ATO-X

ACT.1

今日もまた黒い空。
マインドコントロールを受けてることを僕は知ってる。
知ってて受け入れてる。
それ無しじゃ、こんなところじゃ暮らせない。
おざなりなホログラムが頭上をおおう。
100年前の明け方の映像だと声は告げる。
こんな意味もないものに慰められる人もいるっていうからお手軽だ。
閉息感。
ここで生まれ育った僕ですら感じるこの感覚を誰もが忘れることができるなんて嘘だ。
コントロールされてさえ気が狂いそうになる。
僕が変なのだろうか。
こういうことに耐えきれないくらいひよわな変種なのだろうか 、人類という動物の。
戦争の結果、生き残るためには地下に潜らなければならなかったって歴史は教える。
そのまま滅んだ方がましだったんじゃないかと僕なんかは思う。
無意識下に狂っていき、緩やかに崩壊して行くよりよっぽどまし…………。
否、やはりこのままの方が素敵かもしれない。
いつか訪れる終焉に向けて少しずつ歪んでいく人々…………崩れ始める町並み…………空には相変わらず不自然な『空』が映し出され、まだ見ぬ地上の荒野には太陽と月が交互に光を投げかける。
学校への道をたどるうち、そんな光景が思い浮ぶ。



見知った背中が前方に見える。
周りからなにか音が聞こえる気がするけれど、そんなのは知らない。必要なのは目の前に見えるものだけ。
「……おはよう」
後ろから肩のあたりに軽くパンチをかましてやってこちらに気付かせる。
しばらくそのまま同じ方向に歩き続ける。
「ああ、崇か…………おはよう」
こっちを振り返らずに哲は言う。そしてそのまま歩く。
僕も気にせずに後ろから歩いていく。
僕にとって哲の背中は特別だけど、哲にとって僕はただの他人だ。そんなことは別に問題じゃない。
僕には背中が見えるポジションがあればいいだけだから。
哲の中身の方は木崎が知ってる。あいつに任せればすむことだ。
ほら、そろそろくる頃だ。
「よっ、なぁアレンジ終わったか?終わってんなら今日透さん来れるって言うからあわせようぜ」
木崎はフィルターだ。あいつを通して僕は世界を知る。
全部任せておけばいい。僕はただ歌うだけ。
「崇、お前も大丈夫だろ、今日。んじゃ、スタジオとるぜ。『r:0099765574321;4;to;carol;r』」
<p:0099765574321;1530;to;2000;p>
声が使用時間を告げる。
すべてを管理された理想郷、ATO-citys。
何気なくしたことさえ、どこまでが偶然か。
木崎は哲の横に並んで歩く。
もうすぐ学校につく。
そしていつものように機械に入り知識を少しもらう。
それが終わると僕らは電脳空間に潜るかバンドの練習に入る。
変わらぬ世界。
すべてがリピート。
・・・そう、すべてが・・・・・・・・・・。

「…………今日は行かない」
いきなり自分の口からでた言葉に自分でびっくりする。
なぜそんなことを言ったのか理解できなかった。
誘導?洗脳?操作?
どういう論理でそういう結論に達したのか、ついさっきのことなのにもう覚えてない。
木崎が驚いた顔をする。
「崇、どうかしたのか?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・なぁ?」
どうしていいかわからなくなって僕は走り出した。
あえて追ってこない木崎がありがたい。
早く『あっち』に帰りたいと思った。
嘘の情報だってなんだってイイから、『外』に出たい。

”パスワード入力......入力データ確認..........OK、認識できました...今日もきたんですね、ウラタ...いらっしゃい”
頭の中で声がする。
生まれた時から聞いてる「コンピュータの」声。
声として認識してるけど本物じゃない。
みんな同じ声を聞いているのだろうか??
頭の片隅でそんなことを考えながらコマンドを入れる。
僕の行き先、それは・・・。

そこは危険区域ギリギリの場所。
禁止されはしないが、行ってることがバレればいい顔はされない。
深く潜れば潜る程、戻れなくなると皆知ってるから。
虚とのシンクロ率が高くなって、実世界に戻ることを拒否するヒトも現実にいる。
だからウラタも危険区域までは足を踏み入れない。
ホントは『α-DEEP』に行きたいけど。
一番深いところ。
戻って来れる確率はほとんどないと聞いている。
でも行きたい。
だから行きたい。
そこなら、そこでなら『外』とシンクロできるかも知れない。
そこでなら『外』を実感できるような気がする。
だからきっといつか自分は行くだろう。
他のものすべてを置き去りにしても。
一瞬の落下。

 今日ハ何処寄ッテク?
 エーットネ、CD今日発売ダカラサー、寄ッテイイ?
 イーヨー
 ンジャサーソノ後ミスドイコ、オベントーバコチョーカワイーノ
 エーーマジーッ?マサカガッコデソレ使ウ気?
 イインジャナイ、トールソウイウノ好キナンダカラ

