フェリックスの心理(育休取得)

 産後の静養を終えたヨゼフィーネは、実家を引き払い、娘を伴って自宅に戻ってきた。産休の前半を、ミッターマイヤー家、ビッテンフェルト家で過ごした彼女は、残りの産休を自宅で過ごすことになる。フェリックス待望の親子三人水入らずの生活が始まった。
 産休が明けるとヨゼフィーネは仕事に復帰し、入れ替わりにフェリックスの育児休暇が始まる。夫婦はその日に備えて、お互い準備に忙しい毎日を送っていたが、娘エルフリーデの存在は心を和ませ、二人は親としての幸せに浸っていた。
 そんなある日、ヨゼフィーネは父親から呼び出された。モニターに映るビッテンフェルトの機嫌の悪い様子に、その原因の見当がついていたヨゼフィーネは、覚悟を決めてエルフリーデと一緒に実家へと向かった。



 実家に訪れたヨゼフィーネは、娘をミーネに預けると、書斎で待っている父親の元に向かう。
「おう、来たか!チョット、お前に確認したい事があって呼んだんだ」
 ヨゼフィーネが椅子に座ると、腕組みをした父親が尋ねる。
「実は俺の耳に、<お前は産休が明けたら仕事に復帰して、代わりにフェリックスが育児休暇をとる>という噂が入ったんだ。まさかとは思うがこの話は本当か?」
 ビッテンフェルトが娘に確認する。
(やっぱり、バレたか・・・)
 観念したヨゼフィーネが、白状した。
「ええ、父上、その話は本当よ」
「はあ、お前、いったい、なにを考えているんだ?!」
 既に怒りが前面に現れているビッテンフェルトに、ヨゼフィーネはため息をつく。
 フェリックスの育児休暇とヨゼフィーネの職場復帰の件を、夫婦は<ビッテンフェルトには事後報告で・・・>と決めていた。おそらく昔気質の彼には、自分たちのこのやり方は理解できないだろうし、反対や妨害される事を警戒したのである。さすがにアルフォンスやルイーゼには事情を話し、ビッテンフェルトへの口止めを頼んでいたが、この件は噂となって彼の耳に入ってしまったらしい。
「でも父上、これは夫婦で相談して決めたことなのよ・・・」
 ヨゼフィーネが訴える。
「ばかもん!これはフェリックスが、お前の希望を優先させた結果だろう!あいつ、お前にエルフィーを頼んで産んでもらった分、責任を感じているんだ!お前、フェリックスに悪いと思わないのか?」
「・・・」
「今までだって、プロポーズを受けてから結婚まで何年も待たせたり、結婚式は挙げないと言い張ったり、そのうえ赤ん坊ができて喜ぶフェリックスに水を差したりと・・・お前、奴に結構、酷い事をしてきたぞ!なのに、今度は、赤ん坊の世話を担当させるのか?甘えるのもいい加減にしろ!」
「・・・」
 父親の言葉は思い当たる事ばかりで、ヨゼフィーネは言葉も出ず、ただ俯くしかなかった。
「お前、少し傲慢になっていないか?普通の男だと、もうとっくに見放されているぞ!それでなくても、昔はあれほど女にモテた男だ。妻として、もう少し謙虚にならないと・・・。俺は、お前たち夫婦の行く末が心配だ・・・」
「父上、私たち、上手くいっているわ。家族も増えて、幸せいっぱいなのに・・・」
 ヨゼフィーネが恨めしそうに、父親を見つめる。
「フェリックスは、陛下にとって大事な側近じゃないか!誰よりも忠誠心は強いし、小さい頃からずっとそばにいて、陛下を支えてきた。その事は、妻であるお前が誰よりも一番よく知っている筈だろう。なのに、そのフェリックスを陛下から離して、お前の代わりに育児休暇をさせる?・・・前代未聞で、俺は眩暈がしそうだ」
「・・・」
「フェリックスだけじゃない!母親であるお前が仕事を優先させて、父親のフェリックスが育児をする状態になったら、俺はミッターマイヤーに顔向けができないぞ!ミッターマイヤー夫妻が、この件をどんなふうに感じるか、お前、考えないのか?」
「私も、その辺は申し訳ないと思っているんだけれど・・・」
 ヨゼフィーネも、フェリックスの両親であるミッターマイヤー夫妻の反応は気になっているところでもある。ビッテンフェルト程ではないにしろ、同じ世代である彼らの感覚では、母親が仕事に復帰して父親が育児休暇をとる事など考えられないだろう。
