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善知鳥神社 版画版

〒030-0803
青森県青森市安方2-7-18
TEL:017-722-4843
FAX:017-723-7166
善知鳥神社 【善】徳の究極、すなわち神の意志に叶うこと
【知】神を祀ることによって、神より与えられるもの
【鳥】予知能力をもち、天空の神々と地上の世界を結ぶ神の使わしめ

古代人は、ウトウ鳥が天空の神々より与えられた神意を地上の世界に使わし、 人々を善へ導く聖なるものと考え神使の象徴として善知鳥の字を充てた。
うとう 学術的なうとう
 中型の海鳥(ウミスズメ科)で非常に個性が強く親子の情愛が深い保護鳥。嘴橙黄色.嘴峰線は黒く、繁殖期には上嘴基部に三角形の突起物がある。翼、尾は灰黒色。顔、腮、喉、頸、胸は灰かっ色で頭には二条の白色糸状飾羽がある。腹は白く腹側灰かっ色。

名前の由来
うとう社名横書き
当社が何故「善知鳥」の字を充てた「善知鳥神社(うとうじんじゃ)」と呼ばれるようになった経緯には様々な口承、文献が存在している。




『青森古社寺誌』(明治28年7月21日)に掲載の 『弘藩明治一統誌 神社縁起録』
 ウトウに善知鳥の字をあてたるは、葦をアシともヨシとも唱ふるより、アシには悪字を書し、ヨシには善字を書し、葦原の中に住む千鳥ゆえ悪千鳥、善千鳥と書し、善知鳥となった。

『烹雑の記』滝沢馬琴 文化八年(1811)
 陸奥の方言に、海辺の出崎をうとうといふ。外浜なる水鳥に、嘴は太くて眼下肉つきのところ高くでたるあり。故にこれをうとふといふ。彼鳥の嘴に喩て、出崎をうとふといふか。出崎に比て彼鳥をうとふという 何にまれ、さし出たる処をうとふといふは東国の方言なり。

『アイヌ語地名辞典』西鶴定嘉著
 烏頭 ウトウ u−toのuは、名詞の接頭語として場所を示す。 toは沼を意味する。よって、u−toは「沼のある場所」となる。

『郷土誌うとう第40号』中道 等
 ウトウはウタ・オタ・アイヌ語の沙だ。ヤスカタは砂のある場所の陸の水神、ヤシオカタだろう。

新村 出(言語学者)
 ウトウはアイヌ語で「突起」を意味する語であり、この鳥の嘴が突き出ているので「ウトウ」と呼ぶようになった。
謡曲あらすじ

謡曲 善知鳥 (宝生流)世阿弥の作
 諸国一見の僧が立山禅定を終へ、下山してそれから奥へ下らうとしてゐると、物凄しげなる一人の老人があらはれ出でて僧を呼びとめ、奥へ下らるるならば外ヶ浜にて猟師の家を尋ね、去年の秋亡くなった我に蓑笠を手向けてくれよと、その妻子に言傳けを頼むのであった。 僧がそのしるしがなくてはといへば、今はの時まで此尉が着てゐたといふ麻布の袖を解いて僧に渡し、僧の立ち去るあとを見送りつつ、姿を消したのである。 僧は不審に思ひながらも、外ヶ浜に行きてその妻子を尋ね、ありし世の蓑笠を手向けてくれと言傳をなし、しるしの袖を渡したところ、その妻子の喜びは一方でなく、涙ながらに亡き夫、なき父を慕ひつつ、蓑笠を手向けて偲べば、僧は経を誦して懇に弔ふのであった。 ここに亡霊は御法の聲に引かれてあらはれ出て、いたく妻子をなつかしむ様子であったが、在世に犯した罪障に隔てられて近づけず、果ては数多く殺して来た鳥類のために責られる地獄の苦しみを目のあたりに見せ、善知鳥が鷹となり、猟師は雉子となって追ひせめらるる様などみせ呉呉も弔ひをたのみつつ消え失せたのである。

伝承
うとうと当社の関わりについて志賀理斉が『筆のまにまに』で次の様に記している。
  抑此鳥は元来伊勢の海辺にありて、太神宮の供御にせしが、此鳥親子の情愛あつくして、子を取られては悲しみにたへかねて、血の泪を流すといへる。ヶ様の鳥を情なくも神の供御にする事は、神慮にもかなふまじければ、此事を止めんとて太神宮へ祈りけるに、或日伊勢の浜にありし善知鳥ことごとく立去りて、東の空をさして飛行しが、其後はひとつも浜に居らざりしが、はるか栖をかへて津軽の外の浜に有し故に外ヶ浜なりと聞たるも、また其後いつの頃よりか、此外の浜にも居らずして、いづちへ行けん。絶て知れる事なかりしに、宝暦か明和の頃か松前候の家士、蝦夷地にてあやしき鳥を取得て調理したりけるに、其鳥の身におびただしく血ありける。故に是なん昔外の浜に栖しうとふ鳥とかやと、それよりして知れる人に就て、其形象を以尋ねたりしに、善知鳥なるよし確かに知れたり。

『奥羽観蹟聞老志』には次の様に記されている。
  太神宮へ勅使下りて、うとうやすかたと云鳥を取て、三角柏と云桶に備て神供奉ると也。此鳥取者は蓑笠をきてとるなり。そのゆへは、砂の中に子を生てかへしたるを、母鳥のうとふが真似して、うとふ、うとふとよべば、やすかたといひては出るを取と也。其時、母空にかなたこなたへつきてあるきて、鳴く泪の雨のごとくに、血にて降るあいだ、その涙かかりて身そんずるゆへに蓑笠をきるといふ。
善知鳥舞
善知鳥舞
この善知鳥舞は善知鳥神社正遷座 1180年祭(昭和62年斎行)を記念し、当時の伊勢の神宮 慶光院俊 大宮司の特別な計らいにより、神宮楽部が、この青森の永久の安寧を願い、うとう鳥の親子の情愛を表現し創作したものです。
又、各ご家庭や会社、お店等の繁栄を祈念すべく、特別参拝時にはこの善知鳥舞を奉納することも出来ます 。