異世界へのトリップには気をつけましょう 改め
『strangler』
淡く光を放つ緑の空。
樹に似た植物に絡まった碧い蔓薔薇。
足下の草は儚げな橙色。
「何処からどう見ても知らない場所だな」
ぼそっと呟いた人影がいる。
肩まである薄茶色に脱色した髪を、鬱陶しげにかきあげる。
手をポケットに持っていって何かがないのに気付き、苛立ったように後ろを振り返る。
「ねぇ、煙草なんて・・・・・・・持ってそうにないね、あんた・・・」
後ろにいた人物を見てため息をつく。
そこにいたのは、いかにもな中学生風の少年とぼーっ
とした少女の二人だけだった。
「・・・前途多難」
もう1回ため息をつく。
ことの起こりは電車に乗っていた時だった。
車内に次の駅名のアナウンスが流れ、そろそろブレーキがかかりはじめるな、と身構え
た瞬間、大音量でブレーキ音が響き、体勢を崩した前の人に突き飛ばされた彼は、後ろ
に叩き付けられ・・・るかと思ったらそのまま落ち続けて、やわらかいもの・・つまり
大量の草の上に落ちた。彼のすぐあとに2つ、何かが落下する音が聞こえた。
(電車から投げ出されでもしたのか?壁に穴でもあいてて・・・・・)
脱線事故か、人身事故か、それとも自動車にぶつけられて車体に穴でもあいたのか。な
んにせよ、体に痛いと感じる箇所はなく、草のおかげで多分かすり傷一つないだろう。
草・・・??
線路沿いに草をこんなにたくさん集めてる場所なんてあっただろうか?牧場があるわけ
じゃないし、田んぼ沿いのところだとしても季節は初夏、藁なんて置いてるわけないし、
第一、藁はこんなにやわらかくない。
草刈りの季節といえばそうかも知れないが・・・・・・
「オレンジ???オレンジの草なんてきいたことねーよ」
否、実際にはどこかにはあるのかも知れないが、少なくともここの近辺にないのは確か
だ。
それもこんな大量に。
慌ててごそごそと這い出す。
そして、先ほどの風景に出くわしたわけだ。
「げっ、遅刻するっ!!」
突然少年が我にかえったように草の山から飛び下りて走り出した。
「ちょ、ちょっとっ!!待てよ、そこのガキっ」
彼は慌てて声をかけた。
「ここがどこか分かってんのかよ、お前知ってんのか?」
「うるせー、オレは今日間に合わないと1週間トイレ掃除なんだよっ!!」
叫んで少年は森の中へとダッシュした・・・ところでようやく気付いたようだ。
くるりと向きをかえてこっちに向かって全力疾走してくる。
(若いなー・・・でも、俺、三年前でもあんなに体力無尽蔵じゃなかったよな)
ふと、今置かれてる状況も忘れてしみじみ感心してみる。
これがきっと現実逃避なんだろう。
「・・・えーと、・・・ここって、どこですか???」
まだぼーっとしていた少女が、やっと口を開く。
「さあ・・・・・・俺にも・・・」
と言いかけたところで少年が飛び込んできた。
「うわっ!!!」
「ひゃあっ」
「げっ・・・・・・」
正面衝突交通事故。
しばしお待ちを。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「いってー、・・・お前、考えて走って来いよ。ったく、これだから中坊は」
「誰が中学生だっ!!もう高校生だっての。背がでっかいからって威張るなっ」
「いや、別に威張ってないけど・・・・・・んじゃ1年ってとこか。制服の新しさから
して」
何となくからかい甲斐がありそうだったので髪をくしゃくしゃと撫でてみる。
焦茶色の髪は見た目より案外柔らかく触り心地がよかった。
「なにすんだよっ!!」
案の定、ぺしっと振り払われ、ちょっと離れた場所でキッと睨まれる。
(玩具・・・)
心の中でそう思われているのを知らない少年は、いかにも遊んで下さいといわんばかり
に、拗ねた口調で呟きはじめる。
「そりゃ、まだ兄ちゃん達には追いつかないけど、去年で10cmも伸びたんだぜー。
まだちっせーけどさぁー。
でもっ、来年までには絶対20cmのばしてやるっ!!」
ひとりで呟いてひとりで意気込んでいる少年・・・・いや、一つしか違わないのだから
少年というのはちょっと違うかも知れないが、イメージはやっぱり変わらない・・・の
今より10cm小さかったという去年の姿を思い浮かべてみる。
(半ズボンの小学生・・・)
ぷっ
思わず吹き出してしまった。
はまり過ぎ、だった。
「てっめー・・・・・今何想像しやがったっ!!」
少年が顔を真っ赤にして殴り掛かってきた。勘がいい。
まだクスクス笑いが覚めやらぬまま、それでも軽く少年のパンチを受け止める。
「きっとその予想は適中してるな。ま、良いんじゃない、今は違うし」
違う、って言うよりは、少しはマシ、とかちょっとだけ成長したとかそんな単語の方が
正しかったけど。
単語選びは正しかったようで、さっきよりは弱いパンチが掌にきた。
顔はまだ不機嫌そうだったが、とりあえず攻撃はおさまったようだ。
この機会を逃さずに、どうしたらいいか考えた方が良いだろうな・・・・とか考えてい
ると、後ろでぼーっとして・・・もとい、ショックを受けたのか沈黙していた少女が口
を開いた。
「とりあえず、状況はわからないけど自己紹介くらいしません?」
落ち着いた声でそう言い出した少女の表情を見るとそれほどパニックには落ちいってな
いようだ。それは全員に共通しているとも言える。
こんな状況になってヒステリーをおこしてもいないし、周りの状況も見えてる。
先程いきなり走り出した少年も今は落ち着いてるようだし。