「フィーネ、俺はお前に<軍人をやめて家庭に入れ!>と言っている訳ではない!今回は、自分で産んだ子を、誰にも遠慮なく手元で育てられるんだぞ!せっかくの機会なのに・・・。お前、赤ん坊のエルフィーのそばにいてやりたいと思わないのか?」
 フェリックスの育児休暇の反対もさることながら、自分に赤ん坊の世話を思う存分させてやりたいという父親の本音を感じ、ヨゼフィーネの心が揺らいだ。昔、生まれたばかりのレオンハルトを手放し、長い間落ち込んでいた娘を、父親がどんな想いで見守っていたか、その頃のビッテンフェルトの気持ちを思うと、ヨゼフィーネも切なくなった。
 一方、ビッテンフェルトの方も、自身の中に収めていた感情をつい見せてしまった事に気が付き、両者の間になんとなく気まずい雰囲気が流れる。
 しかし、ヨゼフィーネは(ここで情に流される訳にはいかない!)と気持ちを切り替えると、ビッテンフェルトにきっぱりと告げた。
「父上の気持ちは判るわ。でも私、士官学校の教官として、あまりブランクを開けたくないの!」
 赤ん坊の娘より仕事を優先させるというヨゼフィーネの考えに、ビッテンフェルトの頭に血が上る。
「ばかもん!お前、本気か?母親として、長い軍人生活のうちの一年くらい、自分の子供の為に使ったっていいじゃないか!」
 ビッテンフェルトの怒鳴る声が、部屋中に響き渡る。
 興奮する父親に、ヨゼフィーネは諦めたように自分の胸の内を打ち明ける事にした。
「父上、私、エルフィーが産まれたとき、逢いに来てくれたレオンハルト皇子と約束したの。『一緒に宇宙へ行こう!』って・・・。彼が士官学校に入学する前に、私は教官として十分な経験とスキルを身に付けたい・・・」
 ヨゼフィーネが復帰に拘る理由が、レオンハルトにあることを知ったビッテンフェルトが、言葉に詰まった。
 ローエングラム王朝の後継者であるレオンハルトの為に、軍人になった娘である。自分で産んだにも関わらず、育てられなかった息子をずっと想い、彼の役に立ちたいと願ってきたヨゼフィーネの気持ちは、ビッテンフェルトだって痛いほど判っている。生涯独身で、結婚することも再び子どもを持つことも考えず、ひたすらレオンハルトの為に生きようとしていた娘の決意も知っている。
(レオンハルト皇子への想いが関わっているのであれば、早く復帰したいという気持ちになるのも仕方ないのか・・・) 
 心の中でため息をついたビッテンフェルトが、反対するのを諦めてヨゼフィーネの産休明けからの仕事への復帰を認めた。そして、別の方法を提案する。
「いや、その~、お前がどうしても仕事に復帰したいっていうのなら、それも仕方ないだろう。だが、フェリックスには迷惑をかけないように、違う方法を考えないか?乳母を雇ったり、使用人を置くとかすれば、あいつが育児休暇をとらなくても、夫婦で仕事を続けながらエルフィーを育てられると思うが・・・」 
 ビッテンフェルトはヨゼフィーネの復帰は容認したものの、フェリックスの育児休暇は認めたくないようである。
「ええ、いずれは誰かを雇う事になると思うけれど、今のところ・・・せめてエルフィーが赤ちゃんのうちは、レオンハルト皇子が妹の顔を見に来やすいように、できるだけこのままで・・・。我が家に事情の知らない使用人がいたら、彼は遠慮して来づらくなってしまうでしょう」
「まあ、それも判るが・・・」
(フェリックスが育児休暇をとるのもこの辺が理由か・・・。せっかく奴が苦労して、レオンハルト皇子とフィーネの間が上手くいくようになったんだ。また二人の距離が開くのは避けたいんだろうな・・・)
 そう感じたビッテンフェルトが、別の案を持ち出した。
「だったら、<この家で一緒に暮らす!>というのはどうだ?ここなら、俺もミーネもいるし、ルイーゼだってすぐ駆けつけられる。フェリックスが育児休暇をとらなくても、エルフィーの心配はいらないぞ。それに、この家なら、レオンハルト皇子はテオやヨーゼフと遊びに来ているから大丈夫だろう?」
