魔法使いの弟子

 ビッテンフェルトの愛妻アマンダが、二人の娘を残してヴァルハラに召されてから一年近く過ぎていた。
 幼いヨゼフィーネを残して旅立った母親の想いを察し、姉のルイーゼを始めミュラー夫人のエリスや住み込みの家政婦のミーネも母親代わりを務めようと一生懸命であった。ヨゼフィーネはそんな家族の温かい愛情に包まれ、母親がいないということを除けば以前と変わらない日々を送っている。
 ビッテンフェルトは、母親にベッタリだったヨゼフィーネの精神的なショックを心配していた。だが周りが思っていたより早く、ヨゼフィーネは母親の死を受け入れたらしく、ごく普通に過ごし父親をほっとさせている。
 とかくビッテンフェルトは亡き妻の面影がありありと映るヨゼフィーネを、それこそ「目の中に入れても痛くないであろう!」と周囲から囁かれるほど可愛がった。
 今夜も父親は、自分の寝室に行く前に娘達の部屋の様子を伺ってみる。母親のいない生活に慣れたように見えるヨゼフィーネだが、夜は心細くなるらしくルイーゼやミーネのベットに潜り込んでいることも多い。
 予想道理ベットにはヨゼフィーネの姿はなく、ビッテンフェルトは姉の部屋も覗いてみるが、そこにはルイーゼだけが静かに寝ていた。
(今夜はミーネのところか・・・)そう思いながらビッテンフェルトは、自分の寝室に向かった。そしてベットを見た途端、彼は思わず顔をほころばせた。
 妻のアマンダが逝って以来広く感じるそのベットに、今日は大小のぬいぐるみが所狭しと並べて置いてあり、それらに囲まれた真ん中でヨゼフィーネが子猫のように丸まって寝ていたのだ。
「おいフィーネ、これじゃファーターの寝るところが無いじゃないか・・・」 
 ビッテンフェルトは苦笑いしながら小さく呟き、ぬいぐるみ達を移動させる。ようやく自分の寝場所を確保したビッテンフェルトが、小さな天使の隣に横たわる。小さな寝息を立てているヨゼフィーネの顔に、母親譲りのクリーム色の髪が掛かっていた。ビッテンフェルトはその髪をかき上げてやり、可愛い娘の寝顔を確かめる。
「ムッター・・・」
 不意に聞こえたヨゼフィーネの寝言に、ビッテンフェルトがはっとした。
 (アマンダの夢でも見ているのだろうか・・・)
 ヨゼフィーネは以前のように「ムッターに逢いたい!」と難しく駄々を捏ねることは無くなった。アマンダを忘れた訳でもあるまいが、母親の事をすっかり口にしなくなったのである。しかし、まだ母親の恋しい年頃である。
(母親への想いを我慢しているのだろうか?)
 ビッテンフェルトは目の前の小さな娘を、ずっと不憫に思っていた。
(アマンダの思い出話は、フィーネにとって母親への恋しさを募らせることになってしまい、却って辛いかもしれない・・・)
 そう考えたビッテンフェルトは、ヨゼフィーネから母親の事を訊かれるまでは、アマンダの話はせずそっと見守ることにしていた。
 勿論、ヨゼフィーネは母親の事を忘れた訳ではない。ただ、自分が「ムッターに逢いたい・・・」と告げるたびに、父親や姉の顔が一瞬悲しそうになるのを、ヨゼフィーネは自覚してしまったのだ。
 ビッテンフェルトもルイーゼも、ヨゼフィーネの前では笑顔で明るく振る舞い、決して寂しさを表に出したことはなかった。しかし、赤ん坊の頃から神経質なところがあったヨゼフィーネは、父親や姉の表面に出ない感情まで敏感に感じとってしまったらしい。
(ムッターのことを聞くと、ファーターもおねえちゃまも辛そうだ・・・)
 そう思い込んでしまったヨゼフィーネは、ビッテンフェルトやルイーゼに母親の事を訊くのをやめた。そして、自分の心のなかでだけ、逝ってしまった母親への想いをひっそりと募らせていたのだ。
 普段のビッテンフェルトなら、そんなヨゼフィーネの微妙な心理にすぐ気が付く筈である。ビッテンフェルト本人は自覚していないかも知れないが、彼は本能的というか野性的な勘がよく働き、そしてその対応も素早い。
 しかしこの頃のビッテンフェルトは、自分の中の愛妻アマンダを亡くした哀しみを乗り越えることに必死で、まだ周りを見通す気持ちに余裕が無かったのだろう。覚悟していたといえアマンダの死は、ビッテンフェルト自身が想像していた以上の衝撃で、なかなか気持ちの整理が付けられずにいた。
 従ってそんなヨゼフィーネのいじらしい思いやりに、まだ誰も気づくことが出来なかった。



