RUNE QUEST (ルーンクエスト) 

( TRPG  Chaosium  日本語版発売:ホビージャパン )

By わに



1.RQって、なぁに?

TRPG(テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム)という遊びが、あります。
その中の1つ、アメリカ製ファンタジーTRPG「 」(以下RQ)は、善と悪の戦いばかりだったゲーム界で、多神教下での複雑な勢力争いを描いた傑作であると同時に、TRPGに大切な「なりきること」が自然に身に付くゲームです。
TRPGという言葉さえ、聞いたことのない人がほとんどでしょう。ですが、「なりきること」は、コンシューマーの楽しみ方を深く広くしてくれます。
ここではRQを通して、その面白さをお伝えしたいと思います。


2.RQの神話

「なりきること」をお話しする前に、なりきる相手のことをお話ししましょう。この場合は神様たちの性格と、その関係です。つまり、神話です。
RQの背景世界グローランサは、いろんな性格の神様がてんでばらばらに自己主張しているファンタジー世界で、人間たちはそのどれかの信者になる代わりに神の保護を受けて暮らしています。神様同士が友達なら信者同士も仲良しで、逆に仲が悪ければ信者たちもいがみ合うのです。神々の関係はそれほど大事なのです。
少々長い話ですが、嵐の神オーランスという男神を軸に、神話の概略を語ってみたいと思います。

 世界の生まれる前や生まれた過程は、謎に包まれています。
 何もないところに浮かんでいた卵からドラゴンが産まれたという話もありますし、グローランサという女神が大きく係わったとも言われていますが、真相は分かりません。
 ともあれ、世界は女神の名をとってグローランサと呼ばれるようになりました。
 神々の中でも抜きんでた力を持つ、太陽神イェルムが治める世界は光に満ち、実りにあふれた素晴らしいところだったと言います。
 ところが、永遠に平和と思われたグローランサに、異変が起きました。
 それまで天の神は天の神と、地の神は地の神と結婚するのが習わしだったのですが、互いに強く惹かれ合った天の神と地の神は慣習を破って結婚し、ウーマスという子が生まれました。
 それまで天と地の間に隙間はなかったのですが、ウーマスは誕生の際にすさまじい力で天と地の間を裂き、その時からグローランサに風が吹くようになりました。
 風の神ウーマスは変わりやすい風向きのように気ままで、暴風のように乱暴で、澄んだ風のように古い習わしに新鮮な変革を与えました。彼は山の女神と結婚し、やがて二人の間にオーランスが産まれました。
 オーランスには4柱の兄がいました。
 父から風の神を継いだコーラート。
 荒野に吹く風を司る、狂戦士の神ストーム・ブル。
 兄弟の中で最も乱暴なヴェイドラス。
 誠実で寡黙な北風の神フマクト。
 しかし、オーランスは兄たちの誰よりも活発で勇気があり、柔軟な発想をしました。誰よりもやんちゃで、オーランスの解決するトラブルの大半は、本人が原因でしたが。(ある日、山で遊んでいたオーランスが、一緒にいた従兄弟にいたずら心で突風を吹きかけたところ、彼は山から落ちてしまった。オーランスは風の力で空を飛び、地面に落ちる前に従兄弟を助けた、など。)
 そんなある日、オーランスはイェルムのおわすスパイク山の頂上にある館を訪れ、彼に勝負を挑みました。オーランスは、まだガラガラやおしゃぶりをしていた子供だったので、イェルムの館で暮らす他の神々は失笑しましたが、イェルムは勝負を受けました。
 イェルムは、3つの競技で競い合うこと、最後に審判が勝敗を下すことなどをオーランスへ説明しましたが、彼が聞いていたかどうか、かなりあやしいものがあります。オーランスはイェルムの傍らに座る大地の女神アーナールダに一目惚れしてしまったのです。
 彼女はイェルムの美しい妻でしたが、恋い焦がれたオーランスに道理は通用しません。
(美しい。惚れた。なぜこんなに美しい女性がイェルムなんかの側にいるのだろう。分かった、イェルムが嫌がる彼女をむりやり妻にしたんだ。おお、うるわしのアーナールダ。俺が必ず助けてみせる)
 一足飛びに結論を出したオーランスは、とらわれのお姫様を救うため、やる気満々で試合に臨みました。ダンスの勝負で、優雅に舞ったイェルムに対し、荒々しい戦いの踊りで観衆の度肝を抜くなど、オーランスは旧来の神と全く違うことを見せつけたのですが、結果はオーランスの負けに終わりました。
 この出来事が、神々の時代の、終わりの始まりにつながるとは、いかなる神でも気づかなかったでしょう。
 オーランスはあの日以来、イェルムを倒してアーナールダをめとることばかり考えていましたが、イェルムが自分との勝負に妻を賭けるとはとても思えませんでした。アーナールダを妻にくれ、と頭を下げても無理でしょう。
 オーランスは自分の部下の1柱トリックスター・ユールマルへ命じました。
「兄フマクトが持っている死のルーンを取ってこい」