「それは、そうなんだけれど・・・。でも、やっぱり無理だわ」
「なぜだ?」
 (我ながらいいアイデア!)と自信たっぷりだったビッテンフェルトが、<無理!>という娘にその理由を問う。
「実はフェリックスのご両親からも、同居の申し出があったらしいの。でも、フェリックスったら『即答で断った!』って言って・・・」
「フェリックスが?・・・しかも、即答とは・・・」
(ミッターマイヤー夫妻だってフィーネとレオンハルト皇子の関係を知っているし、理解もある。あの家だったら、皇子だって気兼ねなく顔を出せる筈。何よりミッターマイヤー夫妻は孫のエルフィーを手放しで可愛がっているから、喜んで面倒を見てくれるだろうに・・・)
 ビッテンフェルトは、フェリックスがせっかくの自分の親からの申し出を、夫婦で話し合う事もなく即答で却下した事を不思議に思った。
 それで、娘に訊いてみる。
「お前はどうなんだ?ミッターマイヤー夫妻と暮らすのは?」
「私は、大丈夫よ。仕事を続けたいし、宇宙に行くこともあるから、この申し出は、エルフィーの為にも、むしろありがたいと思っているくらいなの・・・」
「そうか。お前のその気持ちは、フェリックスに伝えたのか?」
「ええ、ちゃんと伝えてあるのよ。でも、フェリックスは『その件はもう断ったから・・・』って、なんだか乗り気じゃないの・・・」
 娘の気持ちを確認したビッテンフェルトが、腑に落ちない様子になる。
「う~ん、何も問題はないように見えるが・・・。フェリックスの奴、どうしてなんだろう?」
「私が思うに、フェリックスは、きっと父上に遠慮したんだと思うわ」
「俺に?」
 自分に原因を振られ、理由が判らないビッテンフェルトが、娘に説明を求めた。
「ほら、私たち結婚したばかりの頃、父上に『この家で一緒に住もう!』って誘われたでしょう。でもそのとき、私たちは父上からの申し出を断った。だからフェリックスは、<自分の実家にも同じようにしなければ!>と思っているのかも・・・」
「そうか・・・。だが、エルフィーが生まれて、あのときとは状況が違うだろう!ミッターマイヤーだって、子供が生まれたお前たちの事を思って言い出したんだろうに・・・」
 娘婿が自分に対する気兼ねから、親からの申し出を断り、大事な仕事まで犠牲にして育児休暇をとる事を選んだと思い込んだビッテンフェルトが、フェリックスを説得してミッターマイヤー夫妻との同居を勧めれば、全て丸く収まると考えた。
「よし、俺がフェリックスを説得しよう!」
「えっ!でも父上、本当にいいの?」
「ん?」
 ビッテンフェルトは、娘の窺うような視線に疑問を感じて、ヨゼフィーネの次の言葉に耳を傾ける。
「私達がミッターマイヤー家に同居したら、エルフィーがあちらに懐いてしまうと思うわ。そうなったら父上、やきもちを焼いたり拗ねたりしない?」
「はぁ~?バ、バカな事を言うな!テオやヨーゼフだってワーレンとこで一緒に住んでいるが、俺が文句を言ったことあるか?」
 呆れ顔で怒鳴った父親に、ヨゼフィーネが慌てて「いいえ!」と言いながら首を振る。
「だろう!お前だって同じさ!エルフィーはミッターマイヤー家の孫だ。その辺は弁えとる!」
 毅然と言い放つビッテンフェルトに、ヨゼフィーネが素直に謝る。
「ごめんなさい、父上・・・」
「親を見損なうなよ!俺は、お前達の幸せを考えている。ただ、それだけだ!全く・・・」
 <ふん!>と鼻息を荒くするビッテンフェルトに、ヨゼフィーネが告げた。
「父上、ありがとう・・・。テオやヨーゼフにエルフィー、そしてレオンハルト皇子も、みんな父上の孫でもあるのよ。一緒に住んでいなくても、どの子もお祖父ちゃんが大好きよ・・・」
 ヨゼフィーネの感謝の言葉に照れた父親は、いつものように娘の頭の上に手をやると母親譲りのクリーム色の髪をくしゃくしゃにして笑った。



 <思いついたら即実行!>のビッテンフェルトは、その日のうちにフェリックスを呼び出した。