 ある晴れた日、公園を散歩しているフェルナーの耳に、低く抑揚のないあの懐かしい声が聞こえた。
(オーベルシュタイン閣下?)
 一瞬、耳を澄まして周りを見渡したフェルナーだが、すぐ我に返って苦笑いする。
(バカな・・・。どうもフェザーンに来ると閣下を思い出してしまうらしい。ここはあの人の思い出がありすぎる・・・)
 一度は足を止めたフェルナーだが、再び歩き始める。
『フェルナー・・・』
 忘れられない声がもう一度聞こえる。またもやフェルナーは立ち止まり、今度は真剣に辺りを見回した。
 静かな空間の上の方から、風に乗って微かに子供の泣く声が聞こえる。だが下にいるフェルナーからは、葉の緑に覆われた木の上の様子が判らない。
「おい!誰か、いるのか!」
 フェルナーが泣き声のする方に向けて一声叫ぶと、声が止まりシーンとなった。
(もしかして、木登りした子供が降りられなくなって泣いているのかも・・・?)
 木の上に誰かがいると確信したフェルナーは、枝を伝って木を上り始めた。


 新緑に囲まれた高い場所にチョコンと座っていた幼い女の子が、枝の間から顔を出したフェルナーと目が合った。泣いていたであろう潤んだ蒼色の瞳を持つその子は、警戒を露わにしてフェルナーの顔を覗き込んでいる。
「やあ!君、一人かい?」
(まさか、こんな小さな女の子が自分一人で登ってきたのかな?)
 驚き顔のフェルナーが尋ねると、女の子はコクンと頷いた。
(全く・・・。子供というのは、大人が考えつかない行動をするものだ!)
 子持ちでもない癖に、何故だか経験から基づいたような思考になっているフェルナーである。
「怖くなって降りられなくて、泣いていたのかい?」
 フェルナーの問いに、女の子が目つきを険しくして警戒する。
「あなた誰?『知らない人とお話しては駄目!』って、ファーターから言われているの」
「そうか。・・・それじゃ、自己紹介しよう!そうしたら知り合いになるだろう?」
 フェルナーは人なつっこい笑顔でその女の子にウィンクし、枝の太さを確かめてその子の隣に腰掛ける。
 普段から<笑っていても目は決して笑わない>と評されるフェルナーの、周囲には絶対見せない珍しい笑顔だ。そんなフェルナーに何か感じるところがあったのか、女の子の表情から警戒心が消え、微かに笑みが浮かび始めた。
「俺はアントン・フェルナー、君は?」
「私はヨゼフィーネ・ビッテンフェルト。みんなは、フィーネって呼んでいるの!」
(ヨゼフィーネ・ビッテンフェルト・・・もしかしてこの子は?)
 フェルナーはヨゼフィーネの顔をまじまじと見つめた。
(間違いない。この子の顔はアマンダにそっくりだ・・・)
「そうか。じゃ俺も、君のことをフィーネって呼ぼう!」
 フェルナーは目の前に広がる青空を見つめて、大きく深呼吸をする。そして、隣に座っているヨゼフィーネに尋ねた。
「この場所は、空がよく見えて気持ちがいいな~。でも、ちょっと高すぎて危ないぞ!・・・フィーネは、どうしてここまで来たのかな?」
「あのね・・・、おねえちゃまがいつも『お空でムッターが見守っている!』って言っているの。だから、ムッターのお顔が見たくて・・・」
「そうか・・・。フィーネは、ムッターに逢いたいか?」
「うん!だって、ファーターもおねえちゃまも他のみんなも、ムッターの事ちゃんと覚えている。でも、フィーネだけが声もお顔もよく覚えていないの。フィーネは、ビデオや写真で見るムッターの同じ顔しか思い出せない・・・」
 泣き出しそうな顔を必死に堪えているヨゼフィーネの様子に、フェルナーは頭を撫でて優しく話す。
「だからフィーネは、空に近い高~い木の上に、頑張って登ってきたんだな」
「うん。でも・・・やっぱり見えなかった」
 俯いてしまったヨゼフィーネの頭を、フェルナーは軽くちょんと突いて悪戯ぽっく笑って告げる。
「よし!俺がムッターに逢える方法を教えてやろう!」
「えっ、本当!」
「ただし、その前にこの木から降りるのが先だ。さあ、俺に捕まって!」
「うん♪」
 ヨゼフィーネはフェルナーの差し出した手を掴んで、ニッコリ微笑んだ。人見知りが激しいヨゼフィーネが、初対面からこんなふうにうち解けるのは珍しい事である。


