皇帝御一行を乗せた地上車の車列は、宇宙港を後にして、帝都オーディンからフロイデン地方に向かって走っていた。
 アレクは初めて見るオーディンの街並みを車越しにずっと見ていたが、宇宙移動の疲れがでたのか、或いは無事地上に降り立った安堵感からか、いつの間にか睡魔に襲われてそのまま眠ってしまった。

「陛下、もうすぐグリューネワルト大公妃の山荘に着きますよ」

 キスリングに声をかけられたアレクが目を覚ますと、近代的な建物に囲まれていたそれまでの景色が、自然に囲まれた緑の風景に替わっていた。



 

 高い塀に囲まれた一部に門があり、その向こうには山荘に続くと思われる道が続いていた。門衛達が門を開き、皇帝御一行の車を敬礼して見送る。
「これで山荘の敷地内に入りましたが、グリューネワルト大公妃のお住まいである山荘は、ここから約一キロ先にある湖の近くになります」
 周りを見渡したアレクが呟いた。
「本当に伯母上のお住まいは、大自然に囲まれた森の中の一軒家なんだな・・・」
「ええ、只、山荘から少し離れたところには、グリューネワルト大公妃のお世話や警護をする者達の為の事務所があります。今回、私達もそこに詰めて、陛下の警護を致します。この敷地内には、見た目では判りませんがあらゆるところに不審者の侵入を防ぐ為の近代的な警備網を張り巡らせておりますので、陛下もご安心してお過ごし下さい」
「なるほど。確かにこの敷地内で世捨て人のように暮らしている人物は、皇帝である私の伯母だ。不審者もそうだがテロリストなどの脅威からも伯母上を守らなくてはいけない・・・」
「仰るとおりです」
 キスリングが頷く。

人に安堵感を与えてリラックス効果が期待できます。

自然界にしかない木や川のせせらぎ、小鳥のさえずりなど心地よいと感じるものに「1/fゆらぎ」があるのだとか。



癒し空間が作りだされている点もログハウスの魅力だといえるでしょう。






「初めまして陛下。私はアンネローゼさまに仕えておりますマリアンヌ・モーデルと申します。今から私が陛下を、グリューネワルト大公妃さまのところまでご案内いたします」

「貴方がモーデル夫人ですか!初めまして。伯母からの手紙で、貴方の事はよく知っています。伯母にいろいろ尽くして下さって、ありがとうございます」


「身に余るお言葉を頂き、光栄に存じます」





「私もアンネローゼさまから陛下の事をいろいろ伺っております」
「なるほど。では私とモーデル夫人は、今回が初対面ですが、もうお互いの事をかなり知っている仲ということですね」
 
「陛下も滞在中は私になんでもお申し付けくださいませ」
「世話になる。早速だが、伯母上に逢いたい。案内を頼む」





「モーデル夫人、率直に訊くが、今回の私の訪問は、伯母上にとって負担になっているという事はありませんか?」
「陛下、どうかなさいましたか?」
「いや、このように大人数で押し掛けて、何かと騒がせてしまっている。伯母上の静かな生活にご迷惑をおかけしているのでは?と考えてしまって・・・」

「ご安心ください、陛下。アンネローゼさまは、甥である陛下との再会を、心から楽しみにしておられます」
「本当に?」
「アンネローゼさまの一番そばにいる私の言葉を、どうぞ信じて下さい」

「あっ?・・・済まない。君の言葉を疑っているわけではないのだが、いろいろ考えると不安が先に立ってね」

「陛下の不安は、アンネローゼさまにお逢いすれば、すぐ解消されますよ」

 にっこり笑ったマリアンヌを見て、陛下が安心したように頷いた。


アレク&アンネローゼ








「陛下、遠いところをよく来てくださいました・・・」


「伯母上、私は、伯母上とこうして直接逢える事を、ずっと楽しみにしていました。こうして実際に伯母上を目の前にして、とても嬉しく思います」
「ええ、私も陛下とお逢いできて嬉しく思います」



「まあ、何といったらいいのでしょう。赤ちゃんだった貴方が、こんなに成長して私の目の前にいるなんて・・・。大きくなった姿を写真で知っている筈なのに、実際に本人に逢うと、こんなに感激するものなのですね・・・」
 目を潤ませているアンネローゼを見て
「」



「陛下、いつも手紙で知らせているマリアンヌです。ずっと一緒に住んでいますので、私にとっては妹のような存在です」
「まあ、アンネローゼさま、妹とは!そんな恐れ多い」
 恐縮した様子で
「確かに、こうして二人並んでいると、髪も瞳も似たような色だし、何となく雰囲気も似ている。本当に、姉妹といってもいいぐらいだ」

