ドレウェンツの一番長い日


 フェザーンの中心部から少し離れた場所にあるこの教会は、普段は静かでひっそりとしている。なのに今 朝は、軍服を着た人々が行き来して何やら慌ただしい。特に忙しそうに動き回っているのは、ミュラーの副 官ドレウェンツである。
 実は今日、この教会で待ちに待ったミュラーの結婚式が行われるのである。 ミュラーの副官であるドレウ ェンツは、この結婚式の準備の責任者で、直前まであれこれ部下に指示をだしていた。又、彼は結婚式で は進行役でもある司会を務める事になっている。
 「閣下の結婚式に、間違いがあっては大変だ!」と、ドレウェンツは本番前の最終チェックにも余念が無 い。
 来客も揃い、<獅子の泉の七元帥>の一人でもあるミュラーの結婚式が、もうすぐ始まろうとしていた。

  

「閣下も、フロイライン達も心の準備はよろしいでしょうか?」
 祭壇のある会場に通じる扉の前で、元帥の礼装姿の凛々しい新郎ミュラーと純白のウェディングドレスに 身を包まれて幸せそうな新婦エリス、そして花嫁の付き添い人を務める可愛らしいドレス姿のルイーゼが出 番を待っていた。
「時間になって『新郎新婦の入場です!』という小官の声がしたら、このドアが開きますので、一番いい顔を して入ってきて下さいね!」
 ドレウェンツはそう言うと、又慌ただしく会場に入ってしまった。
「なんだか、ドレウェンツが一番緊張しているみたいだな〜」
 顔が引きつらせながらドタバタしているドレウェンツを見て、ミュラーがエリスに笑いかけた。
「ドレウェンツさんは、私たちの結婚式の為一生懸命なんですよ」
 ドレウェンツを労うエリスの後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「その花嫁姿!見違えたよ〜」
「まぁ、フェルナーさん!来てくれたんですね〜」
 振り返ったエリスが嬉しそうに微笑む。
「やあ!お二人さん、今日はおめでとう!」
「フェルナー!間に合って良かった〜.。君には是非、エリスの花嫁姿を見て欲しかったんだ。来てくれて、あ りがとう」
 ミュラーは、エリスが口にこそ出さないが自分の結婚式にフェルナーの来るのを心から望んでいた事を知っ ていた。肉親に縁が薄いエリスにとって、父親の親友で小さい頃から知っているフェルナーが身内のような 存在になっている。当然、この結婚式に彼を招待しようとしたが、あちこち放浪しているフェルナーに連絡が つかなかった。従って、エリスもミュラーも、彼が来ることを諦めていたのだ。
 それだけに、こうしてフェルナーがここに姿を見せてくれた事が、二人にはとても嬉しかった。
「ワイゲルトにくっついていたあの小さな女の子が・・・。奴に、一人娘の花嫁姿を見せてやりたかった・・・」
 フェルナーのその言葉に感極まって涙ぐむエリスを見て、ルイーゼが怒りだした。
「エリスおねえちゃまを虐めちゃダメ〜!!」
「あら、違うの、ルイちゃん!このおじさんはね、私の大切な人で来てくれたことが嬉しかったの・・・涙が出る くらいね!」
 エリスが慌てて、ルイーゼに笑った顔を見せて安心させる。
「この子は、ビッテンフェルトの娘・・・だよな。大きくなったもんだ・・・幾つになった?」
 ルイーゼは得意気に指を三本立て、三歳であることをアピールする。
「そっか。・・・子供の成長って早いな!」
 父親似のルイーゼを、フェルナーは赤ん坊の頃一度逢った事がある。
 亡きオーベルシュタイン元帥の墓の前で、偶然、母親のアマンダに抱かれたルイーゼを見かけたのだ。
 その出来事が、ビッテンフェルトのその後の生活を変え、そしてそれが、ミュラーとエリスの出会いにも繋 がった。全く、縁とは不思議なものである。
「自分があまり変わらないから気が付かないけど、小さな子供がどんどん変わっていくのを見ると月日の流 れを自覚するよ・・・。あのエリスが年頃になって、もう花嫁だなんて・・・」
 大人達のそんなしんみりとした会話の中に、突然ルイーゼの父親譲りの大きな声が響いた
「エリスおねえちゃま!あのね、おしっこ〜」
 思わずルイーゼの方を見つめた三人は、その姿に唖然とした。
 ルイーゼは両手で股を抑えてもう脚踏み状態だった。明らかに限界寸前らしい。
 おしゃまなルイーゼは、普段と違う雰囲気の中で「トイレに行きたい!」と言い出すきっかけが掴めなかっ たのであろう。いつ言おうかと迷っているうち、自分でも我慢出来なくなってしまったのだ。
 そんなせっぱ詰まった様子のルイーゼに、エリスも慌てた。
 「まぁ、大変!すぐ行きましょう!」
 花嫁姿のエリスはそう答えると同時に、素早く行動する。
 まず持っていたブーケをミュラーに手渡し、片手でウエディングドレスの裾をたくし上げる。そしてもう片方の 手で、ひょいとルイーゼを抱きかかえると猛ダッシュで目的の場所に急いだ。
「な、なんだか逞しい花嫁姿だな・・・」
 片手でルイーゼを抱えたまま、あっという間に走り去るエリスの後ろ姿を見て、フェルナーの呆れたように 言った。
「子供相手の仕事をしているうちに、大分鍛えられたようです」
 ミュラーも苦笑いで答える。
「そうか、いまどきのガキは生意気だからな・・・。それにしても、ビッテンフェルト家に下宿している影響もあ るんじゃないか・・・」
「ははは・・・」
 ミュラーは乾いた笑いで、同意の気持ちを誤魔化した。
 そんなふたりに突然「新郎新婦の入場です!」という進行役のドレウェンツの声が聞こえた。
(えっ!おい!)
(ち、ちょっと待って!)
 入り口で控えていたミュラーとフェルナーの二人は、お互い困った顔で見合わせた。
 だが、焦った二人の目の前で、扉が無情にもゆっくりと開かれる。
 当然、会場にいる招待客が一斉に振り向き、入り口にいるはずの新郎新婦に注目した。
 しかしみんなの目に映ったのは、黒のラフなスーツ姿のフェルナーと元帥の正装姿で花嫁のブーケを持つ ミュラーの二人の男の姿だった。
 和やかな会場が、凍った世界に変わった。