 木の上にいた二人が降りていく途中、ふと下を向いてしまったヨゼフィーネはその恐怖に固まった。登っているときは夢中で気が付かなかった高さを、降りる際に初めて自覚したらしい。
 顔をこわばらせたヨゼフィーネが、フェルナーの体にしがみつく。まるで動物が自分の子供を抱っこしているような状態に、彼は思わず笑いが零れる。
 何とか無事下に辿り着いたヨゼフィーネは、ようやく安心した表情になった。そして目の前のフェルナーを、期待の眼差しでじっと見つめる。
 フェルナーはそんなヨゼフィーネに微笑みながら中腰になり、彼女の目線に合わせて話しかける。
「・・・フィーネ、ムッターに逢いたくなったら鏡を見るんだ!」
「鏡?」
 待ち望んでいたフェルナーの言葉は、意外な事でヨゼフィーネが不思議な顔をする。
「フィーネはムッターによく似ている。髪や瞳の色も同じだし、顔がそっくりなんだ。大きくなればもっと似てくる」
「おじさん・・・、おじさんは、ムッターを知っているの?」
「だって俺は、空にいる君のムッターから頼まれて、ここに来たんだもの!」
「えぇ~!」
「アマンダから『娘のヨゼフィーネが高い木の上にいて危ないから、下に降ろして欲しい・・・』って頼まれたんだ」
「まさか!本当?」
「嘘ではないよ!俺の目を見てごらん」
 ヨゼフィーネがフェルナーの濃い碧色の目を見つめる。その瞳の奥からは宇宙のような果てしなく広がる空間を感じる。
 不思議な魅力が漂うフェルナーに、ヨゼフィーネは(このおじさん、本当にお空に住んでいる人かも?)と思ってしまった。
「ムッターから君の事は聞いているぞ~。君のファーターは軍人さんで、オレンジ色の髪をしているだろう。それにルイーゼというお姉ちゃんもいる。ルイーゼの髪と瞳の色は、ファーターにそっくりだよな!それに優しいミーネおばさんやミュラーおじさん、エリスねえさんも君の傍にいる」
 初対面なのに自分の身近な人の名前を次々言い当てるフェルナーに、ヨゼフィーネは目を丸くして問いかけた。
「・・・おじさんは魔法使いなの?」
「えっ!魔法使い?・・・はは、残念ながら、俺は魔法使いではない。でも、魔法使いの弟子かもしれないぞ!」
「お願い!ムッターのこと教えて頂戴!フィーネ、ムッターのこと、なんでもいいから知りたいの!」
 必死な表情で母親の事を尋ねるヨゼフィーネに、フェルナーは意外そうに尋ねた。
「ムッターの事は、ファーターが一番よく知っていると思うが・・・」
「でも・・・」
 ヨゼフィーネの戸惑う様子に、フェルナーが質問する。
「ファーターに訊きづらいのかい?」
「・・・ファーターやみんなを悲しませたくないの・・・」
「なぜ?アマンダの事を訊くと、みんなは悲しむのかい?」
「ううん、違う・・・。でもみんな、お顔は笑っていても心は何だか悲しそうなの」
「・・・そうか。フィーネは優しい子なんだな・・・」
(この子は顔や姿がアマンダ譲りだが、感受性の強いところも似ているらしい・・・)
 フェルナーは、生前のアマンダを思い出していた。
「フィーネ、思い切ってファーターに訊いてごらん?きっと、もう大丈夫さ!みんなにアマンダの事を話してもらうと、フィーネの心の中でムッターに会えるんだぞ!」
「心の中で、ムッターに会えるの?」
「そうだよ、試してごらん!」
 ちょっと考え込むような様子になったヨゼフィーネを見て、改めて生前のアマンダの姿を思い浮かべるフェルナーであった。
「さぁ、フィーネ、家に帰ろう!みんな心配しているぞ」
「うん、でもちょっと休んでから・・・。何だか疲れちゃった」
 ヨゼフィーネは力が抜けたみたいに、近くのベンチに座り込んだ。
(無理もない。こんな小さな子が、母親の顔を見たい一心であんな高いところまで木登りしたんだ。自分でも気が付かないうちに、相当力が入ってたんだろう・・・)
「よし、俺がオンブして家まで連れていってやろう!」
 ヨゼフィーネを背負ったフェルナーが、ビッテンフェルト家に向かって歩き始めた。
 <子供には縁がない>と自他共に認めるフェルナーにとって、幼い女の子を背負うなど初めての事であった。軍人時代から上官オーベルシュタイン元帥同様、周りから厳しい評価をされていたフェルナーの滅多に見られない構図である。
 フェルナー自身、小さな子供を背負うという未知な経験に、少し違和感を感じていた。しかしそれは、不思議なことに不快なものではなかった。むしろ背中の小さな温かさに心地よさを感じ、まんざらでもない気分になっていた。そして、そんな自分に一人苦笑いをしているフェルナーであった。
 フェルナーに背負われたヨゼフィーネは、その背中の気持ちよさにいつの間にか眠ってしまっていた。



