副官オイゲンの呟き(黒色槍騎兵艦隊の日常)

 黒色槍騎兵艦隊の司令官であるビッテンフェルト提督が<出来ちゃった結婚>をして2ヶ月ほど経った。
 司令官を敬愛する若き兵士達が「我も司令官に右習え!」とばかりに色めき始めているものだから、男気の強かった黒色槍騎兵艦隊全体に何だか春が来たような華やかさが出てきた。


 相手が決まっている場合はそのまま子作りに励み、うまくいけばビッテンフェルトと同じく<出来ちゃった結婚>に持ち込めるだろうが、そんな彼女がいる兵士はほんの一握りである。殆どの兵士達が、まず彼女を見つける事から始まっていた。
 戦場では勇猛で名の知れた黒色槍騎兵の面々であるが、女性との付き合いと言えば次の通りである。


 <苦情その1・カクテルバーの主人の場合>
 その日は、黒色槍騎兵の兵士のあるグループと、友人の紹介でやって来た若い女性達との合コンが行われる筈だった。待ち合わせのしゃれたカクテルバーを訪れた女性達は、店に一歩足を踏み入れた途端、血の気を引かせて後ずさりしてしまった。
 『3対3の計6人で軽く飲みましょう』の筈だったのに、集まっていたのは店から溢れんばかりの軍服の男達・・・。
「やあ、すいません。手違いで男性の人数が多くなってしまいました。・・・構いませんか?」
 私服組の三人が爽やか笑顔でフォローして言ってみるが、顔を引きつらせた女性達は、熱気ムンムンの店の中に入る事も無くそのまま立ち去ってしまった。
(私服組は今日の合コンの予定者で、その他大勢の軍服組は噂を聞きつけて紛れ込んだ輩らしい・・・)
 後には、飲んで暴れ、お互いを罵る泥仕合いが残された。
 次の日、黒色槍騎兵艦隊にカクテルバーの主人から、店の修理代として多額の請求書が送られてきた・・・。


 <苦情その2・ワーレン元帥の場合>
 ビッテンフェルトの奥方が元軍人だったということで、帝国軍の数少ない女性兵士達に黒色槍騎兵の兵士達がまとわりつくようになった。特に軍務省に勤務する女性達は人気が高く、帰り際を狙って入り口で待つ続ける様子は、まるでアイドルを待つファンクラブのようだった。
 そんな中、軍務省に所属する兵士が黒色槍騎兵の兵士達にぼやいた一言がきっかけで、小さな口げんかが起こった。それは、瞬く間に軍務省対黒色槍騎兵艦隊の大きな争いになってしまった。
 そんな時、たまたま軍務省を訪ねて来たワーレンに、玄関先での二つのグループの一発触発の光景が目に入った。驚いたワーレンは、すぐさま事態を収拾するため仲裁に割って入った。対峙する軍務省陣営と黒色槍騎兵陣営の間を睨みを利かせて歩くさまは、かつてのハイネセンでの乱闘を思い出す迫力である。
 しかし、素早く情報収集した副官からこの騒ぎの原因を知らされたとき、ワーレンは一気に体から力が抜けてしまった・・・。
(どうして俺はいつもこういう役回りなんだぁ~。ハイネセンの時もそうだった。いや、士官学校の時も・・・昔から騒ぎの張本人のビッテンフェルトは、蚊帳の外で呑気に過ごして、巻き込まれた俺はいつもこうして後片付けをさせられる。なんでタイミング良く、こんなくだらない争いを見てしまったのか・・・)
 さっきまでの威厳は消えてしまい、副官に「後は任せる」と言って力無く去っていくワーレン元帥を二陣営は呆気にとられて見送った。
 肩を落として立ち去る上官を見送った後、我に返った副官の「解散!解散!」という大声で、すっかり冷静を取り戻してあほらしくなった軍務省陣営は速やかに立ち去った。そして、敵(?)が引いたのを見届けた黒色槍騎兵陣営も立ち去った。
 後ほどこの一件を聞いたオイゲンは、ワーレン元帥とミュラー軍務尚書の元に、すぐさま陳謝の為出向いた。
 そして、艦隊全体に“ストーカーと間違えられるような行為は慎むように!”との通達を出した。


