八 甲 田 山 の 植 生 
日本植生誌−東北 宮脇 昭編著
至文堂 昭和62年2月28日発行より転載。

(1)概況
 八甲田山は本州でハイマツ帯の発達した山岳としては岩木山(1,625m)と並んで最も北に位置ししている。
北緯:八甲田大岳(40.39.21)、岩木山(40.39.12)。
一般に八甲田山と呼ばれているのは大岳(1,585m)を中心として赤倉岳(1,548m)、高田大岳(1,522m)など10余の峯々の総称である。
またこれらの山を北八甲田として櫛ヶ峰(1,517m)駒ヶ嶺(1,416m)などを南八甲田と呼び、これを含めて八甲田山ということもある。
 八甲田山は山麓から中腹にかけて冷温帯の代表的森林であるブナ林が発達し、中腹から山稜部にかけて広大なアオモリトドマツ(一名オオシラビソ)林があり、山頂部には高山植物からなる群落も見られる。
また山腹の緩斜面には至るところに雪田に由来する湿原が存在し変化に富んだ植物相をみることができる。雄大な火山景観と共に優れた植物景観を有する八甲田連峰は、十和田湖および奥入瀬渓流一帯を含んで昭和11年(1936)2月に十和田国立公園に指定された。その後昭和31年(1956)7月には八幡平や岩手山を含む一帯が追加され、十和田八幡平国立公園となった。

 八甲田山の植物や植生については、東北大学理学部付属八甲田山植物実験所が中心となり長年に渡り調査研究がなされている。
この実験所は東北大学理学部生物学教室に我が国ではじめて生態学講座が開講され、これを担当した吉井義次が生態学の学生実習と研究のために昭和4年(1929)に八甲田山の中腹にある酸ヶ湯温泉の近くに開設したものである。
翌年には同所の研究業績第1号として堀川芳雄による「The vegetation of Mt.Hakkoda]が発表されている。昭和10年(1935)にはこの実験所から生態学研究誌として「生態学研究:Ecolojical Review]が発刊され今日までつづき21巻を数えている。
この中には、吉井による湿原や火山植生の研究、神保忠男の花粉分析学研究、吉岡邦二の山岳林の研究、岩田悦行の湿原の群落学的研究、鈴木兵二のミズゴケの分類と分布の研究など、その当時の最先端を行く研究が次々と発表された。

(2)植生配分

 八甲田山の植生を概観すると、その山麓部から海抜高900m付近まで夏緑広葉樹林帯で、ブナクラス域となっており、至るところにブナ林(チシマザサ−ブナ群団)がみられる。
またブナクラス域においても渓谷沿いの岩尾根などにはごくわずかではあるがキタゴヨウ−コメツガ林がみられ、谷筋にはトチノキ林やサワグルミ林をみることができる。

 ブナクラス域の上限近くまではアオモリトドマツとブナが針広混交林を形成し、コケモモ−トウヒクラス域への移行帯となっている。
この移行帯の巾は広いところでは1,000m、標高差で200m近いところもあり、八甲田山を特徴づける一つとなっている。
またこのアオモリトドマツとブナの針広混交林のなかに、土壌条件などでミヤマナラ群集の低木林が発達しているところもある。
海抜高も1,100mを越えるとブナはほとんど無くなり、亜高山帯の針葉樹林となり、アオモリトドマツの純林(オオシラビソ群集)が発達する。

 海抜が1,500mを越える大岳、赤倉岳、井戸岳などの頂上部では1,400m前後からハイマツの叢林となる。
八甲田山は日本でも有数の雪田地帯で、山中にその影響を受けた雪田植生や、チシマザサの草原(ミヤマカンスゲ−チシマザサ群集ほか)など特異な相観も各所にみられる。

a)森林植生

T.夏緑広葉樹林

 青森から十和田湖に通じる国道が八甲田山地を縦断しているが、この道路の最高地点である笠松峠付近(1,020m)を除いて、道路の沿線には夏緑広葉樹林がよく発達している。
とくに青森市の萱野茶屋から酸ヶ湯温泉の間、さらに睡蓮沼の下方から蔦温泉にかけてはブナの森林のなかを国道が通じている。
この地のブナ林はおおむね林床はチシマザサに被われており、植物社会学的にはブナクラスのチシマザサ−ブナ群団、ヒメアオキ−ブナ群集に位置づけられる群落である。