 その頃、ビッテンフェルト家では大騒ぎになっていた。
 ヨゼフィーネの姿が見えなくなったとミーネから連絡を受けて、エリスもビッテンフェルト家に駆け付けていた。
「こんなに捜してもいないのだから、誘拐ということも視野に入れておいた方がよいのでは・・・。ビッテンフェルト元帥にもお知らせして、その対策を練っておきましょう!」
 あちこち捜した衛視は、焦った様子でエリスに申し出る。
「でも、ヨゼフィーネは人見知りの強い子だから、知らない人に付いていったりするようなことはないと思いますよ。もう少し様子を見ましょう」
 うろたえている衛視を見て、エリスは普段はあまり意識していないが、ルイーゼとヨゼフィーネが、<国家の重臣・ビッテンフェルト元帥の子>ということを改めて感じていた。
 そんな二人の目の前に、ヨゼフィーネを背負ったフェルナーが現れた。衛視は顔色を変えて、不審者と見なしたフェルナーに飛びかかろうと身構える。
「大丈夫!この方は怪しい人ではありません!私やビッテンフェルト提督の古くからの友人です」
 エリスは慌てて血気盛んな衛視を止める。
「やあ、エリス!公園で珍しいものを拾ってきたよ」
「お久しぶりです、フェルナーさん。フィーネ、公園にいたんですか?」
 フェルナーの背中でぐっすり眠り込んでいるヨゼフィーネを見つめながら、エリスが微笑む。
「公園!・・・私も何度も探したのですが・・・見逃していたようです」
 申し訳なさそうに衛視がエリスに謝る。
「フィーネは無事見つかったのですから、もう気にしないように!小さな子供というのは、大人が想像もつかない所にいることがあるものですし・・・」
 落ち込んでしまった衛視を、エリスが慰める。
「全くだ・・・」
 フェルナーも苦笑いしながら同意する。
 こうしてビッテンフェルトの二番目の娘ヨゼフィーネは、小さな冒険を終え、無事自分のベットに帰還したのである。



「何年ぶりでしょう?フェルナーさん、いつこちらに戻ってきたんですか?」
「少し前だ。だが、また仕事で留守にする」
「・・・忙しそうですね。それにしても、よくフィーネを見つけてくださいました。あの子が行きそうなところ、みんなで捜したんですよ。フィーネは一体、どこに隠れていましたか?」
 フェルナーはヨゼフィーネが高い木の上にいたことは告げず、エリスに別のことを伝えた。
「エリス、この子の前でアマンダの思い出を話してやれ・・・。お前達の思い出とフィーネの記憶が一つになるくらい何度もしつこくな!そうすれば、フィーネの母親への思い出も少しは色づくだろう」
「・・・フィーネはアマンダさんのこと、なにか言っていましたか?」
 少し顔色を変えて、エリスが尋ねる。
「あぁ、俺に『母親の事を思い出せないのが悲しい・・・』と言った」
「まぁ・・・。アマンダさんが亡くなった頃のフィーネは、その死を理解できないくらい幼かったんです。母親のことをよく覚えていないのも、無理もないのですが・・・」
「辛い思い出は忘れた方がいい。だが、この子は母親への思いをずっと抱えていたいんだ・・・。お前達がアマンダの事を忘れないのと同じように、顔や声をリアルに覚えておきたいんだ」
「・・・判りました、フェルナーさん。私、今までこの子の前でアマンダさんのことを話すと泣きそうになってしまって・・・。でも、これからは私の知っているアマンダさんをフィーネにたくさん話します。ルイーゼやミーネさん、それからビッテンフェルト提督にもこのことを伝えて、この子の中の母親を生き生きとした鮮やかな思い出にさせます!」
「そうしてやれ・・・」
 フェルナーが少し微笑む。
「ところでフェルナーさん、今晩うちに泊まっていきませんか?ナイトハルトも喜びますし、久しぶりにゆっくりとお話をしましょうよ」
「冗談じゃないよ!そんな事をすれば、ミュラーにフェザーンに来たことがばれてしまうだろう。会う度に落ち着けってうるさいんだから、今日はこのまま退散するよ。それに此処に住んでいなくても、待っている女はたくさんいるんだから、寝る場所なんていくらでもある!」
「相変わらずですね。でも、私にはちゃんと居場所を知らせてくださいね!」
 いつもどこにいるのか判らないようなフェルナーの生活振りを、エリスが心配する。
「気が向いたらな!」
 フェルナーはそう言って笑うと、そのままエリスの前から立ち去った。