何故かみんな同じ服をきて歩いている女の子たち。
理解できない会話だけど・・・。
ずーっと昔の映像が続く。
「車」で、道路を何処までも走って行く。
「海」の中の「珊瑚」が呼吸する。
教室の窓から見える木に「鴉」が止まっている。
「鴉」が枝から飛び立ち、こちらに向かってきて・・・・・・ふっと暗転する。
ウラタはそのまま動かずに闇と認識するものを睨み続ける。
そのうちに闇にしだいに目が慣れてきたように映像が現れはじめる。
赤?
赤い光が見え始めて、黒い影がソレの輪郭を浮かび上がらせる。
ドームが見える。
周りになにもないからどのくらい近いのかわからないけど。
ザッ
足を一歩踏み出すと、『音』が聞こえた。
頭にじゃなくて。
耳に。
鼓膜の振動する様子がわかる・・・ような気がする。
僕は・・・僕は今何処にいるのだろう?
いつも見ていた『外』は何処にいったんだろう?
「うらた?」
・・・声?
ばっ、と後ろを振り返る。

そこには少女がいた。
金髪を不自然に風になびかせて・・・風などないのに・・・大きな瞳をめいいっぱい見開いて。
少女はひどく驚いているらしかった。
表情はどちらかというと無表情と言ってよかったが、狼狽しているのが何となく伝わってきた。
「・・・・・・あんた・・・誰」
どう声をかけていいのかわからなかったが、取りあえず思いついた質問をしてみた。
多分自分は困った顔をしているんだろうな、と思う。
少女もその質問にさらに困ったらしい。
「・・・・・・」「・・・・・・」
「あのさ・・・」「あ、あのっ、」
「・・・・・・」「・・・・・・」
どうしようもなくて顔を見合わせる。
ここで、ぷっ、と吹き出すとかできるような器用さがあれば苦労はしないのだが。
そのタイミングすら掴めないのが困る。
どうしようかと思って周りにふと目を向けると、さっきまでの『景色』とは違う。
「え、・・・・・・入り口?」
気がつくと潜るときに通る通過点の一番出口より、とかと表現される場所にいた。
わざとらしい昔のイメージで作られたサイバースペースの入り口。
ここでは僕の手は僕の手じゃなくて、僕の耳は耳として存在しない。
画面を見ているのと一緒。
「だめだよ、戻れなくなる。あれ以上はあたしでも連れ戻せない。そんなのだめ、キャロルが『ママ』に怒られる」
「ママ?」
顔をしかめて目を見据える少女の目が深緑に光った。
『森』の色。
「『ママ』はもうちょっと待って、っていってる。・・・ちゃんと外に出してあげるよ、って。
まだ・・・・・がないから・・・・・・・・だって。もう・・・・・・あ」
プツッ
途中で雑音が入ったように揺れて少女は消えた。
彼女が消えたとたん、入り口に本来流れている音声や音楽が耳に入ってきた。
ウラタはしばらくその空間にただよっていた。
あれは誰だったんだろう。
少なくとも、いままで会ったやつらとは違うIDだった。
”ウラタにアクセスの許可が申請されています。p102ism8キザキからです。許可を出しますか?”
気がつくと許可のボタンがあちらこちらに浮かんでいた。何度も申請をだしたらしい。
ウラタは一番新しいボタンを押した。
一瞬の間のあとに、キザキが転送されてきた。
「お前、こんなとこでナニしてんの?オレはてっきり潜ってるかと思ってたよ」
サイバースペースのキザキは少女の姿をしている。ウラタの前ではいつも通りの口調だから非常にミスマッチである。
金色の髪。さっきの少女を思い出させる。
ウラタは少し放心状態で少女とは少し色合いの違う染めたようなキザキの金髪を見つめ続けた。
「ったく・・・・・」
何度声をかけても反応しないでぼーっとしているウラタにしびれをきらして、キザキは姿をふだんの自分に戻した。
途端、ハッとしたように焦点が戻った。
「まさかお前、オレだって分かってなかったのか?大丈夫か?メディカルチェック受けるか?」
呆れたようなキザキが目の前で手をぴらぴらと振る。
別にキザキと分かってなかったわけじゃないけど、さっきの少女との遭遇は幻覚?だとしたら、メディカルチェックは受けておいた方がいいかも知れない。
そろそろ潜り続けるのは止めないと、戻って来れなくなると言う無意識からの危険信号かも知れない。
「・・・ああ、いってくるさ」
コマンドを送ってログオフする。
素直にきくとは思っていなかった・・というか、冗談のつもりだったキザキは、あっという間に消えたウラタを呆然と見送っていた。


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