ドレウェンツの勘違い


 その日、ミュラーの副官ドレウェンツは聞いたばかりの<ある噂>に付いて、参謀長オルラウに尋ねてい た。
「実は、黒色槍騎兵艦隊にいる私の知り合いから、ミュラー閣下の恋の噂を聞いたんですが・・・」
 何だか深刻そうな顔のドレウェンツを見て、オルラウは笑いながら言った。
「黒色槍騎兵艦隊の噂は、ほとんどがデマだろう?まぁ、なかには事実に近いものがあっても、大げさになっ ているのが普通だし・・・」
「でも・・・」
 たとえ噂であっても上官ミュラーについての情報を、他人に引けをとるというのは副官であるドレウェンツに は耐えられなかった。
「そんな話、真剣に取るなよ、全く・・・。一体、相手はどういう女性なんだい?」
 相変わらずミュラーの事となると、どんな小さな事でも真剣になってしまうドレウェンツを見て、オルラウは 苦笑いしていた。
「実は、ビッテンフェルト家の同居人の女性で、閣下とは深い関係にあるという噂なんです」
「ビッテンフェルト家の同居人?」
 オルラウの疑問に、ドレウェンツが答える。
「ビッテンフェルト家では、あの皇太后暗殺未遂事件で怪我をした奥方の為、新たに住み込みの家政婦を雇 ったそうなんです。その女性の事かと・・・」
「あぁ、そう言えば副官のオイゲン少将が、ビッテンフェルト元帥に頼まれて優秀な家政婦を捜したと言って いたな〜」
「独身なのでしょうか?」
「未亡人と聞いたぞ」
「み、未亡人!」
「はは、心配いらないさ。その噂は、黒色槍騎兵艦隊の連中が面白がって話しているだけで、事実とはちが うだろう。確か成人した会社勤めの息子がいると聞いたから・・・」
「そ、そうでしたか・・・」
 笑いながら話すオルラウに、ほっと一安心したドレウェンツであった。
(成人した息子がいるとなれば、もういい年のおばさんだな。まさかそんな女性と閣下が、深い関係になる 筈がないし・・・)
 そう考えたドレウェンツは、噂は偽りで根拠のない話と判断した。
(しかし、閣下は恋愛の噂は、ろくな話がないな〜)
 ドレウェンツはミュラーの過去に流れた噂を思い起こした。
 『若い時の失恋の傷を未だに癒せない』とか、『男に言い寄られて断れずにいる』とかそんな噂ばかりだ。
(今回は、おばさんと噂か・・・)
 ドレウェンツは、上官の恋愛運のなさを嘆いた。

  

 昼過ぎ会議から戻ったミュラーに、ドレウェンツが軽い昼食とコーヒーを持ってきた。
「今、黒色槍騎兵艦隊の兵士どもの間で、閣下とある女性とが噂になっているのを知っていますか?」
「えっ?・・・」
「しかも、そのお相手は、ビッテンフェルト家に同居している女性・・・」と言いかけたとき、ドレウェンツは上官 の思いがけない言葉に驚いた。
「もう、噂になっているのかい!」
 てっきり兵士達の戯言と思って、ミュラーと笑い話にしようとしていたドレウェンツはいきなり青ざめた。
「・・・本当だったんですか?」
「あっ、いや・・・まぁ、実は・・・」
 少し赤面しながら言葉に詰まったミュラーを見つめて、ドレウェンツはその噂が事実と確信した。
「どうして私に教えて下さらないのですか???」
 泣きそうなドレウェンツに、ミュラーは(そんな顔しなくても・・・)と内心呆れながら応じる。
「もう少し落ち着いたら、君にも紹介しようと思っていたんだ。でも、相手の女性と私はかなり年齢差がある から、ちょっと恥ずかしくてね・・・」
(あぁ〜、閣下が年上の女性とお付き合いしていたとは・・・。気が付かず、副官として迂闊であった!!)
「閣下!黒色槍騎兵艦隊ではもう噂になっているのに、副官の私には内緒なんですか?」
 ドレウェンツの恨めしそうな顔に、ミュラーは焦った。
「き、君にも、是非、逢ってもらうと思っていたんだ・・・」
 慌ててその場を取り繕うミュラーに、ドレウェンツはすぐさま問いつめる。
「それはいつの事ですか〜!!」
「あっ、あの〜、こ、これから逢いに行くかい・・・?」
 ドレウェンツの迫力に、ミュラーはタジタジとなっていた。

  

 エリスに連絡を取り、『午後四時頃には帰宅している』というメールを受け取ったミュラーは、その頃を見計 らってビッテンフェルト家を訪ねた。
 ミュラーにはいつも来て慣れているビッテンフェルト家だが、部下であるドレウェンツが家の中に入るのは 初めてのことだった。
 客間で落ち着かない様子のドレウェンツの隣に、ビッテンフェルトの幼い娘のルイーゼがトコトコとやってき た。初めて見るドレウェンツに、興味津々らしい。
 娘と一緒に部屋に入った来たビッテンフェルト夫人のアマンダに、ミュラーが尋ねる。
「エリスはまだでしょうか?」
「先ほど『帰宅する』との連絡がありました。もう少しお持ち下さい」
 この会話を聞けば、ミュラーの相手はエリスという名の女性だと気が付くであろう。だがこのとき、肝心のド レウェンツは違う事に心を奪われていた。
(ほう、この子が噂のビッテンフェルト元帥の娘か。まさに、ビッテンフェルト元帥をコピー機にかけて、<女・ 縮小>というボタンを押せば、この子が出て来るんだろうな〜)などと馬鹿な事を考えて、大事な会話を聞き 逃していた。