 トリックスター・ユールマルは、いつものでたらめな散歩をしていたある日、世界の深いところで見たことのないルーンを見つけました。
 それは剣の形をしていましたが、どんな力を持っているか見当も付かなかったので、君子危うきに近寄らず? ユールマルは、それを持ち帰るとフマクトへあげてしまいました。
 フマクトは困ったあげく友人の「定命の祖父」へ相談しに行きましたが、彼もこんなルーンは知りません。2柱は長いこと話し合いましたが、結論が出るはずもなく、ついに定命の祖父が「こうしていても、らちがあかない。君が私に使ってみればいい」と話し、フマクトはその通りにしました。
 この2柱はもちろん、どんな神も知りませんでしたが、これこそが死のルーンでした。
 この瞬間まで、世界に死はなかったので、彼らは自分たちが何をしようとしているか全く理解していませんでした。ヨチヨチ歩きの赤ん坊が刃物や拳銃の怖さを知らないのと似たようなものです。
 死んでしまった定命の祖父は、人を含む生き物すべてのルーンの正当な所有者でしたから、彼の死以来、全ての生き物は寿命を持つようになりました。
 この事件は世界に知れ渡り、好戦的な神はこぞって死のルーンを持つようになりましたが、その正当な所有者がオーランスの兄フマクトであることは誰もが認めるところでした。
 さて、ユールマルが器用な手先といかさまの力でフマクトから盗んできた剣を受け取ると、オーランスはかねてからの計画を実行しました。イェルムが日輪の馬車で天空を駆けているところへ、死の剣を手にしたオーランスが襲いかかったのです!
 オーランスは悲鳴を上げて逃げるイェルムへ追いすがり、斬りつけました。
 イェルムは死に、太陽はもう昇ることはありませんでした。
 太陽が没してからを、神話では<小暗黒>と呼んでいます。まさしく<小>であったことを知るのは、これからもう少し先のことです。

 さてアーナールダを妻にしたオーランスは、ようやく落ち着いて周りを見渡しました。世界は真っ暗で、オーランスはイェルムの遺族である火の神々に命を狙われておりましたが、たぶん彼ならこの程度のトラブルは呵々と笑い飛ばしたことでしょう。
 しかし、オーランスのする事は、良きにつけ悪しきにつけ必要以上の結果をもたらします。今回もそうでした。新興勢力である闇の神々が地上を徘徊するようになったのです。
闇の神々と言っても邪悪ではありません。暗闇を愛し光を嫌うトロウルの神々です。彼らはイェルムの光の届かない地界で、「奪え、食え、殺せ」をモットーに、平和に(?)暮らしていました。
 ところが、オーランスに殺されたイェルムの魂が、黄泉の国でもある地界へと降りてきた時から日々は一変しました。死んだとはいえ太陽神イェルムは日の光を発するので、闇の神々は大迷惑です。戦って追い出そうにも、まぶしすぎて近づくことさえできません。仕方がないので暗黒の神々は、泣く泣く住み慣れた地界を出て、地上への道を歩みました。嬉しいことに地上は真っ暗でしたから、暗黒の神々はここを新天地と定めましたが、先住民がそれで納得するはずもありません。
 ここに、オーランス・火の神々・暗黒の神々の、三つどもえの戦いの火ぶたが切られたのです。

 この頃に起きた小事件を2つ上げます。
 1つはオーランスの兄・北風の神フマクトです。
 彼は前述したように死のルーンの持ち主なのですが、オーランスのイェルム殺しを聞いて怒り心頭に達し、自分のルーンの1つである風のルーンを捨てて兄弟との縁を切りました。
 彼は定命の祖父を殺し、また弟が太陽神を殺したことで死の恐ろしさを誰よりもよく知ったため、味方もつくらず敵もほとんどいないという徹底した中立を保ちましたが、後に、死のルーンを混沌の怪物「虚無」へ奪われ、それを取り戻すため「虚無」のいる暗黒の地界へ降りていきました。
 もう1つはイェルムの息子であるイェルマリオの話です。
彼はある日、父の敵であるオーランスへ勝負を挑みましたが、足腰立たなくなるまで殴りつけられ、おまけに槍までへし折られてしまいました。さて、物陰からこの2柱の戦いを終始見ていた者がいたのです。暗黒の神々の中でもトロウルの暴力的で粗暴な面を司る、憎しみと仇討ちの神ゾラーク・ゾラーンでした。
 彼は卑怯にも(トロウルに卑怯という言葉はないでしょうが)オーランスがいなくなったのを見計らって、ぼろぼろになったイェルマリオへ襲いかかりました。
 泣きっ面に蜂。哀れ、傷だらけのイェルマリオは再度打ち負かされ、挙げ句の果てに火のルーンをゾラーク・ゾラーンに奪われてしまったのです。
 その時からイェルマリオは火と炎の力を一切失って、太陽が昇る前や沈んだ後の「熱を伴わない光」を司る辺境の太陽神へと転落し、ゾラーク・ゾラーンは暗黒の神でありながら火と炎の呪文を持つ唯一の神となり、その力を象徴する真っ赤なマントを着るようになりました。