 その夜、エリスから今日の出来事を聞いていたビッテンフェルトは、帰宅するなりヨゼフィーネの部屋を訪れた。
「フィーネ、まだ起きているかい?」
「あっ、ファーター、お帰り♪今日お昼寝いっぱいしちゃったから、まだ眠くないの。だから、眠くなるまで絵本を読んで頂戴!」
「よ~し!今夜は俺がフィーネとお話をしよう!」
 可愛い娘の頼みに、父親は目を細める。
「だが今日は、絵本ではなくてこれを見ながらお話をしよう!」
 ビッテンフェルトは手にした一冊のアルバムを、ヨゼフィーネに見せた。
「これ、なに?」
「これに、いろんな顔のムッターがいるんだ。これを見ながらムッターの思い出話をしよう!」
「・・・ファーター、ムッターの事思い出すと悲しくならない?」
 ヨゼフィーネは、父親の顔を覗き込むように見つめた。
「フィーネ、ファーターはもうムッターがいない事を悲しんではいないぞ!」
 心配そうなヨゼフィーネに、ビッテンフェルトはにっこり笑ってみせる。
「ファーターはお前が思っているよりずっと強いんだぞ!だからフィーネは、もう我慢しなくてもいいんだ・・・。これからは、ムッターの思い出話をたくさんしよう!」
「本当?・・・」
「ファーターが知っているムッターの事を、フィーネにも知って貰いたい」
「嬉しい♪ありがとう、ファーター!」
「・・・礼を言うのはファーターの方だ」
「?」
 不思議そうな顔になったヨゼフィーネの頭を撫でながら、ビッテンフェルトが話し始めた。
「フィーネ、今までムッターの思い出を話さずにゴメンよ・・・。俺はファーターなのに、お前の本当の気持ちに気がつかなくてすまなかった。これだと、ファーター失格だな・・・」
「ファーターは悪くないよ!」
 寂しげに謝る父親を見て、ヨゼフィーネが涙ぐむ。ビッテンフェルトは、そんな顔をすると一段と亡き妻にそっくりになるヨゼフィーネを見つめる。
「フィーネ、ファーターが大好き!」
 クリーム色の髪を弾ませて小さな娘が、父親の胸に飛び込んできた。


 ビッテンフェルトとヨゼフィーネの楽しい時間は、あっという間に過ぎていた。いつの間にかヨゼフィーネの心の中に、忘れかけていた母親アマンダの姿が確かな映像として浮かんでくる。今夜のヨゼフィーネは、母親を身近に感じて幸せいっぱいだった。
(あのおじさんの言うとおり、心の中でムッターに逢える♪)
 ヨゼフィーネは、フェルナーから言われた言葉を思い出した。
(あれ~。・・・もしかして、公園でのことは本当の事だったのだろうか?)
 実はヨゼフィーネはさっきまで、フェルナーとの出会いは夢のなかでの出来事と思いこんでいた。フェルナーの背中で眠り込んでしまったヨゼフィーネは、目覚めたときは自分のベットにいた。その為、フェルナーとのことは夢なんだと思い込んでしまったのだ。だが、いろいろ思い出しているうち、何だか本当にフェルナーに逢ったような気がして、自分でも夢だったのか現実だったのかよく判らなくなってきた。
(あれは夢?それとも本当?どっちだったんだろう・・・)
 そんな事を悩んでいるうち、さすがのヨゼフィーネも眠くなってきた。
(・・・もしかしてあのおじさんは、本当に<魔法使いの弟子>だったのかも知れない・・・)
 半分眠りかけていたヨゼフィーネの頭の中に、箒に乗って空を飛んでいるフェルナーの姿が浮かんでいた。

<END>



~あとがき~
久しぶりに彷徨える亡霊・オペさん&フェルナーを登場させました。
個人的には、魔法使いはオーベルシュタインで、フェルナーはその弟子という感じですかね(笑)
歌手の<さだまさし>さんの歌に「魔法使いの弟子」という曲があります。
詩の中にある父と子のやりとりが、とってもほのぼのとして好きなんですよ(笑)
その歌を思い浮かべながら、このお話を書いていました。