今回のこの旅は、実は会社を辞める前から心に決めていた事でした。
私が勤めていた会社は、長期休暇が無い会社でした。海外旅行なんて夢のまた夢、新婚旅行で1週間休みが貰えれば良いほう。そんな会社に勤め続けていました。
会社を辞める最後のほうは精神的にかなりヤバい状態に落ち込んでいた時、仕事もうまく行かない、生活もボロボロ、そんな状態の時に、唯一心が休まる瞬間がありました。それは「The Corrs / Live In Dublin」に入っている「Joy Of Life / Trout In The Bath 」を聴く事だったのです。
その当時はこの曲が流れると、涙がボロボロ流れ落ち、まるでアイルランドに自分がいるかのような錯覚を覚えたのです。
まだ見ぬ憧れの地アイルランド。
どうしても見てみたい、風や空気を生で感じてみたい。そんな欲求がドンドン膨らみ始め、自分でも制御できなくなっていました。現実逃避なのは自分でも分かっている。しかし何年も、胸の奥底にしまい続けていたこの欲求は簡単には収まりが効かない。
ある日の午後、張りつめていたものが一気に弾け飛んだ。
アイルランドに行こう。現実逃避でも良いじゃないか。今行かなきゃいつ行くんだ、とにかく行ってみよう。
その数カ月後、私は会社を辞めました。
何故アイルランドに憧れを抱いたのか、事の発端はやはり私の場合音楽である。高校生の時に聴いた「Fairport Convention / Liege & Lief」。
このアルバム、音楽評論家のピーター・バラカン氏が猛烈にプッシュしていたアルバムでした。イギリスのトラッドのバンドだが、アイリッシュトラッドも素晴らしいとの批評を受けて、当時私は貸しレコード屋にこのレコードを借りにいったのです。
アイリッシュトラッドという意味も分からないまま、取り合えず敬愛するピーター氏が良いと勧めるレコードだから悪いはずは無いという理由で聴いたところ、ぶっ飛びました。
血が騒ぐんです。特に6曲目のメドレーなんかは沸々と、血が沸騰するんです。
しかしこの時の私は最も多感な頃、ロックンロール・ハードロック・パンク・ソウル等の様々なジャンルを飲み込んでいた時期、今程のめり込んだか、というとそうでも無かったのです。アイリッシュトラッドも好きなジャンルの内の1つという区別をしていました。
(当時U2は聴いていたが、アイルランドのバンドという認識は無く、スティーヴ・リリーホワイト一派というくくりで聴いていました。)
それから数年が経ち、私は神奈川に就職していました。会社の仲間と偶然訪れた店で (確か虎ノ門だったよなぁ) 初めてギネスを飲んだのです。
元々黒ビールが好きだったので、初めて飲んだ時は抵抗無く、素直に美味いと感じました。仲間内で美味いだの不味いだの騒いでいると、偶然その店にいたアイルランド人が我々に向かってこう言ってきたのです。(よく聞く話しですが、本当の話しなんですよ)
「これは本当のギネスじゃない。本物のギネスはアイルランドでしか飲めないんだ、イギリスで飲めるギネスもあれは偽物。本物を飲みたかったら、アイルランドに来る事だなぁ」
この言葉がなぜか心に残っていたのです。本物のギネスってどんな味がするんだろう、あの店で飲めるギネスだって十分美味いじゃないか。本物はもっと美味いんだろうな・・・。だとしたら是非飲んでみたい、アイルランドのパブで本物のギネスを。
何事も、事の発端は単純である。美味いギネスを飲んでみたい。そういえば俺「Fairport Convention」好きだったよなぁ、アイリッシュトラッドを生で聴いてみたいなぁ。
ただそれだけであった。
ここからです、私の中でアイルランドという国に対する、妄想が膨らみ始めたのは。アイルランドに関する事を調べたり、テレビ等で紹介されたものを見たりしている内に、妄想はやがて憧れに変わりました。その内音楽業界でケルトブームなるブームが起こり、以前にも増してアイリッシュトラッドの音楽が手に入りやすい環境になり、憧れはドンドン増すばかり。
(ちなみにアイルランド本国ではケルトミュージックという言い方はしておりません。あくまでもトラッドミュージックです。)
そんな日々を何年も続けていました。