 南八甲田の山麓部にある蔦温泉の周辺には地滑りによって生じて湖沼群がみられ、その一帯にブナの美林が発達している。この付近の国有林は自然休養林に指定され、林内には自然研究路も設定されている。
この休養林はブナの自然林を中核として、一部にミズナラ林(オオバクロモジ−ミズナラ群集)や、湖沼のふちや谷筋にはジュウモンジシダ−サワグルミ群集、あるいは、ヤマタイミンガサ−サワグルミ群集とされるトチノキ林やサワグルミ林もみられる。

 酸ヶ湯温泉近くの硫気孔周辺などにはブナに代わってダケカンバが群生するが、林床植生にはチシマザサが密生し、種組成的にはヒメアオキ−ブナ群集の下位単位に位置づけられる。同じダケカンバ林でも大岳や井戸岳など、山岳上部にみられる低木林となったダケカンバ林は、ダケカンバ−ミヤマキンポウゲクラスのウラジロナナカマド−ダケカンバ群集に含まれると考えられる。

 八甲田山を特徴づける群落として、大岳や石倉岳などにミヤマナラの群落がある。ミヤマナラの群落は本州中部から東北地方の日本海側の多雪地に分布するもので、種組成的には亜高山帯要素を含む群落も多く、ダケカンバ−ミヤマキンポウゲクラスに属する林分との考え方もある。
四手井のいう東北地方の偽高山帯の要素ともされているが、基本的にはブナクラスのウラジロヨウラク−ミヤマナラ群団のミヤマナラ群集とされている。八甲田山のミヤマナラ群集は石倉岳の岩角地を中心に分布する林分を典型亜群集とし、毛無岱などの湿原の周辺部ではミツバオウレン、ミズバショウ、コバイケイなどを区分種とするコバイケイ亜群集に区分されている。

U. 針葉樹林

八甲田山では海抜高1,000m前後から亜高山帯となり、大部分は針葉樹によって被われている。この針葉樹林を構成するのはごく一部を除いてアオモリトドマツで、それが単純林を形成している。

 八甲田山のアオモリトドマツ林については飯泉茂が中心となり、そのグループが様々な角度から生態学的な研究に取り組み、多くの成果を残している。そして一部は「アオモリトドマツ林の生態学的研究」(1981)として八甲田山植物実験所から発表されている。
八甲田山のアオモリトドマツ林は群落学的には比較的単純で、コケモモ−トウヒクラスのオオシラビソ群集としてまとめられている。この群集は林床にチシマザサが発生すると種組成は単純となり、チシマザサの薄いところではコイチヨウラン、ミヤマワラビ、ツバメオモトなどが生育する林分と、ハクサンシャクナゲ、ツルアリドウシとツルシキミを区分種する3っつのタイプに分けられている。
またアオモリトドマツを生育地からみると、湿原の周辺部にみられる湿性タイプと高山帯への移行地帯にみられる低木林、この低木林には多くの場合はチシマザサは伴わない。そして林床にチシマザサが密生するアオモリトドマツの高木林とに区分される。本州のアオモリトドマツの分布北限は八甲田山とされている。<北限は前岳の北斜面

 針葉樹林としては、他にコメツガの群落がごくわずかに分布する。八甲田山のコメツガ林は3団地に別れており、最も高いところは前岳(1,252m)の山頂から南向きの斜面、それにつづく田茂萢岳との鞍部、更に田茂萢岳側になるとアオモリトドマツと混生して群落となる。
北八甲田の最南端にある石倉岳(1,012m)の南側の急斜面には巨大な石英粗面岩の岩塊が多数存在し、その間にコメツガが生育し群落を形成している。
また海抜高はさらに低くなり植物帯からみると夏緑広葉樹林帯に入るが、酸ヶ湯温泉の下方にある城ヶ倉渓谷の岩塊が露出した浅土にゴヨウマツと混生したコメツガの群落がみられる。面積的にはこの城ヶ倉渓谷が最も広いが量は多くない。コメツガも八甲田山が北限となっている樹種である。
北八甲田赤倉岳・鳴沢台地下部と蔦松森のコメツガが記載されていない。海抜的には前岳より赤倉岳東斜面のコメツガが高いのではないか?要調査。また面積的には鳴沢台地下部が最も広く量も多いと思われる。因みに北限はアオモリトドマツ同様前岳の北斜面。また、南八甲田のソデカ萢と横沼にスギ、黄瀬萢にヒバみられる。

