。普段はそれほど気にしなかったけれど、改めて見ると、フィーネとレオンハルト皇子も似ているのよ。顔のつくりとかじゃなくて、仕草とか癖とかがね・・・。血のつながりって不思議よね」
 スーザンの言葉に、フェリックスは昔、テオドールやヨーゼフが、ヨゼフィーネとレオンハルトの関係を知った原因の一つに『二人がシンクロする!』と言っていた事を思い出した。
「う~ん、俺は鈍いのかな?俺が一番、フィーネとレオンハルト皇子の傍にいる筈なのに・・・」
「フェリックスは、初めから二人の関係を知っているからじゃない?なにも知らないで見るのとは、少し感じ方が違うのかもよ・・・」
 スーザンが落ち込むフェリックスを慰める。
「そんなものかな・・・。しかし、なぜスーザンは、俺たちに直接確かめようとはしなかったのかい?」
「私は、現在<いま>のフィーネと友達になったのよ。彼女の乗り越えた昔の事を、ほじくり返すつもりはないわ」
 にっこりと笑うスーザンに、フェリックスも頷く。
「それに私は、エルフィーを妊娠したと知ったときのフィーネの動揺も知っている。あのときは、落ち込む彼女の反応を疑問に思っていたけれど、レオンハルト皇子とフィーネの母子関係の可能性を考えたとき、納得したわ。彼女、レオンハルト皇子の異父弟妹ができる事を恐れていたのね・・・」
「うん、フィーネは、俺がプロポーズしたときも『もう子どもは産まない!』と宣言していた。その頃の彼女にとって、レオンハルト皇子が唯一の絶対的な子どもだったんだ・・・」
「レオンハルト皇子は、士官学校でフィーネに逢うのを、とても楽しみにしていた。それこそ、学生達から<レオンハルト皇子の初恋の相手はフィーネ!>という噂が流れるくらいね・・・」
「なんだ、君はその噂に気が付いていたんだ・・・」
「当たり前でしょう!私の情報網の広さを知らないの?」
「いや、知っているが・・・」
 相変わらずのスーザンに、フェリックスが感心する。
 通信室で操作するスーザンを見つめながら、フェリックスは(実際、今までフィーネとレオンハルト皇子の関係が、世間に知られずに済んでいた方が奇跡的なんだよな・・・)と改めて感じていた。



 練習艦サラマンドル(火竜)の艦橋で、通信担当の学生が、ヨゼフィーネに伝える。
「ビッテンフェルト教官、ゲーテル教官から通信が来ています!」
「スーザンから?」
 ヨゼフィーネがヘッドフォンを受け取ると、同僚のスーザンではなく夫のフェリックスの声が聞こえた。
「フェリックス、あなたがそこにいるってことは、彼に何かあったの?」
 以前、ヨゼフィーネがニーベルング艦に配属されていたとき、レオンハルトの病気を理由に、父親のビッテンフェルトから呼び戻された事例があるだけに、彼女が身構えて問い掛ける。
「大丈夫!レオンハルト皇子は変わりない。心配するな!」
「良かった・・・」
 フェリックスの返答に、安心したヨゼフィーネが改めて訊く。
「では、私の事が、世間に公表されたのかしら?」
 察しのよいヨゼフィーネだけに、ストレートに核心を突く。
「うん、正式にはまだ公表されていないが、恐らく朝になればスクープされた新聞が出回り、世間が騒ぎ出す。君が宇宙港に帰還するときには、マスコミが押し掛けて騒動になっているかも知れない」
「そう・・・。でもフェリックス、私は最後まで学生達を引率して、士官学校に一緒に戻りたいわ。マスコミに騒がれたとしても、教官として無責任な別行動はしたくない・・・」
 引率者として最後まで学生達と共に行動したいというヨゼフィーネに、フェリックスは頷いた。
「君ならそう言うと思ったよ。そうなると戻り次第、士官学校で会見を開く事になる。君は、軍服姿のままの会見でも構わないかい?」
「陛下やワーレン学長のお許しが得るのであれば、私としてはそちらの方が好都合だわ」
