星に願いを
<1>
あれは夢だったのか、それともほんとに彼はいたのか。今となっては自信がない。
僕は長い夢を見ていたのかもしれない。
僕の星、『地球』から遠く離れて、すべての始まりでありまた同時に終わりである惑星『フィーリル』へ行くまでの長い長い眠りの中で見た夢なのだ、きっと。
そう、きっと・・・・・・・・・・
僕がその船に乗ったのは、偶然のような必然だった。
僕はどこかに行きたかった。逝きたかった。
友達との何気ない諍い、親への反発、兄弟へのコンプレックス。
別に普段の僕だったら一晩寝て流してしまうようなちいさなモノが、その時の僕には耐えられなかった。
1人の少女が死んだのだ。
ずっと見てきた。
見守ってきた。
いや、見守られてきた。
2つ上の義姉は10のときに兄とのペアリングを決められ、16の結婚の儀を待ちながら養子に来た。
その日から彼女は僕の姉となって出来損ないの弟を守ってくれた。
僕はアルビノとまではいかないが、普通の人間より色素の薄かった僕は昼はよほど注意しないと外では活動できず、夜は月にあわせて生態が変化してしまう。
一度、夢中になって遊び過ぎて倒れて以来めったに外に出ようとしなくなった僕を、義姉は根気強く誘って連れ出した。兄達よりずっと優しく。
一度聞いたことがある。
なんでそんな出来過ぎなくらい優しくするの、って。
そうしたら義姉は、こう言って微笑んだ。
私は猫が欲しかったの。白くてちっちゃな子。でも、マキは猫が嫌いだし。ケイは猫の代わりよ。だから可愛がってるだけなの。
姉はほんとに嬉しそうに僕の髪の毛に指をからめた。子猫の毛並みを確かめるように。
ならいいか、と僕は思った。
猫に甘えられるのは嬉しい。
だからボクも義姉に甘えていいんだ。
そうやって過ごしてきたある年の冬。
義姉は熱をだし、治療するまでもなく死亡予定者のリストに加わった。
あと何年か、何ヶ月か。
使者(死者)の柩に空きが出来たら義姉の肉体は失われる。
柩の中に入った死体は時間をかけて分解され、有害物質を撮り除かれ、地球に還る。
その後、また柩には新しい死者が横たえられる。
その繰り返し。
僕が14の冬に義姉は眠り、16の春、姉の姿を見る機会は永遠に失われた。
兄は新しいペアを見つけ、儀式を終えた。
義姉が待ち望んでいた16の儀式を。
僕は儀式のすべてを見届けた。本当は義姉のためだったはずのすべてを。
兄の背中を見ていた。
僕と違い、日に焼け少し華奢ながらも筋肉のしっかりついた僕の理想のからだ。
儀式の手順に従いこれから新たな義姉となるはずの人と融合してゆく兄。
本当はそこにいるはずなのは義姉、繋がってゆく体は兄のように成長した・・・・・僕?
そんな想像をしてしまいブルッと背中が震える。
僕は本当は猫としてではなくて僕として愛して欲しかったのだ、男として。
それにやっと気がついた。すべては遅すぎた。
もう義姉はいない。どこにも。髪の毛すら残っていない。
今はない義姉を求めて初めて僕の体は疼いた。