 2、3秒後、スポットライトを浴びて呆然と立ち尽くんでいたミュラーとフェルナーが、慌てて目の前の扉を閉 める。
「ふう・・・」
 二人で深い溜息と吐いた後、フェルナーはミュラーに不機嫌そうな顔を見せた。
「エリスの花嫁姿を見たから、俺は帰る!」
 思いがけなく目立ってしまったことで、フェルナーは少し怒っているようだった。
「あれ〜、式に参列してくれないのかい?エリスは君が立ち会ってくれる事を喜ぶと思うが・・・」
 ミュラーが残念そうな顔でフェルナーに話す。
「・・・悪いが晴れがましい席は苦手なんだ。このあと、ワイゲルトの墓に行ってエリスの結婚の報告をした ら、すぐフェザーンを離れる」
「もう!今度はどこへ?」
「さあな」
「相変わらずだな・・・。居場所が落ち着いたら知らせてくれよ。エリスが心配するから」
「あちこちと定まらないから、知らせようがないんだ・・・」
「そうか・・・。体だけには気を付けるように!何かあったら必ず私に知らせてくれ。それから、新居にも遠慮し ないでいつでも遊びに来て欲しいな。私もエリスも君を待っている。君はエリスの身内のような人なのだか ら・・・」
「こんな俺が身内か・・・」
 苦笑いしたフェルナーが、ミュラーを見つめて呟いた。
「ミュラー、エリスを宜しく頼む!」
「判っている。必ず幸せにする!」
 ミュラーの言葉にフェルナーは満足げに頷くと、その場から立ち去っていった。