「そうか!その確認がしたかったんだ。陛下やワーレン学長には俺が話す。それに、ロイエンタール夫人と紹介されるより、ビッテンフェルト少佐の方が、君らしくていいかもしれない。君は軍服を着ているときが、一番輝いて見えるし・・・」
「!?・・・あら、ありがとう」
 夫の誉め言葉に、思わず照れるヨゼフィーネであった。
「他に会見について、何か希望があるかい?」
「いいえ、会見の事は、全てあなたに任せるわ。それより、エルフィーはどうしているの?」
「エルフィーは、いち早くハルツの別荘に避難させた。ルイーゼとテオが付いているから、大丈夫だ!」
「良かった・・・。フェリックス、私に望みが一つあったわ。会見を終えたら、一目散にハルツに向かいたい。十日も逢っていないエルフィーに、少しでも早く逢いたいわ」
 母親としての顔を覗かせたヨゼフィーネを、フェリックスが励ます。
「判った!会見が済んだら、速攻でエルフィーに逢いに行けるように手配するよ。エルフィーも君に逢いたがっていた。お互い、もう少しの辛抱だ!」
「ありがとう、フェリックス」
 短い通信だったが、フェリックスはヨゼフィーネに現在の状況を知らせ、会見について心の準備をする時間がとれた事にほっとしていた。



 フェリックスとスーザンが学長室に戻り、ワーレンと三人で再び会見についての打ち合わせを始める。
「フェリックス、士官学校には早くもマスコミからフィーネについての問い合わせが来ているの。さすがに今までタブーだった問題だけに、王宮の方には取材しにくいんでしょうね」
 スーザンの説明に、フェリックスが予想する。
「マスコミはこっちの方に集中するかも知れないな。それに今の流れだと、フィーネは士官学校で軍服を着た状態で会見を臨むことになる」
 フェリックスのこの言葉に、ワーレンとスーザンがお互い目配せして、ニヤッと笑った。その様子を目にしたフェリックスは、先ほど王宮で、アルフォンスが自分の父親を<何を企んでいるのやら・・>とぼやいていた事を思い出し、二人に問い質す。
「二人で何を企んでいるのかな?」
「あら、企むなんて人聞きが悪い。只、私達が望んでいた方向に事が進んでいるから、ついね」
 スーザンが照れたように伝える。
「望んでいた方向?」
 二人の意図が判らないフェリックスが、説明を求める。
「だって、フィーネが実習で宇宙に行っている状況でなければ、彼女は<王宮でロイエンタール夫人として会見!>っていうケースになっていたのでしょう」
「予定としては、確かにそうなっていたが・・・」
「でも、フィーネは士官学校で軍人として会見を開く事になる。これは、士官学校の大きなイメージアップにもなると思わない?」
「そういう事か・・・」
 フェリックスが呆れた顔になる。
「あら、大事な事よ!フィーネは人を引き付けるカリスマ性があるから、学生が彼女に憧れて士官学校を志望する可能性もあるかも知れない。優秀な人材が集まるきっかけにもなるし・・・」
「フィーネは士官学校の広告塔か?」
 どんな状況からでも自分達の優位な方向にもっていくのを得意とするスーザンの力量に、フェリックスが呆れながらも感心する。
「彼女だってここの教官なんだから、優秀な人材が欲しいと思うのは同じ筈よ。それに、軍人としてのビッテンフェルト少佐が、世間に強く印象に残れば残る程、プライベートの部分であるロイエンタール夫人の方は目立たなくなるという利点があると思うわ。そうすれば、少しはフィーネの私生活も守られるかも知れない」
「なるほど!確かにそういう見方もできる」
(フィーネが軍服の方が好都合だと言っていたのは、そのいう考えがあったのかも知れない・・・)
 フェリックスは、女性たちの視点に納得する。
「陛下も、フィーネをレオンハルト皇子の母親として公表するが、以前と同じようにプライベートを守る手段は考えたいと仰ってくれた」
