似たもの同士

「今日はクリスマスだったかな?」
 帰宅して華やかに飾られたリビングに入るなり、ロイエンタールは執事に咎めるような視線を向けた。
「あの~・・・」
 不機嫌な主人の様子に、初老の執事が焦る。
「私が命令してやらせたのよ!」
 エルフリーデが困っている執事に代わりに、目の前で怒っている男に答えた。
「ほう~お前が?なんのために!」
「それより何故お前は、自分の誕生日を祝ってもらうことをそんなに怒るの?」
「別に・・・。騒がしいのが嫌いなだけさ」
「それだけ~?」
 エルフリーデの高飛車な問いかけに、ロイエンタールがムッとする。
「それだけだ!」
「では、静かに祝うことにしましょう」
 エルフリーデはそう言うと、この家の主人であるロイエンタールの意向などお構いなしに、勝手に仕切って誕生祝いをすすめようとする。
(この女、居候の癖に・・・)
 ロイエンタールは女主人のように振る舞っているエルフリーデに、呆れて言葉も出なかった。


 彼女はリヒテンラーデ一族の女で、三ヶ月ほどまえロイエンタールの命を狙った暗殺者である。一族の仇であるロイエンタールに躯を奪われ、男と女の関係になってしまった。しかし、心を通わせているわけではない。ロイエンタールが破滅するさまを見届けると言ってこの家に居座っている女だけに、二人の会話はいつも刺々しい。
「おい、俺が訊いた質問の答えを、まだ聞いてないぞ!」
「あら、何だったかしら?」
「とぼけるな!何故お前が、俺の誕生日を祝う?」
「・・・お前が自分の誕生日を嫌がっているようだからよ!」
 口元に笑いを浮かべ、勝ち誇ったような顔で言い放つエルフリーデに、ロイエンタールも負けてはいない。
「俺は誕生日を嫌がってなんか、い・な・い!」
 子供じみた言い方で強く否定するロイエンタールだが、こんなふうな言い方自体、自分は嫌がっていると伝えているようなものである。
「あら、そうぉ~。それならそれで別にいいわ。一応お前の誕生日なのだし、祝ってあげるわ!」
「・・・勝手にしろ!」
 吐き捨てるように言うと、ロイエンタールは部屋を出ていった。エルフリーデは(してやったり!)といった表情になると、使用人にご馳走を並べさせた。

  

 夕食の席上で、不機嫌な男とほくそ笑んでいる女が、差し向かえで食事をする。誕生日のお祝いとは思えない暗~い空気のまま、二人とも無言である。
「そろそろ、デザートのケーキをお持ち致しましょうか?」
 執事が二人の食事の進み具合を見て尋ねた。
「そうね、そろそろ持ってきて頂戴。ろうそくは・・・数が多すぎて可愛くないから省略ね」
「可愛くない数で悪かったな!だいいち俺は、ケーキなど食べないぞ!コーヒーだけでよい」
「旦那様!そのぉ~・・・」
 飲み物だけ持ってくるように指示したロイエンタールに、執事が困った顔を見せていた。
 突然、エルフリーデが立ち上がると執事に伝えた。
「ケーキはいらないわ。この男には、コーヒーだけ持ってきて!」
 無表情にそう告げると、そのまま部屋をでていってしまった。ロイエンタールは、慌てて執事に尋ねる。
「まさか、あの女がケーキを作ったのか?」
「いえ、作ったのは我が家の料理人です」
「だろうな。あの女が自分で料理などするわけがない!」
 ほっとした顔になったロイエンタールに、執事が伝えた。
「作ったのはうちの料理人ですが、お嬢様が何回も味見をしてレシピを工夫しておいででした」
「えっ、なんの為に?」
「旦那様の誕生日をお祝いする為でしょう。甘いものが苦手な旦那様のため、よく召し上がるチーズをかけあわせてチーズケーキを焼いたそうですよ。何度も試作品を作って、その度お嬢様が自ら味見をして熱心に指示を出していたと料理人から聞きましたが・・・」
「・・・ふ~ん、あの女、よっぽど暇なんだな」
 取りあえずロイエンタールは、執事にそのチーズケーキを一切れ持ってこさせた。それは彼にとって程良い甘さで、今日の食卓のワインにもよくあう味だった。