「ええ、他の方からもよく言われます。血縁関係とかの係わりがあるという訳ではないのですが、ずっと一緒に暮らしているうち、どこかしら似てくるのかも知れませんね」

「アンネローゼさまに似ていると言われるのは、とても光栄な事です」
「私も可愛い妹がいてくれて嬉しいわ」

「あら、マリアンヌ、貴方の分のお茶は?ここにいて一緒にお話ししましょうよ」


「いえいえ、アンネローゼさま。折角、陛下が来てくださったのですから、どうぞ、今日はお二人でお話しください」


「マリアンヌ、そんな水臭い事を言わないで」
「そうです。モーデル夫人、是非ご一緒に。伯母上にとって大切な人は、私にとっても同じ大切な人です。遠慮なさらずに三人で話しましょう」
「マリアンヌ、陛下もこう仰っています。それに、これから暫く三人でこの山荘で過ごす事になるのですから、お互い親交を深めましょう」



「はい、では、お言葉に甘えて、有難く同席させて頂きます」







「伯母上、どうか私の事を、アレクと呼んでくださいませんか?」

「生まれてすぐ皇帝になった私は、陛下と呼ばれるのが当たり前になっていて、誰も名前では呼ばない。せめて伯母上からは、アレクと名前で呼んで頂きたい」」
「まあ、誰も陛下の事を、名前でお呼びしないのですか?」
「ええ、一緒に暮らしていた祖父は、孫の私の事は名前で呼んでいましたが、ご存知のとおり祖父は昨年亡くなりました。名前で呼び合っていた親友のフェリックスも、士官学校に進んでからは私の事を<陛下>と呼ぶようになってしまったし・・・」

「あら、ヒルダさんは?息子である貴方の事は、名前で呼ぶのでしょう?」
「母上は・・・あの人は忙しい方だから・・・」
 そう言って形だけの笑みを浮かべたアレクが、目を伏せながら目の前のコーヒーを飲み始めた。
 そんな彼の様子を見て、思わずアンネローゼとマリアンヌが顔を見合わる。
 二人とも一瞬で、何か複雑そうなアレクとヒルダの親子関係を察したようだった。


「判りました。では、私は貴方の事を陛下ではなく名前で呼びましょう。マリアンヌも陛下ではなくアレクと呼ぶように!」
「まあ、アンネローゼさま、私まで陛下のことを、名前でお呼びするのですか?」

「ええ、ここにいる間のアレクは、皇帝である前に私に逢いに来てくれた甥。マリアンヌも、アレクの事は知り合いの男の子が来たと思って接してくださいネ」
「知り合いの男の子ですか?」
 銀河帝国の皇帝を知り合いの男の子と思って接するのは、流石に無理があるのでは・・・と感じたマリアンヌが、思わずアレクの反応を窺う。
「男の子?参ったな~。伯母上にとって、私はまだ小さな子どもに見えてしまうのですか?」
 苦笑したアレクを見て、アンネローゼがいたずらっぽく笑う。
 その様子に

 アンネローゼの言葉を受けたマリアンヌが、アレクに告げる。
「では私は、陛下の事を<アレクさま>とお呼び致します。流石にお仕えしているアンネローゼさまの甥を、呼び捨てにするわけにはいきませんから」

「ええ、それでいいわ。アレクも、マリアンヌの事はモーデル夫人とは呼ばずマリアンヌと名前で呼びなさいね」

「えっ?陛下が私の事を名前で呼ぶのですか?」

 アンネローゼの提案に、マリアンヌが目を丸くして驚き、アレクの反応を見る。
 アレクは伯母の言いつけに素直に頷き、了解の意を示していた。

「アレクさま、もし誰かがそばにいらっしゃる場合は、アレクさまではなく陛下とお呼びする事をご了承くださいませ」
「判った。モーデル、あっ、いや、マ、マリアンヌ」 
 ぎこちない返事となったアレクが、頬を赤らめ照れている。
「そうね。名前で呼び合う事は、三人でいるときだけの約束事にしましょう。三人だけの内緒事って、なんだかワクワクするわね」  にっこり笑う伯母を見て、アレクも微笑んで頷いた。




「さあ、アレク、私にいろいろ教えて頂戴。手紙では書ききれなかった貴方の今までの出来事を!」

「はい、私も伯母上に聞きたい事、話したい事がたくさんあります」
「ええ、伺いますよ!今夜は時間がたっぷりあるのだから・・・」

 同じ血を分け合う者同志の繋がりなのか、長年手紙のやりとりで親交を温めていたお陰なのか、アレクとアンネローゼはあっという間に親しくなった。そして、初対面の筈のアレクとマリアンヌも、名前で呼び合うという効用なのかお互い堅苦しくならずに、すぐに打ち解ける事が出来た。その夜は、三人で尽きる事のない話で盛り上がったのである。





アンネローゼ&マリアンヌ

「陛下は思っていたより気さくな方で驚きました。皇帝としてお育ちになったお方ですので、普通の人とは違う御方と思っておりました。なのに初対面の私に気さくに話しかけて下さいましたし、なんだか庶民的な親しみが持てて嬉しく思いました」
「ええ、あの子の母親であるヒルダさんが、幼いうちから帝王学に染まらせず、陛下を出来るだけ普通の家庭の子として育てたいと希望していました。だから、アレク自身もあまり身分を感じさせないような性格になったのかもしれません。まあ、今回は特にプライベートな旅行となっていますし」