「だったら会見のあとの世間の注目を、フィーネでなく別のものに向けさせればいいわ!」
「別のもの?」
「そう!この機会に、我が帝国軍を持ち上げましょう!」
 意味ありげに笑ったスーザンが、フェリックスの前に次々と資料を見せる。
「これは、士官学校の学校紹介用のビデオ、それに教材用に作ったドキュメンタリーで<遭難(ニーベルング艦の二十日間)>、女性軍人の活躍を特集した映像の数々、古いものではフィーネが士官学校時代に論文で賞を取ったときの表彰式の映像もあるのよ。これらを編集して、我が軍国軍をPRした映像をつくったの。士官学校用には、学校にきたときのレオンハルト皇子とフィーネのツーショットも入っているわ。勿論フィーネだけでなく、他の多くの軍人達も出している。この映像を、フィーネの会見のあとに、世間に流すのよ!フィーネは軍人でもあるのだから、彼女を紹介する映像として軍の日常の映像は不自然でもないでしょう!」
 フェリックスは思わずワーレンを見つめた。
「百聞は一見に如かずだ。まず、フェリックスに映像を見てもらおう」
 含み笑いをしたワーレンは、フェリックスに映像の確認を促した。



「凄いな、これ!」
 映像を見たフェリックスが圧倒されていた。
「特に、この士官学校でのフィーネとレオンハルト皇子の映像は、とってもいい雰囲気だ。これは、明日放映されるレオンハルト皇子の生い立ちの映像にも、取り入れた方がいいかも知れない。フィーネもレオンハルト皇子も、こんなにいい表情をしているのだから・・・」
 スーザンが撮った士官学校でのヨゼフィーネとレオンハルトのツーショットを見たフェリックスが、少し興奮気味に話した。
「そうでしょう!二人ともカメラを意識していないから、正直な気持ちが素直に表れているでしょう。勘のいいフィーネにバレないように、さり気なく撮るのには苦労したのよ。でも、このツーショットがレオンハルト皇子の生い立ちの映像に入って、そのあとにフィーネも出ている士官学校の学校紹介映像、帝国軍のPR映像と続くと、流れもいいから見ている方の違和感も少ないかも・・・」
「早速、王宮に戻って陛下の許可を貰ってくるよ!レオンハルト皇子の生い立ちの映像の方も、ミュラー夫人が描いたフィーネの絵を入れる話があって変更があるんだ。この二人のツーショットも追加できると思う」
「そう♪それじゃ、あなたにこれを渡しておくわ!」
 スーザンが、士官学校でのヨゼフィーネとレオンハルトの映像をまとめた資料をフェリックスに手渡す。
「フェリックス、学校が始まる時間になったら学生達を集めて、フィーネとレオンハルト皇子の関係を説明するわ。出来れば、会見後に流すその映像も、一足先に学生達には見せたい。彼らには、自分たちの教官であるフィーネの事をきちんと理解して貰いたいし、そのうえで彼女をマスコミから護って欲しいと思っている」
 スーザンの願いに、フェリックスも同意する。
「スーザン、俺から学生達に話したい。俺もフィーネの教え子達には、なによりも彼女とレオンハルト皇子との繋がりを理解して欲しいし、二人を温かく見守って貰いたいと思っている。学生集会の時間までは、戻って来るようにするから・・・」
「ええ、判ったわ」
 フェリックスが学長室から出て行った後、ワーレンとスーザンはお互い顔を見合わせた。
「こんなに上手く事が進むとはな・・・」
 自分たちの計画が、あまりにもあっさりと採用されそうな気配に、ワーレンは拍子抜けしたようである。
「ええ・・・。しかし、フェリックスはもう少しずる賢くならないと!私たちに簡単にのせられるようでは、先が思いやられます。これからの彼の相手は、あの貴族達になるのですから・・・」
 スーザンの心配に、ワーレンが笑った。
「さすがのフェリックスも、スーザンにかかるとカタなしだな!」
