ファーターの心理2(バスタイム)

 それは、ビッテンフェルト家でいつものように、家族揃って朝食を食べているときの出来事だった。
「ファーター、今日からお風呂には一人で入ってね!ルイは、もう一緒に入らないから・・・」
 愛娘ルイーゼの突然の言葉は、放たれた矢となってビッテンフェルトの胸に突き刺さった。引きつった顔に無理に笑顔を作ったビッテンフェルトが、ルイーゼに尋ねる。
「い、いきなり、どうしたんだい?」
「だって、ルイーゼは今度お姉ちゃんになるんだよ!お風呂ぐらい一人で入らなくっちゃ・・・」
「そ、そっか・・・。でも、その意気込みは買うが、なにも今日からじゃなくても・・・」
「いいの!決めたんだから♪じゃね~、行ってきます!」
 アマンダから何の予告もなく、心の準備も出来ていなかったビッテンフェルトは、呆然としたまま凍り付いていた。


 家の門の前でスクールバスを待ちながら、母と娘は話をする。
「ファーター、がっかりしたかな・・・」
「まあね。でも、突然どうしたの?」
「あのね、サマーキャンプで夜寝るとき、みんなとお喋りしたの。そのとき、『ルイーゼは、まだファーターとお風呂に入っているの?』ってお友達にからかわれちゃった。みんな、もう一人で入るんだって・・・」
「あら、そうなの」
「ルイ、恥ずかしかった~。それにもうすぐお姉ちゃんになるんだし・・・。いいよね?・・・ファーター、泣いちゃうかな?」
「大丈夫よ。ルイーゼこそお姉さんになろうと無理して頑張りすぎないでね。赤ちゃんが生まれたら、自然とお姉さんになるものだから。それから、ときどきはファーターに甘えた方がいいのよ。寂しがるから・・・」
「うん、わかった。ちゃんと相手してあげるから♪」
 すっかり生意気盛りの年齢になったルイーゼである。


 アマンダがルイーゼを見送って家の中に入ると、そこには落胆の表情で石となったビッテンフェルトがいた。そして、その背景には、まさに雪が降りそうなくらいどんよりとした暗く重い空気が漂っていた。
 ビッテンフェルトの心情を思いやれば無理もないだろう。
 二ヶ月間の遠征の後、アマンダの家出騒動などがあってすっかり仕事をため込んでしまったビッテンフェルトは、このところ帰宅が遅かった。従って、ルイーゼとの過ごすバスタイムは、随分ご無沙汰になっていたのだ。最後に一緒に入ったのは遠征に行く前だったから、二ヶ月半近く愛娘と共にお風呂に入っていない。
 仕事も一段落付いたので、ビッテンフェルトは今夜あたりルイーゼと一緒にお風呂に入ろうと、もの凄~く楽しみにしていた矢先だったのだ。


「フリッツ、迎えの車が来てますよ!」
「あっ、あぁ・・・」
 心なしかよろめいた足取りで、待機している車に乗り込むビッテンフェルトには、普段の力強さが全く感じられなかった。背中に哀愁を漂わせた父親を見送ったアマンダがリビングに戻ると、ちょうどTVに今日の星占いが映っていた。
 何気なく見つめたアマンダの目に、ある星座の今日の運勢が現れた。
<思わぬ災難が降りかかるでしょう!>
「この星座は確かミュラーさん。可哀想に・・・」
 アマンダは、今日のミュラーの運勢を予想して同情した。