 オーランスはこの時代、多くの神々と戦い、一度も敗北することはありませんでした。
 イェルマリオはもちろんのこと、兄ストーム・ブルを棍棒と投げ縄で征服し、火の神々の一人を倒して稲妻の槍を奪い、トロウルの神から闇のサンダルを盗み・・・・おそらく最も楽しい日々だったでしょう。
 しかし、楽しいことも不幸同様に長くは続きません。
 どのようにして現れたのか、それは誰にも分かりませんが、気づいたときにはもう、混沌の神々がどこからともなく軍勢を率いて世界を滅ぼし始めていたのです。
 後に言うところの<大暗黒>の始まりでした。
 オーランスは悩みました。腕力勝負で勝てる相手とは思えませんでした。一対一なら負けはしませんが、混沌の神々に対抗できる頭数が足りないのです。
このままでは妻も、友人も、部下も、もちろん自分も、すべて混沌に征服されてしまう。
 どのくらいそうしていたでしょうか、オーランスは唐突に目を輝かせて立ち上がり、トリックスター・ユールマルを呼びました。
「死人でもこの際、戦力になってもらわなきゃならん。イェルムを生き返らせに地界に行くぞ。ついてこい」
 驚天動地の発想ですが、ベストの手段を困難さに臆することなく実行できる、これが彼の真骨頂です。彼は妻に別れを告げると、(たぶん嫌がる)ユールマルを連れて地界へと旅立ちました。

 オーランスたちが地界に旅立った後、混沌との戦いは、より苦しくなりましたが、全ての神はそれぞれにできることを果たしていました。イェルマリオは弱い神々を守るため、懸命に槍を振るいました。暗黒の神々は先頭に立って戦いました。
 しかし、局地的な善戦をいくら積み重ねても劣勢は明らかで、聖なる石アダマントでできた世界の中心スパイク山が混沌の手に落ちるのは時間の問題と思われていました。たとえば、オーランスの兄・ヴェイドラスが、混沌に食われて消滅したように。
 その上の兄ストーム・ブルの戦いもすさまじいものでした。
 彼は混沌の一柱を打ち倒し、ゾラーク・ゾラーンたちと友情を結んだ強者ですが、彼は風の兄弟であるとともにジェナート神に仕えていました。
 ジェナートは混沌の侵入に対して、持てる軍勢の全てを使い防衛線を敷いたのですが、激しい戦いのあげく、防衛線は突破されました。
 ストーム・ブルは大いに悲しみ、また怒ると、混沌の神々がつくりあげた強大な存在であり、ジェナートを消滅させ悠々と進軍してくる悪魔ワクボスの前に立ちはだかりました。
 ジェナート亡き今、大地は多くの森を失いましたが、ストーム・ブルの待ちかまえる平坦な土地には、彼の妻の守護のおかげで、まだ若干の緑が繁っていました。
 悪魔ワクボスは非常に強く、ストーム・ブルはまったく歯が立ちませんでしたが、世界は強大で恐ろしい悪魔へ立ち向かう勇敢な彼を支えました。
 宙に投げられると、空が彼を受け止めました。
 地面に叩きつけられると、大地が力を与えました。
 しかしついに世界が力つき、ストーム・ブルの側に妻一柱が残るばかりとなったとき、致命的な一撃がストーム・ブルを襲ったのです。
 ブルの巨体が揺らぎ、倒れるその時に、彼女は持てる全ての力を夫へ注ぎました。すると、生い茂っていた雑木林は、みるみるうちに枯れ果てて、短い草だけがかろうじて育つ、硬い土の大荒野になってしまいました。
 立ち上がったストーム・ブルは、苦しそうに細い息をする妻を見、悪魔ワクボスを見、そして最後に己を見ると、その太い喉から怒りとも祈りともとれる叫び声を上げました。
 叫びは風を呼び、奇跡をも呼びました。
 大荒野の南に位置する神々の山スパイクは、この瞬間、ついに混沌の侵入を受けて粉々に崩壊したのですが、かけらの1つが叫びに応えるかのように飛来し、悪魔ワクボスを押しつぶしたのです。