「確かにフェリックスは、周りからは評価されているようですが、私からは手のかかる学生のように見えてしまって・・・」 
 フェリックス曰く<スーザンには、タイミング悪く恰好悪いところばかり見られている!>という状況が多いだけに、彼女にはフェリックスが危なっかしく見えるのだろう。そんなスーザンに、ワーレンがフェリックスの援護する。
「心配しなくても、大丈夫だ!フェリックスも相手が俺たちだから、気を許しているんだろう。貴族絡みだと、奴も慎重でずる賢くなるさ!」
「そうだといいんですが・・・」
 スーザンが苦笑した。



 朝になり士官学校の門の周りも、ビッテンフェルト家やミッターマイヤー家と同じように、注目のヨゼフィーネの姿を撮ろうと待ち構えるマスコミに囲まれていた。
 スーザンが手配した学生達は、毅然とした態度で士官学校の警備に徹し、他の学生達は全員体育館に集まって、フェリックスから説明を受けていた。
「私は、陛下の側近のロイエンタール准将だ。だが今日は、君たちの教官であるビッテンフェルト少佐の夫として、現在、騒動になっている事について、少し話したい。私としては、妻の事をビッテンフェルト少佐と呼ぶより、名前で呼ぶ方が話しやすい。だから、君たちの教官をヨゼフィーネと呼ぶ事を了承して欲しい」
 そのように前置きしたフェリックスが、まず学生達に事実を先に説明した。
「レオンハルト皇子は、陛下とヨゼフィーネの間に出来た御子だ。正真正銘、彼女とレオンハルト皇子は血のつながりのある母と子で、世間で噂されているような代理出産ではない!」
 その後フェリックスは、ヨゼフィーネとレオンハルトの関係について話し始めた。
「ヨゼフィーネは皇帝の子を産んだ事を<自分の運命だった>と言っている。だが、彼女がレオンハルト皇子を身籠ったときは、まだ十五歳という若さで、その運命を受け入れるまでには随分苦しんだ。当時のヨゼフィーネは、精神的にも肉体的にもまいってしまい、入院が必要となるくらい弱ってしまったんだ。父親のビッテンフェルト元帥も姉のワーレン夫人も、ヨゼフィーネの妊娠やお腹の子の父親が陛下だった事にショックを受けていたが、それよりも彼女を支えて守る方に必死だった。身重のヨゼフィーネは静養が必要となり、彼女の事は極秘扱いとなった。そんなヨゼフィーネの状態を知った陛下も苦しみ、一時的な感情で彼女の人生を狂わせてしまった事をずっと悔いていた」
 学生達は、フェリックスの話を黙って聞いていた。
 結果だけを見れば、<皇帝が若い女性に手を付け、子どもを産ませた>という事である。過去の皇帝達の歴史を見れば、特に珍しい事でもない。只、それが、自分たちが尊敬し忠誠を誓う現在<いま>の皇帝アレクと、共に学校生活を送る教官のヨゼフィーネとの出来事に、学生達は戸惑っていた。いつも明るくひたむきなヨゼフィーネを知っている学生達だけに、十五歳だった彼女が乗り越えてきた試練を想像すると、言葉が出なかった。
「私が陛下の代理として、静養先にいるヨゼフィーネと逢ったときは、もうお腹がだいぶ大きくなっていた頃だった。体調も安定し気持ちも落ち着いていた彼女から、『お腹の子をビッテンフェルト家の子どもとして育てたい・・・』と打ち明けられた。私は<自分だけの子として育てたい!>という彼女の希望を聞いたうえで、<皇妃はもう子どもを望めない>と、当時は秘密だった皇妃の事情を敢えて教えたんだ。いずれ、皇妃に世継ぎが生まれると思い込んでいたヨゼフィーネは、私の言葉にかなりのショックを受けていた。でも、そのときの私は、陛下から距離を置いていたヨゼフィーネに、お腹の子はローエングラム王朝の大事な後継者だという事を自覚して欲しかった。すぐには無理でも時間が経てば、彼女は産まれた御子と一緒に陛下の元に来るべきだと思っていたし、なんの心配もなく王宮に来て欲しいという気持ちもあった」