 ヨゼフィーネから<私の産休明けからの復帰は何とか認めてもらえたけれど、あなたの育児休暇はどうしても阻止したいみたい・・・>という情報を受けて、仕事帰りのフェリックスは、予め作戦を練ってから妻の実家に立ち寄った
 娘婿の訪問を受けたビッテンフェルトは、単刀直入に話を切り出した。
「フェリックス、俺に遠慮しなくていいから、ミッターマイヤー達と一緒に住んだらどうだ?」
「義父上、突然どうしたんですか?」
「まあな、ミッターマイヤー達も、お前が育児休暇をとらなくて済むように考えて、同居の話を持ち出したんだろう。それを思うと、俺は申し訳なくてなぁ・・・」
 ビッテンフェルトには珍しい殊勝な言い方に、フェリックスがつい用心してガードを固める。
「いいえ、義父上がそのように気遣う必要はありませんよ!親父が私に同居の話を持ち出したのは、フィーネから復帰の話を聞かされる前の事ですから、私の育児休暇が原因という訳ではありません。親父は単純に、エルフィーと一緒にいたくて、同居話を持ち出しただけです。それに、今、あの二人は孫に舞い上がっていますが、暫く経てばいつもの夫婦中心の生活に戻りますよ・・・」
「なんだ、そうだったのか。まあ、ミッターマイヤー達にとってエルフィーは初孫だし、あの目の持ち主だ。夢中になるのも仕方ないだろう・・・」
 四人の孫を持つビッテンフェルトが、余裕の表情を見せる。
「だが、俺としても、お前たちはミッターマイヤー夫妻と一緒に暮らした方がいいと思う。フィーネだって賛成しているし、何よりお前が育児休暇を取らなくても済むだろう?」
「でも、私が育児休暇をとる事は、もう決めてしまったことですから・・・」
 フェリックスが、穏やかに告げる。
「その育児休暇だが、俺は、陛下にも申し訳なくてなぁ・・・。陛下の<フィーネの希望は、出来るだけ叶えるように!>という命令は、もう時効でいいだろう。お前、今更、それにとらわれる事はないぞ!」
(義父上は、俺の育児休暇の件は、それも関係していると思っているのか・・・)
 フェリックスは、昔、アレクがヨゼフィーネの為に下したその命令を思い出した。レオンハルトを身籠っていた頃のヨゼフィーネは、アレクを恨み拒絶していた。その彼女に対して、アレクは贖罪の意味も兼ねて『赤ん坊を産んだ後の事は、ヨゼフィーネの希望に添うように・・・』という命令を下したのである。その<ヨゼフィーネの希望に添うように・・・>という皇帝の命令は、レオンハルトが皇妃マリアンヌに託された後も、ヨゼフィーネが士官学校に入学し軍人になった後も、継続されている。だが、これは限られた者しか知らない極秘の命令であり、ヨゼフィーネ本人も知らないことである。
 確かに独身時代のフェリックスは、アレクのその命令を意識して動いていた時期もあった。だが今は、どちらかといえば夫として<妻の望みを叶えたい!>という自分の気持ちから行動するようになっている。フェリックスは、育児休暇も自分の意志である事を、ビッテンフェルトに説明する。
「それこそ昔は、陛下の希望とフィーネの希望は食い違う事もありましたが、現在<いま>は、二人の希望が一致することが多いのです。二人とも、何よりもレオンハルト皇子の事を大切に思っていますし・・・。私自身が二人の為に役に経ちたいと思っています。私の育児休暇は自分で決めて、陛下の了承を得たうえで申請していますので、父上のお気遣いはご無用です」
「だがな~、我が家かミッターマイヤー家でお前達が一緒に暮らせば、育児休暇をとらなくても済む事なんだろう?」
 このビッテンフェルトの問い掛けに、フェリックスが心の中で(どっちの家ともお断りです!)と突っ込む。
 そのフェリックスの心の声が聞こえたかのように、不意にビッテンフェルトが問い質す。
「お前、ミッターマイヤーと一緒に住むのは嫌なのか?」
「いえ、そういう訳ではありませんが・・・。何しろ私は士官学校に入学して以来、両親とはずっと別々に暮らしています。お互い、生活のペースが違いますし・・・」
