3. 
“食”シネマの傑作「タンポポ」

伊丹十三監督の第一作、人間の本質的な可笑しさを描いて大ヒットした「お葬式」で、葬式にふされる本人が死ぬ直前アボガドと鰻の蒲焼をひたすら食べるシーンがある。伊丹の“食”へのこだわりが伝わる名シーンだと思う。
「タンポポ」はさびれたラーメン屋をひとりできりもりする未亡人(宮本信子)が食にうるさいトラックドライバー(山崎努、その助手がなんと若き日の渡辺謙なのだ)のアドバイスを受けながら店を再建する話を縦糸に、食べることにまつわる13のショートストーリーが横糸として織りなされるひと味変わった映画なのだが、日本人は細腕繁盛記的な話が好きだから本筋の縦糸に関係無いショートストーリーに時々とんでいってしまうのがわずらわしく思われたようで、興行成績としてはいまいちだったようだ。むしろ海外で高い評価を受けたというが、ラーメン屋物語だけならそれは単なる根性ものになってしまったはず。目的地にむかう広い道の途中で、ふと脇の小路に足を踏み入れてしまう感覚を私はとても気に入っている。
お洒落な高級品のスーパーで店長の眼を盗みながらパンを親指で押して歩く婆さん、老舗のそばやで医者に止められているものを注文してひっくり返る爺さん、フランス料理のレストランでお偉いさんが判で押したように同じものを注文するのをしりめに、次々といろいろな高級料理をメニューからチョイスする下っ端の若者、そして中にオムレツづくりの名人がいるホームレスの集団が、公園の階段にすわって男声合唱を歌う夢のようなシーンなどなど……洒落た小話風なところからいつのまにかまた巧みに本筋へと返ってゆく。こんなにスマートで小粋な日本映画を私は他に知らない。

伊丹十三はこの映画のあと「マルサの女」「ミンボーの女」などエンターテインメントながら鋭い視点の作品を次々と発表したが人生なかばに謎の自殺を遂げる。
「タンポポ」に続くおもしろい“食”シネマを私はひそかに期待していたのだが大変残念なことである。

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