そして、いよいよ憧れが現実に変わりました。
今回の旅は、マレーシアのクアラルンプール空港を経由し、イギリスはロンドンのヒースロー空港からアイルランドに入国という段取りにしました。当初はロンドンにも2日ぐらい滞在し、これまた憧れの大英博物館を見学しようと思っていた所、例の爆弾テロ事件が起こり、泣く泣く滞在を諦めました。
私初めて成田空港から飛行機に乗ります。早めに成田に着き、円をユーロに両替え。予想どおりユーロのレートは悪く、1ユーロ=139円で両替え。さい先の悪いスタートだ。チケットカウンターでチケットを受け取り、腹が減ったので飯でも食べようと思ったが、昼時なので何処も激混み。機内食を当てにしてそのまま飛行機に乗る事を決意する。
私が乗る飛行機は往復マレーシア航空。飛行機は国内線は何度と無く乗っているので、別にどうって事ないが国際線は今回で3回目。程よく緊張している自分がいた。スーツケースをX線に通した時担当の人が、この中にライターが入っていませんかと言ってきやがった。
ライターぐらい入っているよと告げた所、ライターは1人1個までと決まっているとの事。
そんな、スーパーの特売の卵お一人様一個限りじゃねえんだから、と悪態をつきつつスーツケースの中を開ける。スーツケースの中に入っていた、大量のカロリーメイトと丸ちゃんの塩ラーメンを担当の人に見られ、ちょっと恥ずかしくなる。他にも煎餅と柿の種を持っていく私、日本人ここに在り。

出国の際のパスポートコントロールは難なく通過、免税店で自分用のタバコと、頼まれていた香水を購入。はたしてこの1カートンが、いつまでもつかが不安の種。ヨーロッパはタバコが700円ぐらいするとの話し、まぁなんとかなるだろう。
取り合えずマレーシア行きの飛行機は無事に離陸。しかし機内は満席、私の席は3-4-3の4席部分の真ん中の為、トイレに行くのも困難な状態。ビールを一杯だけ飲み、アルコールは控えた。まぁ先は長い、どうせマレーシアからロンドンまで、又飛行機に乗らなきゃならないのだから飲むのはその時でも良いだろう。
無事クアラルンプールに到着。空港の周りはどうみてもジャングルにありそうな植物の数々が飛行機から見える、しかしそれとは対照的に、クアラルンプール空港は近代的な建物。ロンドン行きの飛行機まで、4時間もあるので空港内を物色。

クアラルンプール空港内の長椅子。結構便利です。
ヒースロー空港に到着、ここから試練が始まる。この空港は4つのターミナルに分かれており4つとも別の建物、違うターミナルに行く場合シャトルバスに乗って移動という、なんとも面倒くさい造りになっている。
最初ターミナル3に到着した私はそのままフライトコネクションに向かい、次に乗るbmi航空のチェックインを済ませ、入国審査を受ける。イギリス-アイルランド間というのは国内線扱いになるので、イギリスで入国審査を受ける必要があるのだ。
そして入国審査。私の順番になって質問を受けるが、初めてのクイーンズイングリッシュ、何を言っているのかさっぱり分からない。
10月に会社を辞めてから英語の勉強をし続けていたが、英語がひとっつも口から出てこない、出るのは背中の汗のみ。審査官が「return ticket?」と言った気がしたので、取り合えず帰りのチケットを見せ、「sightseeing 4week」を連呼する私。
審査官も諦めたのか、行けと顔で合図する。
普段からヒアリングは自信がある、なんぞ言っていたが全く通用せず。失意のままダブリン空港行きの飛行機に乗る。でも無事入国出来たのだから良しとしよう。

この薄暗いトンネルをひたすら歩くと、ようやくアイルランド行きの乗場。かなり不安にさせる・・・。
ダブリンまでは1時間ちょっとのフライト。無事離陸し、しばらくすると機内サービスが始まる。ここでコーヒーを注文し、パニーニを食べる。しかしこのコーヒー、もの凄く不味い。隣に座っていたアメリカ人らしき人も、同じくコーヒーを頼んだのだが、2人同時にしかめっ面。互いに顔を見合わせる、初めて外人と心が一つになった瞬間だ。(ここでは私が外人)
出てきたパニーニもしょっぱい。滞在はしていないが、噂通りイギリスの飯の不味さの片鱗を垣間見た。