 一瞬<ギクッ>となったフェリックスだが、努めて冷静に応じる。
 フェリックスをなかなか攻略できないビッテンフェルトは、今度は情に訴える作戦に変えてきた
「はぁ~・・・。お前の実の父親であるロイエンタールは、誇り高き男だった。先帝への忠誠心だって強かった。なのに、その息子であるお前が、陛下のそばを離れて、赤ん坊の世話に追われる生活を送っていると知ったら、ヴァルハラのいる奴が泣くぞ!しかも、俺の娘の代わりの育児休暇だ。俺はヴァルハラに逝ったとき、奴に合わせる顔がない!」
 ビッテンフェルトの愚痴を聞きながらも、フェリックスは(いや、いつもエルフィーの事、<ロイエンタールの生まれ変わり>って言っているのは誰だよ!義父上の持論だと、ヴァルハラに彼はもういない筈・・・)と再び心の中で突っ込みを入れていた。
「それに、お前のファンクラブのババア達から、あのジト目で見られるのも御免だし・・・」
(俺のファンクラブのババア達?・・・ああ、あの御婦人達の事か・・・)
 ビッテンフェルトが苦手としている年配の御婦人達の集団を思い出したフェリックスが、笑いを堪えながら応じる。
「人の目を気にするとは、義父上らしくありませんよ!それに、義父上はもう引退して社交界から遠のいていますから、あの御婦人達とはそうそうかち合うこともないでしょう・・・」
「う~ん・・・でもなあ・・・」
 まだ納得しきれないビッテンフェルトを、フェリックスが更に説得する。
「義父上、もう時代は変わっいるのです。義父上の知っている帝国軍は男性主体で、女性軍人は一握りでした。でも今は、多くの女性が結婚後も出産後も軍で活躍しています。皇太后が、『女性軍人が結婚しても、安心して仕事を続け、出産後も当たり前に職場復帰できる組織である事を、帝国軍の誇りとしてほしい!』と言って、軍服に妊婦服を加えた事はご存知でしょう?」
「それは知っているが・・・」
「軍の事は上層部に任せている陛下ですが、側近でかつ軍人である私の育児休暇をお認めになったということで、陛下も皇太后と同様の意見をお持ちだとお考えください。どうか義父上も、時代の流れに沿う私の育児休暇を認めて欲しいのですが・・・」
 ビッテンフェルトはフェリックスの力説を聞きながら、(なんだかこいつ、くどい言い方がフィーネに似てきたな・・・)と理屈ぽっくて物事をなんでも理論化する娘の口調に、夫であるフェリックスの話し方も似てきたような感じを受けていた。何となく娘婿にやりこめられそうな雰囲気の中で、突然、ビッテンフェルトの頭の中にあることが閃いた。
「フェリックス、お前、もしかして、ミッターマイヤーにエルフィーを取られるのが怖いのか?」
 いきなり直球をくらったフェリックスが、顔を赤くして弁明する。
「はぁ?ど、どうしてそういう話になるんですか?」
 フェリックスが心の中で深呼吸をしながら、動揺する心を落ち着かせる。
「私が育児休暇をとることは、フィーネは勿論、陛下やレオンハルト皇子の為にもなる事だと、今、義父上に伝えたでしょう!」
 妙な焦りが見えるフェリックスに(もしかして、ビンゴ?)と感じたビッテンフェルトが、更に煽った。
「ふ~ん。陛下のお声がけなら、お前が育児休暇をとるのは仕方ないとしても、ミッターマイヤーとの同居の話は別にいいんじゃないのか?」
 ビッテンフェルトの目的が、<フェリックスに育児休暇をとらせない為、ミッターマイヤー家との同居を勧める>から、<ミッターマイヤー家に同居させる為に、フェリックスの育児休暇を認める>に変化したようである。
「い、いや、そ、その・・・私は、親子三人水入らずの生活がしたいので・・・」
 言葉に詰まりながら言い訳する娘婿に、<フェリックスはエルフィーをミッターマイヤーに盗られないように警戒している!>と感じ取ったビッテンフェルトが、顔をニンマリさせながら言った。
「お前、育児休暇なんかとっても、無駄な悪あがきにしかならないぞ!」
(はっ?なんで、俺が妻と娘のためにとった育児休暇が、悪あがきになるんだ!!)