 フェリックスの<陛下から距離を置いていた>という言葉で、学生達は当時、ヨゼフィーネがアレクを避けていたという状況を理解する。
「ずっとヨゼフィーネの気持ちを優先させていた陛下も、将来的には彼女と子どもを呼び寄せる事になるだろうし、ビッテンフェルト元帥もその覚悟はしていたと思う。陛下の御子を産んだ以上、いずれ彼女は王宮で過ごす事になると誰もが考えていた。だが、レオンハルト皇子を産んだヨゼフィーネの選択は<我が子を皇妃に託す>という事だった」
 学生達は真剣な目で、フェリックスの次の言葉を待つ。
「周りはヨゼフィーネの決断に驚いていた。ワーレン夫人は母と子を引き離す事を反対し、ビッテンフェルト元帥は『皇妃に託すというのであれば、二度と赤ん坊の母親とは名乗れない。赤ん坊は、もうビッテンフェルト家と関わりのない子となる。それでもいいのか?』と念を押してヨゼフィーネに確認したんだ。だが、彼女は<坊やの為に、考えて出した結論!>と言って揺るがなかった。それで、ビッテンフェルト元帥も決心したんだ」
 <ヨゼフィーネが、皇妃の為に、自分が産んだ赤ん坊をさし出す>という話の流れに、学生達は息を呑む。
「王宮で、ワーレン夫人から手渡されたレオンハルト皇子を、初めて抱いた皇妃は<ヨゼフィーネの想いを決して無駄にはしない。自分の命にかけても、この子を育てる>と誓っていた。こうして、レオンハルト皇子は皇妃の御子になったんだ」
 レオンハルトがマリアンヌの子となった経緯を説明したフェリックスが、一息付く。
「ヨゼフィーネはレオンハルト皇子がお腹の中にいるときから、<坊や>と呼びかけて愛情を注いでいた。母親として息子の為に考えて、自分の意志で皇妃に託す事を決めたのだが、やはり辛かったんだろう。レオンハルト皇子が手元からいなくなったあと、彼女は父親に<坊やの為に、将来の為に、こうするのが一番いいと言って欲しい!>と確認するように泣いてすがったそうだ。そのときのビッテンフェルト元帥は、娘があまりにも可哀そうで、<自分の結論に自信を持つんだ!>と言って慰める事しか出来なかった・・・と、のちに娘婿になった私に話してくれた」
 学生の中には当時のヨゼフィーネに同調したのか、目を真っ赤にして涙ぐむ姿も見られた。他の学生達も、ヨゼフィーネの気持ちをくみ取って、切ない表情を見せていた。
「その後、ヨゼフィーネは、手放した息子の役に立ちたいと軍人になった。レオンハルト皇子はご自分の生まれた経緯を、陛下から聞いて全て知っている。そして、自分を産んでくれたヨゼフィーネの事を、純粋に慕っている。皇妃も、ヨゼフィーネとレオンハルト皇子の交流を心から望んでいる。でも、ヨゼフィーネとレオンハルト皇子は、お互い遠慮し合って、なかなか気軽に逢うという感じにはならなかったんだ。それが、士官学校にレオンハルト皇子が見学に来るようになったのがきっかけで、二人とも少しずづ交流を深めてきた。レオンハルト皇子にとって、ヨゼフィーネに逢える士官学校は、居心地の良い空間になったんだ」
 学生達は(なるほど・・・)という具合に頷いていた。彼らは、士官学校でヨゼフィーネを慕うレオンハルトを目の当たりにしている。そもそも<レオンハルト皇子の初恋の相手は、ビッテンフェルト教官である!>という噂を立てたのは、ここにいる学生達なのだ。
「陛下はヨゼフィーネに対して『恋のときめきも知らず、愛する喜びも味わせないうちに、母親にさせてしまった。そして、その母親になったヨゼフィーネから、子どもを育てる楽しみさえも奪ってしまった。彼女に与えたのは、手元から離れた我が子を思う母親の切なさばかりだった・・・』と言ってずっと気にかけておられた。だからこそ、私とヨゼフィーネが恋愛して結婚、そして娘が生まれた事を、両陛下共にとても喜んでくださった。レオンハルト皇子は、年の離れた妹を可愛がってくれる。現在、皇帝夫妻と私達夫婦は、プライベートでは家族ぐるみの交流をしている」