遅れる事無く、無事ダブリン空港に到着。そこから又入国審査を受ける、某地球の○き方にはイギリスで入国審査を受けていると入国が簡単だ、と書いていたが真っ赤な嘘。又々パスポートコントロールでがっつり質問される。
この時私はまだ気付いていなかったのです、私の顔が普通の日本人の顔とちょっと違うという事を・・・。
ヒースロー空港で使った、return ticketを見せsightseeing 4weekとまた言った所、無事パスポートにハンコを押してくれた。これでようやく面倒な手続きが終了、喜び勇んでダブリン空港の外に出ました。
が、寒い。日本からはジーンズとTシャツの上にニットのベストを着てきたのだが寒すぎる。
周りを見渡すと警備の人は皮ジャンを着ている、しかしここでスーツケースを開け、中から上着を出す訳にもいかず、取り合えず予約していたB&Bまでこの格好で行く事にし、バスに乗り込む。
ダブリンの中央バスステーションに到着、ここから日本で予約していたB&Bを目指す。初日はダブリンがどんな街なのか分からない、しかも明日の午前中にはリムリック行きのバスに乗る為、なるべく街の中心部あるB&Bの方が便利だと思い、予算的にはちょっと苦しいが、ちょっと高めの街の中心部のB&Bを予約していた。
地図を片手に宿を目指したが、地図に印の付いた所には宿が無くあるのはただのフラット。ここで軽くパニックになる、何度地図を見てもここに違い無い、一応回りをぐるっと一周してみるもそれらしきB&Bは見つからない。
仕方が無くその辺にいたおばちゃんに片言の英語で聞いてみた所、この住所からいうともっと向こうの方だという事。この時点でバスを降りてから2時間が経過していた、おばちゃんが指差した方向に向けて、重いスーツケースを引きづりながらホテホテ歩く。が一向にB&Bは分からず、ただ時間だけが過ぎていった。
パブの前でタバコを吸っていたおじさんに又道を聞くが、やはりもっと向こうだという話し。
指を指した方角は延々続く登り坂、不安と戦いながらガラガラと謎の東洋人が歩いていく。
B&Bをやっと発見、バスを降りてから3時間30分が経過していました。たどり着いたB&Bは、バスステーションから1時間近く歩かなきゃいけない場所。hostel worldのいい加減な地図に惨敗したアイルランド初日の私でありました。


ダブリンの街の中心部に向かう。オコンネル・ストリート、テンプルバー周辺を散策。旅の最後には最低ダブリンに2日は滞在するので、本格的観光はその時にしようと思い、軽く腹が減っていたのとギネスを飲みたい欲求が勝り、演奏しているパブを探すがセッションが始まる時間はだいたいPM9:30ぐらいから、明日の事もあるので今日は夜遊びは避けたい。と思っていたら一軒のパブからセッションの音が聞こえてきた。
早速中に入る、観光客相手に早くから演奏始めているパブがあったのだ。foodサービスもあったのでギネスとフィッシュ&チップスをオーダー。
アイルランドでの一杯目のギネスはどうだったかというと、日本で飲んでいたギネスとは明らかに違う。日本程癖が無くスッキリした味なのだ、あの癖が好きだった私にはいささか拍子抜け。おかしい、こんなはずでは無い、これが夢にまで見た本場のギネスか? こんなにあっさりしていいのだろうか?
フィッシュ&チップスはと言うと、チップスが美味い。さすがはジャガイモがアイルランドの飢饉を救っただけあって、抜群の美味さでした。
(チップスの美味さは何処に行っても変わりませんでした。例えマックで食べようが、バーガーキングで食べようが、チップスだけは何処で食べても美味かった)
疑問を残しつつ、2パイント目のギネスをオーダー。2パイント目でようやく納得しました、日本に輸入されるギネスはどうしたって新鮮では無い。船に乗ってくるのだからいたしかたない、私が美味しいと感じていたのは古いギネス、新鮮なギネスというのはこういう味なんだ。どっかのCMじゃないけど、飲んだ直後は切れがあり後味はコクがある、これが本場のギネスなのだ。私はこの時、感動に打ちひしがれておりました。
バックでは生バンドがアイリッシュトラッドのセッション、右手には新鮮なギネス、こんな幸せはアイルランドでしか味わえない。