V.高山帯の植生

 ハイマツ群落(コケモモ−ハイマツ群落)が出現すると日本では一般的に高山帯と呼ばれているが、八甲田山ではおおむね海抜高1,400m前後からこの群落となる。
ハイマツ群落は林床にコケモモを伴い、植生体系上はコケモモ−トウヒクラスのコケモモ−ハイマツオーダーの典型群団、典型群集に位置づけられ、針葉樹林の仲間に入れられている。最近では欧州などの高山帯との比較でハイマツ帯は亜高山帯上部の群落として扱う研究者が増している。

 八甲田山のハイマツ群落は、大岳、赤倉岳、井戸岳、高田大岳、硫黄岳などの山頂部近くに発達している。
ハイマツの分布は積雪との関係が深いようで、季節風の関係で多量の積雪がみられる東側斜面にはハイマツ群落はあまり発達せず、稜線の西側斜面に広くみられる。
硫気孔などの特殊な条件のところでは、ハイマツ群落の下降がみられ、東北大学の実験所の向かい側にある地獄沼の硫気孔原は海抜900mにしか達せず、周辺はブナ林が発達しているがここにハイマツがシラタマノキ、ガンコウランなどを伴って群生している。

 また大岳の西斜面にある毛無岱の湿原周辺にはハイマツとキタゴヨウマツの雑種と考えられる八甲田ゴヨウの群落がある。ハッコウダゴヨウの基準標本はこの毛無岱湿原の周辺で採られたと云われている。
  ハイマツの群落が欠ける大岳、赤倉岳、井戸岳の頂上部にはミネズオウ優勢植分が広く分布し、コメバツガザクラ−ミネズオウ群集やイワウメ優先植分などとモザイク状に生育している。
また石礫地にはイワブクロ植分やミヤマキンバイ植分などがみられる。
ハイマツ群落を亜高山帯上部の植生と考えると、これらのツツジ科の植物を中心とする風衝倭生低木群落が本来の高山帯の植生といえる。

W.雪田と湿原の植生

山稜の東側斜面は後背地となり、そのため積雪が多く、7−8月まで残雪があり、無雪期間は、年間わずか3ヶ月程ときわめて短期間しかない。
このような立地では雪田植物が群生する。雪田植生も無雪期間の長短や、土壌の性質などによって様々の植生単位がみられる。雪田の中心部である裸地を取り巻いて、雪田底植生からアオノツガザクラの単純群落、イワイチョウ−ショウジョウスゲ群集のようなやや複雑な群落、そしてチシマザサ群落からミヤマナラやダケカンバなどの広葉樹林へと同心円状に配列している。
八甲田山の雪田を特徴づける植生としては白い可憐な花を付けるヒナザクラを標徴種とするヒナザクラ−ショジョウスゲ群集があり各所の雪田にみることができる。

 傾斜の緩やかな山腹や、湧水地帯では火山灰土壌が不透水層となって湿原が形成される。とくに南八甲田山の東斜面には広大な湿原が展開し<通称黄瀬萢>、北八甲田でも毛無岱、仙人岱、田茂萢湿原などにいわゆる湿原植物がみられる。
八甲田山の山地湿原植生は基本的にはミヤマイヌナハナヒゲ−ワタミズゴケ群集を中心とする山地高層湿原が多いが、場所によってはヌマガヤ−イボミズゴケ群集などのフルトが発達している。また逆にシュレンケのホロムイソウクラスの各群落をみることもできる。

 これらの湿原植生は踏圧に対して耐性が弱く、ヒメワタスゲの分布南限であるもある仙人岱湿原は荒廃し、ほとんど裸地となってしまった。<東北大学付属植物実験所で再生試験中>

X.その他の植生

八甲田山には積雪によって様々な植生が配列するが、広い面積を占めている植生の一つにチシマザサ群落がある。チシマザサはブナ林や、アオモリトドマツ林の林床にしばしば優占種となるが積雪が多く森林形成が困難なところでは、チシマザサの純群落が発達する。積雪がさらに多くなれば雪田へと移行する。
6−7月には、チシマザサの竹の子を取るため多くの人達が山にはいるため、湿原がその通路となり、そのため植生破壊が各所で懸念されている。<特に、高田萢の植生破壊が最も懸念される>
また、八甲田山にはいくつかの小さな火口湖や、湿原内に多くの池塘が発達し、ミツガシワ群落やヒルムシロクラスのホソバタマミクリ−オゼコウホネ<八甲田には分布しない。ネムロコウホネは分布>群集などの水生植物群落をみることもできる。
(遠山)<三樹夫 横浜大学教育学部教授