「エルフィーは父親のお前が立てた<ハルツでの出産>という計画だって無視して、ミッターマイヤーのそばで生まれるのを選んだくらいだ。初めから勝負はついているって!」
(なんだよ、それ!だいいち、エルフィーが産まれたとき、俺もそばにいたんですけれど・・・)
 フェリックスの心の中の警報が、嘗てないほど大きく鳴り響いていた。彼は用心するためにも、念には念を入れる。
「義父上、折角のご配慮を頂いたのに申し訳ありませんが、私はどちらの実家とも、同居するつもりはありませんし、私が育児休暇を取る事も、フィーネが産休明けから仕事に復帰することも変えませんから!」
「そうか・・・判った!」
 ビッテンフェルトの珍しく素直な了解に、フェリックスは一瞬拍子抜けした。
(さすがの義父上も、俺の迫力に負けて引き下がった・・・かな?)と少しばかり引っかかるものを感じながらも、一応この件は<解決>と判断した。



 フェリックスの説得が効いたのか、ビッテンフェルトはその後は育児休暇について何も言ってこなかった。又、それと同じ頃から、あれほど初孫のエルフリーデに執着していたミッターマイヤーの訪問もなくなった。
 気になったフェリックスが、母親に連絡して訊いてみた。
「ウォルフは最近、我が家の庭の改装に夢中なのよ♪」
 エヴァンゼリンがいつものようにまったりと、息子に告げる。
(なんだ、もう以前の親父に戻ってるじゃないか。やっぱり孫フィーバーは一時的なものだったんだ・・・)
 フェリックスは一安心して「落ち着いたらエルフィーを連れて、そっちに顔をだすから・・・」と母親に伝えた。



 ヨゼフィーネが仕事に復帰して、フェリックスの育児休暇が始まった。 
 最初はフェリックスも、育児に戸惑う事が多くて(仕事をしている方が楽かも・・・)と弱気になる事もあった。しかし、ルイーゼ達の協力もあって、何とか赤ん坊との生活のペースを掴んできた。育児にも慣れたころ、ヨゼフィーネの休日を選んで、フェリックスは妻子を伴い久しぶりに実家を訪れた。そして、夫婦は思わぬ光景に目を見張った。
 ミッターマイヤー邸の見事な庭が無残に潰され、その場所にこじんまりとした小さな家が建っていたのだ。まるで手品のようにいきなり現れた家に、フェリックスもヨゼフィーネも驚きのあまり呆然としていた。門で佇む息子夫婦に、エヴァンゼリンが気が付いて近寄ってきた。
「いらっしゃい、フェリックス!フィーネもエルフィーもよく来てくれたわ♪」
「お袋!これはどういう事だい!あの家は?」
 フェリックスが母親に説明を求める。
「あら、あの家は、私達の老後用の家よ!」
 驚いているフェリックスを気にもせず、エヴァンゼリンがほのぼのと伝える。
「ここの庭は、親父が時間をかけて作り上げ、お袋が丹精込めて世話してきた大事な庭だろう。二人して<老後の楽しみ>だって、いつも言っていたじゃないか!」
「いいんだ!俺たちの<老後の楽しみ>は変ったんだから・・・」
 いつの間に来ていたのかミッターマイヤーの声がした。フェリックスが父親の方を振り向くと、ミッターマイヤーはヨゼフィーネが抱いていた筈のエルフリーデを、既にしっかり確保して自分の胸に抱いていた。
「お、親父、それはどういう意味だい?」
「目の前にこんなに可愛らしい蕾があるんだ。この蕾が成長して、年頃になって大輪の花を咲かせるのを見るのが、俺たちの<老後の楽しみ>になった!」
 ミッターマイヤーが孫娘の金銀妖瞳<ヘテロクロミア>の目を見つめて、にこやかに伝える。
 あっけにとられているフェリックスの前に、今度は手にスコップを持ち作業服を着たビッテンフェルトが現れた。