 さて、オーランス一行は途中で得た5柱の同志とともに幾多の苦難を乗り越え、ついに地界の奥底でイェルムを見つけました。
 イェルムとオーランスの再会の折、どういったもめ事があったかは分かりません。しかし、ついにイェルムはオーランスの手を取り、生還しました。
 グローランサに再び太陽が昇ったのです。
 と同時に、オーランス&イェルムという新たな戦力を得た神々は強力な反撃に出て、ついに混沌の神々を世界の果てへ追い出しました。
 後の世に<われが戦い、われらが勝った>と呼ばれる戦いは、こうして終結したのです。

 それから、神々はいくつかの協定を結びましたが、大きなものは次の2点でした。
 1つ、混沌が侵入しない限り、グローランサへ神が介入してはならない。
 1つ、暗黒の神々の功績を認め、一日の半分を夜とする。
 最後に、時の女神が「時の網」を世界にかぶせると、時が動き始め、東から太陽が昇りました。
 これ以来、神々の時代は終わり、人の歴史が始まったのです。


3.神が教えるなりきり方

 RQ世界グローランサは大変危険なところで、神の加護がなければ人はあっという間に死んでしまいます。というわけで、グローランサの人間は何かしらの神を信じています。
貴族や族長はイェルム神やオーランス神、傭兵はフマクト神やイェルマリオ神を。文化と無縁の荒野にはストーム・ブル神が、道化にだってユールマル神がいます。
 ですから、例えばウィザードリィのキャラクターが「人間の善の戦士」「エルフの悪の魔法使い」と呼ばれるのに対して、RQでは「オーランス信者」「イェルマリオ信者」と呼ばれます。
 さて、『1.RQって、なぁに』で、TRPGに大切なのは「なりきること」と言いました。そして、RQならそれが身に付くとも。なりきる遊びはTRPGの独壇場ではありません。第3章の冒頭にあったピサロ氏のウィザードリィの最終パートは、TRPGと本質的に何ら変わりありません。しかし、誰もがピサロ氏のように遊べるわけではありません。キャラクターすべてを個性付けるだけでも一苦労。人間関係を組むのはもっと大変です。RQはそのところを神話で補っているのです。
 RQのキャラクターはすべて信者で、信者は自らの神の教えに忠実です。そして神の教えとは、信者同士の人間関係とは、神話のそれなのです。
 ゲームでもTRPGでも、一瞬迷う局面がありますが(「俺は、死にかけたこいつを治していいのか?」)RQなら、どんな場面にも神の教えが用意されています。(治してやりなさい)
これなら、なりきるというのが分からない人でも大丈夫。がんじがらめで遊んでいる気になれそうもない、とお思いの方もいるでしょうが、特に始めは教えを忠実に守ってみて下さい。そのうち自然と「治してやるから、帰ったら酒でもおごれよ」くらいの軽口を叩いているでしょう。その頃には、自分なりの遊び方ができているはずです。
RQの神々は個性豊かで、またそれぞれの格好良さを極めた美学の持ち主です。そして、そういう神様こそ「なりきりやすい」ものです。なりきるための基本は、相手を知ること。だったら、メリハリのある分かりやすい性格の方が、なりきりやすいでしょう?

 
4.なりきりやすい神々

 なりきるとは、相手の気持ちになることです。そのためには相手を知ることです。
 のっけから偉そうなことを言っておりますが、無口で無表情な人よりは、感情豊かでよくしゃべる人の方が情報公開している分、個性も考えも分かりやすい。つまり、なりきりやすいのです。
 だとすれば、言動の1つ1つが印象的なRQの神々が、難しいはずがありましょうか?
 ここで、4柱をピックアップして詳しく紹介しましょう。

