祝福

「アウグスト!
結婚して初めて新居に入るときは、夫が妻を抱きかかえて入るものよ!」

ハネムーンから帰って、そのまま家に入ろうとした俺に、
君は少しふくれた顔で告げた

「えっ、そういうものなのか?」
俺は彼女の背中に手を当てて抱き上げた
「これでいいかい、奥さん?」

にっこりと笑った君と目があった瞬間、
ザワザワと風が吹いて、庭の銀杏の葉が辺り一面に舞い散った
俺たちは、黄色の世界に包まれた

「この銀杏の木、私達を祝福しているみたい!」
嬉しそうに君が微笑んだ




息子が産まれたとき、医者から祝福の言葉はなかった
「残念です・・・」
暗い顔で、ひと言告げられた

分娩室で、
先ほど逝った君と産まれたばかりの息子と
最初で最後の親子三人の時間を過ごす

・・・自分の心が掴めない・・・

どれほど時間<とき>が経ったのだろう
軽く肩を叩かれ、はっとなった

「大丈夫か?」
親父だった
お袋が、俺の腕の中の赤ん坊を見つめて、目に涙を浮かべていた

「強く生きるんだ!」
「ムッターの分まで幸せになってね」
初めて対面した孫に、二人は励ましの言葉をかけていた

看護師が赤ん坊を引き取りに来たとき、お袋が慌てて俺に頼んだ
「お願い、アウグスト!
坊やに、母親と一緒の写真を撮ってあげて・・・」

眠るように逝った妻の横に、赤ん坊を寄り添わせた
そして、一枚だけ写真を撮った




妻の葬儀を終え、俺は心に穴が空いたまま
赤ん坊の退院を迎えた
俺に抱かれた息子が、初めて我が家にやってきた

家に入ろうとしたとき、ふんわりとした風が流れ
庭の銀杏の葉が、辺り一面に静かに舞った
まるで、あの日のように・・・

『ほら、銀杏の木が、
あなたと坊やの前途を祝福しているのよ』
君の声が聞こえた




「アウグスト、この写真を見て頂戴!」
お袋が呟いた

息子が産まれて、君が逝った日
分娩室で撮った最初で最後の、たった一枚の母子の写真

写真の中の君は微笑んでいた!
まるで生きているように・・・
嬉しそうな、満足そうな、母親になった君の笑顔

・・・そうか・・・

もう、安心していいよ
君の気持ちは、判ったから・・・

悲しむのは、終わりにする!
君は幸せに逝ったんだ
妻の死と息子の誕生を、切り離そう
この二つは、別の出来事なんだ!

君を失った俺が、いつまでも悲しんでいる
落ち込んだ俺が、いつまでも苦しんでいる

だから、誰も、子供が生まれたのに
<おめでとう>と言えないのだ・・・

大丈夫だ!
俺は、気持ちを切り替える
そして、少しばかり遅れたけれど
父親として、息子の誕生を心から祝福しよう


<END>


~あとがき~
ワーレン閣下の、<奥様と息子への想い>を作品にしてみました。
原作にあった彼の私生活、<五年前に結婚した。一年後、男児が産まれ、難産で妻は死んだ>から妄想しました。
尚、ワーレン夫妻の結婚した季節を、勝手に<秋>にしました!
(原作に書かれていないところを、自分の都合で設定してしまうのは私の得意技~^^;)
息吹10で、ワーレンが自分の妻の話をして、アマンダを亡くしたビッテンを励ましています。そのあたりとリンクしている作品でもあります。
奥さまの気持ちを大事にしたワーレン閣下でした。

※このお話は、昔、あるサイト様の企画に応募した作品で、当時は四部作のイラストにお話を添えるという形でした。
イラスト部屋に置いてあったのですが、サイトの規模を縮小した際に引っ込めてしまいました。
今回、文章主体で当時のイラストの一部のみを添えてリメイクしてみました。