「おう!お前たち、来ていたのか!丁度良かった。今、こっちの家の庭に、エルフィー用の砂場を作ったんだ。ルイーゼもフィーネもよちよち歩きの頃から砂場が大好きだったろう!ここにもあったら便利かと思って、俺が作った♪」
 唖然としている夫婦に、ビッテンフェルトが更に衝撃的な一言を告げる。
「フェリックス、お前、同居は嫌だって言うから隣同士にしたんだ!これならお互い、生活のペースは守れるだろう!」
「へっ?」
 目が飛び出ているフェリックスに、ビッテンフェルトが説明する。
「いやな~、ミッターマイヤーが『夫婦二人に、今の家は広すぎる!』って言うから、俺が『だったら新しく小さな家を作ればいい!』って答えた結果、二人で盛り上がってこうなった♪」
(はあ~)
 言葉がでないフェリックスをスルーして、ビッテンフェルトが娘に問う。
「フィーネ、他にスベリ台とかブランコとかもあった方がいいか?」
「いいえ、父上、お砂場だけで十分よ!」
 なんでも大袈裟にしてしまう父親を知っているヨゼフィーネが、慌ててそれを阻止する。
「ビッテンフェルト!そっちの庭に、今年生まれたエルフィーの記念樹を植えたらどうだろう?」 
 ミッターマイヤーの提案に、ビッテンフェルトが賛成する。
「それはいい考えだ!だが、あまりデカくなる木だと、木登りをしたとき危ないぞ!俺はフィーネが小さいとき、何度ハラハラしたことか・・・」
 そのとき、フェリックスが<娘の記念樹は、父親の自分が決める!>とばかりに主張した。
「親父、エルフィーの記念樹は、可愛らしい花が咲いて、あまり大きくならない木にして欲しい!」
 息子の要請にミッターマイヤーも「うん、女の子だから、花の咲く木の方がいいな!」と頷く。
「では、早速、苗木を仕入れに行こう!」
「おう!」
 話がまとまったミッターマイヤーとビッテンフェルトは、車に乗り込むとあっという間にいなくなってしまった。
 夫から手渡された孫娘を抱いたエヴァンゼリンが、息子夫婦に朗らかに伝える。
「二人とも出かけてしまったから、私達だけでお茶にしましょう!」
 そして、ご機嫌顔で抱かれているエルフリーデに、ニコニコと話しかけながら家の中に入っていく。その二人の後ろ姿を見つめながら、フェリックスは隣にいる妻にボソッと問いかける。
「あの・・・フィーネ、知っていたか?」
「いいえ・・・。でも、父上が、何か企んでいるような気はしていたけれど・・・まさか、こんなに早く・・・」
 勘が鋭いヨゼフィーネだが、彼女の予想を上回る勢いで、二人の祖父の計画は早急に進んだようだった。
「<思いついたら即実行!>の義父上の機動力と、親父の<疾風ウォルフ>の加速度が融合すると、こんなに素早く結果が出るんだ・・・」
 フェリックスは、ビッテンフェルトとミッターマイヤーの二人組に対して、<相談なく勝手に進めていた腹立ち!>を忘れて、<呆れて物が言えない状態!>も通り過ぎ、<ただ感心する!>ばかりだった。
(あの老練な二人がこんなふうにタッグを組めば、俺は太刀打ちできない・・・)
 がっくりと肩を落として、心の中で敗北を認めているフェリックスであった。


<END>


~あとがき~
今回も野生の勘が冴えていたビッテンでした~(笑)
フェリックスのミッターマイヤーへの対抗意識と警戒心を、見事に見抜きました!
自分は避けている勝負に、あえて娘婿を突き落とすのもビッテンらしいです(笑)

フェリックスもビッテンも、ヨゼフィーネやエルフリーデを想う気持ちは同じなんですが、両者全然かみ合っていません(笑)
ビッテンとミッターマイヤーはさすが長年の僚友です。バッチリと息が合っていました!
グロスファーター達のダブルパワーに、新米ファーターのフェリックスはタジタジです。
結局、ロイエンタール家とミッターマイヤー家はお隣さん同士となりました。
(世間で俗にいう敷地内同居ですが・・・)