○嵐の神オーランス
 オーランスは嵐の神であり、世界を今あるような形にした神でもある。ルーンは「風」「移動」「支配」である。
 神話においては、イェルム神を殺した悪名と、大暗黒を退けた偉業とがあまりにも有名である。
 「神々の王」を名乗るに足る神であり、特に決断力や行動力は際だっている。いくつかの汚名のために自称「王」ではあるが、個人的にはもちろんのこと、友好を結んでいる神々の質と量においても、彼の力は疑いようがない。
 オーランス信者は、あらゆる職業や階級におり、影響の強い土地では社会や文化が宗教に沿ってでき上がっているといっても過言ではない。
 オーランス社会は一見男性上位のようだが実際は男女平等であり、会議での発言、投票権はもちろんのこと、個人が異性の仕事につくことも許されている。
 オーランスはあらゆる武器を使いこなすが、特に好むのはバスタードソードである。戦いのさなかに、盾を落としたら? 予備の盾や両手剣を持ち出すのであれば、一瞬の隙が生じる。両手でも片手でも使えるこの剣こそ、真の強者の武器なのだ。
オーランス信者は6つの徳−勇気、知恵、寛大、正義、名誉、敬虔−を尊び、敵がそれを示したとしても賞賛を惜しまない。
 イェルムやイェルマリオらとは対立しているが、だからといって理由を見つけては戦いあうほどではない。悪意のない競争相手として、名誉をかけて争っているようなものだ。真の敵は混沌であり、混沌を容認する神々は嫌悪の対象である。
 オーランス信者は、よく煙の出る木で火葬を行う。死者の国で使うようにと、数々の品もまた焼かれる。大司祭などの葬儀では、死骸に屍衣を着せて聖なる木に縛り付けるか、特別にしつらえた台の上に安置する。そして、祈りが故人の魂を風と嵐と物言わぬ大気に預けるのである。しかるべき葬儀がなされれば、オーランスは忠実な信者の魂を、いかなる辺境であろうとも自ら出向いて迎え入れる。だから信者は、見知らぬ土地や異邦の民の間で死ぬことを恐れないのである。

○死と戦争の神フマクト
 フマクトは、活発に信仰されているところでは戦神であり、多くの国の軍隊に不可欠なものであるが、未開の地では不吉な死に神と思われている。保持するルーンは「死」「真実」である。
 神話においては、自らの手で親友である「定明の祖父」を殺し、また、弟オーランスが死のルーンを盗んで行った蛮行に憤慨し、風の力を捨てた逸話が印象的である。
 いさぎよく誠実な不言実行型の彼は、しかし臆病なほどに慎重でもある。強大な死の力を戒めるあまりに中立を表明し、いまでは友を持たない唯一の神である。
 彼は「死」の象徴として重要であるにも関わらず、政治的発言力はほとんどない。フマクトを信仰するのは兵士だが、戦争の決断を下すのは国王や族長なのだから。
 フマクト信者はうそを付かない。強い者は口先でごまかす必要がないのだ。ただし、沈黙は許されている。
 フマクトは剣を正当な武器として認めている。それもダガーに片手剣、両手剣だけで、バスタードソードや、反り返ったシミターは許されていない。一説には、死のルーンはちょうど十字の形をしており、それが剣のようにも見えるからだと言われている。バスタードソードは柄が長すぎてバランスが悪いし、何より両手でも片手でも使える武器は、弱い者が持つものである。一つの武器を極めれば、どんな状況でも戦えるものだ。
死んだフマクト信者は、フマクトの下に召されたと考えられているため、蘇生は禁じられ、その亡骸はアンデッド(不死系モンスター)にされないよう、必要なら火葬を執り行ってでも守られる。万が一フマクト信者が蘇生させられたなら、彼は蘇生させた者を殺し、それから自害する。他宗教の信者が蘇生されるのは、構わない。単にポリシーが違うだけのことである。
 信者は、魂が抜けた死体には強い関心を持たない。墓の盛り土に死んだ仲間の剣を突き立て、そのそばで宴を開いて故人を記念し、勝利の歌を歌い、そして立ち去るのが普通である。
 フマクトの敵はアンデッドである。アンデッドは、死を嘲笑する存在であり、フマクトの敵意の標的である。

○混沌の殺戮者ストーム・ブル
 ストーム・ブルは砂漠の風である。粗野で荒々しく、その通るところ大地は手荒く掃き清められる。ストーム・ブルのルーンは「死」「風」「獣」である。
 神話では、悪魔ワクボスほか幾柱の混沌神を倒したが、平和だった頃にはオーランスと派手な兄弟喧嘩もしている。(ちなみに、オーランスが勝った)
 およそ複雑な思考とは縁がなく、勇敢ではあるが引き際を知らない。引くことは弱さ・臆病などあらゆるマイナスと考えている節がある。
 ストーム・ブルの信者もまた粗野で単純であり、そうでないあらゆるものを嫌う。気に入らない相手や社会に対しては、軽蔑を隠そうともしない。(実際にはブル信者の方にかなり問題があるのだけど)
 普通の人々は、ブル信者は人の心を持たない暴れ者であり、危険極まりないと思っている。そして、それは正しい。だが混沌を恐れないブル信者たちのありがたみは、日常の彼らの不快さを上回っている。
 ストーム・ブルの敵は混沌である。群れが子を産まぬのも、野に草が育たぬのもすべて混沌の仕業であり、容認や共存ができる相手ではない。
 突然の激怒と理不尽な憤怒が尊ばれる土地では、ストーム・ブルの人気は高い。つまり彼を崇めるのは蛮人であり、野蛮であればあるほど神の性格は理想とされる。
 ブル信者の葬儀は簡単である。まず、死んだ戦士のために、死者の愛用の乗騎を殺す。そうすることで、あの世でも共に駆けてゆけるのである。獣は腹の下に脚を折り畳んで横たえられ、その上に戦装束に装身具をまとった戦士の屍を乗せる。通りがかる人に「俺のように生きて死ね」と挑み、混沌を恐れさせるためである。儀式の最後に、恐怖と怒りと戦の歌が歌われる。死者の魂を連れてゆくストーム・ブルを招く狂風を、歌が呼ぶのだ。