 フェリックスが、今の状況を説明する。
「明日、陛下から正式に声明が出される。今までヨゼフィーネとレオンハルト皇子の事情を知っているのは関係者のみという状況だっただけに、暫くは士官学校も騒がれて、君たちにも迷惑をかけてしまうだろう。申し訳ないが、この騒ぎが収まるまで我慢してほしい。公表されても、ヨゼフィーネは君たちの教官として何も変わらない。だから、彼女とは今まで通りの関係でいて欲しい」
 ヨゼフィーネの夫として頼み込むフェリックスの姿に、学生達の間から了承ともいえる拍手が沸き起こった。それは瞬く間に、体育館全体に広がった。
「ありがとう!」
 大きな拍手に包まれたフェリックスが、嬉しそうに学生達に礼を繰り返していた。
 その後、学生達は、明日世間に披露される映像<レオンハルト皇子の生い立ち>を、先立って鑑賞した。
 エリスの描いた三枚の絵を始め、士官学校での嬉しそうなヨゼフィーネとレオンハルトのツーショットなど、どれも先ほどのフェリックスの話を裏付ける映像に、学生達は二人に対する理解をより深めたのである。


 映像をみた学生達に、学長であるワーレンがけしかける。
「マスコミに騒がれる事を煩わしいと思わず、この状態をチャンスだと考えるんだ!我が士官学校の優秀さを、世間に見せつけるいい機会だとな!練習艦サラマンドル(火竜)が帰還するのは、明日の朝だ。肝心のビッテンフェルト教官がいない間、手持ちぶさのマスコミ連中に、お前たちのカッコイイところを見せてやればいい!」
 何食わね顔で話すワーレンだが、こういうときの学長は内心、闘志満々で燃えている事を、学生達は経験上知っている。
 更に<ヨゼフィーネの教え子として、世間に無様な姿を晒すわけにはいかない!>と決意した学生達は、学長同様に燃えて意気込むのであった。



 明日の公表に向けての準備を終えたフェリックスが、アレクの執務室に向かう。
 迎えたアレクは、フェリックスに今日の自身の成果を教える。
「ビッテンフェルトが、ようやくレオンハルトの後見人を了承した」
「陛下と義父上との交渉は、上手くいったようですね」
「うん、ビッテンフェルトからは『貴族にもならず、軍人にも戻らず、ただのジジイでよければ!』という条件を出されたがな」
 二人が共に笑う。
「今日、ビッテンフェルトとやっと二人っきりになれた。私はようやく気になっていたあの事を、訊く事が出来たよ」
 フェリックスが頷く。
「ビッテンフェルトは、ずっとあの言葉を気にしていた私に驚いていた。奴はとっくの昔に私を許し、しかもそのことを、私にしっかり伝えたと言うのだ」
「そうだったんですか?」
 初めて知る話に、フェリックスも驚く。
「その場にはお前もいた!」
「えっ?・・・私には記憶にありませんが・・・」
 首を傾げるフェリックスにも、ビッテンフェルトがいつ、そのことを伝えたのか、見当も付かないようである。
「以前、ニーベルング艦が遭難したとき、捜索で艦隊を出すという私と、私用で軍を動かすべきでないといったビッテンフェルトとで揉めていたときなんだ・・・」
「あんなバタバタしていたときにですか?」
 再び驚くフェリックスに、アレクが説明する。
「あの緊迫していた状況で、ミュラーですら判らない言葉で示したのだから、私達が気が付かないのも当たり前だよ・・・」
「いったい義父上は、どのような言葉で、陛下に許した事を伝えたのですか?」
「うん、<コウノトリは、もうとっくに許された!>と・・・。ビッテンフェルトは、私をコウノトリに変換して伝えたらしい・・・」
「はあ?」
 呆れたフェリックスからは、言葉が出てこなかった。当時、ヨゼフィーネの事が心配で焦っていたフェリックスは、ビッテンフェルトが発したその言葉すら憶えていないようだった。