 <苦情その3・結婚相談所の場合>
 軍の中では女性との出会いが少なすぎるということで、一部の兵士達はフェザーンにある結婚相談所に足を運んだ。やはり“餅は餅屋で”と言うとおり、そこは定期的にパーティーや簡単なお茶会など様々な出会いの場をもうけていた。
 そんな会場に登場したのは、気合いを入れるためと<まむしドリンクやユン○ル>などの栄養ドリンクを飲みすぎて血走った目になっている黒色槍騎兵艦隊の兵士達・・・。(何を考えているのやら・・・うまくいけばそのまま子作りでもしようというのか・・・)
 当然、相手の女性側は不気味がって、交際が始まるどころではない。そんな兵士達の登場が回を重ねるに従って、結婚相談所に怖がる女性達から苦情が殺到した。挙げ句の果ては、<黒色槍騎兵艦隊=飢えた狼集団>という不名誉な噂まで立つようになってしまった。
 そこで結婚相談所は、会員の黒色槍騎兵の兵士達に入会金や会費を返上して退会を願い出た。その後、結婚相談所の内部に“黒色槍騎兵の兵士が入会希望に来た場合は却下せよ”という暗黙の規定ができてしまった。


 不器用で何ともどんくさい男達だが、皆、真面目で真剣だった。
 日が経つごとに、黒色槍騎兵艦隊の春めいた華やかさは消え、代わりに何やら殺気立った異様な雰囲気が漂ってきた。
 幕僚会議では、訓練計画の議題がいつしかこの異様な事態をどうするべきかにとって変わった。
(このままではいけない。我が艦隊の品位を疑われてしまう・・・。やはり、ここはあのお方に登場して貰わないと・・・)
 翌日、オイゲンはある作戦を決行した。

  

「どうしたのだ?オイゲン、じろじろ俺を見て・・・」
「あの~、ビッテンフェルト提督は最近、少しお太りになられましたか?」
「な、なんだ!?」
「軍服がきつく感じませんか?」
「いや~」
「そもそも、結婚した男性が太り始めるというのはよくあることです。規則的に食事を取るようになりますし、奥さんを気遣って食事を残すということもしませんからね~。ましてや、最初の頃というのは奥方の方も食事作りに一生懸命ですし・・・」
(うちの家内もそうだった。しかし、月日が経ち今となっては・・・はぁ~)
 オイゲンは今の我が身を振り返り、心の中で溜息をついてしまった。
「提督の場合、上背があるうえ横幅もとなると、既成のサイズがなく<特注>になりますから、早めに注文しておかないといざというとき間に合わなくなりますよ」
「な、な、なんなんだ、オイゲン!!こ、この俺が太るというのか!」
「はい、何だかそんな感じが・・・」
「バ、バカいえ、この俺が太るわけないだろう・・・」
 顔を赤らめ、むきになってビッテンフェルトは否定した。
「でも最近、トレーニングジムにも顔を出していないようですし・・・」
「うっ!・・・」
(確かに最近、忙しくて運動していない。ルイーゼの前では、煙草を吸わないから本数が減っている。アマンダが作ってくれる料理は、残さず食べている。・・・う~ん、太る要素はあるな・・・)
 ビッテンフェルトの頭の中に、太った自分が浮かび上がってきた。
「・・・オ、オイゲン、俺は明日から昼休みはジムに行くぞ!」
「御意!」(にやり!)


 ビッテンフェルトが昼休みトレーニングジムに通っているという噂は、あっという間に黒色槍騎兵艦隊を駆けめぐった。
 敬愛する司令官に<右習え>とばかりに、兵士達のジム通いが始まり、『筋肉を鍛える』ということが黒色槍騎兵艦隊のブームになった。
 得意分野のブームとあって兵士達はトレーニングに燃えて、<出来ちゃった結婚>への意欲が薄れたかのようであった。もともと出会いが少なく相手を捜す事に大分疲れていたし、結婚という高い目標に意欲を無くしてきたのも無理ないことだろう。
 黒色槍騎兵の兵士達の若き青春のエネルギーは、スポーツの汗となって解消され、<飢えた狼集団>という噂もいつしか聞こえなくなった。
 作戦は的中した。


 後日、オイゲンは自分の作戦の効果に満足し「これでよし!」と呟いたのであった。


<おしまい>


~あとがき~
ひたむきなのか、おバカなのか判らない黒色槍騎兵艦隊の面々です(笑)
(多分、他の麾下の方々から見れば後者ですね・・・)
幸せ太りって確かにありますよね~。
それを盾にビッテンを操縦したオイゲンさん・・・お見事です(笑)

注)このサイトでは、ミュラーさんは亡きオーベルシュタインの後任の軍務尚書になっています。あしからず・・・