○辺境の太陽神イェルマリオ
 イェルマリオは陽の天蓋、すなわち日と夜の間の淡い光の神である。イェルマリオのルーンは「光」「真実」であり、天蓋の輝きを最も目にする山や丘の民に慕われている。
 神話ではゾラーク・ゾラーン神の不意打ちに遭って火のルーンを奪われ、それでもなお大暗黒には弱い神々を守って槍を振るった美談がある。
 まさしく貴公子と呼ぶべき神だが、その清廉潔白な性格は端から見ているかぎり喜劇の中心でしかない。美女を守らんと優雅に両手を広げたそのそばから、見知らぬ者が彼女をさらってゆく程度には、世間は厳しいのだ。
 イェルマリオ信者は総じて誠実な槍兵である。どこで暮らそうともこの世の釣り合いを守り、今いる国を安全なものにしようと働く。彼らは、部外者には汚れがあると見る向きもあるが、尊敬に値する傭兵仲間には信仰を問わず好意を持って接する。それは退役後も変わらない。
 彼らの神殿は庇護を求めるものを、たとえ犯罪者であってもかくまう。そのお尋ね者が一歩でも外に出たならばそれは失われるのだが、この風習のため部外者は寺院を敵視することがしばしばある。
 彼らは一般に女性に対して紳士であるが、理想的な男性たらんとするあまり、男尊女卑の傾向がある。そのことに彼ら自身は気づいていない。
 世間はイェルマリオ信者を、世間から浮いたものと見なしているが、それでも敵を狩るときには彼らを雇う。自分たちの民に危険を冒させるよりは安い買い物なのだ。
 イェルマリオはトロウルを、特にゾラーク・ゾラーン(神から熱の力を奪った相手)を憎んでいる。フマクトとの競争関係は激しいが、何の恨みもないさっぱりしたものである。フマクトの指揮官がイェルマリオ信者を率いることもあるくらいだ。オーランスは父神を殺した相手であり、穏やかではいられないものがある。
 信者の死体は、暮れ方に煙のない炎で荼毘に付される。嘆き声が止む頃には酒宴となり、葡萄酒か麦酒がふるまわれる。人々は勝利の賛歌を歌い、魂が太陽と一つになれるよう祈る。暁が来て太陽が昇ると、人々は死者が神に迎えられたことを知り、儀式を終える。


5.遊ぼう! なりきろう!

 TRPGで遊ぶには、ウィザードリィなどでもそうだったように、キャラクターを作ります。RQのキャラクターたちに必要なのはただ1つ、信じる神を選ぶことです。あとは、その神の性格のとおり(特に慣れないうちは!)キャラクターを動かしてみてください。なりきる楽しみが次第次第に分かってきます。

明け切らぬ空の下を、男たちが血相を変えて走っていた。
 先頭に立つのは、遠目の利くストーム・ブル信者。その後ろにはオーランス信者とイェルマリオ信者が、ほとんど遅れずに駆けてくる。
ブル信者は丘を登り切って辺りを見渡すと、苦り切った顔でつばを吐いた。
「駄目だ、さっぱりだ」
「ちくしょう」と、オーランス信者が、やはり見下ろす。昨晩寝ているところを泥棒に入られ、届け物である一尺あまりの棒を盗まれたのだ。すぐに気づいて追いかけたのだが、泥棒は地の利と足の速くなる呪文とで、3人の及ばぬ速さで逃げおおせてしまったのだ。
「もう少しで日が昇るだろう。そうすれば足跡も見つけやすくならないか?」
 それまで沈黙を保っていたイェルマリオ信者がそう言うと、オーランス信者は、ふん、と鼻を鳴らした。忌々しいが、正論だ。ところが、ふとその鼻に、嗅ぎ慣れたものを感じ、オーランス信者は、2度3度と息を吸った。
「血のにおいがするぞ」
オーランス信者が血のにおいをたどってかき分けた茂みの向こうに見たのは、まぎれもない泥棒の、死体だった。彼の盗んだ棒はなかった。
 誰がこれを、との答えはすぐに分かった。なぜならば、一行が手がかりを探しはじめてまもなく、1人のフマクト傭兵が通りがかったからである。傭兵は自分の名を告げた後
「野営中、不覚にも混沌の怪物に襲われ、さるところに届ける杖を奪われた。奴らはこちらに向かったのだが、見かけていたらどちらへ行ったのか教えて欲しい」と言った。