「まあ、昔からビッテンフェルトは、言葉を変化球にして投げてくる癖はあったが・・・」
「確かに、義父上にはそういうところがあります。しかし、相手に通じないと意味がないと思うのですが・・・」
 二人とも疲れた表情で黙って頷き合うと、コーヒーを飲んで一息入れる。
 その後、アレクが話題を変えてきた
「フェリックス、お前、今日は士官学校の学生相手に、大演説をしたそうだな?」
「いえ、そんな大層な話ではありませんよ。フィーネとレオンハルト皇子の関係を、学生達にきちんと理解して貰いたくて、今までの事を少し話したんです。まあ、自分でも柄にもない事をして冷や汗ものでしたが、学生達には伝わったと感じています」
「そうか」
 フェリックスの報告に、アレクも満足をする。
「・・・ところでフェリックス、お前は明日披露する<レオンハルトの生い立ち>の映像に、新たに加えたミュラー夫人の絵を見たか?」
「ええ、映像では見ましたが、実際の絵はまだ見ていません」
「・・・あの絵は、ミュラー夫人としてもモデルであるヨゼフィーネの為に描いたのであろうし、お前としても手元に置きたいとは思うが・・・」
 珍しく歯切れの悪いアレクの様子に、フェリックスが尋ねる。
「なにかありましたか?」
「いや、実は、映像を見たマリアンヌが、すぐさまミュラーの元に駆けつけて『是非、あの絵を買わせて欲しい!』と頼み込んだのだ」
「それは、レオンハルト皇子の為ですよね。しかし、あの皇妃が、直接ミュラー閣下の執務室に出向いたのですか?」
 いつもは何事も夫であるアレクに伺いを立て、女官を通して物事を始める慎重なマリアンヌだけに、フェリックスは意外な気がした。
「そうなんだ!正直私も、皇妃の単独行動にはびっくりしたよ。マリアンヌは、あの絵を見た瞬間に<是が非でも、レオンハルトの手元に置いてやりたい!>と、夢中で行動したらしい」
 長年一緒にいるアレクでも、今回のマリアンヌの早業は思いがけない事で驚いたようだった。そんなアレクに、フェリックスが伝える。
「私の方は気にしないでください。エルフィーが生まれたときのフィーネとレオンハルト皇子の姿は、この目にしっかりと焼き付けています。それにフィーネも自分が所有するより、レオンハルト皇子のそばにあの絵を置いて貰える方が嬉しいでしょう。あの絵の持ち主は、誰が考えてもレオンハルト皇子が一番相応しいかと思います」
「そうか!お前からそう言って貰えると、私もマリアンヌも気が楽になる」
「しかし、あの絵は義父上も欲しがりそうですね。皇妃は、あの義父上の先手をとった事になりますよ」
 フェリックスは、ビッテンフェルトの悔しがる様子を想像して笑った。
「そうだな。レオンハルトの後見人になったビッテンフェルトの為、王宮に新たに彼の執務室を設ける予定だ。その部屋にもあの絵を飾るという事で、ビッテンフェルトには我慢して貰おう」
 アレクが笑いながら妥協案を示す。
 その後暫く、二人の間に、しんみりとした空気が流れた。
「いよいよ明日だな」
「はい」
「公表しても、君ら家族の生活は何も変わらないし、変える必要もない!」
「心得ました」
「ヨゼフィーネに逢ったら、<会見では私やマリアンヌに遠慮せず、自分の言葉で語って欲しい>と伝えてくれ!私を恨んでいた事も拒絶した事も、ありのままを話して構わない!」
「陛下のお言葉、必ずフィーネに伝えます」
 フェリックスが頷く。
「昔、私は、ローエングラム王朝の唯一の後継者として、決められたレールを歩くだけの人生だと思っていた。まさか、<自分の息子と君の娘が兄妹である!>という家族構成になるとは!・・・自分でも思いがけない人生を歩んでいる」
 そんなアレクに負けじと、フェリックスも自身の人生を振り返る。
「私だってそうです。若い頃の私から見れば、あのビッテンフェルト元帥を義父上と呼ぶ事なんてあり得ない事でしたよ!」