「お味はどうでしょう?」
「料理人を労うように・・・」
 尋ねた執事に、ロイエンタールがぼそっと答えた。
「判りました。あの~、お嬢様には?」
「おい、俺が今言った事は、誕生日という名目であの女の我が儘に付き合った料理人への労いの意味だ。ケーキを作って貰ったことへの礼ではない!」
「そうでしたか!でも、うちの料理人も結構楽しそうにお嬢様の指示を仰いでいましたよ。あのお嬢様、最初の頃に比べると、随分私達にも打ち解けてきたようです」
「あの女が?」
 ロイエンタールは意外そうな顔をしていた。
「以前うちの使用人達を『昔、我が家にいた使用人達と似ている気がする・・・』と仰っていました。きっと、お嬢様のご実家でも使用人を大事にする家庭だったのでしょう・・・」
「ふ~ん・・・」
 確かに最近ロイエンタールには、家の使用人達がなんだかあの女に好意的になっているような気がしていた。
(あの居候、とうとう家の者を手なずけてしまったか・・・)
 ロイエンタールは、グラスに残っていたワインを、溜息と共に一気に飲み干した。

  

 その夜、ロイエンタールはエルフリーデの部屋を訪ねた。
「誕生日を祝ってもらったお返しをさせてもらう」
「お返し?」
 一瞬、不思議そうな顔をしたエルフリーデを見て、ロイエンタールは冷笑を浮かべる。
「そうだ!お前の嫌がることをな・・・」
「私の嫌がる事?・・・あっ!」
 ロイエンタールの意図が判ったエルフリーデが、眉間に皺を寄せてきつい顔になる。
「おい!そんな顔すると美しい顔が台無しだな。だいいち、眉間に醜い皺が残るぞ!」
 ロイエンタールにからかわれてカッとなったエルフリーデが、手を振り上げて攻撃しようとする。ロイエンタールは自分に向けられた攻撃をさらりとかわすと、そのまま素早くエルフリーデの細い腰に手を回し、その白い首筋に唇を当てる。
 男の冷たい唇と熱い吐息が、女の抵抗する力を奪う。
 ロイエンタールはエルフリーデを抱きかかえると、そのままベットへなだれ込んでいった。


 金銀妖瞳<ヘテロクロミア>の男が、フェザーンで迎えた最初の誕生日の夜は、こうして更けていった。


<END>


~あとがき~
「オクトーバーフェスト」(<星の砂>さま主催)、参加作品です。
ロイエンタールとエルフリーデ、「この二人は、恋愛している!」と私は決めてかかっています!(断言する程の思い込み~/笑)
好きな子に意地悪などをして気を引こうとする小さい子どもの頃の心理を、そのまま引きずっている二人です(笑)
エルフリーデがロイエンタールの叛意を偽証したのも、彼の嫌がることをして自分に目を向けさせようとする気持ちの延長だったのかな~という気もしています。
一族の仇という大義名分と彼女を利用しようとしたラングの思惑で、事が大きくなってしまったのが残念です。
もし彼女が利用されず、そのままずっとロイエンタール家に住んでいたら、いつの間にかちゃっかり<ロイエンタール家の奥様>になっていたかもしれません(笑)
この二人、結局ハッピーエンドにはなりませんでしたが、原作のラストシーンは好きでした。
二人の絡まっていた運命の赤い糸が、真っ直ぐ一本に繋がった瞬間という気がして、とても印象に残っています。
このカップル、性格的に共通点が多い気がします。
それで、タイトルも<似たもの同士>としました。

<風と共に去りぬ>のヒロイン、スカーレット・オハラはお嬢様育ちで気位が高く自己中心的、周囲を呆れさせ振り回すタイプです。
でも、自分の家の使用人には優しいんですよね。
エルフリーデにもそんな一面があるのでは・・・と秘かに思っています。
悪女のイメージが強いエルフリーデですが、エルフリークの私としては、皆さんに「案外彼女、可愛いところもあるのネ!」と思ってもらえれば嬉しいです。