酒代のツケ

...彼の出征前、1日だけ休暇が取れて、久し振りに一緒に海に出かけた。

 「...珍しいわね、デートなんて」

 彼は軍務が忙しくて、滅多に会えない。
 会う時は、大抵が私の家で私の料理を食べたり音楽を聴いたり...そして、泊まって行く。

 親しい友人達は「いい加減に結婚しなさいよ。気持ちを彼にちゃんと言うべきよ。5年も付き合ってそういう話出ないの?」とか、「じれったいわね。彼って優柔不断なの?」とか、「浮気とか心配じゃないの?」とか...色々言ってくれて、皆、一様に私達の関係に、不思議そうな顔をするのだ。
 でも、彼には彼の考えがあるのを知っていたし、彼は...私だけだと言っていたから、私は、彼を信じて待っているのだ...彼の口から、いつかあの言葉が出るのを。

 「...気持ちがいいわね」

 穏かな陽気...爽やかな潮風が頬を撫でる。
 髪が揺れる。
 私はサンダルを縫いで砂浜に素足を付け、サンダルをそれぞれの手に持って、ゆっくりと波打ち際を歩き出す。

 寄せては返す波...。

 足の上をサラサラと撫でる波...。

 ...まだ、水が冷たい。

 まだ夏ではない...4月なのだ。

 「...冷たいんじゃないか?泳ぐにはまだ早いし...」
 
 不意に抱きすくめられて、私は「そうね...でも、波打ち際で遊ぶのもいいでしょ?きれいな貝殻だって見付かるかもしれないわ」と答えた。
 「まるで...子供だな」と彼は笑った。
 「...子供ですって?笑う事ないじゃない...もう!せめて、ロマンチックとか言えないのかしらね?」
 私は彼の髭を思いっきり引っ張った。

 「イテ...引っ張るなよ。皮膚が痛いだろ」

 「ねぇ...今度...いつ会えるの?ううん...いつ帰って来られるの?」

 「夏...かな。8月には休暇をもらう予定だ。戻って来たら...大型の休暇を取るつもりだ」

 「本当?じゃぁ...ここよりも遠浅の海がいいな」

 「遠浅のところ...か。じゃぁ、調べておいてくれ。帰って来たらそこに行こう。...グレーチェン、約束だぞ」

 彼は私を抱きしめて、「待っていてくれ」と囁いた。

 「待つのは慣れているわ。...ちゃんと帰って来てね、カール・ロベルト」
 「あぁ...ちゃんと帰るさ、グレーチェン」
 「ねぇ...愛してるって言って...」
 あの言葉は無理でも、今はそう言ってほしい。
 彼は、少し驚いたようだが、「愛している...グレーチェン...」と、耳元で小さく囁いてくれた。
 柄にもなく照れているようだった。


 あの時の約束は果たされていない...。

 1人で海に佇んで、私は、「嘘つき...」と呟いた。
 涙が頬を伝わって流れた。
 たった1人でやって来た遠浅の海...。

 頭上で、カモメが1羽所在無げに舞っていた...まるで、私のようだった。


 Das Ende


うさこさんの 「うさこの銀河宝石箱」でカウンター4567番ゾロ目を踏んだ記念に頂いた小説です。
マイナーキャラが得意なうさこさんに、マイナーではあるが存在感のあるシュタインメッツさんの恋愛をおねだりしました。
生真面目な感じの彼は、恋愛もきっと純粋なものだったと思います。
海でのデートは、二人の光景が目に浮かんでニンマリです(笑)
うさこさん、ロマンチックなお話ありがとうございました~