 アマンダの予想通り、ビッテンフェルトはミュラーを伴い<海鷲>で暴れていた。たまたま居合わせたミッターマイヤーとアイゼナッハも、機嫌が悪そうなビッテンフェルトの様子に苦笑い状態だった。
 普段は陽気に酒を飲む彼が、クダクダと愚痴をこぼし、とうとう涙目になって周りに訴え始めた。
「俺は、何も大人になってからまでも、一緒に入りたいと言っているんじゃない。子供のうちは・・・と思っているだけなのに。ルイーゼはまだ子供じゃないか!俺は、風呂に一人で入るのは寂しい~」
 雄叫びをあげるビッテンフェルトに、ミッターマイヤーが声をかけた。
「一人で入るのが寂しいのならば、奥方と一緒に風呂に入ればいいじゃないか?」
「えっ!」
 ミッターマイヤーのその言葉に、ビッテンフェルトとミュラーが同時に驚いた。しかし目の前のミッターマイヤーは、悪びれた様子もなくニコニコと二人を見つめている。
 その朗らかな顔のミッターマイヤーを見て、ビッテンフェルトが目でミュラーに(訊くんだ~)と命令した。
 ビッテンフェルトの視線を受けて、少し躊躇しながらもミュラーがミッターマイヤーに尋ねた。
「その~、つかぬ事をお訊きしますが、ミッターマイヤー元帥はもしかしてお風呂には奥方と一緒に御入浴されているとか?」
「そうだよ。俺達は戦争中は離ればなれが多くて、エヴァには寂しい思いをさせていた。だから、家に居るときは出来るだけ一緒に行動することにしているんだ♪」
「そ、それは今も・・・なのでしょうか?」
「当然だろう!」
 胸を張って答えるミッターマイヤーに、唖然となるビッテンフェルトとミュラーであった。
 二人は目を合せながら(ミッターマイヤー夫妻は万年新婚状態で、いつもアツアツなのだから例外なんだろう・・・)と、無言で納得していた。そして、もう一人の妻帯者であるアイゼナッハの方に注目した。
 雑誌を読んでいたアイゼナッハだが、二人の視線に気が付いた。
 アイゼナッハはビッテンフェルトとミュラーに向かって、おもむろに右手の親指を立てて自信ありげに<ニヤッ>と笑った後、何事もなかったかのように再び目線を雑誌に戻した。
(ま、まさか、こいつまで!)
(いや、ここは夫婦の会話に欠ける分、そのようなふれ合いで補っているのかも知れませんよ)
(しかし、黙ったままのこいつが、嫁さんと一緒の風呂とは想像できんぞ!)
(いや~その~、・・・どんな感じなんでしょう?)
 ビッテンフェルトとミュラーの、まるでテレパシーのような目の会話が続いた。



(きっと今夜は、ミュラーさんを相手にやけ酒で遅くなるだろう・・・)と思っていたアマンダは、ビッテンフェルトの予想外の早い帰宅を、意外に思った。
「夕食はどうなさいますか?」
「いや、その~、先に風呂に入る。・・・・・・あの~、アマンダ・・・一緒に風呂に入らないか?」
 ビッテンフェルトは軍服を脱ぎながら、さり気なさを装って言った。
「・・・酔っているのですか?」
 アマンダが真顔で尋ねた。
「はぁ~!」
「酔っているときは、お風呂にお入りにならない方がいいですよ。もし、お入りになるのでしたら、少し休んで酔いを醒ましてから入ってくださいね。そのままだと体に悪いですから・・・」
 アマンダはそう言うと、ビッテンフェルトの脱いだ軍服を持ってスタスタと向こうに行ってしまった。
「・・・おい、俺は酔ってなんかいないぞ~」
 一瞬、あっけにとられたビッテンフェルトが慌てて否定したが、鏡に写る自分の赤い顔と僅かに漂う酒の匂いは、飲んできたことを証明するのに充分であった。

 その後、一人寂しくお風呂に入ったビッテンフェルトは、心の中で呟くのであった。
(くそ~、なんで、あんな可愛げのない女に惚れてしまったんだぁ~)


 その頃ミュラー家では、お風呂からミュラーの弾んだ声が聞こえていた。
「エリス~、恥ずかしがっていないで、早くおいでよ♪」


<END>


~あとがき~
ミュラー家のその後の出来事は、とても書けません・・・(A^^;)
その妄想を書くだけの筆力はないです~(笑)
ビッテンパパ、娘とのバスタイムは、いつか終わるときが来るのです。
潔く諦めましょう(A^^;)
ミュラーさん、ミッターマイヤー夫妻を見習って、いつまでもエリスと仲良くして下さいね(^^)
尚、サイトを立ち上げた頃に書いた「バスタイム」は、ルイーゼの赤ちゃん時代の話でした。
そちらの作品と比べてみるのも面白いかと・・・(笑)

※サイトを立ち上げた2002年に書いた初期のバスタイムは、後に書いたビッテンとアマンダの新婚時代「デキ婚から始まった恋愛」(2017年~2019年作)の(5)に組み込まれました。