 二人の為にミーネが、お茶とアップルパイを持って来た。
「ドレウェンツ、ミーネさんのアップルパイは美味しいぞ〜」
 ミュラーは屈託のない笑顔で、ミーネの手作りのアップルパイを部下に勧める。
(この女性<ひと>か・・・)
 ドレウェンツは、ミーネをさり気なく観察した。
(小柄で割とふくよかだな。笑うとえくぼの見える可愛らしさはあるが、年齢を感じさせる目尻のしわは隠せ ない・・・)
 自分の母親と大差ないミーネの姿に(閣下の好みって、し、渋すぎるのでは・・・)と、改めてミュラーの好 みを疑問に思った。
(閣下がそんなに渋めの年上好みとは知らなかった・・・。副官として認識不足であった〜)
 目の前のアマンダとミーネを交互に見つめたドレウェンツは、心の中で溜息をついてしまった。
(奥方同士を比べるのは失礼に当たるのだが・・・。しかし、このままだと一番若いの元帥であるミュラー閣 下の奥方が、一番ご高齢になってしまう!!)
 アップルパイに手を付けずにいるドレウェンツに、「あら、甘い物は苦手でしたか?」心配そうにミーネが尋 ねる。
「あ、いえ」
 ドレウェンツは慌てて、一口食べる。
(ん、確かに美味しい!!)
「美味しいです!」
「だろう!」
 ミュラーは満足そうな顔で、ミーネと顔を見合わせていた。
(このアップルパイで閣下の心を掴んだのか・・・)
 ドレウェンツの心境は複雑だった。


「すみません、今帰りました!すっかりお待たせしてしまって〜」
 銀色の長い髪をお下げにしたエリスが、ミュラー達の前に現れた。
「ドレウェンツ、紹介するよ!その〜、エリスだ・・・」
 少し照れくさそうに、ミュラーがエリスを紹介した。
「初めまして、エリス・ワイゲルトです。ミュラーさんには、いろいろとお世話になっています」 
 エリスが明るい笑顔で、ドレウェンツに挨拶する。
「・・・?!」
「ドレウェンツ?」
 返答もなく、驚いた様子でエリスを見つめたままのドレウェンツに、ミュラーが(どうした?)という表情で問 いかけた。
 アマンダやミーネ、そしてエリスも、ドレウェンツに注目する。
「あっ、あの、すいません。・・・閣下のお相手は、こちらのフロイラインでしたか!私はてっきりミーネさんかと 勘違いしていました・・・」
「・・・」
 この言葉に、しばらく周りは目を点にして固まっていた・・・


 しばしの沈黙の後、はっと我に返ったミュラーが叫んだ。
「ド、ド、ドレウェンツ!ミーネさんに失礼だろう!!す、すみません、ミーネさん。部下が勘違いしてしまっ て・・・」
 ミュラーは慌ててミーネに謝罪した。ドレウェンツも真っ赤になって一緒に謝る。
「そんなに謝らないで下さいな!まぁ、この年で、ミュラーさんの恋人に間違われるなんて、光栄なことです よ♪」
 ミーネは大笑いしていた。エリスの方は、ドレウェンツに悪いと思ってか、口を抑えて笑いを堪えている。
 アマンダが微笑みながら言った。
「ミーネさんだって独身なのだから、恋人がいても不思議じゃありませんよ」
「奥様まで・・・からかわないでくださいまし。もう恋人なんて・・・。こんなおばちゃんなのに・・・」
 否定しながらも、どこか嬉しそうなミーネであった。


 ドレウェンツは、自分の勘違いが判ってほっとした。
 しかし、改めてミュラーに紹介されたエリスを見ているうちに、新たな疑問が沸きだしてきた。
 ドレウェンツは、小柄なエリスに(もしかして十五、六歳ぐらいかも・・・)と感じてしまった。そして、<親しい 関係!>というあの噂が、彼を悩ませた。
 『ミュラー元帥のお相手は少女!』という週刊誌の見出しが、ドレウェンツの頭に浮かんでいた・・・


 仕事には優秀な副官だが、ミュラーの私生活の事となると、今ひとつずれて思いこみが激しくなるドレウェ ンツであった。

  

 次の日、ビッテンフェルトがミュラーの執務室にやって来た。
「おい、ドレウェンツ!うちのミーネから頼まれた・・・」
 ビッテンフェルトが、呼び出したドレウェンツに大きな箱を差し出した。箱には、ミーネ手作りの特大のアッ プルパイが入っていた。
 ミュラーとドレウェンツは、思わず顔を見合わせて首を傾げた。
「どうしたんですか?これ・・・」
「わからん・・・」
 持ってきたビッテンフェルトも、二人の問いかけに不思議そうな顔をして答えた。


 ビッテンフェルト家の優秀な家政婦が、ドレウェンツの一ファンになった事に、ここにいる男どもは気づいて いない。
 幾つになっても女性とは、複雑な乙女心を持っているのである。


<END>


〜あとがき〜
この頃のエリスは、18歳頃と思って下さい。
実際、十代の頃って、小柄だと若く見られがちですよね(A^^;)
上官思いのドレウェンツ君、ついミュラーさんが心配でいろいろ先走ってしまいます。
でも、そこがかわいいです(^^)
大きな勘違いをしましたが、ミュラーさんに恋人が出来て一番ほっとしたのもこの人でしょう(笑)
尚、ミュラーさんの恋愛の過去の噂〜『男に言い寄られて断れずにいる』は、「亜麻色の子守唄(9)(10)(11)」に書かれてい る出来事です(A^^;)