ATO-X
ACT.2
「ね、最近崇どうしたの?僕、さらに認識されなくなってきたんだけどさー」
哲がぼやく。
浦田抜きで音合わせしていた二人だったが、肝心のボーカルがいないのでは、透に聞かせても仕方がない。
必然的に手を休めて口が動くことになる。
まぁ、揃っていればいたで、やっぱりおしゃべりの方に花が咲くことになるのだが。
浦田は主に聞き役だから二人だけになっても語られる言葉の数には変化はないが、何かが足りない。
「話し掛けても横にいないんだよね。振り返ってもどこかに逃げてるしさ。
・・・そのくせ木崎とはしっかり話してるんだよねっ!ずるいよ」
キーボードで遊ぶ手をとめてドラムセットの前に行って思いっきり、ドンッ!!と
バスドラを蹴りつけジャッ、ジャッ、シャー−ーン!とハイハットで締めくくる。
一種八つ当たりな扱いにドラムセットに同情しながら、木崎は空いたキーボードのスペースに移動する。
少し考えたのち、即興で適当にバラードっぽい曲を弾きはじめてみる。
浦田が何を考えてるのかなんて分からないようで結構単純だ。
行きたいから行かない。
話したいから話さない。
知りたいから気付かないふりをする。
他人の目を気にしてるのではなくて、自分はそのくらいの距離をとるのがバランス的にちょうどいいと思っているのだ。
バランスに従って行動しているだけ。
だから、浦田が何をするとか予測はつかないが、なぜするのかだけは木崎は知っている。
知っているから色々フォローしているうちに、浦田のことは木崎にきけば分かる的なイメージが定着してしまった。
別に、浦田は問題を起こすわけじゃないから、フォローもそうたいした物ではないし、
別に木崎には負担にならないから、木崎的には問題ない。
ただ、木崎には浦田の気持ちは分からない。当たり前のことだが、みんな分かってくれない。
哲はそこのところは分かっているので普段は何も言わないが、最近の浦田の態度にさすがにぼやきたくなったらしい。
拗ねてるのを揚げ足をとって、妬いてんだろ、などと言ってからかってみたいが、
その言葉に怒って睨む哲を見るのも楽しそうだが、ぐっ、っと我慢してフォローを入れる。
−これがオレのバランスだな
心の中でそう呟きながらふと弾く手をとめる。
そういえば、浦田が最近変わりはじめたのは、入院した透さんに会いに行ってからだよな・・・・・・
何があったんだろう?
特に二人で長く話したわけじゃなかった、というか、別れ際に一言挨拶していただけだったように思うのだけれど。
(透さんにきいてみよう)
いつまでも哲の愚痴は聞きたくないし。
そろそろ五時だから透さんもじきに来るだろう。
そう思考にケリをつけて、愚痴る哲を促して来月にやる予定の初のデータ配信について打ち合わせを始めた。
だが、その日、透はスタジオには現れなかった。
サイバースペースの中でウラタにあったあとに、キザキは一旦ログオフして哲に連絡した。
「なぁ、『再生』プログラム、確かつくってたよな」
<珍しく電話で連絡してきたから僕の声でも聞きたいのかと思ったよ>
「さっきまで会ってたでしょーが。ず〜〜〜〜っと哲の愚痴につきあってあげたでしょ」
<あれは愚痴じゃなくて木崎に対する正当な文句>
「あのね〜〜〜・・・っじゃなくてっ!!プログラム、今すぐこっちに送って」
<あれね〜・・・・・・>
電話の向こうの哲の声は嫌そうに歪んだ。
<僕的には門外不出なんだよね。下手にトレースしちゃうと死ぬよ、まじで。
まだ防御プログラムができてないから、よけいなデータが流れ込んできちゃう。
普通のだったらいいけどさ、αとかのデータ出てきたらどうする?脳の容量ぶち切れるね、確実に。>
茶化さない哲の台詞なんて珍しいな・・・・なんて考えた。
それだけ、マジに危険だということかもしれない。
「・・・とりあえずさ、わかったからプログラムだけ送っといてくれないか。使うかどうかは考えてから決めるからさ」
嘘だと見破られるのを承知で言ってみる。
今しかないような気がした。
それに、なんとかなるような気がした。
根拠のない自信と言ってしまえばそれまでだが、ちゃんとできる確信があった。
未来のどこでかはわからないけど、3人で音楽をやる。
浦田が歌って、その後ろで哲と自分が歌って弾くのは確定された未来だから。
それ以外想像できない。
(ここで死ぬから未来がない、なんて落ちじゃなけりゃいいけどな)
ちょっと自分の思考に突っ込みを入れながら、それでも木崎は試してみる気でいた。
<・・・・・・わかりました。僕も行くよ>
ため息のあとで哲が不承不承という感じで動向を申し出る。
<木崎に任せたら迷い込んで勝手に自滅してそうだし。急ぎ過ぎて絶対道間違えるよね>
「オレがいつ間違えたぁ?透さんじゃあるまいし」
<そうだね、間違う専門は透さんだったね。木崎はただのおっちょこちょいだったの忘れてたよ>
「言うね〜お前。ま、いいや。んじゃゲートで。そこで試すから」
もう少し言い返したかったが、早くしないと浦田がまた入ってくるだろう。
木崎は電話を切り上げて電脳空間へ戻った。
<・・・木崎と心中・・・・・絶対嫌だから『アレ』使うか>
電話を切ったあとのニヤリという哲の笑みを木崎は知らない。