「お待たせしました〜」
 用を済ませてさっぱり顔のルイーゼと、今日の主役である花嫁のエリスがやって来た。
「あれ、フェルナーさんは?もう会場に入りられました?」
「一足先に綺麗な君を見て、彼は満足したらしい」
 その言葉で、エリスはフェルナーがもう引き払った事を察した。
「そうでしたか・・・。でも、ここに来てもらえただけでも嬉しいです」
 少し残念そうなエリスを、ミュラーが慰める。
「あの男は神出鬼没だから、エリスが逢いたいと願えばすぐ現れるさ!」
「・・・そうですね!いつも、そうでしたから・・・。きっと又、逢えますよね!」
 ミュラーの温和な瞳に、エリスの微笑が映し出される。
「あのう〜、新郎新婦の準備は、よろしいでしょうか?」
 ドレウェンツが少しドアを開け、心配そうに問いかけた。
「はは、今度は大丈夫だよ!」
 その言葉にドレウェンツは、ほっとした様子で胸をなで下ろした。
「今度?」
 何も知らないエリスがミュラーに問いかけると同時に、再びドアがゆっくり開かれた。
「何でもない。さぁ、ドアが開いたよ。いこう!」
「はい」
 ミュラーとエリスはお互い見つめ合って頷くと、腕を組んで祭壇に向かってゆっくりと歩き始めた。そして、 おすまし顔のルイーゼも二人の後に続いた。

 これから、主役の二人よりも緊張しているドレウェンツの一番長い日の山場を迎える。

<END>


≪おまけ≫
〜凍り付いた世界を体験した直後の人々の感想〜

※ビッテンフェルト&アマンダの場合
ビ:
「今のは一体、何だったんだ?」
ア: 「あら、フェルナーが来てくれたのですね。花嫁の後見人なのだから、こちらの席に座れば
いいのに・・・」
ビ:
「いや、そうじゃなくて俺が言っているのは、何で花嫁のエリスがいなくて、隣にフェルナー
がいるんだということだ!しかも、ミュラーがブーケを持っていて・・・あいつが花嫁のようだ
ったぞ!!」
ア:
「ルイーゼもいないところを見ると、あの子が原因でなにかあったのでしょう。誰に似たの
か、ここ一番ってときに必ずなにかしらしでかす子ですから・・・」
ビ: 「・・・」

※オイゲン&ディルクセンの場合
(彼らはビッテンフェルトの命令で、それぞれルイーゼ、エリスの晴れ姿を撮るためのカメラマンとして会場にいたの であった)
オ: 「今の撮ったか?」
デ:
「思わず撮ってしまったよ!」
オ:
「俺もだ・・・。しかし、なんでミュラー閣下が花嫁なんだ?」
後日、ブーケを持ったミュラーとフェルナーの2ショット写真が黒色槍騎兵艦隊に出回り、話題になる!

※副官ドレウェンツの場合
今のは!?
まさか、あの男、閣下を諦めていなかったのか!
いや、そんな筈は・・・
でも、花嫁はどこに消えたんだ?
呆れて、逃げてしまったとか??
閣下〜!どうしよう〜!!
(誤解が大きく膨らみ、確かめるのが怖くなったドレウェンツであった)

※参謀長オルラウ
相変わらず、私生活における閣下は間が悪い。どうしてなんだろう・・・

※神父
花嫁のあのかわいらしい女性は、どこへ行ったんだ?
閣下の相手は本当はあの男で、男同士の結婚式になるというのか?
もしかして、始めからこういう筋書きで計画していたとか・・・
そんな!前代未聞だ〜。
でも、あのミュラー閣下に限って、まさか?
(ドレウェンツ同様一瞬のうちにいろいろと考えて、動揺する神父)


〜あとがき〜
ミュラーさんの結婚式は、やっぱりコメディでした〜(笑)
原因となった人物は、またもやビッテンフェルトの娘ルイーゼです。
副官ドレウェンツさんにとって上官ミュラーさんの結婚式の日は、無事終了するまでドキドキ・ヒヤヒヤの連続だった事でしょう (笑)
幸せそうな(災難に見舞われる)ミュラーさんを書くのは、楽しいです!

タイトルの「ドレウェンツの一番長い日」は、さだまさしさんの歌「親父の一番長い日」から頂きました〜
娘を嫁に送り出す父親の気持ち(妹を想う兄の気持ち)、
上官のミュラーさんを想うドレウェンツの心情に近いものがあるかも(笑)