「身分の高い方が、下の者に気遣いが出来るというのは素晴らしい事です。なによりとてもお優しい性格のようですし・・・」


「しかし、皇帝としての立場上、この先、厳しい采配や苦しい判断をしなければならないでしょう。今のアレクの優しい気持ちが仇になって、アレク自身が辛くなる事もあるかも知れませんね。まあ、上に立つ者として、避けられない使命ですが・・・」

「アンネローゼさま?」




アンネローゼ&アレク



声変わり
「父の幼い頃を教えてくれませんか?」







アレク&マリアンヌ




「マリアンヌ、正直に言って欲しい。私の第一印象はどんな感じたっだかな?」
「銀河帝国の頂点に立つ皇帝というだけで、何となく近寄りがたいイメージを持っていました。でも、実際に逢ってみると気さくに接して下さったので驚きました」

「なるほど、皇帝としての威厳は感じなかったって事かな?無理もないが・・・」
 アレクが苦笑する。
「そんな、アレクさまは今のままで充分ご立派です。威厳は人生経験を積めば自然と備わってくるものと、私は思います」


「私はいつも自分に自信が持てなくて・・・。でも、マリアンヌにそう言って貰えると素直に嬉しく思う」
「亡くなった父上も

「この場所はいいな~。鳥の鳴く声で目覚めるなんて初めて経験したよ。こんな自然の中にいると、心が落ち着いて自分の心に素直になれる」

「ええ、判ります」

人に安堵感を与えてリラックス効果が期待できます。 自然界にしかない木や川のせせらぎ、小鳥のさえずりなど心地よいと感じるものに「1/fゆらぎ」があるのだとか。 癒し空間が作りだされている点もログハウスの魅力だといえるでしょう。


私も初めて亡き夫に連れられてここに来たとき、<なんて素敵な場所なのだろう♪>とても気に入りました」


「亡き夫?そうか、


「確かに最初は、アンネローゼさまに尽くす事が亡き主人コンラートの供養にもなると思って仕えていました。でも今は、アンネローゼさまの事を心からお慕いして、傍にずっといたいと思っています。あの方をお世話する今の仕事に、私は生きがいを持っております。





ビッテンフェルト&



オーディンにある帝国軍人戦没者記念墓地のアルベルトの墓に納めて欲しいのです。
場所は、第2区2-268号になります。



「第2区2-268号、奴<あいつ>の眠る場所はここか」
「アルベルト、やっとお前に会えた・・・・」
 しゃがみ込んだビッテンフェルトが、胸ポケットに入れてあったアマンダから託された指輪を取り出す。そして、持っていた白い花束を共に墓前に供えた。
  
アルベルト、
これは、アマンダから託された結婚指輪だ

この指輪は、
お前のところに収めて欲しいってな
アマンダに頼まれたんだ
遅くなってしまってスマンな

昔、お前のそばに戻ろうとしたアマンダを
引き留めたのは俺だ
だが、お前の代わりに
あいつを幸せにしたのも俺だ





「ビッテンフェルト元帥・・・ですね」
 黒のカソックを着ている男性が、ビッテンフェルトに声をかけた。
「ああ、いかにも」
 
「私はサイモン、サイモン・クルトです。見ての通り神父をやっていますが、昔は帝国軍人でした」
「軍人?」

「ええ、ゴールデンバウム王朝時代の・・・」

「閣下がここに来たという事は、ここに眠るクルーガー少佐と閣下の奥方との関係をお承知と見受けられますが・・・」
「ああ、妻からは、ひとどおりの事は聞いて知っている。貴殿はここに眠るアルベルトとは知り合いか?」
「ええ、ここに眠るクルーガー少佐は、私が尊敬する上官でした。私が、クルーガー少佐と婚約者だったアマンダさんの運命を変えてしまったのです」

「当時の事を聞いてもいいかな?」
「ええ」

「あのとき、ウェイティングドレスのまま、駆け込んできたアマンダさんのあの悲痛な顔はずっと忘れられずにいました」
「」
「クルーガー少佐の後を追って死を選んでしまうのではないかと思うくらい追い詰めた表情で、その場にいた部下の私達は、アマンダさんから暫く目が離せませんでした」



「クルーガー少佐を埋葬する前に、アマンダさんはあの日、結婚式で使う筈だった結婚指輪を、彼の薬指にはめていました。そのとき、彼女の薬指にも、同じように指輪をしているのが見えました」




「なるほど・・・」


「私は閣下にずっとお礼が言いたかった」
「?」


「私は愛する人の仇を終えた後のアマンダさんの身をずっと心配していました。
「アマンダさんを・・・彼女を幸せにして下さいました」








「ご夫妻の幸せそうな写真を見て、私は『生きていてくれた!』と安心しました。彼女の消息が判らず、ずっと心配だったもので・・・そして、ようやく救われた気持ちになりました」

「再び愛する男性と巡り合い、子どもにも恵まれ、自分の家庭を築いている。私は、心の底から良かったと思いました」

「」

















自然の山々に囲まれた広大な敷地の中にはY字状をなす湖もあり、その中央に突出した半島の上にアンネローゼの住む山荘が建てられていた。    湖が見え隠れするようになると自然