 決められた性格をなぞるのが面白いの、ですって? 面白いのです、はい。
 連続ドラマを見てて、登場人物の性格や言動に含み笑いをしたことはありませんか? 例えば刑事コロンボ。彼は容疑者への質問を終えたかと思わせておいて、思い出したように「すみません。もうひとつ聞きたいことが・・・」と、不意をつきます。私たちはそれを知っているので、いつしゃべるかな、と期待し、おののく容疑者を笑ってしまいます。例えば、水戸黄門一行の窮地に、ひらりと飛猿が現れたとき「来た来た来たっ!」と、これから始まる活躍を想像して盛り上がることはありませんか? TRPGはこうした言動を、自分がベストだと思ったタイミングで出来ます。テレビの脚本よりも自分好みにでき、もたつく容疑者も間近に見ることができる。これは楽しいです。
 ここまで読んで「なりきるのって、なにかに似ているな」と思われたでしょう。
 そう、なりきることは、ごっこ遊びと似ているのです。

 短い情報交換の後、どちらからともなく協力を申し出、4人となった一行は怪物の足跡を追って谷を降りていた。フマクト信者の持っていた杖は、混沌の神への儀式に使うものなのだが、それが長さといい重さといい、オーランス信者が泥棒に盗まれた棒とまったく同じであったので、混沌は偶然出くわした泥棒を殺した後、棒もついでに持っていったのではないか、とはフマクト信者の弁だった。
 そのフマクト信者は今、面倒くさそうに隣のイェルマリオ信者の相手をしていた。
「わたしが女だということに、どうしてこだわるんだ。イェルマリオとフマクトは戦場で信頼しあうのが常だし、また信頼できる相手だと思っている。あなたは違うのか?」
「フマクトの武勇は尊敬さえ感じています。真実のルーンにかけて誓いましょう。ですが、あなたが女性であることもまた真実なのです。女性が剣や鎧を身につけているのを見ると、私は自分の無力さが情けなくなるのです。もっと強ければ、あなたがたは剣を取る必要もなく、ドレスや花束に囲まれていられるでしょうに」
「それはドレスや花束の中でしか生きられない女に言うんだね。手入れされた庭で咲く花もあれば、荒野に人知れず咲いて散る花もある。でも、どちらも花だ。これも真実だ」
 イェルマリオ信者は肩をすくめると、明らかに面白がってるフマクト信者へ笑いかけた。
「いやはや、多様な真実があって何よりです。いいでしょう、この場は引き下がりましょう。ですが、私の考えを曲げたわけではありませんよ」
「いつでも挑戦をお受けしよう」
 2人の注意を、野太い声が引いた。
「ここじゃ、ねえかな」
 オーランス信者とストーム・ブル信者が腕組みをして見つめる先には、何とも気味の悪い洞窟があった。

子供の頃の、ごっこ遊びを思い出して下さい。
ゴレンジャーでもギャバンでもセーラー戦士でも、ままごとでもいいです。必殺技を真似したり、決めぜりふを叫びませんでしたか? 悪役を演じていて、正義のパンチに思いっきりのけぞったことは? 砂のご飯を渡したことは?
なりきることの気持ちよさは、ごっこ遊びと同じなのです。
ごっこ遊びは、自分がヒーローや悪役になりきって遊びます。仲良しの友達も、この時は敵の大幹部ですから、「お前は俺が倒す!」なんてことを、やりとりします。もちろん友達だということを忘れてるわけではありませんし、お話の流れも計算しています。その上で、自分の役のパターンをきちんとなぞっているのです。