 フェリックスの言葉に、アレクが吹き出した。
「はは、そう言えば、昔、アルフォンスがルイーゼを口説いていた頃、お前、『あのビッテンフェルト元帥と関わる気苦労を考えないのか?』と忠告した事があったな!」
「陛下は、そんな事まで憶えているんですか?全く・・・」
 フェリックスが決まり悪そうに告げる。
「面白いな。人の繋がりというものは・・・」
「ええ」
「フェリックス、私はずっとヨゼフィーネの幸せを願ってきた。長年そんな気持ちでいるうちに、なんだか彼女が、私の妹のような感じがする。息子のレオンハルトを産んだ母親に違いはないのだが・・・」
「フィーネは、皇妃を姉のように慕っています。恐らく陛下に対する気持ちも、それに近いものがあると思います」
「そうか・・・。フェリックス、明日はヨゼフィーネを頼むぞ!」
「御意」
 アレクの言葉に、フェリックスが応じた



 自宅に戻ったフェリックスは、娘の様子を確認する為、ルイーゼに連絡をした。
 フェリックスと話したルイーゼが、そばにいたエルフリーデと交代する。寝ているとばかり思っていた娘の声に、フェリックスの顔が思わず綻び、父と娘の会話が始まる。
「エルフィー、お山にいるの。ファーター、いつ来るの?」
 娘の問いかけに、フェリックスが謝る。
「エルフィー、ごめんよ、ファーターはお仕事で、今日はそっちには行けないよ」
「ムッターは、いつくるの?」
「今晩寝れば、明日には会える!今日、ムッターとお話したら、ムッターもエルフィーに逢いたがっていたよ」
 フェリックスがヨゼフィーネとの会話を娘に教えたところ、ほんの少しの沈黙のあと、エルフリーデが小さな声でポツリと父親に訴えた。
「エルフィーもムッターとお話をしたかった・・・」
(しまった~。フィーネの事は余計な一言だった・・・)
 娘の地雷を踏んでしまったフェリックスが後悔するが、時すでに遅く、涙声になったエルフリーデが「ムッターに逢いたい!エルフィー、ムッターに逢いたいよう!」と訴え、泣き出してしまった。受話器の向こうで、エルフリーデの泣き声とルイーゼのあやす声が聞こえる。父親の声で気が緩んだのか、ずっと母恋しさを我慢していたエルフリーデの限界を越えてしまったようである。
「フェリックス叔父さん、大丈夫だよ」
 泣いているエルフィーから携帯を受け取ったテオドールが、フェリックスと話す。
「今日は外で、エルフィーとたくさん動き回って遊んだんだ。だから、エルフィーは疲れて、半分眠いのもあってぐずっているんだよ。さっきもウトウトしていたし・・・。ぐっすり眠って朝になったら、またいつものようにご機嫌のエルフィーになっているから!」
 フェリックスを励ますように、テオドールが伝えた。ワーレン家にもお泊りするエルフリーデは、テオドールにとって妹のような存在で、その扱いも慣れている。
「そうか。テオ、今日一日、エルフィーの相手を務めてくれてありがとう!疲れただろう」
「平気だよ!小さい頃のヨーゼフの相手をしているときより、ずっと楽だよ!それに、僕としても受験が終わって士官学校の入学式まで休みだし、少しのんびりしたいと思っていたんだ。だから、ハルツで過ごすのは丁度良かった。こっちは変わりないから、心配いらないよ!」
 幼い頃から、やんちゃな弟に振り回されながら面倒を見てきたテオドールだけに、フェリックスは思わずその言葉に笑うが、同時に自分に対する甥の気遣いも感じていた。

ありがとう、テオ

フィーネが宇宙に行って十日間
エルフィーの我慢も、いっぱいいっぱいになっていた
なのに、俺の不用意な一言が刺激になって
母親への想いを溢れさせてしまった・・・
エルフィー、ゴメンよ・・・

 今頃、泣きながら眠ったと思われる娘の寝顔を思い浮かべたフェリックスは、小さな溜息を付いていた。


<続く>