 洞窟に入ること半燭時、一行は吊り橋を前に立ち止まっていた。鉄の鎖は錆びつき、まだ橋があるのが不思議なくらいだ。万が一落ちれば、流れの速い地下水脈が待ち受けている。思案していた3人が3人とも、ある考えが思いついたとき、
「この向こうに、混沌がいるんだろう」
 ストーム・ブル信者が、その巨体を橋に乗せた。なんとも気軽に歩を進めるが、きしみと揺れは橋の寿命を知らせていた。
「何するんだ馬鹿っ!」
 イェルマリオ信者が駆け寄り、ブル信者の肩をつかんだ・・・その両足は、橋を踏みしめていた。メキメキッ・・・・パキン!
 鎖の断ち切れる断末魔をあげて、橋は分解した。
「ああああああっ!」
結論から言うと2人は無事だった。残った1本の鎖に片手でぶら下がっていたのである。オーランス&フマクト信者が2人を助け終えると、オーランス信者はこらえきれずに笑い出した。
「気持ちは分かるけど、ちょっと失礼じゃないか?」
 イェルマリオ信者が憮然としたが、オーランス信者は手を振った。「見ろよ」

最初のうちは、性格を忠実に守りすぎて失敗する(コロンボ警部は1番組中、10回も20回も聞き返さないでしょう?)でしょうけど、どんどんやって下さい。らしさを追求して起こった失敗は大歓迎です。(繰り返しているうちに、適当な目安を覚えるでしょうし)TRPGはなりきる遊びなのですから、らしい行動を取ったために話が思わぬ方向へ転がっていくのは良いことなのです。それでもっと面白くなることも多いのですし。
ある程度慣れたら、「オーランスの信者なのにオーランスの妻アーナールダのような女性が苦手で、真面目な信者から異端扱い、口の悪い信者からホモよばわりされる」とか、ところどころで「神と違う自分」に挑戦してみましょう。
 遊んでいるうちにキャラクターの考えが変わって、神の教えに納得できなくなったら改宗する手もあります。規律違反を繰り返し、同僚や神からいじめられるプレイも、1回きりなら面白いかも知れません。
 なりきることは、何だってできるのです。

 オーランス信者が指さしたのは、高さ5mほどもある大岩で、表面は長年の摩耗でつるつるしていた。洞窟の天井との間には、けっこうな高さの隙間があるようだ。
「俺たちは、橋は渡るものという概念にだまされていたんだ。出入り口はあの隙間だ」
「そんな馬鹿な」
「混沌は生き物離れした跳躍力を持っている場合もある。それに、まさか吊り橋を使っていたなんて思わないよな?」
 イェルマリオ信者が歯をくいしばるのをかばうように、フマクト信者が歩みでる。
「その跳躍力で橋を飛び越えていたかもしれない。いずれにしても、我々は混沌へたどり着けなくなったわけだ。一度外にでて、橋を架ける道具と材料を持ち込まないか」
「そうだな、飛び越えるというのはありだな。だが、橋を造るのはパスだ。連中はあの杖を使って神への儀式を終えてしまうぞ。それよりも、あそこを渡ろうと思う」
 地下水脈沿いの切り立った岩場に、幅30pほどの道とも言えぬ道があるではないか。
「無謀だ。どこまで続いてるかも分からないのに」イェルマリオ信者の声が洞内でこだました。
「さっきも言ったが、連中が儀式を終える前に何とかしないと駄目なんだ。巧遅よりも拙速だ。なあに、失敗したときのことは考えるな、その時は儀式が成功して、世界が滅ぶ。小うるさいお偉方もくたばるさ」
 オーランス信者は呵々と笑った。虚勢や緊張のない、肩肘張らない笑いだった。
「いいだろう。お前の案に従おう」フマクト信者が、呆れたように笑った。
「混沌が倒せるなら、細かいことは任せる」ブル信者は、さも当たり前のように言った。
 イェルマリオ信者は深いため息をつき、それから
「分かりました。一緒に行きますよ」と言った。
「そうこなくちゃな。心配するな、オーランス神は地界からイェルムを連れ帰った。それに比べりゃ、楽な話さ。詩人の寝言にもなりゃしないぜ」
 これが4人の最初の冒険であった。

ではコンシューマーのキャラクターになりきると、どうなるのでしょう?
まず、あなたが主人公になりきったなら、周りの人間の存在感が増してきます。テキストデータが、実在の人間の言葉に思えてくればしめたもの。現実でそうしているように、相手の言葉をいくつも重ね合わせると、その人の性格や考え方がどんどん見えてきて、やがて相手の立場でものを考えられるようになります。あんなに憎かった裏切りの騎士が、ついてなかっただけの男だと気づいたり、主人公をねたむ奴の気持ちも分かってきます。キャラクターが分かってくると、イベントもリアルに見えてきます。今まで分からなかったイベントがある日ふと「こいつ、こんなこと考えてたから、こうしたのか!」と、ひらめきます。なりきること1つで、作品をどこまでも掘り下げてゆけるのです。どこまでも? そう、どこまでも。
面白いよ。
やって、みようよ。


第3章 そして、物語はゲームを越えて・TOP   HOME